第38話 王子様
魔獣へと姿を変えた金の目の少女ナキ。
彼女を狙う兵士たちを食い止め、ステラがナキを会うための時間をかせぐ老人リベール。
村人のいなくなったクラース村で、自分を、村を武器にしながら老人は戦うが、劣勢を強いられる。
そんな戦場となったクラース村に、狂戦士とも呼ばれたクリスが到着したのだった。
戦場に降り立ったのは、令嬢を助けにきた王子様のような、甘い存在ではなかった。
それは人と呼ぶには猛々しく、兵と呼ぶには自由で、英雄と呼ぶには血に飢えていた。
それはまさに戦鬼だった。
赤い髪を揺らし、切れ長の目に炎を映したその女は、3歩あまりの助走で手槍を投げる。
右足で大地を蹴りつけ、踏み込んだ左足で力を練る。
しならせた胴から、胸、肩、腕と回し、全霊を乗せた槍を放った。
その技術には、磨き上げられたものが持つ美しさがあり、そこに込められた殺意を、見る者に一瞬だけ忘れさせた。
その一瞬が命を奪う。
飛ぶ槍に、とっさに盾を構えた隊長のラケルタは、馬上槍の突進でも受けたことがないような衝撃で、回転しながら吹き飛んだ。
わずかに軌道を変えた槍は、しかし勢いを失わず、後方の兵に突き刺さる。
かぶとごと頭を貫かれ、血と脳漿をブチ撒けながら、兵士だったものは数メートルほど宙を舞い、燃える民家の壁へとはりつけられた。
うわぁ、と腰を抜かす兵卒。
そのすきに褐色肌のクリスは、老人リベールの前に躍り出て盾を構える。
「おい、ジジイ。生きてるか?」
「ほっほ。まだ死ぬわけにいかんでな」
返ってきた軽口にひと安心して、クリスは地面にささる武器を取る。
「そんじゃあ、武器の補充だけ頼むわ」
そう言って、褐色肌のクリスは振りかぶり、闘志の灯る目をした敵へめがけて槍を放った。
降りしきる雨の下、燃えさかる村の中で、狂戦士と呼ばれた女は槍を振るう。
戦意のある魔導兵は土魔術で防壁を造り、火や風の魔術で攻撃してくる。
鉄の盾で炎を払い、風の刃を槍で払った。
不意を打つように足元から出現した石槍も、根元を斬っていなす。
敵の造る壁は丸みを帯びて、素材以上に堅いのだけど、それでもクリスは槍を投げた。
敵はその中心にいるのだから、あとは力で上回ればいいだけだ。
全身をしならせた全力の攻撃は、それだけリスクも大きい。
敵もそれを分かっているから、嫌がらせ程度の攻撃で様子を見つつ、大きなカウンターを狙っている。
いたるところを刺され、満足に動けないリベールは、それでもクリスと息を合わせた。
敵の攻撃時に地盤を揺らし、注意を散らせ、防壁へ細工をする。
薄くなった土壁を、クリスの渾身の槍が貫くと、向こうから悲鳴が上がった。
「ナイスアシスト」
「おぬしの腕のたまものじゃよ」
短い言葉を交わしながら、白ヒゲの老人は追撃をゆるめない。
地面を沈め、大きな穴にはまったように、防壁の中の魔導兵を埋めていく。その穴に水を流し込み、あらゆる自由を奪っていく。
冷静な魔導兵は、即座に防壁からとび出したり、風の魔術で呼吸をしたりと、ギリギリでパニックを回避する。
そうして出てきた敵兵には、クリスが間を詰めて斬りかかった。
──キン!カッ!キィン!
3度、撃ち合う間に勝敗が決する。
ある兵は首が飛び、ある兵は臓物をブチ撒けた。
腕を切り落とされた魔導兵は、血と一緒に精気まで抜けたように、しわしわと皮膚がしぼみ、腕と一緒に魔石が転がる。
戦意のあった5人を仕留め、褐色肌のクリスは息を入れる。
頬に貼りつく赤い髪を絞り、ふるふると首を振りながら老人リベールのもとへ歩く。
しかしそんなゆったりした時間も束の間。クリスはその切れ長の目がとらえた危機に向け、はじかれるように駆け出した。
最初の一撃で気を失っていた魔導兵団隊長のラケルタが、意識を取り戻していた。
体を起こしたラケルタは、初めに宿っていた使命感などではなく、憎悪をその目に灯して、立っているのがやっとの老人リベールへ剣を向ける。
「くっそがァァァアアアアアアアアアアアアア!!!」
身を挺して、敵と老人の間へ入るクリスは気付いた。
(これは、何かある)
憎悪に燃えていたラケルタが、口の端を吊り上げながら、その剣を振り下ろす。
(まともに受けちゃマズい!)
