第33話 小さな復讐の火
城塞都市プラーガの一角で起きた謎の爆発。
その煙の中から姿を現したのは、半分魔獣のようになったナキだった。
手足が鱗のような魔石で覆われ、頭にツノ、背中に翼を生やした彼女は、城塞都市から飛び去った。
ステラたちはその晩、これからどうすべきかを話し合っていた。
ステラたちが顔を寄せあうダイナーへ、バタバタと慌ただしい足音を響かせて男が入ってきた。
褐色肌のクリスは宴会を装ってジョッキをあおり、肉屋のグラディウスはわずかに残るイモをつまんだ。
農夫に変装している領主エクエスは首をすくめ、乱入者に顔を見られないよう縮こまった。
「すいません……!」
駆け込んできた男はヤマダ将軍の顔を見ると、そのテーブルそばまでやって来て、声をひそめる。
「なんだァ?そんなに食いたかったんかァ!?ホレ!飲め飲め!」
他の客の目を気にして、褐色肌のクリスがいかにも宴会の参加者を迎えるように、果実水のグラスを押し付ける。
「よい、よい。ここにいるのはみな同志だ。報告を」
ヤマダ将軍が、警戒するクリスと、言葉をためらう男に言う。
するりと腕が解かれると、ヤマダの部下らしい男はテーブル中央に顔を寄せ、小さく、けれど確かに言った。
「王都プラエタリアから派遣された軍が編成を開始。今晩中にもクラース村住人へ向けての攻撃が開始される模様」
空気がしんと冷たくなり、めらめらと熱を発しだす。特に肉屋グラディウスの、マグマのような怒りの熱が。
「続けて、一部小隊が山登りの装備を進めています。こちらは独立して動く模様」
一同は直感していた。それはナキを狙った、クストース家の部隊だ。
「報告ご苦労。では、プラーガ軍国境警備隊Z班に通達。これを」
そう言って、ヤマダ将軍は懐からたたんだ手紙を渡す。
「はっ!」
受け取った伝令の男は、小さく礼をし、すぐさまダイナーを出ていった。
再びクラース村と城塞都市プラーガの首脳だけになったテーブルで、領主エクエスが溜め息をついた。
「あなたの予想が嫌な方に当たってしまいましたな、将軍」
これだけは嫌だったのに、とでも言いたそうに、領主は肩を落とす。
「まあ、人生はそんなものだと思っていますので」
軍の最高責任者である将軍は、へらりと笑ってステラを見た。まるで同意を求めるように。
「どういうことですか……?」
横で聞いていた兵士コルヌが、おそるおそる、自分の予想が裏切られることを願いながら問う。
「俺が軍を辞める日がきた、ということさ」
卒業式前日の中学生みたいな、切なそうな笑みを浮かべて、将軍ヤマダは答えた。
城塞都市プラーガは、姫を追って東へやって来た国王の拠点として成立した街だ。
だから代々その領主を務めるプラーガ家は、王だったリベールと、クラース村を支えている。
けれども王都を中心に回るこの国で、王都の軍と正面衝突するわけにはいかない。
そこで、万が一そうした事態が起きた場合に備え、プラーガ軍から独立してクラース村を支援する部隊を用意していた。
「そういうわけで、グラディウス殿。これより私と数十名が、あなたたちをお守りします」
ヤマダ将軍は手を差し出し、クラース村のグラディウスはそれを固く握った。
城塞都市プラーガが公式に残す記録には、軍の任務を放棄した盗賊団と記される。
また、人々を逃がす作戦が敷かれるため、生存率も低い。
それを承知で、王のための兵として、戦う部隊。その指揮官として、転生者ティグリス・ヤマダは名乗りを上げている。
皿を空にした一行はダイナーを後にする。
ステラたちはクラース村のみんなのところへ、領主エクエスと兵士コルヌはプラーガ城へ、そしてヤマダは決死部隊Z班の集合地点へ、それぞれ向かう。
敬愛する将軍との別れを悟り、無言のままボロボロと涙を流す兵士コルヌ。
ヤマダは、その背中をバシン!と叩いた。
「この街のことは頼んだぞ。弟子よ」
「はいっ!」
送り出された若者は、夜にそびえる城へ向け、新たな1歩を踏み出したのだった。
クラース村から避難してきた人たちが間借りしている地区へと、肉屋のグラディウスに肩を貸しながらステラはやって来た。
城塞都市プラーガの南の方にある、半分スラムみたいな地区。
長期滞在の旅人や、この街へ仕事を探しにきた流入者を迎える空き家が並んでいる。
村人たちが借りている家々に声をかけ、さらなる避難を伝えていく。
