最終話 星を射つ日
体に宿した宝石の影響で、魔獣と化しつつある少女ナキ。
彼女を仕留めて魔獣討伐の手柄としたい魔導兵団を、白ヒゲの老人リベールと、褐色肌のクリスはクラース村跡地で食い止めた。
そして狩人の少年ステラは、ナキの待つメモリア山の高原を目指し、1人、夜の森を進むのだった。
森の中を、ステラは黙々と歩く。
歩いているうちに、いろんな景色や人の顔が、浮かんでは消えていく。
それに続いて、お肉を焼くのに試したみたいスパイスの組み合わせや、侵略に備えた都市の防衛機構が。
麦を加工する機械の設計や、山歩きにも耐えられるカッコカワイイ系ブーツのデザインも。
歩いていると、浮かんでは消えていく。
(ブーツのデザインはナキ用に使えそうだな)
黙々と歩いていると、いろんなアイデアが次々に浮かんでいく。
昔から──前世のころから、そういう性質はあったのだけど、このところはすっかり鳴りを潜めていた。
なぜって、歩くときはいつもそばにナキがいたから。
(何もかもが上手くいったら、こうして1人で歩いて物思いにふけるのも、また無くなるんだろうな……)
嬉しさと寂しさとが混ざったような想いを生む、都合のいい妄想。
自分は無事で、ナキも人になって。クリスが白い歯を見せて、リベールもほほ笑んでいる。
クラース村のみんなに紹介して、宴をもよおして。
レオや寄宿学校のみんなも、ヤマダやコルヌや、仲良くなった人たちも一緒になって、火を囲んで星を見ながら歌って踊って飲んで食べて……
そうはならないことは知っている。
王都の軍に向けて牙を剥いたステラやクリスは、もうあの地を踏めないだろう。
村の人たちに会いに行けば、隠れ里がばれる可能性もある。
長老だって死んでしまったし、他の村人も無事に生きて残れるかどうか。
そんな村人の脱出のため、その身を張ったヤマダは、おそらく命を散らしただろう。
何よりステラもナキも、次の朝を生きて迎えられる保証がない。
ステラは、ふと足を止めそうになる。
(『上手くいった』って言えんのかな……)
どよりとまとわりつくような感覚に、足を取られそうになる。
それを、近くの木に手をついてなんとかこらえた。
身を起こすと矢筒へ手を伸ばし、目印の矢を幹に突き刺して、また次の1歩を踏み出す。
(いったい、何がどうなったら正解なんだろうな……)
答えが無いと分かっている問いが頭に浮かぶ。
(リベールは、なんで自分じゃなくて俺をいかしたんだろう)
答えの分かっている問いも頭に浮かぶ。
メモリア山を登り、サラーハ姫が残した魔石との決着をつけるのは、誰でもよかった。
そこに姫がいるのならリベールが行ったのだろうし、それがたまたまナキだったからステラにお鉢が回ってきた。
決着をつける気になったきっかけは、何も知らない女の子が犠牲になったことへの責任感と、十分に生きたという満足感なのかな、と考える。
(なんで俺は、ここに生まれたんだろうな……)
問いかけが、だんだんと自分自身へ向かっていく。
(なんで前世の、現代日本の記憶を持って生まれたんだろう)
ステラは、持って生まれた知識を、ほとんど使わなかった。
人類が何千年と積み重ねた知識を使えば、多くの人を従えることも、巨万の富を築くこともできただろう。
物理学と栄養学といくつかのスポーツ知識を自分のために使ったヤマダでさえ、その才を認められ一軍の将にまでなった。
けれどステラは「刃物の扱いは気をつける」とか「鍛錬は欠かさずやった方がよい」とか「情けは人の為ならず」とか、その程度のものしか使わなかった。
なぜって、自分である意味が分からなかったから。
なぜ自分が、星崎奏汰の記憶を持っているのか。
それはきっと、この世界に星崎奏汰の記憶が、知識が、必要だったからだ。
誰かがそれを欲し、流れ星に願いを込めた。
そして星がそれに応えた。
けれどなぜ?なぜ星崎奏汰である必要があった?
