第4話 父親の背中
奏汰が転生したステラが住む、メモリア山のふもと、クラース村へ、路線バスみたいなデカさのハチュウ類っぽい魔獣が襲来。村人が逃げ惑う中、広場のかがり火の前で、長老と手をつないだステラは、そんな魔獣と対峙することになった。
そばにはムキムキな肉屋のグラディウスおじさん、そして魔獣の背に、なんとかしがみついていた狩人の父アルカス。
はたしてステラの命運やいかに。
人間と他の獣の違いはいくつもあるが、その大きなひとつは、信じることである。
体長十数メートルの、鉱石の鱗をした魔獣を前に、幼いステラは父アルカスを信じた。
魔獣の背に乗り、どうにかその手綱を握らんと奮闘していたアルカスもまた、幼いながら、決意に満ちた目をした我が子ステラを信じた。
そこはメモリア山のふもと、クラース村の中央広場。
村を見渡す物見やぐらは崩し倒され、中ほどで焚かれたかがり火は、魔獣の足で踏まれている。
辺りには建材だった木片や、村の外周へ設置するために作られたたいまつと、その材料が散らばる。
幼いステラは、転生前から引き継いだ知識を頭の中でめくりながら、巨大なハチュウ類みたいな魔獣をにらむ。
「おばあちゃん、おじさん、静かにね」
かたわらに立つ、長老と肉屋のグラディウスにそう言うと、ステラはそろりとかがり火に近付く。
息を飲む大人たちに見守られながら、ステラはたいまつの材料のひとつ、着火用の油が入ったつぼを拾い上げた。
魔獣の上の、父アルカスを見詰め、ステラは自分の鼻をさし示した。
アルカスはうなずき、背中の弓を手に取る。
アルカスの装備は、この弓のみとなっていた。
矢筒は空っぽ。昼前に遭遇したこの魔獣に全て射かけ、両目を奪うのについやした。
森の木々をはらう用に持っていた斧は、掴まった部下を助けるために振るい、壊れたので捨ててきた。
獲物を解体するためのナイフは、予備ともども、この魔獣の首に突き刺してある。コレの背に取りついてから、コレが仲間に狙いを定めるたび、鱗のすき間に突き刺し、えぐり、痛みで気を散らさせることで仲間の被害を抑えていたのだ。
──グルルルルルルル……
かがり火の残骸を踏みつける魔獣。
ステラは、その鼻先に向け、油つぼを投げた。
もし、ステラの体が大きければ、投げつけた勢いでつぼは割れただろう。もしくは魔獣がほとんど動かなければ、高くへ放りあげることで割っただろう。日頃の的当て遊びで、それだけの技量は持っている。
しかしステラの体は3歳児で、このトカゲのような魔獣はせわしく動く。だからステラは、父アルカスを信じたのだ。
魔獣がチロリと出した舌をかすめて、つぼが鼻先へ迫る。
そこへ向け、アルカスは弓を振り下ろした。
──ガチャアン!
甲高い音を立て、器の破片と油が魔獣の鼻へ降り注ぐ。出していた舌にもかかったようだ。
ピクリ、と魔獣は身をこわばらす。
すると、次の行動を起こす前に、ふわりと舞い上がる火の粉のひとつぶが油についた。
──ギャァァァアアアアアア!!!
またたく間に魔獣は炎に包まれ、耳をつんざく叫びを上げる。
頭を振り、鼻や舌についた炎を消そうと、バクンバクンと口を動かす。
そこへ飛び込む影があった。肉屋のグラディウスだ。
彼はすばやく魔獣に近付き、持っていた解体用の大きな刃を、つっかえ棒になるよう魔獣の口に突っこんだ。
──アアアアアアアアア!!!