驚く人、悲しむ人、慌てる人。表れ方の違いはあるけれど、みんなショックを受けていて、ステラは申し訳なくなっていた。
(俺がナキを1人にしていなければ……)
どんどん暗くなっていく少年に、褐色肌のクリスは呆れかえった。
「ハァ~ア。おい、あんま下らねーこと考えてんなよ」
グラディウスが説明する隣で、クリスは肘でステラの頭を小突いた。
「下らないことって何さ?」
飛んでくる肘をてしてしと手で払いながら、ステラは口をとがらせる。
「お前は悪くねえ。悪いのはアイツらだ」
クリスは闇の先を見ながらそう言った。
「ナキの魔術威力はこの国でもトップクラスだし、走力もアタシとタメを張る。お前、アタシがフラッと出てくの止めるか?」
慰めたいのに、慣れないせいでお説教みたいな口調になっていて、クリスは自分にイラッとしてしまう。
「いつも、気をつけてほしいなと思ってるよ」
けれどそんないらだちも、不意の言葉に融けて無くなった。
「でも、そうだね。これからのことと、今やることを考えないと」
ステラはようやく、前を見られるようになった。
避難の話が村人に行きわたったころ、将軍職を降りたばかりのヤマダが、30人ばかりの元軍人を連れてきた。
クラース村の生き残り400人あまりを護衛する戦士たちだ。
ヤマダの立てた作戦はこうだ。
亡命先は東国にある、亡命者たちの集落。
城塞都市プラーガを囲う城壁には南北と西に大きな門が、東には小さな門がある。
東門は3人までしか並んで通れないほどで、その外は崖だ。
これまた細い階段が、街の東を流れるメモリア川へと降りていて、普段は生活用水を汲むのに使っている。
メモリア川は大きく、船が無くば渡りきるのは難しいが、今夜は魔術師の協力を得られたため、徒歩で渡ることとする。
ヤマダらの集団は、それまで東門を死守し、村人のしんがりを務める。
「そのために、ステラ殿に頼みたいことがあります」
ヤマダはそう言い、手のひら大のきんちゃく袋を取り出した。
「これを、メモリア川の対岸まで、届かせていただきたい」
ステラはヤマダの黒い目を見つめ返してうなずく。
「任せてください」
そう答え、きんちゃく袋を受け取った。
クラース村の人々の、新しいリーダーはグラディウスになるようだ。
勇気も力も申し分ないし、村人たちの信頼も厚い。適任だろう。
ヤマダとグラディウスが細かい部分を詰めている間、村のための任を請けたステラは、クリス提案のイタズラに乗っかった。
普段は温厚なステラだけれど、許せないことだってあるし、実のところ負けず嫌い。
つまり何をするのかと言えば、ナキにちょっかいを出したヤツらに、ちょっとした復讐をしてやることにしたのだった。
褐色肌のクリスが、貧民街の近く、南側の城壁の上に、監視者の2人組を見つけている。
まずはそれをどうにかしないと、避難も始められない。
と、言うことで、ステラは店じまい中の八百屋さんから、傷んだフルーツを買ってきた。
温州みかんよりすこし大きい、まんまるの柑橘系フルーツ。
油断すると手がべしょべしょになるくらい傷んだそれを、右手でセルフキャッチボールする。
ボールの重心を捉えたら、握りを確かめ、セットポジションへ。
そうして左手で、監視役を指差す。
「食らえ!松阪直伝のウィニングショット!」
標的まで30メートル。
ステラは憧れだったピッチャーを思い出して、思いきり腕を振り抜いた。
「高速スライダー!!」
敵の、魔術に対する防御は完璧に近い。けれどもこの国の住人は、物理学にうとかった。
ステラの投げた腐ったミカンは、監視者の脇へ抜けたかと思ったら、急な横滑りでその顔面へ襲いかかったのだった。
──ベシャァァアアア!!
「ぐわぁぁぁあああああああ!!!」
「えぇぇぇええええええ!!?!?」
監視役は2人そろってパニックである。
ミカンを顔面レシーブした方は、臭・苦・酸っぱ・痛・気持ち悪いのペンタブルコンボでパニック。
それを見ていた方は、魔術の行使が検出されないのに空中で軌道を曲げた攻撃に、自分の中の常識が崩れ落ちてこれまたパニックだ。
「アタシのオマケも持ってきなッ!」
そう言いながら、褐色肌のクリスもミカンを投げる。
クリスは変化球こそ使えないが、その直球はもはや砲撃だ。
この世界にスピードガンがあったら100マイルは出ているんじゃあないだろうか。
──ドボシャァァァアアアアアッ!!!!!
──ドゴシャァァァアアアアアッ!!!!!
