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カナタのステラ  作者: 我龍天捿
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第9話 孵化

 ステラは、村のはずれに住む白いひげの老人リベールと暮らし始めた。

 トレーニングを欠かさず、狩人として実績を積む彼は、12歳になるのだった。


 ステラが12歳になると、村の人々がお祝いを催した。


 狩人仲間のダットとサギッタが、レインコート代わりなる手編みのミノをプレゼント。

 肉屋のグラディウスがボタン肉の香草焼きを持ちより、長老のおばあはよく効くという傷薬をくれた。

 ステラが驚いたのは、鍛冶屋の大将ガレアからのもので、職人3人がかりで弦を張ったという新しい弓だった。


 かつて家族で住んでいた家に残してある、父アルカスの弓は5人張りで、だから自分はまだまだなんだな、とステラは思った。


 その思いが顔に出ていたのだろうか。

 いつもより豪華な夕食をつまみながら、老人リベールは笑ってステラの頭を撫でた。


「ほっほっほ!なに、そう構えるでない。普通はこの成人の祝いで初めて弓を……仕事道具を受けとるものじゃ。それがおぬしはもう3人前じゃぞ!」


周りの大人も、そうだそうだとうなずいている。


 そう言われると悪い気はしないし、むしろ照れてしまうのがステラの純粋なところだった。


「道具づくりは素材との巡り合わせもあるからの。アルカスの弓以上のものは、5年かそこら探して木を見つけるから、気長に待ってくれんか」


鍛冶屋のガレアはそう言って、果実酒をあおった。


 ささやかな宴が終わりに近づくと、長老のおばあが呪文めいた祝福の言葉を述べる。

 ステラは村人たちと一緒にそれへ聞き入り、朗々と歌い上げられた後には、めいっぱいの拍手をした。


 村人たちが帰った後、寝床の準備をしながら、白いひげのリベールが言った。


「ワシからの祝いの品は、何がよいかと考えていたんじゃがの。やれるモンはここの本くらいじゃし、お前さんはもうほとんど読んじまっとるじゃろ?」


ステラはうなずく。


「じゃから、何でも1つ、お前さんの知りたいことを教えてやろうとおもうのじゃ」


しわがれた声を嬉しそうに震わせて、ひげの老人は言う。


「『何でも』ぉ~?」


ステラはその言葉をいぶかしがった。


 本当に『何でも』教えてくれるのなら、

①この世界は星崎奏汰のいた世界とどう違うのか

②なぜ星崎奏汰がステラとして転生したのか

の2択が、ステラの頭には浮かんでいる。

 けれどそんなこと、小さな村の老人が知っているはずもなく……それこそ、この世界を作る神のような存在にでも聞かないと、答えを教えてはくれないだろう。


 だからステラは、1番知りたいことと2番めに知りたいことを早々に諦めた。

 そして次に気になっていた、この世界の詳しい歴史と、輝石についてを天秤にかける。


(ど、ち、ら、に、し、よ、う、か、な……)


右、左、右、左、と指を振り、止まった方を口にする。


「じゃあ、輝石について詳しく知りたいです」


リベールの蔵書には、様々な用途が書かれていたから、もし使いこなすことができるなら、効率的で安全な食糧確保ができるはずだ。

 電気ショックみたいな使い方が可能なら、と殺のハードルが下がるからガッツリ畜産もできるし、冬の燃料確保も簡単になるだろう。

 ステラの知っている科学技術と組み合わせるのも良いかもしれない。


「そうかそうか」


ステラの想いを知ってか知らずか、白いひげのリベールは宙を見つめる。


「ふぅむ……」


うなり、何事かもの思いに沈んだリベールは、決意したようにステラへ笑いかけた。


「よし。じゃあ行くかの。王都プラエタリア」


初めて聞く単語を突然に投げかけられて、ステラは言葉を返せなかった。




 老人リベールの説明はこうだ。


 「輝石」とはクラース村特有の呼び方で、だいたいは「魔石」と呼ばれる。

 それを扱う魔術師の数も、魔石に関する研究も、王都プラエタリアが飛び抜けて進んでいる。

 魔術学校もあるから、そこで学ぶかどうかはさておき、ステラの求める本にも出会えるのではないか。


 夏至の頃に村を出れば、王都プラエタリアには夏の間に到着する。

 秋から新しい学年が始まるから、それに備えたガイダンスや、学生の追加募集もある。

 秋学期が始まるまでに、やりたいことを選べばよい。


 クラース村の食糧は、冬の間に減らした備蓄を補えれば、あとはダットやサギッタがなんとかする。

 アルカスが狩りに出られなくても、飢えによる死者は出さなかったのだから、クラース村は大丈夫だ。




 そうしてステラはリベールの言葉に納得し、王都プラエタリアへ行くことを決めたのだった。


 ただ、そうは言っても、村の人々にひもじい思いをさせたくはない。

 ステラはその秋から、狩りの後に村の農地を見て回るようになった。


 農家の人たちから話を聞いて、改良できるところを探す。

 農業用の小さな水路を整備し、村のそばを流れる川に水車を設置。粉ひきを半自動化した。

 さらに、畑の雑草にシロツメクサやツクシのような雑草が多いことに注目し、冬の間に暖をとって生じた灰を、一部の畑に混ぜ込んだ。畑の土の質を高めようとチャレンジしたのだ。