槍を放し、背に負った鉄の盾で、横から殴るようにして斬撃を流す。
──シュイィイン……
──ゴトッ……
これまであらゆる戦場で、あらゆる武器を防いできた鉄の盾が、2つに割れて──いや、斬られて、地面に転がる。
「フハハハハ!どうだこの切れ味はぷァ!?」
残心も忘れて笑い出したラケルタを、クリスが回し蹴りで吹き飛ばした。
「大丈夫かクリス!?」
老人リベールが声を上げる。
「大したことねーよ。そっちこそ無事か?」
数メートル先で起き上がる敵将をにらみながら、褐色肌のクリスは問う。
「わしは平気じゃ。しかし……」
腕から脚から胸から、だらだらと血を流しながら老人は言う。
「あれは、風の上級魔術を剣にまとわせておる。防御のかなわん斬撃じゃ……」
リベールが魔導士としての見立てを述べると、起き上がったラケルタはにやりとした。
「さすがはリベール殿。その通りです」
その兵士は剣を構えると、目も口も引き締めた。
「防ぐことのできぬ刃と、宮廷騎士の技。左腕の動かぬ貴様が、これに敵うと思うか?」
ラケルタもクリスのことは知っていた。国にとって重要な戦力であり、懇意にしている貴族もいる。
その狂戦士じみたふるまいは気に入らないが、死なすのが惜しい人材ではある。
それゆえに逃げ出す機会を与えたのだった。
しかし褐色肌のクリスはニタリと笑った。
「片腕が利かないのァお互い様じゃあねーか」
敵将の右腕が鈍いことに、戦士のクリスは気付いていた。右手側を取らせまいと、間合いとともに立ち位置をずらしている。
朝にナキから受けたダメージが、治療魔術で軽減できたものの、まだ残っているのだった。
「これで対等。あとはアタシとあんたで、強い方が生き残って、弱い方が死ぬだけ」
老人リベールを狙うようなら、彼からも反撃があるだろうけど。
「後悔なんてさせねーから、ヤろうぜ」
褐色肌のクリスは白い歯を光らせて、満面の笑みでラケルタを誘った。
9回裏の2死満塁とか、後半ロスタイムのフリーキックとか、1点ビハインドのブザービートとか。
脳みそが緊張と興奮でバチバチ火花を上げるようなシチュエーションを、心の底から楽しめる人材ってやつが、数年に1人くらい登場する。
狂戦士とも呼ばれた、褐色肌のクリスはその1人だ。
用を成さなくなった盾を捨て、ステラから預かったベストも置く。
燃える家々に囲まれた、むくろと武器が転がるクラース村の広場で、クリスは槍を低く構えた。
魔導兵ラケルタは、はためくローブで甲冑と足運びを隠しながら、風の魔術で強化した剣を敵へ向ける。
腰を落とし、重く疾い一撃を繰り出すべく、息を吸って腹にためた。
「……行くぞ」
「来い」
猛然と駆けだしたクリスは、またたく間に距離を詰め、地響きをともなう踏み込みから、凍える速さで槍を振る。
右目を狙い、膝もとから振り上げると、穂先が炎を反射して糸を引いた。
待ち構えたラケルタは、敵が間合いに入るや剣を突く。
相手が踏み込み、体を沈めると、それを追って袈裟に斬る。
振り上げる槍ごと斬り捨てようと、気迫が体からにじみ出た。
クリスはそれを読んでいた。
つまるところその剣は、よく切れるだけのただの剣。
槍の軌道をずらし、切っ先を合わせず、頬をかすめ肩へ落ちる剣の横っつらを、石突きでひっぱたいた。
──コッ!ズシャァアアッ!!
空を切った剣は地面を割った。雨が作った水たまりごと、巨大な亀裂が広場に走る。
「ッらぁ!!」
手も足も止めないクリスは、敵のこめかみへハイキック。
「なんのッ!」
それを右手でガードして、ラケルタは転がった。
そのまま燃える民家の壁を破ると、クリスも後を追いかける。
きん、びぅ、ごっ、と、金属の衝突と風の音を響かせて、2人は武器を振りながら家屋を出た。
それは「出た」と言うよりも、「建物が戦闘に耐えきれず崩壊した」と言う方が正しい。
触れるものを粉々に破壊しながら、竜巻のように刃が舞う。
竜巻の中心で男は思った。
この女はいったい何なんだ。
剣速が段違いに速く、守勢に回れば間違いなく押し切られる。
自分が攻めているはずなのに、いつの間にか攻めさせられている。
相手の切っ先が自分へと向かぬように繰り出す剣は、当然、相手の致命にはなりえない。
竜巻の中心で女は思った。
この時間がずっと続けばいいのに。
命を削りあい、時間がどろっと濃く感じる。
言葉なんかを通す手間も暇もすっ飛ばして、直接心を、体を、魂をえぐりあうような時間。
こんな楽しいことはなかなか無く、自分はこのために生きているんだと痛感する。
惜しくらむは、これが最初で最後の、この男とまぐあいであること。
どうあっても決着はつく。その時、自分と男のどちらかは死ぬ。
(なら、もっともっと!楽しまねーと嘘だろうが!!)
