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0.聖母系使役者、爆誕



私は、今思えば断ると言う行為自体をあまりしてこなかったのかもしれない。だからこそ、他人からの頼まれ事はホイホイと考え無しに引き受けてしまうし、それで何度苦い思いをしたかは数えきれない。

幼稚園にまで遡れば、


“雪ちゃんこれちょうだい”

“雪ちゃんこれやってほしい”

“雪ちゃんと一緒にこれがやりたい”


これだけ聞けばあまりにもかわいらしい子供ながらのお願い事である。

ピンク色のスモッグを着た私とそのお友達はにこやかに笑っていたものだ。

お菓子はニコニコと笑って差し出していたし、おそうじの時間なんかも代わりに掃除をしていた。

おままごともお城作りもブロック遊びも絵本も楽しかったのだ。


それが、小学生になったら給食になって、中学生になったら宿題になって、高校生になったら掃除当番になった。

はたまた社会人になったら仕事を押し付けられるようになった。


子供のワガママが、人からの悪意に変わったのは、きっと私がひどく“断れない体質”だったからだ。


なので、私はあまり今現在、人と関わるようなことは辞めて慎ましく暮らしている。自分の人生、ゆったりのんびり、優しい世界で暮らしていきたい。人に迷惑をかける事なく、人を傷つけることも人から傷つけられる事もない。この自分だけの世界で生きていくつもりだった。


そう、朝ご飯にはお気に入りのパン屋さんで買った食パンに、美味しいバターを乗せて。コーヒーも豆から挽いていい匂いのするこの私のお城で。


あとは小さな猫の人造獣を飼うのみだったのだ。

…だったのにも関わらず。



「えー、大和雪子さんですね。こちら大日本帝国政府の者です。

この度、大和さんは政府の人格診断、血液検査、DNA検査、家系検査、全てに置きまして合格値以上、と判断をされましたので晴れて“人造獣人間管理者”の資格、及び“国家人造獣人間使役者”の職を大日本帝国の名に置きまして任命させて頂く事になりました。

こちらとても栄誉な事である事は大日本帝国国民である以上、重々承知かとは思います。

大和さんの職場である株式会社〇〇へは昨日通達、解雇との事ですのでよろしくお願い致します。


えー、これからの流れですが、政府管轄の寮に入って頂いて、一年程、座学、実習、その他諸々の潜在能力テストですね。それからどの地区を管轄するかです。こちらこれからの成績で決めて参りますので。そこから今後のお給金が決まる形になります。一年間の補償はしっかりございますし、前金はこの突然の状況ですのでかなり色を付けるとの事です。

あ、今後の流れの表を持ってきました。お先にお渡しすればよかったですね。

こちらフローチャートになりますのでご確認くださいませ。

そもそも、大和さんのこのDNA適正数値ですと、発見は10代の頃に済んでいるはずなんです。

そのくらい国家にとって有益な存在であり、必ず職務について頂かないと重大な損失であることをご理解頂きたく思います。」

「…えーっと…

あの、わたし今朝ごはんを食べていまして、簡単なご飯なんですが今日はコーヒーが美味しく淹れられたんです。それだけ飲んでもよろしいでしょうか?」


目の前の黒服の方は、突然現れて無表情に淡々と、それでいてとても劇的な事実をわたしに告げた。

昨日まで上司や職場のみんなとはそれなりに人付き合いをしていたんだけど。あの人達は私が辞めることを知っていたのかなあと、ついつい顔を思い出す。


それにしても、急な通達だ。

今日はお休みだから、朝ごはんをゆっくり食べた後に音楽を聴きながら、趣味のアクリル毛糸のアクリルスポンジ作りをするつもりだった。20代の趣味にしては編み物なんて渋いと言われることもあるが、これがなかなかに面白いのだ。百均で全ての材料を揃えられ、形も真っ赤なイチゴの形や、可愛いワンピースの形、星形や頑張れば鳥の形だって作れたりする。材料ももう昨日百均に寄って買っていたというのに。それが出来ないのはとても残念だ。


せめて、せめて最近買ったお取り寄せのコーヒーだけは飲みたい。


これがなかなかに手に入れるのが難しいコーヒー豆で、風味もなかなかに珍しい清涼感のある朝にはうってつけのコーヒーなのだ。もうお気に入りのマグカップには注いである。早く飲まないと冷めてしまう。



へらっ、と我ながら気の抜けた笑みを見せれば、黒服の男の人はきょとんと呆気に取られた顔をした。たかがコーヒー、されどコーヒー。ちょっとわたしにしてはお高かったんだぞ?


…あ、そうか。



「外でお待ちになるのは寒いでしょう。狭い家ですがどうぞお入りください。あなただけでしょうか?他の方は?」

「あ、え、……自分1人です。拒否されるようであれば追加で同僚を呼ぶ手筈ですが、」

「そうですか、でしたらどうぞ。お茶くらいはお出し致しますので。」


どうしていいか分からなそうな黒服さんは、サングラスの上からでも目が泳いでいるのがわかる。…えい、と、黒服さんの手を引いて、半ば強引に部屋に入って頂いた。…雨の降る中外でお待たせするのは申し訳ない。しかもわたしはゆっくり朝ごはんをいただく気満々だ。

呆気に取られた黒服さんはなんだかんだでわたしの用意したバタートーストと目玉焼きという質素ながら馬鹿にできない朝食を一緒に食べて、お取り寄せのコーヒーを一緒に飲んだ。意外と沢山食べる人で、我が家の食パンや卵はわたしがいなくなった後も腐る心配はなくなった。



それからは怒涛の毎日だった。


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