表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カナタのステラ  作者: 我龍天捿
40/40

最終話 星を射つ日

 体に宿した宝石の影響で、魔獣と化しつつある少女ナキ。

 彼女を仕留めて魔獣討伐の手柄としたい魔導兵団を、白ヒゲの老人リベールと、褐色肌のクリスはクラース村跡地で食い止めた。

 そして狩人の少年ステラは、ナキの待つメモリア山の高原を目指し、1人、夜の森を進むのだった。


 森の中を、ステラは黙々と歩く。

 歩いているうちに、いろんな景色や人の顔が、浮かんでは消えていく。

 それに続いて、お肉を焼くのに試したみたいスパイスの組み合わせや、侵略に備えた都市の防衛機構が。

 麦を加工する機械の設計や、山歩きにも耐えられるカッコカワイイ系ブーツのデザインも。

 歩いていると、浮かんでは消えていく。


(ブーツのデザインはナキ用に使えそうだな)


 黙々と歩いていると、いろんなアイデアが次々に浮かんでいく。


 昔から──前世のころから、そういう性質はあったのだけど、このところはすっかり鳴りを潜めていた。

 なぜって、歩くときはいつもそばにナキがいたから。


(何もかもが上手くいったら、こうして1人で歩いて物思いにふけるのも、また無くなるんだろうな……)


 嬉しさと寂しさとが混ざったような想いを生む、都合のいい妄想。

 自分は無事で、ナキも人になって。クリスが白い歯を見せて、リベールもほほ笑んでいる。

 クラース村のみんなに紹介して、宴をもよおして。

 レオや寄宿学校のみんなも、ヤマダやコルヌや、仲良くなった人たちも一緒になって、火を囲んで星を見ながら歌って踊って飲んで食べて……


 そうはならないことは知っている。

 王都の軍に向けて牙を剥いたステラやクリスは、もうあの地を踏めないだろう。

 村の人たちに会いに行けば、隠れ里がばれる可能性もある。

 長老だって死んでしまったし、他の村人も無事に生きて残れるかどうか。

 そんな村人の脱出のため、その身を張ったヤマダは、おそらく命を散らしただろう。

 何よりステラもナキも、次の朝を生きて迎えられる保証がない。


 ステラは、ふと足を止めそうになる。


(『上手くいった』って言えんのかな……)


 どよりとまとわりつくような感覚に、足を取られそうになる。

 それを、近くの木に手をついてなんとかこらえた。

 身を起こすと矢筒へ手を伸ばし、目印の矢を幹に突き刺して、また次の1歩を踏み出す。


(いったい、何がどうなったら正解なんだろうな……)


答えが無いと分かっている問いが頭に浮かぶ。


(リベールは、なんで自分じゃなくて俺をいかしたんだろう)


 答えの分かっている問いも頭に浮かぶ。


 メモリア山を登り、サラーハ姫が残した魔石との決着をつけるのは、誰でもよかった。

 そこに姫がいるのならリベールが行ったのだろうし、それがたまたまナキだったからステラにお鉢が回ってきた。

 決着をつける気になったきっかけは、何も知らない女の子が犠牲になったことへの責任感と、十分に生きたという満足感なのかな、と考える。


(なんで俺は、ここに生まれたんだろうな……)


問いかけが、だんだんと自分自身へ向かっていく。


(なんで前世の、現代日本の記憶を持って生まれたんだろう)


 ステラは、持って生まれた知識を、ほとんど使わなかった。

 人類が何千年と積み重ねた知識を使えば、多くの人を従えることも、巨万の富を築くこともできただろう。

 物理学と栄養学といくつかのスポーツ知識を自分のために使ったヤマダでさえ、その才を認められ一軍の将にまでなった。

 けれどステラは「刃物の扱いは気をつける」とか「鍛錬は欠かさずやった方がよい」とか「情けは人の為ならず」とか、その程度のものしか使わなかった。

 なぜって、自分である意味・・・・・・・が分からなかったから。


 なぜ自分が、星崎奏汰の記憶を持っているのか。

 それはきっと、この世界に星崎奏汰の記憶が、知識が、必要だったからだ。

 誰かがそれを欲し、流れ星に願いを込めた。

 そして星がそれに応えた。

 けれどなぜ?なぜ星崎奏汰である必要があった?


