第7話 別れの日
ステラは父アルカスから狩りの手ほどきを受けるようになっていた。
7歳になったステラは、ついに自分の弓を作ってもらった。
まだまだ体の小さいステラにも取り回しやすい小さな弓で、射程はそこまで長くないが、シカのような大きな獲物でも、首に当てれば仕留められるほどの威力があった。
狩りには、父アルカスだけでなく、父の狩人仲間のダットや、父の弟子のサギッタと一緒に出ることも増えた。
そうした1人前の狩人についていけるよう、ステラは収穫なしで帰った日にはトレーニングを積むようになった。
前世の学生時代にやっていた部活の練習や、短かったけれど勤めた教員時代に読んだ指導書も役立てたが、1番参考にしたのはSASUKE選手のトレーニングだ。
見るために転職するほど好きだったこともあり、記憶は鮮明。
悪い足場を駆け抜けるための体幹や、そもそものスピードを磨く鍛錬。そしてその安定感を増すためのメソッドは、山中を駆ける体を造るのに適している。
それに上半身を極限まで鍛える3rdステージ用のトレーニングは、父アルカスが使っていたような、強い弓を扱えるようになるまでの、近道にもなるはずだ。
帰宅したらその日の成果を報告し、次の日に向かう狩場を相談する。
それが初めて向かう狩場だと、翌日は父アルカスがつき添うことになるのだった。
近場のくくり罠で小さな獲物を、離れた場所では弓で大物を、その中間では採取をするのがステラのやり方となった。
大きな動物はナワバリ意識や警戒心が強く、村の近くにはあまり出ない。
そしてあまり遠い所に罠を仕掛けると、確認が面倒なためだった。
そんなふうに狩りを続けて、分かってきたことがある。
ひとつは、植物も動物も、ステラの知る、奏汰の記憶の動植物とほとんど変わらないということ。
植物や虫は地域で大きく変化しやすいから油断できないけど、少なくともウサギやシカやリスやネズミ、イノシシやキツネやイタチといった動物たちは、知っている通りの生態だった。
あくまで「生態は」だが。
知っていたこととの違いは、狩った獲物を解体したときに胸から出てくる石だ。
何かの鉱石のようで、形はまちまちだけれどもゴツゴツ、トゲトゲとした規則性を感じさせるフォルムをしている。
透きとおっていて、色は青っぽいが、光に照らすときらきらと七色に輝いた。
大きさは、それこそ千差万別で、同じ種の同じくらいの大きさの動物から、大きなものも小さなものも取れた。
クラース村の人々は、その石を「輝石」と呼んだ。
ステラの知識で輝石と言うと、公園の砂場でも見られ、中学の教科書にも載るメジャーなケイ素系鉱物なのだけど、それとは別物で間違いない。
クラース村で取れた輝石は、色々なものに加工される。鍛冶屋が鍛えてナイフや矢じりになったり、粉末にして着火剤にしたり。
ステラが初めて獲った野ウサギの輝石は記念にそのままもらったが、たいていの場合、解体した肉屋が長老に渡し、村の中でどう使うか管理されている。
あの巨大な魔獣が村を襲った日、父アルカスがトドメに使った矢に使われていたのも、大きな輝石だったらしい。
ステラが獲物を村に収めるようになり、クラース村の経済もだんだん分かるようになってきた。
基本は長老のおばあが均等になるようアイテムを配る配給制で、プラス自分で採ったり作ったりしたものとの物々交換。
ときどき村の外から行商人や、軍人とおぼしき人がやってきて、何やら売ったり買ったり交換したりしているようだ。
何にせよ村はのどかで、豪遊することは難しいけど、飢えることもない、村人の多くが自分の仕事に精を出す、平和な場所だった。
ステラの家を除いて。
ステラの家では、両親が体調を崩していた。
父アルカスは両の手足にしびれをきたし、長老のおばあが調合した薬を塗ってぐるぐる巻きにされている。
