第37話 王様と王女様
魔獣と化し、メモリア山へと飛び去ったナキを追い、山を登るステラ。
同じくナキを追う兵士の一団を足止めすべく、老人リベールは人のいなくなったクラース村で、1人待ち伏せる。
ついにやって来た魔獣討伐隊を相手に、リベールは敵対を宣言するのだった。
狩人ステラと女戦士クリスは、夜の森をかき分けてメモリア山を登る。
クラース村を出て10分ほど歩き、中央広場のたき火の光も見えなくなってから、ステラは道すがら、木に矢を突き刺した。
「こんな感じで、進む方向が分かるようにしておくんで、もし俺を追うなら目印にしてください」
狩人の少年はそう言って、木の幹の、膝上くらいの高さのところに矢を刺していく。
「おっけ。分かった。ちなみにあとどれくらいだ?」
スピードをガンガン上げながら、褐色肌のクリスが聞く。
「3合目。どうする?もう戻る?」
登り切って30分、そこから下りてもう20分。そんな計算をしていたクリスは、ステラの問いに足を止めた。
「待て。どういうことだ?」
問われたステラは足を止めず、クリスの先をずんずん進む。
「先に断っとくけど、クリスをこっちまで連れ出さないと、リベールの策が完成しなかったんだ」
ステラは森に入るまで観察した、クラース村にセットされた仕掛けを思い返す。
クラース村の内部には、火や水や風や、いろんな種類の魔術が仕込まれていた。
おそらく複雑に組み合わせ、応用が利くようにしているのだろう。
ひとつひとつが示すものはステラにも理解できたが、構築理論やら具体的な効果はサッパリだった。
でも、やろうとしていたことは想像がつく。
村を囲う石壁を高くして、入った者を逃がさない、大規模な罠。自分をエサにした仕掛けだ。
「リベールは、たぶん、あそこで死ぬ気だ」
少なくとも、死地に立つことは間違いない。
「外から入ることも、中から出ることもできないよう、陣を作って戦う気だと思う」
ステラは立ち止まり、振り返り、立ち止まったクリスを見下ろした。
「だから、リベールと一緒に戦うんなら、今から戻った方がいい」
褐色肌のクリスは、珍しく思考が停止した。
命を懸けるとか、そういう覚悟を決めた人間が出す空気は、分かっているつもりでいた。
昔から知ってる仲だったら、その変化だって分かりやすい。
なのにリベールの覚悟は分からなくて、それはつまり、自分が生まれる前からずっと、彼が命を懸けて生きていたってコトだ。
「戻るんなら、これ貸すよ。たぶん、城壁みたいな壁を造るはずだから、登るのに使って」
ステラがそう言って、狩猟道具のセットされたベストを脱ぐと、クリスはハッと我に返った。
「そうだな。ありがたく受け取るよ」
そうしてニッと笑ってみせると、ステラはベストを投げてよこした。
「じゃあ、健闘を祈る」
ガチャン、と、装備品の金属が鳴る。
「誰に言ってやがんだ。ステラこそ、きちっとやれよ」
その音をハイタッチの代わりにして、クリスはきびすを返して山を駆けた。
びゅんびゅんと、風を切ってクリスは駆ける。
(きっとアタシが、いろんな男を見て『ツマンネー』って思ったのは、リベールのせいなんだろうな)
はち切れんばかりに、全力で地面を蹴る脚とうらはらに、クリスは力の抜けた、呆れたような顔で走った。
(親父がこんな、アホみてーに自分を扱うヤツだから、アタシはまともな男にときめかなくなったんだ)
口の中でうらみ節をこねてみて、間に合ったら1発くらい殴ってやろうか、なんても思う。
するとそのうちに、クラース村のそばまでやって来た。
しかしそこは、出発時とは見るからに違っていた。
城塞都市プラーガの城壁を超える、30メートルあまりの土壁が、もとの石壁を押し上げていた。
さらにその周りは10メートル近い深さのから堀ができていて、村へ入るにしろ出るにしろ、注意していなければ真っ逆さまだ。
辺りを見回しても壁はずっと続いていて、クラース村をすき間なく取り囲んでいる。
上空には、村の中の火を反射した雲が赤く垂れこめ、金属のぶつかる音と、何事か叫ぶ人の声が響いていた。
「クソッ!」
悪態をついて気合を入れ、クリスは狩猟道具のベストから、鉄杭を2本取り出した。
盾と槍を背中に負い、鉄杭を両手に握る。
助走をつけ、5メートルの幅の堀を跳び、土壁へかじりつく。
石のように固いその壁へ、一撃一撃、渾身のこぶしを叩き込み、杭を刺して登っていく。
「ちくしょう!待っていやがれクソ親父!!」
クリスは歯を食いしばり、けれど少し嬉しそうに、ずかずかと壁を登るのだった。
白ヒゲの老人リベールは、兵士の隊列の中ほどを指差す。
差された大柄な男は歩み出て、パチパチとはじけるたき火を挟み、その老人と対峙した。
「久しぶりじゃの。ラケルタ隊長」
ほっほ、と、懐かしむように老人は笑う。
「お久しぶりです、リベール殿。30年ほどぶりですかな」
ラケルタは長いローブをまとっているが、歩けばがしゃりと鎧が鳴った。
「言葉を交わしたのはそうじゃが……互いを認め合うのは2年とすこしじゃあないかの」