それが分からなくて、ステラは奏汰の知識をうまく使えずにいた。
自分が自分である意味が分からなくて、自分の生に納得できなかった。
それは奏汰であるころからの性分でもあり、損なところであり、魅力であった。
ステラ自身は気づいてないけど、彼は自分が納得しないと動かないから、人を裏切ることがなかった。
だから彼を知る人々は、彼を頼り、彼の力になろうとし、彼を信じた。
ステラは考えているうちに、山の主の草原の、前の並木道に着く。
たわんだ枝の先には熟れた実がなり、収穫の時を待ちわびている。
先の草原からは風の吹く音が聞こえ、主への謁見を歓迎するようだった。
ステラは矢筒から最後の矢を引き抜いて、並木の1つに突き立てる。
靴ひもをきつく締め、襟を正し、こぶしを結んでは開いて指先の感覚を確かめた。
そうして大きく息をして、高鳴る胸を落ちつけると、木々の間を抜けて草原へと歩み出た。
草原は、以前と大きく変わったところはない。
ところどころにたたずんでいた動物たちが、輝石と化しているくらいか。
しかしステラの目には、大きく変わって映っていた。
「ナキ!!」
青白い岩山に、腰を降ろしている少女がいる。
白い肌、黒い髪、指先から胸元までと足先から腰までを覆う青い石の鱗、そして月のように輝く黄金の目。
名前を呼ばれたその少女は、その金の目をまん丸にして、手で口を覆い立ち上がった。
ナキには信じられなかった。
ずっと、近づいてくるのはリベールだと思っていた。
会いたくて、けど会いたくなかった特別な人が、突然目の前に現れたのだ。
声も出ず、身じろぎもできず、1歩、また1歩と近づく少年を見つめている。
「ナキ!」
ゆっくり近づくはずが、まるで脚に心があるみたいに、1歩ずつスピードアップする。
歩いていたのが、早足になり、駆け足になる。
草原の風を追い越して、ステラは少女のもとへと走る。
──パキキ……パキキキ……
ステラが近づくたびに、彼の手足はきしむような音を立て、青い魔石の粒を生やした。
それは射殺した父から受け継いだ魔獣の呪い。
本来ならば何年、何十年とかけて進行する、人でなくなる呪い。
けれど金の目の少女の胸には、母から受け継いだ『卵』と、老婆から受け継いだ『種』が埋まっていた。
それに近づいていくたびに、ステラの呪いは進んでいく。
指先から始まり、手首や、ひじの近くまで、青く輝く結晶が浮き上がる。
ステラとナキの2人ともが、人であることを辞め、ただの獣と化すのなら、2人の距離はゼロとなり、むつまじく交わったのだろう。
けれど、ナキはそれを「よし」としなかった。
ステラが人でなくなることに耐えられなかった。
ステラがステラでなくなることを、認める自分を許せなかった。
その痛みと怒りは、だいすきな人と触れあうよろこびよりも大きかった。
金の目の少女は、青い鱗に覆われた翼を広げ、ばさり、とはばたく。
その風圧にも負けず、狩人の少年は草原を駆ける。
「ナキッ!!!」
自分を呼ぶ声より速く、金の目の少女は空へ昇った。
自分を呼ぶその人に抱きつけないのは、身が裂けるほど悲しかった。
「ステラぁあ!!!」
思わず、彼の名前が口から出て、涙と一緒に地上へ降る。
「ナキぃいッ!!!」
思わず、彼女の名前が口から出て、少年は空を見上げる。
星明りに浮かぶ彼女は、幻想の生き物のようだった。
四肢は青く透きとおった鱗に覆われ、大きな翼を背に生やし、長いしっぽをたなびかす。
頭には控えめな、けれどきれいなツノを持ち、天に座すその姿は、まるで竜のようだとステラに思わせた。
なりかけとは言え、竜の涙は魔石より高純度の力のかたまり。
ナキの落としたしずくには火が灯り、ステラへ届く前に燃え尽きた。