クイックモーションの2連射で、監視役2人の頭が射抜かれる。
首の骨が無事か、敵ながら心配になるほどの勢いで、2人とも天をあおぎ、意識が途切れてくずおれた。
ステラはすぐさま城壁を駆けのぼり、地上5メートルほどにある窓へ手をかける。
壁の中へ入ったら上面へ出て、倒れた2人組を確認。身ぐるみ剥いで縛り上げ、上着を借りて変装した。
ステラはもののついでに、憐れな2人組をエサにしたスネアトラップを辺りに仕掛けてから西門を目指す。
その間にクリスが、騒ぎを聞きつけやって来る敵の応援部隊に向け、1人オレンジ祭りを始めるのだった。
西門の上からは、城塞都市の北西の平野に張られた、王都プラエタリアから来た遠征軍の野営が一望できる。
もともとの遠征計画だと、馬と食糧と装備、そしてその管理人員だけを野営させ、多くの兵は城塞都市の中で休養させるはずだ。
それが、今や野営地に多くの兵が集められ、ものものしく鎧を着こみ、剣や槍をたずさえている。
ステラは、ちょうど西門の真上に位置する通路から、街の中を監視する王都の兵を見つけた。
胸の紋章からコロナ家の所属のようだ。
(恨みはないけど、ちょっと眠ってもらおうかな)
ステラは城壁のふちに指をかけ、街の側へぶら下がりながら監視人へと近づく。
20メートルほどをそうして移動するのは、常人には難しいことなのだけど、アルティメットクリフハンガーに比べたら簡単すぎてあくびが出る。
「こんばんは。いい夜ですね」
背後をとり、城壁のへりに立ったステラは、そう声をかけながらハンターベストから手斧を握る。
斧の刃には革のカバーがされていて、何も切ることはできないけれど、何を叩いても音がしにくい。
それを、こちらへ振り返る兵士の側頭部へ、かぶとの上からスイングした。
罠にかかった獣のとどめ刺しの前準備、昏倒させる殴打の要領で。
斧ってやつは、少ない力で大きな威力を出せるのが魅力だと、ステラはつくづく思う。
哀れな兵士は一撃で、音もなく気絶した。
変な倒れ方をして2次被害が出てもかわいそうだから、ステラはそっと彼を寝かせた。
そして道具を弓矢へと持ち替える。
王都プラエタリア軍の陣を眺める。
明らかに城塞都市プラーガへ向けて城攻めをする布陣で、兵糧や装備品の備蓄はずいぶんと離れたところにまとめられていた。
投槍も投石も弓矢でも届かないだろう。
けれどそれは、普通の弓矢を使った場合。
王都プラエタリアの軍にしろ、城塞プラーガの軍にしろ、使う弓は同一規格。
壊れてもすぐに代えがきき、使い心地も変わらない。
それに対してステラの弓はオーダーメイド。
張力は10人張りで、軍の規格の10倍だ。
山奥の工房で作られた、狩人へのプレゼントの存在を、その場の誰も知らないのだ。
ステラは簡単な火矢を作ってつがえ、思いきり弓を引き絞る。
風で揺れる大樹のように、静かにさらさら音を奏でて、剛弓は身を反らす。
大地に張った根のように、強い弦がピンと張る。
それを胸まで引っぱると、みちみちと、二の腕から背中までがうなり声を上げた。
引くだけで息が詰まりそうな剛弓で、敵陣最奥、クストース家の旗を掲げる物資置き場へ狙いを定め、火矢を放つ。
赤い流れ星みたいに尾を引いて、それは的の80センチほど左へ突き立った。
(距離長すぎてまだ慣れないな……)
狙撃距離約1200メートル。
矢は地面に衝突し、仕込んだ火打石が炎を立たせた。
秋の乾燥した風が、またたく間に火の手を拡げる。
近くの天幕からローブ姿の兵士たちが出てきたけれどももう遅く、山登りに備えた物資はごうごうと燃え、延焼しないよう消火するのが精いっぱいだった。
因縁の部隊に嫌がらせをしたステラは、自分の役割をこなすため、今度こそ東門へ走った。
ステラが東門へ着くころには、すでにクラース村の人々の2割ほどが崖の下に移動していた。
残りの人たちも少しずつ、監視の目を縫うようにして、東門を抜けようとしている。
そんなさまを見下ろせる城壁の上には、人影が1つ、ステラを待っていた。
「こんばんは、初めまして。魔術師さんですか?」
毛皮のコートに身を包み、フードで顔を隠している長身の人物に、ステラは息を整えながら話しかけた。
万が一これが敵兵の偵察だったなら、身動きを封じなければならない。
ピリピリと警戒していたステラに、その人物はよく知る声を返してきた。
「初めまして、狩人さん。私は修行中の、流れの魔術師でございます」
フードを深くかぶったまま、寄宿学校の先輩、プラーガ領主エクエス候の息子、そしてステラの理解者でもあるレオが、そう答えたのだった。