母オラーレはお腹が痛み、食事が喉を通りにくく、やせ細ってしまった。
2人とも、ブロンドの髪から艶がなくなり、白い肌からはハリが消え、青い目に力が入ることがぐっと減ってしまっていた。
いつからそうだったのかは分からない。
けれどそれは少しずつ進行し、おばあの看病の甲斐もむなしく、2人は立つことも難しくなっていった。
ステラは凄まじい速さで山を駆けた。
神経を研ぎ澄まし、獲物をとらえ、昼前には家に帰った。
そして日に当たって少し具合の良くなる両親と、一緒に過ごす時間を増やした。
母オラーレは、調子の良い日は一緒に台所へ立ち、並んで夕食をこしらえた。
そうして囲む食卓は、嬉しくて切なくて、いつもより塩っけが強い気がした。
調子のあまり良くない日には、ベッドサイドで縫い物をした。
ステラが獲ってきた毛皮をなめし、それを材料に、ブーツ、外套、ナイフの鞘など、色々なものを作った。
ステラは、奏汰の趣味だったコスプレ制作のノウハウを思い出しながら作っていて、母オラーレはその出来栄えに驚き、そしてたいそう喜んだ。
父アルカスは、いよいよ自分の持つ知識の全てを託そうと、狩場や、獲物になる動物の群の周回パターン、有効な仕掛け、そしてひと休みにちょうどいい漁場など、多くの話をするようになった。
調子の良い日はステラが弓を引く姿勢を見て、より安定するよう手取り足取りコーチングした。
ステラは、そうした父と母の思いも感じ取っていた。
自分の命が短いことを悟り、子のためにできることを考える2人。
一緒に過ごしている間は、2人につられて寂しさや悲しさにひたってしまうのだけど、その実、ステラの中にある大きな感情は怒りだった。
(どうして2人がこんなメに遭わなきゃいけないんだ!!)
自分が生まれる前のことは知らない。
自分が見ていない間のことは知らない。
けれど、ステラにとっては良い両親で、絶えまなく自分を磨く努力のできる人で、尊敬する人だ。
そんな人の頑張りが報われず、その命が尽きようとしている。
(そんな理不尽があってたまるか!!!)
ステラの抱く怒りは、世界に向けた怒りだ。
誰が悪いわけでもない。だからその怒りが向かう先を見つけることはないのだけれど、それでも、怒らずにはいられなかった。
そんな暗い日の続いた、ある秋の日である。
ステラの誕生日が近づいていたのだけど、ステラ自身にそれを気にする余裕はない。
弱りゆく両親を目にしての心の部分はもちろんだが、物理的にもそうだった。
何せ、村に嵐が到来していたのだから。
ごうごうと吼えるような音で風が家々を叩く。
鼻の奥をスッと通る雷の匂いがすると、すぐにバチバチと大粒のしずくが屋根と壁にぶつかりだした。
雲が重くたれるにつれて動けなくなる両親に代わって、ステラは窓に鎧戸を降ろし、ドアのすき間へ麦わらを詰めて浸水に備えた。
緊急時に特有のハイテンションと、慣れないことをしての疲れが混ざって頭はグニャグニャしてきている。
けれども最後に、避難しなきゃならないときに備えてお腹を満たそうと思い付いた。
煙突にフタをしているので火が使えず、作り置いていたシカ肉のローストを切り分けてパンに乗せ、塩とスパイスを振って両親と食べた。
できることはやりきり、あとは家が丸ごと吹き飛ばないよう祈るだけ。
人事を尽くして天命を待つ、の心境にいたったステラは、深夜と変わらぬ暗さの夕暮れ時、寝床に潜り込んだのだった。
深夜。
コツリ、と、石が床に落ちたような音でステラは目をさました。
月明りのような淡い光が部屋に満ち、誰かがすこし離れたところに立っているのが見える。
ステラは火事場泥棒かと身がまえ、息を飲んだ。
耳には、びゅうびゅうと外を吹く風と、パラパラと屋根を叩く雨、そしてそれらを受けてカタカタと揺れる鎧戸の音が届く。
(あれ?じゃあこの光は何だ?)