ステラはこぶしを握る。
結晶化した指はバキバキと音を立てて割れるけど、彼は構いもしなかった。
星と同じ、空にある彼女へは、この手はもはや届かない。
言葉も、届く前につゆと消えてしまうだろう。
彼女に想いを届ける方法は、今、ただひとつしか残っていない。
「痛かったら、ごめんな」
届かないと知りながら、ステラはナキへ謝ると、その背から弓と、包みを取った。
好きだから、護る。好きだから、大切にする。好きだから、傷つけない。
そう思い、考え、過ごしてきた自分と一緒に、包みの布を取り、捨てた。
そして少年は初めて、想い人を傷つける決意をする。
傷つけたくなんかない。
けれど、つけた傷を自分の命を懸けてつぐなうと誓い、傷つける覚悟とする。
「これで解決できるじゃろう」と言った義父の言葉を信じて。
必ず当てる、父から授かった技術を信じて。
ステラの右手、風に舞った布の中から出てきたのは、1本の矢だった。
矢じりには、こぶしよりひと回り小さい、赤い宝石。
丸い宝石の表面は、いたる方向に小さなトゲが突き出ていて、空にまたたく光のようだ。
それは100年前に力を宿した『終わりの星』。
『卵』が始め、『種』が広げた魔道を終わらせるもの。
とうに限界を迎えた我らが父の、鼓動を打っていた、命のカタチ。
白いヒゲの老人から預かった、彼の使命だ。
狩人ステラは、矢をつがえ、弓を引く。
呼吸を止めてたっぷり1秒。
高鳴る鼓動をつかまえて、引き絞った弓越しに、想い人をじっと見る。
かなたの空に座す金の目の少女ナキは、ステラの瞳に射抜かれる。
瞳に込められた想いは星のきらめきよりも疾く、天翔ける竜となった彼女にも、躱すすべは無かった。
その想いの名を、少女は知らない。
その想いの名は、この世界にはない。
けれど受け取ってしまったから、貫かれてしまったから、金の目の少女ナキは、想いを返さずにはいられない。
──ッぇラァァァアアアアアアアアアアアアア!!!!!
喉まで石の鱗に覆われて、人の言葉は失われていた。
それでも少女は、答えずにはいられない。
その爪で、鱗を割り、皮膚を裂き、肉をえぐって胸を開く。
心臓と一緒になって脈をうつ、宝石『始まりの卵』と、それに絡むように根を張った『広がりの種』。
それをむき出しにして、だいすきな人を叫ぶ。
竜となった少女の鱗のかけらが、血のしぶきが、涙が、こうこうと燃えながら、流星のように降り注ぐ。
いくすじも、いくすじも、満点の星空が落ちてくるかのように、大地を照らして降り注ぐ。
その中心、星の降る地の真ん中で、想い人の返事を受け取ったステラは笑った。
それは敵に向けた不敵の笑みでも、獲物に向けた喜びの笑みでもない。
ひとと想いが通じあった、かけがえのない時間が生む、何よりもやわらかいほほ笑みだった。
(俺は、このために生まれたのかもしれないな)
少年はひとつの答えを得た。
そして、終止符をうつ。
石と化した両手はヒビが入り、痛みに神経が焼けそうだ。
血はごおごおと沸き立って、体の端々を破ってあたりに散る。
バチバチと鼻先に火花が舞う。
「ナキ──」
けれどステラの両の瞳は、想い人をとらえて離さない。
「──愛してる」
千の、万の、無数の星の降る夜に、ただ一条の流星が、かなたの空へ舞い上がる。
この世の全てを超える速度で、その星は飛んでゆく。
重力を断ち切って、長い尾を引きながら、注ぐ星々に逆らって、想い人へ向かってゆく。
(この矢は、たとえ私がどこにいても、きっとこの胸に届くんだ)
金の目をしたナキは、真っ赤な流星を見ながら思う。
それは、矢の宝石が、自分に連なるものだからではない。