ステラの身の丈よりも大きな刃が、魔獣の上あごに刺さる。
のたうつ魔獣に潰されぬよう、グラディウスはすばやく身を引いた。
魔獣の背から飛び降りたアルカスも、弓を片手に着地してすぐ、我が子ステラを抱いて距離を取った。
「ウォオオオオオオオ!!」
見守っていた村人から歓声が上がる。
広場のすみで見守っていた若い衆が、槍や剣を手に集まる。
集会所にこもっていた人も、何人かやぐらのガレキ越しに見守っている。
そしてひとり、村の外れの方からのそのそと近付く人影があった。
「すまんの。遅くなってしもうた」
白ひげの老人、リベールである。
手に1本の矢を持ち、早歩きでステラやアルカスのもとへやって来る。
「呼んじゃあいませんよ、リベールさん。ここは危険です」
左肩を魔獣に向けた仁王立ちで、視線を敵に向けたまま、アルカスが言う。
敵を注視する意図もアルカスにはあったが、仲間に顔を向けない理由は別にあった。
しがみついていた魔獣が暴れるうち、やつの鱗やら、飛んできた石やら木片やらで額が切れ、顔面血まみれ。おまけにぶつけた右目が開けられない。
そんなサマを、仲間に、ましてや幼い息子に、見せたくなどなかった。
「そう言うな、アルカスよ。アレを倒すための矢を持ってきたのじゃ」
老人リベールはそう言い、持ってきた物をアルカスへ手渡す。
『矢』だと言われたそれは、名前のわりにシンプルでいびつな形をしていた。
細く真っすぐな棒には、狙い通り飛ばすための羽根がついておらず、矢じりは狩り用の金属ではなく、ステラのこぶしの半分ほど、4~5センチ大の、赤く透きとおった石でできていた。
「これが。普通に射っていいんですか?」
受け取った矢をクルクルと右手で遊ばせて、重心と重量から射程を考えながらアルカスは聞く。
「外殻越しではいまひとつじゃ」
「つまり口の中に放り込め、と」
ピタリと矢を止め、アルカスは不敵に笑った。
「お前ら、手槍をくれ。そんでできるだけ離れてろ」
若い衆からせしめた手槍を6本、足元へ刺す。
我が子ステラも、老人リベールも、若い衆も戦友グラディウスも下がらせて、アルカスは弓を掲げた。
巨大な魔獣に踏みならされたかがり火はほとんど消え、チリチリと炎を上げるのは魔獣の鼻先と、つぼを割ったアルカスの弓の上端だけ。
魔獣がフンスと鼻を鳴らし、ついに弓の端だけになる。
魔獣は怒りを込めてその火をにらむ。
憤怒と、憎悪と、殺意。それを一身に浴びながら、アルカスは掲げる弓に矢をつがえた。
「最後の射撃だ。ステラ、見とけよ」
アルカスは子に背を向けたまま、そう言って弓を引き絞る。
──アアアアアアアアア!!!
揺れる炎を目印に、狙いを定めた魔獣が叫ぶ。
大きく開いた口に、しかしアルカスは矢を放たない。
いびつな矢の射程は短く、加えて右目が塞がっては距離感を掴みにくい。
念を入れ、第2以下の矢として手槍を預かりはしたが、ただひとつの破魔矢を、万が一にも外すことはできない。
だからこそ、アルカスは魔獣の接近を待った。
──アアアアアアアアア!!!
ドスン、ドスンと魔獣は近付く。
グラディウスに刺された剣のせいで開けっぱなしの口から、ダラダラとよだれを垂らしながら、一歩、また一歩と距離を詰める。
そして、その矢は放たれる。
わずか2メートルを飛び、ギラリと並ぶ牙と、真ん中に刺さった剣をかすめ、魔獣の腹へと飛び込んだ。
──ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!
体が震えるほどの断末魔。
アルカスは残心をとり、すかさず手槍を弓につがえ、第2射を備える。
──ボンッ……ゴポッ……ゴボボッ……
一歩、よろめくように進んだ魔獣は、体内で何かが爆ぜるような音を立て、血を吐いた。
立ったまま2度、3度と血を吐いたのち、石像が倒れるようにゆっくりと、大地に崩れ、そして、動かなくなった。
村を静寂が包む。
手足に魔獣の血を浴びたアルカスが、チリチリと音を立てる弓を降ろすと、村中から一斉にひとびとの歓声が上がった。
この、冬の初めのクラース村で起きた巨大魔獣襲撃事件は、幼いステラはもちろんのこと、他の村人にとっても初めての出来事だった。
死者が出なかったのは不幸中の幸いだったが、骨折などの重傷を負った者が7名、すり傷のような軽傷も含めると13名がケガをした。
ケガ人の多く、特に重傷者は全てが、働きざかりの若い男で、彼らが回復するまでクラース村の生産力はガクンと落ちた。
特にケガもその影響も大きかったのは、ステラの父、アルカスだ。
あばら骨が何本も折れており、冬の寒さが折り返すまで動けなかったこともそうだが、何より、この事件で右目の光を失ってしまったことが大きかった。
村で1番の狩人が矢を当てられなくなり、村に入る肉が激減。