鎧戸の揺れる音がする、ということは、窓が頑丈に覆われているワケだし、雨の音がするのだから、そもそも月明りが見えるハズはない。
そしてその人物が泥棒なら、室内を物色する音が聞こえてもいいハズだ。
──コツリ……コツリ……コツリ……
石のような無機質な音が、少しずつ遠ざかる。
(遠ざかってるなら、コッチ向いちゃあいないだろ)
口元まで上げていた布団を下げ、その背中を見てやる。
その人物は、ガッシリした体格で、すらりとした手足から、月のような淡い光が発されている。
よく見ると光のもとは輝石のような、結晶状のもののようだ。
──コツリ……コツリ……コツリ……
その人物は、ゆっくりと玄関扉の前まで進むと、ステラが詰めた麦わらをドアのすき間から引き抜き始めた。
ステラはその様子を見てやっと、その背中と見知った顔とが結びついた。
「父さん……?」
呼ばれた父アルカスは、玄関扉の前でビクリと身を震わせた。
引き抜いた麦わらを力なく床へ落とし、ふぅう、と深いため息をついた。
「起こしちゃったか……ゴメンな」
未だ静かな寝息を立てる母オラーレを気遣ってか、低くおさえた声でアルカスは返事をする。
「平気。父さんはどこか行くの?」
ステラは体を起こす。
「そうだな。ちょっと、メモリア山の主のところへ、お参りにな」
扉にセットされていたかんぬきが外れる。
「それなら一緒に行くよ」
心配で、ステラはベッドから起き出した。
「ステラ」
それを止めるように、アルカスの声が通る。
「お前は、あと5年もすれば、俺を超える狩人になる。10年もしたら、きっと世界が驚くような男になる。ステラ。クラース村と母さんを、頼んだぞ」
扉が開き、アルカスは駆けだした。
びゅうびゅうと吹く風は彼の足音を覆い隠し、降りつける雨は足跡をかき乱す。
淡い光はあっという間に森へ消え、着のみ着のまま飛び出したステラは、ただ茫然と村のはずれで立ち尽くした。
クラース村に雪が降っても、アルカスが戻ることはなかった。
村人たちは動揺して、アルカスの弟子だったサギッタなんかは、狩りもそっちのけでアルカスを探す日さえあった。
肉屋のグラディウスも元気が無く、村はポッカリと穴があいたようだった。
ただひとり、ステラの母、アルカスの妻のオラーレだけは、
「あの人は、そういう人だから」
と、すこしだけ悲しそうにほほ笑んだ。
そのオラーレも、雪が積もった日の午後に、最期のときを迎えた。
数日前から、家には多くの人が詰めかけ、少しずつ思い出話を交わし、たくさんの笑顔が生まれた。
最後にやってきた長老のおばあと、オラーレは天気の話をし、一緒にいたステラへそのまま話しかけた。
「ステラ。私の自慢の子……」
力なく持ち上げられた手を、ステラはそっと握る。
「あなたは賢い子だから、自分より他のひとを大切にしてしまいがちね……」
その声は細く、窓の外に積もる雪へ吸い込まれていくように、するりとステラを抜けていく。
「私も、アルカスも、一緒にいてあげられないけど、困ったときは、長老とリベールおじいさまを頼りなさい」
ステラがうなずくと、オラーレはその細いてをさらに伸ばして、ステラの手を抜け、彼の頬に触れた。
「ステラ……あなたの名前はね……あなたが生まれた日の朝に、流れた流れ星がもとなの……」
ステラは、オラーレの震える手に自分の手を添える。
「あなたは……自由に駆けていいのよ……それがきっと……暗い夜を裂く……ひとすじの光になるの……」
ふわりと雪がとけるように、オラーレの力が抜けた。
ステラは、雪に埋もれる家の中で、そっと母を抱きしめた。
それからステラは、村の外れにあるリベールの家で過ごすようになった。
元の家へは時おり戻り、掃除や修繕をするものの、3人用の住まいは少年のステラにいささか広すぎた。
冬のあいまの、雪のやんだ日に、リベールが主だって母オラーレのお葬式を執り行った。
参列者は持ちよった小さなブーケを死者にささげ、短い祈りを添えて後にする。
それが済むと、ステラと、リベールと、長老の3人で、村のはずれで焚き火をして、オラーレを荼毘にふした。
夜が明ける頃に火は尽き、けむりも経たなくなってからきれいなツボに灰を詰めた。
母の一部を拾っては詰めていると、その中にキラリと光る輝石が座っていた。
リベールはそれをステラに手渡す。
村の墓所に掘った穴へとオラーレの入ったツボを埋め、木の杭を立てて墓標とし、そこにオラーレの輝石を納めた。
全てが終わるともう空は暗く、またちらちらと雪が舞い降りはじめたのだった。