 それが分からなくて、ステラは奏汰の知識をうまく使えずにいた。

 自分が自分である意味が分からなくて、自分の生に納得できなかった。

 それは奏汰であるころからの性分でもあり、損なところであり、魅力であった。

 ステラ自身は気づいてないけど、彼は自分が納得しないと動かないから、人を裏切ることがなかった。

 だから彼を知る人々は、彼を頼り、彼の力になろうとし、彼を信じた。



 ステラは考えているうちに、山の主の草原の、前の並木道に着く。

 たわんだ枝の先には熟れた実がなり、収穫の時を待ちわびている。

 先の草原からは風の吹く音が聞こえ、主への謁見を歓迎するようだった。


 ステラは矢筒から最後の矢を引き抜いて、並木の1つに突き立てる。

 靴ひもをきつく締め、襟を正し、こぶしを結んでは開いて指先の感覚を確かめた。


 そうして大きく息をして、高鳴る胸を落ちつけると、木々の間を抜けて草原へと歩み出た。



 草原は、以前と大きく変わったところはない。

 ところどころにたたずんでいた動物たちが、輝石と化しているくらいか。

 しかしステラの目には、大きく変わって映っていた。


「ナキ!!」


 青白い岩山に、腰を降ろしている少女がいる。

 白い肌、黒い髪、指先から胸元までと足先から腰までを覆う青い石の鱗、そして月のように輝く黄金の目。

 名前を呼ばれたその少女は、その金の目をまん丸にして、手で口を覆い立ち上がった。


 ナキには信じられなかった。

 ずっと、近づいてくるのはリベールだと思っていた。

 会いたくて、けど会いたくなかった特別な人が、突然目の前に現れたのだ。

 声も出ず、身じろぎもできず、1歩、また1歩と近づく少年を見つめている。


「ナキ!」


 ゆっくり近づくはずが、まるで脚に心があるみたいに、1歩ずつスピードアップする。

 歩いていたのが、早足になり、駆け足になる。

 草原の風を追い越して、ステラは少女のもとへと走る。


──パキキ……パキキキ……


 ステラが近づくたびに、彼の手足はきしむような音を立て、青い魔石の粒を生やした。

 それは射殺した父から受け継いだ魔獣の呪い。

 本来ならば何年、何十年とかけて進行する、人でなくなる呪い。


 けれど金の目の少女の胸には、母から受け継いだ『卵』と、老婆から受け継いだ『種』が埋まっていた。

 それに近づいていくたびに、ステラの呪いは進んでいく。

 指先から始まり、手首や、ひじの近くまで、青く輝く結晶が浮き上がる。


 ステラとナキの2人ともが、人であることを辞め、ただの獣と化すのなら、2人の距離はゼロとなり、むつまじく交わったのだろう。


 けれど、ナキはそれを「よし」としなかった。

 ステラが人でなくなることに耐えられなかった。

 ステラがステラでなくなることを、認める自分を許せなかった。

 その痛みと怒りは、だいすきな人と触れあうよろこびよりも大きかった。


 金の目の少女は、青い鱗に覆われた翼を広げ、ばさり、とはばたく。


 その風圧にも負けず、狩人の少年は草原を駆ける。


「ナキッ!!!」


 自分を呼ぶ声より速く、金の目の少女は空へ昇った。

 自分を呼ぶその人に抱きつけないのは、身が裂けるほど悲しかった。


「ステラぁあ!!!」


思わず、彼の名前が口から出て、涙と一緒に地上へ降る。


「ナキぃいッ!!!」


 思わず、彼女の名前が口から出て、少年は空を見上げる。


 星明りに浮かぶ彼女は、幻想の生き物のようだった。

 四肢は青く透きとおった鱗に覆われ、大きな翼を背に生やし、長いしっぽをたなびかす。

 頭には控えめな、けれどきれいなツノを持ち、天に座すその姿は、まるで竜のようだとステラに思わせた。


 なりかけとは言え、竜の涙は魔石より高純度の力のかたまり。

