4.いっぱい買いました
あれから、わたしの願いである個人面談は皆で話し合い誰が最初に行うかはその猫を通し追って伝える。と、あの白髪のサゾウと呼ばれた獣人間に睨まれながら言われた。
嫌々ながらも、どうやら面談はさせてくれるらしい。
ふむ、個人面談用のお茶を早く仕入れなければ。使役者ってどこで買い物をするんだろうか?あとで松太郎さんに聞いてみよう。と考えていると、その間もわたしをペタペタと触っていたキッカさんは、サゾウさんに首根っこを掴まれ大広間へと引きずり戻され、
「おやおや、私はまだこの人間の共に居たいのだが」
「橘花!!話がややこしくなるからこっちにいろ!
オイ!俺らはまだアンタを使役者と認めたわけじゃねえ。勝手なことしたら、今度こそブチ殺してやる…!」
ーパン!
せっかく開かれた障子は、また固く閉ざされてしまった。
なんだか怒涛の展開にわたし自身、頭が追いついていないような気がするけど、まずは皆さんの顔が見れただけ、良しとしよう。
「お掃除は、させて頂いてもいいですか?」
「…好きにしろ!!」
「はい。好きにさせて頂きます。
あと、勝手が分からないついでなんですが、皆様、身体がお辛いようなら直ぐに治癒をさせて頂きますが、如何でしょう?」
「いらん」
キッカさんでも、サゾウでもない声がまた聞こえた。即答。
まさかこんなに早く拒否されるとは思わなかった。
果たして痛くはないのだろうか?わたしは存外痛い事に弱く、転んで擦りむいただけでも直ぐに治療をしてもらいたい人間なので、逆にあそこまで大怪我をしているのに我慢されているのを見るとハラハラしてしまう。
随分体の小さな子たちも居たはずだ。獣人間といえど、個体が小さければその傷の痛み具合も違うんじゃないだろうか?
「治癒をされるということは、使役者の生命エネルギーが直に俺たちに注がれるということ。君が信頼に足る人物だと証明されるまではオレたちは治癒を受けるわけにはいかないなあ。」
なるほど。
信頼に足る人物じゃないものの生命エネルギーを体内に取り入れるのは、確かに抵抗があるかもしれない。
彼等が嫌がり、望まないのであれば無理に行うこともないのか?うーん…。
先ずは様子を見ることにしよう。
横で心配そうにわたしを見つめる小さな猫をそっと抱いて、立ち上がる。障子に向かって一礼をした。
「それでは、わたしが信頼に足る人物と認識して頂けましたら治癒をさせて頂きます。キチンと政府で研修を受けておりますので、ご安心を。
朝でも昼でも夜でも夜中でも、皆様が望まれましたらその時間を治癒を致しますのでお申し付けください
…今日のところは、ご挨拶までに。失礼致します。」
なにかが動くような音がした気がしたけど、そっと障子から、その大広間から離れる。
あまりイレギュラーな存在がいても、きっと居心地も良いものじゃないだろう。
大広間から離れて、わたしは今後わたしの自室となる部屋や台所、大浴場、トイレ、生命エネルギーを注ぐ為の機械が置かれた治癒用の部屋等を案内して貰っていた。
またも半ば無理やりに抱っこさせて頂いた松太郎さん。最初程抵抗は無くなったのか、少し頬を染めながら一生懸命小さな前足で次はあちらでございます!だとかここを左でございます!とナビしてくれる松太郎さんはとっても可愛かった。ナデナデしておいた。
あらかたの説明を受け、二階の自室に入る。座布団もなければ布団すらない。
ただの埃っぽい六畳一間のその部屋は、これから生活していくにあたって必要なものが無さすぎた。
というか、この屋敷自体、政府が介入した時に全て押収されてしまったのか、入浴用品や食器なんかもなにもないことを確認した。
そしてなにより全てにおいて、血や何かの汚れがとにかく目立つ。
掃除がしたい。
汚いお部屋というのはいかんせん苦手だ。ある程度の生活水準は維持したいし、皆さんにも清潔に毎日を送っていただきたい。
「さて、それでは松太郎さん、案内ありがとうございます。
取り急ぎ清掃に入りたいのですが…お掃除道具など、この屋敷に必要そうな物資をわたしのお給金から買おうと思います。なにか手続きが必要でしょうか?」
「はい!使役者様専用の通販サイトSieki.comなるものがございます。こちらのパソコンからログインして頂いて、必要なものがあれば全て購入することができます。
今回のことはあまりにもイレギュラーとのこともあり、こちらの小隊の担当様が掛け合ってくださったので、生活に必要なものは政府経費から落ちるようになっておりますよ!