意識せず、女の槍は速度が上がる。
斬り、突き、躱し、かすめる。
息が上がり、肺も心臓も脳みそも、限界を訴える。
片やそこに苦しみを感じ、片やそこに悦びを見出していた。
東の空が白みはじめ、いくつかの星が姿を消したそのとき。
剣を握る男の体がぴくりと震えた。
その刹那の差によって、槍が男の左腕を斬り飛ばした。
ひと息の後、同じ槍が男の胸に突きたてられる。
「……ごぶっ」
短く、濁った断末魔を口から流して、魔導兵ラケルタは1つ少なくなった五体を投げ出す。
そして、2度と動くことはなかった。
数年に1度のお楽しみを終えたクリスは、息を荒げ、天を見上げる。
魔導士リベールの喚んだ雲は風に消え、紺色の空に星がまたたいている。
クラース村も燃え尽きていて、細い煙がたなびくだけだ。
褐色肌のクリスはハッとして、白ヒゲの老人リベールのもとへ駆けよる。
「おい!終わったぞ!大丈夫か!?」
体に刺さった刃物を引き抜いたリベールは、地べたに腰を降ろしていた。
「ほっほ。頑張ってもらって悪いが、もうダメそうじゃ」
老人は申し訳なさそうに笑顔を作る。
「どうにもなんねぇのか」
シャツの裾を切り取って、左腕の傷を縛りながらクリスは聞く。
「どうにもならんの」
リベールは力無く笑いながら、懐をまさぐる。
「ああ、すまんが、ちと支えてくれるかの?自分で座っているのが、しんどくて……」
老人はそう言って、服の胸元から小さなパイプを取り出した。
「いいのか?さいごの願いがそんなんで」
クリスはそう言って笑いながら、リベールの後ろへ回った。
「ありがたいもんじゃて……おお?」
クリスは地べたにぺたんと座り、そのふとももに老人の頭を乗せる。
「感謝しろよな?アタシのひざで寝るの、あんたが初めてだぜ」
ついでにステラのベストから、火打石を引っぱり出して、パイプのタバコに火をつけてやった。
「ほっほ。ありがたいが……いいのか?こんな老いぼれに」
白いヒゲのリベールは、パイプをふかしながら言う。
「あんたは人のために命を懸けたんだ。そんな人のために、付きあう女がいてもいいじゃねーか」
クリスは、すっかりしわくちゃになったリベールの頭を撫でた。
「お。そのタバコ、良い匂いだな」
「ほっほ。そうじゃろう。これは妻が嫁入りに持ってきてくれた香りでな……」
明け方のクラース村で、ひとすじの新たな煙が、細く、長く、空へ向けて立ち昇る。
永く生きたリベールだけれど、死ぬことへの恐怖はなかった。
我が子を育てる機会には恵まれなかったけれど、多くの人に知恵を貸した。
人は、他の動物と違って、文字を残す。そのDNAだけでなく、文字で、言葉で、自分の生きた証を残す。
120回の冬を越え、白いヒゲをたくわえたリベールは、たくさんの人にたくさんの言葉を残した。
だから、この世界のいたるところに彼の子がいる。
最後の子、ステラがいる。
血のつながった子、ナキがいる。
だから、もうこれ以上、残すべきものはなかった。
パイプの煙を見送って、褐色肌のクリスは、ぽつりと小さく呼びかけた。
「ありがとな。おやすみ、オヤジ」
深夜、うとうととしていたナキは目を覚ます。
すこし離れた場所で、大きな魔術が使われた気配がしたからだ。
膝で寝ていた小鳥を両手で包み、母だった岩の陰にそっと置く。
「ふふっ。よく寝てるね……」
小さな命の小さな平和にほほ笑んで、金の目の少女は立ち上がる。
リベールの近づく気配があった。それはナキの終わりの気配。
魔獣の母から生まれた自分は、人ではないのだろうとナキは思う。
そしてリベールの正体にも想像がおよぶ。
かつての王様で、実の父親。そして、母の魔石と対になる、『終わりの星』を持っている人。
(ああ、だから初めて会ったとき、なんとなく嫌な感じがしたんだな)
リベールのことを好きだからこそ、そのギャップが不思議だった。
そんな『終わり』の気配が、少しずつ、けど確かに近づいてくる。
ナキは複雑な気分だった。
全てが終わってしまう前に、ステラと話したかった。
一緒にごはんを食べて、お昼寝をして、散歩をしたかった。まだまだ生きていたかった。
けれど同時に、自分の終わる姿を見るのが、ステラじゃなくてよかったとも思っている。
好きな人には、できるだけ立派な姿を見せたいのだし。
そんなふうに、ぐるぐる、ぐるぐると考えているうち、魔術の気配は強まり、また、『終わり』の気配も近づいた。
早く来てほしいような、ずっと来てほしくないような、じれた気分で過ごしていると、ついに草原の端へ、その人が姿を現したのだった。