放ったのが、世界一の狩人だからでもない。
送り主の少年と、受け取り人の少女の心が、つながっているからだ。
ナキの胸へと飛び込んだ、赤く輝くその『星』は、引かれあうように『卵』と『種』へ命中する。
太陽と見まがう光を発し、まるで灰になるように、人を超えた力の石が、役目を終えて崩れていく。
世界を裂く轟音を響かせ、魔術の終わりを知らせるように、力を解き放っていく。
(ああ、嬉しい……嬉しいな……)
矢を受け取った女の子は、胸を抱くようにしてほほ笑んだ。
(こんな、星を射ち落とすみたいな矢、命をかけなきゃ放てない)
ステラが命をかけたもの。それが、自分に向けられたのが嬉しくて、ナキは、ただただ笑っていた。
光が尽き、音が尽き、夜の闇と静寂が辺りを包む。
金の目をした少女は、体をぼろぼろと崩れさせ、かなたの空から落ちてくる。
青い石の鱗ははがれ、ぱらぱら、きらきらと、彗星のように尾を引いた。
大きな翼は穴があき、風に裂かれて力を失い、体を守るようにたたまれた後、根本から朽ちて空に散った。
長いしっぽは抜け落ちて、輝いていたツノも霧のように消えてしまった。
狩人の少年もまた、変化を迎える。
手足の先に析出した、鉱石の結晶が、ひとりでに砕けて散っていく。
皮膚は裂けたりなくなってたり、血は出るし風はしみるしでさんざんだけど、想い人にその手が届きそうで、それだけで痛みは消えた。
ステラは懸命に走った。
それまでの彼とは比べようもない遅さ、普通の人が散歩するくらいの遅さで、けれど懸命にナキを追った。
登り始めた朝日に照らされ、風に流され落ちてくる、愛しい人を受け止めるべく。
ぎりぎりで追いついて、ステラはナキと地面の間に滑りこむ。
どしゃあ、と、彼女の下敷きになるよう倒れ込んで、どこへも行かないよう、両手で抱きしめた。
「えっと……大丈夫?」
ステラはおそるおそる目を開ける。
「ふふ。ステラこそ、大丈夫?」
生まれたままの姿のナキが、胸に短い矢を抱え、じっとステラを見つめている。
「あぁー……痛いところはあるけど、まあ、なんとかなるかな」
ナキを抱える手に、彼女の肌の感触が伝わっているのを感じて、やっと、自分の生を実感した。
「痛いの!?」
がばり、と、ナキは起き上がる。けれどステラは、彼女の肩に置いた手を放さず、引き寄せた。
「大丈夫。だから今は、さ……」
真剣な顔のステラに、ナキは笑う。
「そっか。じゃあね、したいこと、いっぱいあるの。お話しして、お食事して、お昼寝して!」
「俺も、やりたいこと、たくさんあるんだ。ブーツのデザイン思いついたし、きれいな服も着せたいし、あと……」
「……んん?」
頬を赤くして目をそらしたステラを、ナキはじっとのぞき込む。
「俺は、ナキと、ずっと一緒にいたい」
ステラは目の前の少女のくちびるに、そっと自分のそれを重ねた。
「ッ~~~~~~~~~!!」
ナキの頬もみるみるうちに赤くなって、けど、金の目を嬉しそうに細くして。そして、ちゅっと返事をする。
「ステラ。私も!」
メモリア山へそそぐ朝日に照らされて、2人は笑い合いながら、草原で風を感じているのだった。
お読みいただきありがとうございました。
『カナタのステラ』はこれにてお終いでございます。
もしもお声が多ければ、展開の都合で割愛したシーンなど、「○.5話」などとして追加するやもしれませんが、狩人の少年ステラのお話は、以上となります。
お読みいただいた方の心が揺れたり、くすりと笑っていただいたり、そんな時間を提供できたのなら嬉しいことこの上ありません。
それでは、また、いつか、どこかの世界にて、お会いすることを楽しみにしております。
作者:我龍天捿