ヤマト様のお給金から引かなくともご安心してお買い物を行なって下さい!」
「…あら、担当さんが。それはあとでお礼の文を書かなければなりませんね。」
あの涙ぐんでいた担当さんがいい仕事をしてくれた。正直、大人数の生活用品となると私の頂いた前金と貯金だけで足りるかどうか心配だったので、それはとても助かる。
松太郎さんに指示されるがまま、パソコンを開きカートの中に必要なものをドンドン入れていく。
まずは掃除用品。箒や雑巾、バケツ、洗剤など。
普通の敷布団に掛け布団。毛布。あとは食器やタオル、食品なんかも取り扱っているらしいので、取り急ぎお米と味噌、醤油なんかの日持ちする食品と調味料各種。
野菜はこの屋敷が正常に機能し始めたら、政府印の特殊な種を買い育てれば、普段の数十倍のスピードで成長する、と松太郎さんが教えてくれた。
さすがマッドサイエンティストが多くいるらしい政府。
そんなものまであるのか。
…獣人間の皆さんは、ご飯をきちんと食べているのだろうか?きっと食べていない、食べたくなったら食べれるように、お米は多めに買っておこう。
ある程度のものをカートに入れて、購入するを押せば瞬時にどさどさどさっ!と隣にダンボールが大量に届いた。これも政府印がなせる技だ。
…買いすぎたかもしれない。
「…ヤマト様!?この量は…!?お一人で…!?」
「いえ、皆さんも食べるかなぁ、使うかなぁと思って色々買ってみたら、このような有り様に…でも、全て必要なものですよ」
パソコンの前から腰を上げ、あらあら、と部屋から溢れんばかりの物資を一つずつ整理していく。
食料を取り急ぎ廊下に出して、掃除用品を漁る。あ、あったあった、箒とついでに割烹着と三角巾。
使役者服というものはとても動き辛いので、エプロンではなく袖口がゴムになった割烹着にしたのだ。
これである程度は動きやすくなったに違いない。割烹着と三角巾を装着して、どんどんと仕分けを行なっていく。
あ、これキッカさんにオススメしたい煎茶の茶葉。普段なら一ヶ月は予約待ちなのに。即座に来るだなんて流石政府だわ。
お米と調味料以外の食品は、腐ってもいけないので少し少なめに頼んだ。ここまで案内してくれた松太郎さんが好きそうなものも。
きちんと届いているそれを取り出して、にっこりと松太郎さんを見やる。
「因みに、松太郎さんお魚はお好きですか?猫さんといえばお魚かなぁ?と安易な考えで買ってみたんです。あとで焼いて、炊き込みご飯さん作りますから一緒に食べましょうねえ。お味噌も買ったので、お味噌汁もできますよ」
こんのすけさんに届いた干物をほら、と見せれば、目を見開きや俯いてふるふると震えるこんのすけさん。え、まさか…お魚はお嫌いだったのかな。
「この松太郎!!!ヤマト様に…いえ!ご主人様のお心遣いに感激致しました!!この世に生を受けてから、ひものにはとても憧れを抱いておりました!!ご主人様!!ありがとうございますぅう!!」
おーいおいおいと泣く松太郎さんに目を見開く。
そうなのね!食べたことなかったのね!
慌てて松太郎さんをそっと抱き上げてその大きな目からボロボロと溢れる雫をハンカチで拭い、背中を撫でる。
そこまで感動してくれるとなんだかとても嬉しい。
食べる前からこれだ。美味しい炊き込みご飯さんを作って上げなければ。
「そんなに楽しみにしてくれるのなら、わたしも張り切っちゃいましょうか。先に厨とその周辺のお片づけをして、ご飯の仕込みをしちゃいましょう。
冷蔵庫や家電は担当さんか用意してくれて新品でしたし、わくわくしますよ?沢山沢山食べちゃいましょうねえ」
「ご、ごしゅじんさまぁ…一生をかけてお仕えさせていただきますぅぅ~…」
さめざめと泣く松太郎さん、干物如きで忠誠を誓っちゃダメですよ~~と諭す。松太郎さんを抱えている手じゃないもう片方の手に掃除用品と、要冷蔵の食品を新品のバケツに入れ台所へと向かう。
もうお昼時だ、わたしもお腹は空いているが、先ずは台所をなんとかしないとご飯にありつくことが出来なさそうだ。