音から感じる重装備と、自分に向くその目から、リベールは確かな殺意を感じ取る。
「……そうでしたか。して、私に話とは?」
兵士ラケルタは、この老人を敵だと見ていた。
草木も眠るこの深夜に、ただの住民は起きていない。
ならば明確な意思を持ち、我らの味方をするか、敵に回るかの2択だろう。
そしてその2択で、楽観的になるほど常識知らずではなかった。
「ほっほ。なに、そう長い時間は取らん。……黒髪の娘に魔石を埋めようと、決を下したのはおぬしか?」
射貫くような鋭い目で、白ヒゲの老人は兵士を見た。
「王都では、いくつかの案を授かりました。その中から行動を選んだのは、私です」
兵士ラケルタも、刃のように光る瞳で、たき火の前に座る老人を見る。
「して、今は、その成果を捕らえるべくここまでやって来た……そうじゃな?」
「ええ。その通りです」
あたりの空気をどんどん重くしながら、2人の男は言葉を交わす。
「それは、おぬしらの命より大事かの?」
一声で空気が張り詰めた。兵士たちは懐の武器へ手を伸ばす。
「異なことをお聞きになる」
兵士ラケルタは笑うように言う。
「我らを殺せる者はおりませんゆえ、その問いの答えは持ち合わせておりませぬ」
不敵な答えに、老人リベールは溜め息をついた。
「そうか。仕方ないの」
カップを置き、ゆっくりと腰を上げ、こぶしを握る。
兵士らは武器を抜いた。
リベールが魔石を握ったのなら、それは魔術行使の予備動作だ。
正面のラケルタは切り払うように剣を抜き、背後の兵士はひざまずいて地に手を当てる。
──キィィイン!
甲高い音が村に響き、剣に払われたそれが宙を舞う。
「残念ですが、魔術発動の予備動作を、我々は克服している」
舞ったそれがぼてり、と、兵士らの間に転がった。
「我々はクストース魔導兵団。最新の技術を有し、軍事演習でも、魔術競技でも、個人の決闘でも、未だ敗北を知らぬ最強の部隊」
語りながら、隊長のラケルタは、抜いた剣を水平に構え、老人リベールへ切っ先を向ける。
「負けるつもりも、道理もない。名もなき障害として、切り捨てさせてもらう」
殺意が形となった言葉を受け取りながら、白いヒゲの老人は1歩2歩と後ずさった。
そして、ほっほ、と笑う。
次の瞬間だった。
──ヴァキィィイイイイイイイイン!!!
耳をつんざく轟音と、目をくらます閃光が、兵らの間に転がった物から発された。
「3つ、指摘させてもらおう」
爆発したのは、リベールが握っていた魔石。隊長ラケルタが切り払ったと思った右手を、その老人は袖を上げて見せてやる。
「まず、魔石を体に埋めて扱う技術は最新ではない」
枯れ枝のように細い指、骨の浮き出た手。
それがつながる前腕も細い。
細くはあったが、しかしそれは、針山が連なるかのように、無数の魔石の結晶が皮膚から突き出ていた。
「次に、ルールの定まった戦いと、命を賭けた場は異なる。どんなつわものも、時にあっけなく死ぬのが戦場の常じゃ」
白いヒゲの老人がまくり上げた、左腕も同様だ。
クラース村の周りで獲れた黄色い輝石。
それは、魔導兵団が使っている、魔女の手から採れた緑の魔石より、いささか刺々しい。
「最後に、わしは怒っており、おぬしらを逃がすつもりはない」
白いヒゲの魔導士リベールは、そう言いながら、脚に仕込んだ魔石から術を使う。
クラース村を囲う石壁に沿って仕込んでおいた、72の魔石を連動させ、高い城壁と外堀を形成する。
「死にたくない者はすみで震えておれ。まあ、その耳で聞こえておればじゃがの」
隊長ラケルタが、リベールの右手を切り払おうとした初撃。その間にリベールが打った手は3つ。
1つめは、自身に埋め込んだ輝石を表出させて、鎧の代わりとすること。
2つめは、爪の先で瞬間的に炎の魔術を使い、光で相手の目をくらませること。
そして3つめは、時間差で轟音と閃光を発するように仕込んだ輝石を、敵兵らへ向けて放り上げること。
これが全てはまってしまい、魔導兵団の半分は、視覚と聴覚を失った。
残った兵士や隊長のラケルタが、隊の被害に気付く前に、魔導士リベールは次の手を打つ。
オーケストラを指揮するように、指で、腕で、目で、体で、仕掛けていた輝石を発動させる。
たき火の炎が、ヘビのように魔導兵団へ襲い掛かる。
同時に、井戸の水が空へ登り、夜よりも黒い雨雲と化した。
さらには全身に埋め込んだ輝石の力を連結させ、肉体を一時的に若返らせる。
筋肉がみるみるふくれ、しわの寄った皮膚はパツンと張り、血が駆け巡って精気がみなぎる。
肉体改造は石を埋め込んだ者にのみできる術だけど、それ以外は基本の組み合わせだ。
ひとつひとつは、並の魔術師であれば扱える術式。
恐るべきは、その精度と同時並行処理能力だ。
炎を敵軍へ浴びせることで、目をくらませることまで狙っている。
「ええい!静まれぇい!!」
隊長ラケルタは叫び、そして水の魔術を自軍に被せる。
「これよりこの老人を仕留める!負傷者を馬車にまとめてここから離れ、回復術式を起動せよ!」
──ゴロピシャァアアアアアッ!!!