 ナキの落としたしずくには火が灯り、ステラへ届く前に燃え尽きた。


 ステラはこぶしを握る。

 結晶化した指はバキバキと音を立てて割れるけど、彼は構いもしなかった。

 星と同じ、空にある彼女へは、この手はもはや届かない。

 言葉も、届く前につゆと消えてしまうだろう。

 彼女に想いを届ける方法は、今、ただひとつしか残っていない。


「痛かったら、ごめんな」


 届かないと知りながら、ステラはナキへ謝ると、その背から弓と、包みを取った。


 好きだから、護る。好きだから、大切にする。好きだから、傷つけない。

 そう思い、考え、過ごしてきた自分と一緒に、包みの布を取り、捨てた。


 そして少年は初めて、想い人を傷つける決意をする。

 傷つけたくなんかない。

 けれど、つけた傷を自分の命を懸けてつぐなうと誓い、傷つける覚悟とする。

 「これで解決できるじゃろう」と言った義父の言葉を信じて。

 必ず当てる、父から授かった技術を信じて。


 ステラの右手、風に舞った布の中から出てきたのは、1本の矢だった。

 矢じりには、こぶしよりひと回り小さい、赤い宝石。

 丸い宝石の表面は、いたる方向に小さなトゲが突き出ていて、空にまたたく光のようだ。


 それは100年前に力を宿した『終わりの星』。

 『卵』が始め、『種』が広げた魔道を終わらせるもの。

 とうに限界を迎えた我らが父の、鼓動を打っていた、命のカタチ。

 白いヒゲの老人から預かった、彼の使命だ。


 狩人ステラは、矢をつがえ、弓を引く。

 呼吸を止めてたっぷり1秒。

 高鳴る鼓動をつかまえて、引き絞った弓越しに、想い人をじっと見る。


 かなたの空に座す金の目の少女ナキは、ステラの瞳に射抜かれる。

 瞳に込められた想いは星のきらめきよりも疾く、天翔ける竜となった彼女にも、躱すすべは無かった。


 その想いの名を、少女は知らない。

 その想いの名は、この世界にはない。

 けれど受け取ってしまったから、貫かれてしまったから、金の目の少女ナキは、想いを返さずにはいられない。


──ッぇラァァァアアアアアアアアアアアアア!!!!!


 喉まで石の鱗に覆われて、人の言葉は失われていた。

 それでも少女は、答えずにはいられない。


 その爪で、鱗を割り、皮膚を裂き、肉をえぐって胸を開く。

 心臓と一緒になって脈をうつ、宝石『始まりの卵』と、それに絡むように根を張った『広がりの種』。

 それをむき出しにして、だいすきな人を叫ぶ。


 竜となった少女の鱗のかけらが、血のしぶきが、涙が、こうこうと燃えながら、流星のように降り注ぐ。

 いくすじも、いくすじも、満点の星空が落ちてくるかのように、大地を照らして降り注ぐ。


 その中心、星の降る地の真ん中で、想い人の返事を受け取ったステラは笑った。

 それは敵に向けた不敵の笑みでも、獲物に向けた喜びの笑みでもない。

 ひとと想いが通じあった、かけがえのない時間が生む、何よりもやわらかいほほ笑みだった。


(俺は、このために生まれたのかもしれないな)


 少年はひとつの答えを得た。


 そして、終止符をうつ。


 石と化した両手はヒビが入り、痛みに神経が焼けそうだ。

 血はごおごおと沸き立って、体の端々を破ってあたりに散る。

 バチバチと鼻先に火花が舞う。


「ナキ──」


けれどステラの両の瞳は、想い人をとらえて離さない。


「──愛してる」


 千の、万の、無数の星の降る夜に、ただ一条の流星が、かなたの空へ舞い上がる。

 この世の全てを超える速度で、その星は飛んでゆく。

 重力を断ち切って、長い尾を引きながら、注ぐ星々に逆らって、想い人へ向かってゆく。


(この矢は、たとえ私がどこにいても、きっとこの胸に届くんだ)