 長老の協力もあり、村人たちに探求心が芽生えはじめ、ステラはやりがいを感じていた。




 思い返すと、前世で1番やりがいを感じたのも、関わった人が希望を持ちはじめたときだった。


 大学院を休学させられ、付属校の講師を勤めたころ。


 自分より前にいた講師が、電車での痴漢だか盗撮だかで逮捕され、出勤できなくなった。

 隠蔽体質といったらそうだけど、大ごとにしたくない大学が、臨時の講師を探していた。

 担当教授の派閥争いだかなんだか知らないけど指名され、突如としてスーツで通勤することになってしまった。


 配属されたのは高校2年のクラスで、担当科目は物理。

 専門は化学なんだけど、なんていう心配をよそに、それどころじゃなくなるほどデカい壁にぶち当たった。


 クラスの生徒たちが、コチラにむけて不信感をバリバリにだしている。


 それはそうだろう。

 犯罪で捕まった人の代役だ。素直に信用しちゃうならその方が心配だ。


 授業もクラス運営も、やりづらいったら仕方ない。

 だから優先順位をつけた。


 1番大事なのは、この子たちの将来だ。

 やりたいことに出会ったとき、それを諦めなくていいように、今できる限りのことをやる。

 自分の負担とか二の次だった。


 生徒たちは、マイルドな子から激しい子までさまざま。

 激しい子も、逃げていくタイプと攻撃してくるタイプでさまざま。

 全然指示を聞いてくれなかったり、こちらを困らせるような質問ばかりを投げてきたり、執拗に心を折りにきたり。


 そんな日々にも、正直に、ひたむきに、できる限りを尽くして接した。


 1年半で、大きな問題も起こさず生徒たちは卒業していき、教員生活は終わった。

 何が正しかったのかは分からない。

 ただ、彼らは突然の裏切りに巻き込まれた被害者で、誰かが癒してあげなくちゃいけなかったのは分かる。

 自分がその役をまっとうできたかは自信がないし、直後の健康診断が入院の1歩前の判定で、向いてなかったんだろうなとも思った。


 けれど、初めてあった日と最後に話した日の表情を思い浮かべて比べると、やってよかったなと思うのだ。




 なんやかんや、クラース村の農業改革も、そのときに読んだ生物や地理の教科書にもとづいているから、転生しても役立っている。



 日差しが強まり、夏至が、出発の日が近づいてきたころ。


 春までに手を加えた農地は、作物のつやが良く、チャレンジが成功しているようだった。

 それに安心したステラはのびのびと狩りに出て、大きな獲物をガンガン獲った。相乗効果というやつだ。


 そんなある日。


 ステラは森の中で違和感をおぼえた。

 エサ場にはま新しい噛み跡。水場にはくっきりした足跡。

 なのに森の獣たちの気配がない。いや、正確には、気配がうすい。


 森にすむたくさんの獣たちが、いっせいに巣穴に籠もり、息を殺している。

 目を凝らし、耳をそばだて、近づく危険に備えている。

 それはまるで嵐の前日のようだ。


 ステラもつられて警戒する。

 獣たちがそこまで怖がる存在とは何ものか。

 山じゅうに顔の割れてしまった狩人か。はたまた……


(巨大な魔獣とかじゃねぇだろうな……)


ステラのあごを汗が伝った。


──コツリ……


石が落ちたような音。


 すかさずステラは顔を向ける。

 張り詰めたセンサーがとらえたその音は、どうやら30メートルほど離れた小さな沢の辺りからしたようだ。

 石ころの転がるそこには、風に揺れるしげみ以外、動くものはない。


 しかし、狩人ステラの目には、そのしげみの向こう、シカや小さなクマが通れそうな獣道が見えていた。


(追うか?それとも今日は引き上げるか……?)


視線を切らずに考える。

 場所、地形、天気など、さまざまな条件をつっこんで回す頭が、ひとつの記憶を引っぱり出した。


(……父さんの足音?)


5年近く前の嵐の夜、家を出ていった父アルカスの足音が、なんでか重なった。


「スゥ…………ふぅ……!!」


 深呼吸をひとつ。

 血が巡る。

 体が動く。


(行ってみるか……!!)