指示が通るか否か。老人リベールの術により、雷が隊を襲う。
「うわぁぁぁあああああ!!」
「ぎゃぁぁぁあああああ!!」
「ぐぅぉぉぉおおおおお!!」
めいめいの悲鳴が上がり、落雷の衝撃で馬車が吹き飛ぶ。
ウマは倒れ、車輪は歪み、兵は投げ出された。
爆風から逃れた兵の何人かは、隊長に浴びせられた水を通じて感電し、気を失う。
老人の周到な仕掛けに、容赦のない敵意とかつてない命の危機を感じた新兵が、逃げようと来た道を戻る。
しかしそこには人の足では登れないほど高い壁が築かれ、叩いても蹴ってもびくともしない。
『無駄じゃ。逃がすつもりはないと言ったじゃろうて』
そこへリベールが風の魔術で声を届けると、若い魔導兵はへなへなとへたり込み、大声で泣き始めた。
「さて。こんなもんかの」
クストース魔導兵団の、隊長ラケルタ以外を負傷させ、老人リベールは口を開く。
「夜明けまでゆっくり反省するなら、わしも矛を納めんでもないぞぃ」
変わらず冷たい目をしたまま、老人は隊長ラケルタへ語りかけた。
「ご冗談を」
魔導兵団の長もまた、氷のような目を変えない。
「確かに魔術の腕はあなたの方が上手なようだ。しかし……」
ラケルタは、地面が揺れるかのような踏み込みで、リベールとの間合いを詰める。
「ならば剣技で仕留めればよいだけのこと」
逃れようと後ろへ跳ぶのも間に合わず、その頭へと鋼の剣が振り下ろされた。
「ぐっ……!?」
──ギキィイン!!
とっさに頭を両腕でかばう。
しかし振り下ろされた剣は表皮の石を断ち、皮膚を裂いた。
それが肉を斬り、骨まで及ぶ寸前に、どうにか身をよじって逃れる。
「やりますな。腐っても先の大戦を生き延びた将には変わりませんか」
口では相手をほめつつも、その顔は苦々しく、獲物の仕留めそこないを悔いている。
「老けすぎて、腐るには少ぉし水分が足りんでな」
老人リベールは強がりながら、再生と治癒の魔術をフル回転する。
しかしそれでも、血はどばどば溢れ、止まるのに時間が要りそうだ。
「枯れたと言うなら薪にしてやりましょう」
今度はラケルタが手を打つ。
老人の初手、夜の闇にまぎれる手段を潰すべく、火の玉を手のひらから生みだした。
その手を上げ、火の玉を四方八方へ飛び散らせ、クラース村へ無差別放火を開始する。
「お前たちも、動けそうなら火を放て!少なくとも奇襲は防げるぞ!」
村に立つ家々へ、次々に飛び込みはぜる火の玉。
住む人は去ったけれど、思い出は未だ残るその場所を燃やすまいと、リベールは雲から雨を降らす。
武人でもあるラケルタは、そのすきを逃がさなかった。
構えた剣を、最短距離で突く。
炎できらめく切っ先は、老人の左胸を貫いた。
──ズシュゥッ……!
肉の繊維を裂く感触。それは人を殺す手応え。
兵士ラケルタは勝利を確信し、しかし警戒を怠らない。
すぐさま剣を引き抜いて間合いを取る。
もし自分ならば、絶命の瞬間に相手を道連れにすべく、何らかの策をとるからだ。
しかし、目の前の老人は、予想に反し、こぶしを握った。
半分まで断たれた左手からは変わらず血を流し、辺りの炎に顔を照らされ、まっすぐな敵意を兵士らへ向ける。
穴の開いた左胸は空洞で、ラケルタの剣より先に、何かでえぐられたようにも見える。
「ほっほ。まだじゃ。まだわしは生きておるぞ」
自分で降らせる雨に打たれるその姿は、ラケルタの知る人の姿ではなかった。
「クソッ!攻撃だ!あれを仕留めろッ!」
恐怖を覚えた隊長は、戦意を取り戻しつつある部下へ命じる。
幾本かの槍が放られ、老人の腕に、脚に突き刺さる。
地面に縫いつけられるように動けなくなった老人に向け、さらなる刃が向けられた、そのとき。
「楽しそうじゃねーか。アタシも混ぜろよ」
新たな刃をきらめかせて、女戦士の声が響いた。