天敵がいなくなった山の獣たちがクラース村の近くまで降りてくるようにもなり、森の木の実や畑の作物が食われ、収穫量が減ってしまったのだ。
そうなると、村人をまかなうだけの食糧を求めて労働力を割かなければならないが、なかなかそうもいかない。
魔獣に壊された家を直し、物見やぐらも新たに建て、村の周りの柵も補強しなければならなかった。
特に柵は、これまでイノシシを防げれば十分、といった基準で造られていたために、あの魔獣のように大きなモノにとっては無いも同然だったから、同じ規模の災害を想定して、強固なものを早急に建てる必要があるのだ。
ステラの生活も変わった。
母のオラーレは長老のもとで村の復興を指揮するため、昼間に家をあけるようになった。
かわりに大ケガをした父アルカスが家の中で体を休めており、一緒にすごす時間が父と母とで反転したのだ。
アルカスの見舞いにくる村人たちと遊ぶのは、以前の、父の帰りを待つ間とあまり変わらなかったが、母との時間がなくなった。
季節の草花を摘みながらの散歩や、滑るように進んでいく針仕事を眺めるひととき、それにリベールの家を訪れての読書が。
そうした変化はステラにとって寂しさを感じるものだったけれど、それはそれとして、父アルカスと過ごす時間もおもしろかった。
初めは寝たきりだったアルカスも、数日で座っていられるようになり、魔獣との死闘で傷ついた装備品をメンテナンスするようになった。
明るく世話焼きな母オラーレに比べると、父アルカスは口数の少ない男だった。
けれど決して冷たいわけでなく、じっと見守るような暖かさがあった。
ステラは、それまであまり見てこなかった父の仕事道具を、この機会にじっと観察した。
衣類はほとんどが返り血でダメになってしまっていたが、冬の狩りに欠かせない毛皮のマントは手元に残った。
アルカスがずっと着ていたのが、魔獣が村の柵へ体当たりした際に脱げたことでまぬがれたらしい。
ぶつけたり擦ったりした箇所へ脂を塗って、ひび割れたり固くなったりするのを防ぐ。
森の中へ消えてしまった手斧は、鍛冶屋から新しいものをもらってきた。
切れ味はヒゲが剃れるほどで、アルカスはこれで、かまどや暖炉へくべる薪を割ったり、着火用のフェザースティックを作ったりして使用感を確かめた。
「さすがガレアだ。良い仕事をする」
よく研がれた刃でお日さまをキラリとはじきながら、うっとりするようにそう言った。
2本のナイフは、魔獣を解体するときに回収されて戻ってきた。
鍛冶屋さんに研いでもらったそれは2本とも、気持ちいいほどスパスパ切れた。
そのナイフを持って、新たに支給された矢を削る。
アルカスは、矢尻と矢筈をつまんで重心を確かめ、矢柄をわずかずつ削って調整していく。
それをじっと見ていたステラに気付くと、アルカスは我が子を隣に呼んだ。
「どうだ?一緒にやってみるか?」
顔の半分が包帯に覆われているけれど、優しい笑みが浮かんでいるのがステラにも分かった。
「いいんですか?」
これまで無かった、仕事人の顔をした父アルカスとのやり取りに、ステラは驚いた。
「いい、いい。お前もひとりで遊ぶだけでは退屈だろう」
そう言って、ステラを膝の上に座らす。
「そら。両手で、端っこを持って……この棒の真ん中、どこだか分かるか?」
ステラの手を取ってアルカスは語る。
「そう。いいぞ。矢はな、棒の半分より、指2本……今のステラだと4本ぶんだな。これくらい先っぽに、真ん中がくるとしっかり飛ぶんだ」
クラース村で1番の狩人の仕事を見て、ステラはその丁寧さに感じ入る。
これでも前の世界では猟師の1人だ。道具への愛着とか、消耗品も含めてのメンテナンスとか、同業として敬意を覚える。
「ガレアのとこで作る矢じりは、つけると、真ん中が指半分、前になるから、ここだな。ここに真ん中をもってくるんだ」
食い入るように手元を見るステラに、少し照れくさくなりながらアルカスは手を進める。
「真ん中を動かしたいのと逆側を、少ぅしずつ削るんだ。指を切らないよう気を付けてな」
ゆっくり、少しずつ木を削いで、矢の重心を調整するアルカス。
ステラもそれを見つつ、前の世界でえんぴつをナイフで削った感覚を思い出しながら、ゆっくり、ゆっくり削いでいく。
アルカスはそんな愛息子に驚いた。
力はないながらも刃物の扱いを心得た手つき、刃を進めるのと止めるのとに合わせた息のつきかた、とても初めてナイフを持った幼子とは思えない。
(ステラは将来、大物になるぞ……!)
親バカだな、と自分を笑いながら、それでもアルカスは、かいま見えたステラの将来に胸を高鳴らせたのだった。
部屋の隅にはアルカスの愛用していた弓が、一部こげ、一部は魔獣の血で黒く染まったまま置かれていた。
張られた弦は、こげた部分で切れかかっていて、けれどもピンと伸びていた。