 金の目をしたナキは、真っ赤な流星を見ながら思う。

 それは、矢の宝石が、自分に連なるものだからではない。

 放ったのが、世界一の狩人だからでもない。

 送り主の少年と、受け取り人の少女の心が、つながっているからだ。


 ナキの胸へと飛び込んだ、赤く輝くその『星』は、引かれあうように『卵』と『種』へ命中する。

 太陽と見まがう光を発し、まるで灰になるように、人を超えた力の石が、役目を終えて崩れていく。

 世界を裂く轟音を響かせ、魔術の終わりを知らせるように、力を解き放っていく。


(ああ、嬉しい……嬉しいな……)


矢を受け取った女の子は、胸を抱くようにしてほほ笑んだ。


(こんな、星をち落とすみたいな矢、命をかけなきゃ放てない)


 ステラが命をかけたもの。それが、自分に向けられたのが嬉しくて、ナキは、ただただ笑っていた。


 光が尽き、音が尽き、夜の闇と静寂が辺りを包む。


 金の目をした少女は、体をぼろぼろと崩れさせ、かなたの空から落ちてくる。

 青い石の鱗ははがれ、ぱらぱら、きらきらと、彗星のように尾を引いた。

 大きな翼は穴があき、風に裂かれて力を失い、体を守るようにたたまれた後、根本から朽ちて空に散った。

 長いしっぽは抜け落ちて、輝いていたツノも霧のように消えてしまった。


 狩人の少年もまた、変化を迎える。

 手足の先に析出した、鉱石の結晶が、ひとりでに砕けて散っていく。

 皮膚は裂けたりなくなってたり、血は出るし風はしみるしでさんざんだけど、想い人にその手が届きそうで、それだけで痛みは消えた。


 ステラは懸命に走った。

 それまでの彼とは比べようもない遅さ、普通の人が散歩するくらいの遅さで、けれど懸命にナキを追った。

 登り始めた朝日に照らされ、風に流され落ちてくる、愛しい人を受け止めるべく。


 ぎりぎりで追いついて、ステラはナキと地面の間に滑りこむ。

 どしゃあ、と、彼女の下敷きになるよう倒れ込んで、どこへも行かないよう、両手で抱きしめた。


「えっと……大丈夫?」


ステラはおそるおそる目を開ける。


「ふふ。ステラこそ、大丈夫?」


生まれたままの姿のナキが、胸に短い矢を抱え、じっとステラを見つめている。


「あぁー……痛いところはあるけど、まあ、なんとかなるかな」


ナキを抱える手に、彼女の肌の感触が伝わっているのを感じて、やっと、自分の生を実感した。


「痛いの!?」


がばり、と、ナキは起き上がる。けれどステラは、彼女の肩に置いた手を放さず、引き寄せた。


「大丈夫。だから今は、さ……」


真剣な顔のステラに、ナキは笑う。


「そっか。じゃあね、したいこと、いっぱいあるの。お話しして、お食事して、お昼寝して!」


「俺も、やりたいこと、たくさんあるんだ。ブーツのデザイン思いついたし、きれいな服も着せたいし、あと……」


「……んん?」


頬を赤くして目をそらしたステラを、ナキはじっとのぞき込む。


「俺は、ナキと、ずっと一緒にいたい」


ステラは目の前の少女のくちびるに、そっと自分のそれを重ねた。


「ッ~~~~~~~~~!!」


ナキの頬もみるみるうちに赤くなって、けど、金の目を嬉しそうに細くして。そして、ちゅっと返事をする。


「ステラ。私も!」



 メモリア山へそそぐ朝日に照らされて、2人は笑い合いながら、草原で風を感じているのだった。


 お読みいただきありがとうございました。

 『カナタのステラ』はこれにてお終いでございます。

 もしもお声が多ければ、展開の都合で割愛したシーンなど、「○.5話」などとして追加するやもしれませんが、狩人の少年ステラのお話は、以上となります。

 お読みいただいた方の心が揺れたり、くすりと笑っていただいたり、そんな時間を提供できたのなら嬉しいことこの上ありません。

 それでは、また、いつか、どこかの世界にて、お会いすることを楽しみにしております。


 作者:我龍天捿

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