 最悪を想定。

 すぐさま逃げる心構えをし、息と足音を殺して沢へ近づいた。


 沢の先の獣道には、クッションみたいな地面に新しい足跡がついていた。

 落ち葉の積み重なった地面で、足跡の形はハッキリしない。

 だが、その歩幅からだいたいの大きさは読み取れる。


(シカじゃない。クマなら小型でかなり急いでる。でも、人なら……)


足跡は山の上の方へ続いている。


 ステラは日の高さを確かめた後、ゆっくりと、足跡を追いはじめた。



 それから1時間あまり。

 足音は聞こえず、森も息をひそめている。

 点々と途切れる足跡を、経験とカンを頼りにおぎない進むと、開けた場所に出た。


──サァァァァァァァ……


 吹き抜ける風の音。みずみずしい匂い。あざやかな緑。


 そこは山の主の広場だった。


(あの並木以外からは初めて入ったな)


ここへ来るのも久しぶりだ。

 雪が降ったら山には登れないし、春になってからはクラース村の食糧確保に走りまわっていたから、ここへ来る時間を作れなかった。


 見る角度が違うからか、むき出しの岩壁の形に違和感があったけれど、それよりも強烈にステラの目に刺さったのは、あの卵のような球体の、青い光だった。


 ステラはおそるおそる近づく。

 この日の草原には他の動物の姿がなく、何にも遠慮せずまっすぐ進む。


 卵は、太陽を反射しているわけではなさそうだった。

 淡い青色の光は、海の底から見上げる水面のように、やさしく揺らめいている。


 ステラはついにその正面に立った。

 初夏の日差しの温かさ、草原を吹く風の爽やかさ。

 その中にそうして在るのが自然であるかのように、その卵は光る。


 ステラは神頼みをするような男ではない。

 ないのだけど、どこか感じる神々しさに、手を合わせようとしていた。



 そのときだった。



──ピシッ


何かが割れる音。もしくはヒビが入る音。


 ステラはとっさに身構える。落石か、獣の襲来か。


──ピシシッ


しかしそのいずれでもない。


──ピシパキッ


それは卵の割れる音だった。


 辺りを見回したステラが、ふたたび目の前の球体に視線をそそぐ。


──パキキッ……パキッ


縦に、いなづまのようにヒビが入り、きらめくカケラが辺りに散る。


──パキンッ


ただ見守るしかなかったステラの前で、青い卵はかえったのだった。


 ぱっくりと割れた殻は左右に転がり、青い光はホタルのように舞い、消えた。

 そしてその真ん中に現れたのは、ぺたんと座り込んだ女の子だった。


 そよぐ草に触れそうなほど長い黒髪は、かすかに残る青い光をまとって、星の輝く夜空のよう。

 まっすぐに見つめる大きな目は、金色で温かなお日さまのようだ。

 ほんのり赤くて薄いくちびるは春の花を思わせ、白い肌は冬の雪を思わせる。


 その、黒髪の女の子が首をかしげた。


 そしてステラはハッとする。

 思わず見とれてしまっていた。目から入る情報が頭の中でグルグルして、パンクしかけているのが分かる。

 ひとつ息を吸って、大事なことからやっていこう。


「えっと……きみは、大丈夫?」


荷物を降ろし、膝をついて、女の子と視線を合わす。


「……んん?」


じっとステラを見ている女の子は、きれいな声をもらしながら、頭をコテリと反対側へかしげた。


(言葉が通じてないのかな?)


 本当にこの球体が卵なら、この子は生まれたばかりということになる。

 ならば言葉は通じないつもりで接した方が良いかもしれない。


「えぇと……僕はステラ」


今度は身ぶりをまじえ、自分を指して名を名乗る。


「う……てら……?」


舌足らずな女の子が、一生懸命にステラの後をなぞって言葉をつむぐ。


「ス・テ・ラ」


「す、て、ら?」


「そう。ステラ」


うなずいてほほ笑むと、女の子は笑顔を満開にした。


「ステラ!!」


まばたきする間もなく、女の子は、それこそロケットみたいな加速度で、ステラの胸に飛び込んだ。


「ごふっ!!?」


草原で仰向けに倒れたステラは、息のしかたを忘れたようにむせてしまう。


「ス~テラ♪」


そして彼を敷布団にして、少女はニコニコと笑うのだった。


 けほけほと何度か咳払いをして、ステラは声を取りもどす。

 その落ち着いた様子を見ると、女の子は体を起こした。


 いまさらながら、一糸まとわぬその姿を認識して、ステラは顔をまっ赤にする。

 まっ白なお腹が見えて、あわてて視線をそらした。


 女の子はそんなステラもお構いなし。

 彼の口を覆うように手を当てると、ほっぺをむぎゅと掴み、顔を自分へ向けさせる。

 そしてもう片方の手で、彼を指した。


「ステラ!」


彼の名を呼ぶ。そして次に、自分の顔を指し示した。


「ナキ!」


それはステラが名乗ったのと同じ動きで。


「きみ、ナキって言うのか」


理解したステラがそう呼ぶと、少女はふるふると震え、嬉しそうに頬を赤らめながら、ふたたびステラの胸に飛び込むのだった。


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