第32話 彼方の流星
クラース村を襲った魔獣との戦闘で傷付いたステラ。
彼を看病していた黒髪の少女ナキに、見知らぬ男たちの手がせまる。
ステラやクリスの教えを胸に、城塞都市プラーガの中を駆け、男たちから逃げるナキだったが、ついに捕まってしまう。
男たちに押さえつけられたナキが魔術を使おうとしたそのとき、大きな爆発が起きたのだった。
もうもうと上がる煙、がらがらと落ちるガレキ、バチバチと飛ぶ火花。
そんな、ついさっきまで倉庫だった建物の成れの果てへ、ステラとクリスはやって来る。
そこは軍事施設の並ぶエリアで、野次馬よりも消火活動や上司への報告に走りまわる人が多い。
近くの井戸からバケツリレーを行う、王都から来た騎士団の脇をすり抜けて、ステラは崩れつつある建物に駆け込む。
止める声もあったのだけど、一緒にいるクリスの顔を見るや、フリーパスとなるのだった。
爆発で天井の吹き飛んだその建物には、切り取られた日の光が注いでいる。
第一印象は「爆心地」だ。
室内に並んでいたであろう棚や荷物が壁際へ押しのけられ、屋根や壁だったガレキを浴びている。
軽い鎧や軍服姿の男が何人か、その中に混ざって倒れていて、駆けつけたプラーガ兵により救助されつつあった。
ガレキの中に散らばった緑の魔石が、バチバチと火花を散らしていて、新たな火災が心配にもなる。
しかしステラの目と心は、そうしたものには向いていない。
建物の中心やや奥。爆発の中心だった場所。クレーターのように石造りの床がえぐれてへこみ、その中心から煙が上がる。そお煙の中を、ステラは見つめる。
1歩、クレーターのふちから踏み出そうとしたステラの肩を、褐色肌のクリスが掴む。
「待て。危ねーだろ」
それはステラも分かっていた。
「でも……」
けれどもナキを案じる心がまさる。
「ナキ!いるか!?」
大きな声で呼びかけるステラには確信があった。
これまで何度も、離れたところにいる黒髪の少女を迎えに行ったんだ。
そのときに感じた、ナキが持つ独特の雰囲気──夏に咲く花みたいにエキゾチックな空気を、この場所でも感じ取っていた。
──トサッ……
柔らかい、布か何かが落ちる音。
立ち込める煙がゆらりと揺れて、床に黒いものが落ちたのが分かった。
「ナキ?」
クリスの手をすり抜けて、ステラはクレーターへ踏み込む。
「……こないで」
今朝も聞いたナキの声。それがおびえるように言葉を発する。
「ナキ。もう大丈夫だよ」
彼女を安心させようと、ステラは呼びかけながらまた1歩、2歩と近づく。
「いやっ……こないで……!」
少女の悲痛な訴え。
そしてそれに応じるかのように、風が煙を払った。
天使の降臨を描いた絵画のように、すじになった日の光がそこへ注ぐ。
衣服はボロボロになり、わずかな布が貼りついているだけ。
しかしそれも気にならないほど、少女の体は変貌していた。
黒かった長い髪は、毛先が青く透きとおっていて、風に舞うと光をはじいてきらきらと白く輝く。
手足の先は青い魔石に覆われ、冷たい光を放っている。
指先からはかぎ爪のように長く鋭利な結晶が伸び、ひじから先、ひざから先は、肌が細かい粒で覆われてハチュウ類の鱗のようだ。
しかし何より目を引くのが、頭から伸びる2本のツノと、背中からはえた体を覆えるような翼だった。
変わり果てた少女に、それでもステラは歩み寄る。
「ナキ……」
手足が変わろうが些細なこと。金の目の少女がそこにいるのだから。
「ごめん。ステラ」
けれども少女は、その金の目いっぱいに涙をためる。
「ごめんね……」
ナキはそう言うと翼を広げた。爪と翼膜のある翼は、現実ではコウモリのそれに近いが、ステラには竜のものに見える。
「待ってくれ!ナキ!」
ステラは叫んだ。
けれども竜となりつつある少女は、声が届くより先に飛び立つ。
ガレキを飛ばし、煙を巻き上げ、音を超えた竜の少女は、金の目からいくつかのしずくをこぼしながら、流星のように空を駆けていった。
すこしして、プラーガ軍の遊撃隊隊長コルヌが現場へやってきた。
救助や消火をしていた部隊をまとめ直し、情報を集め、作業を再分配する。
そして数人の仲間を連れて、現場となった倉庫のチェックを始めた。
褐色肌のクリスは、そんなコルヌを手伝いながら、1つの情報を提供する。
ナキが飛び去ったとき、視線と殺気を感じて辺りを見たら、通りの向こうの屋根の上から、こっちを見ているフードの集団があったことを。
狩人の少年ステラは、ショックで呆然と立ち尽くしていた。
見知った少女の変わりっぷりにではない。心が通じていると思っていた、家族だったナキに切り出された、突然の別れが受け入れられなかったのだ。
なぜ。どうして。答えのない問いだけがぐるぐると頭の中を回り、心を埋め尽くしていった。
ニュースはまたたく間に城塞都市をかけ巡った。
噂は噂を呼び、人々は予想のうえに予想を立てた。
夕方には
「クラース村の人間が魔獣を持ち込んだ」
なんて話も出回って、城塞都市プラーガの中はものものしい雰囲気になっていた。
ステラは爆発現場でしばらく呆然とした後、クリスに連れられて病院に戻った。
同じ病室にいた肉屋のグラディウスも含めて退院手続きをし、病室に転がっていた謎の兵士に関する取り調べを受けた。
それらが終わったころには日も暮れていて、先に退室したクリスの呼びつけに応じ、ダイナーへと足を運ぶのだった。
何年も前に初めて城塞都市プラーガへ来たとき、宿も兼ねてお世話になったダイナーへ、ステラたちは集まる。
ステラが店に入ると、見知った顔が奥の壁際のテーブルに集まっていた。
白ヒゲの老人リベールが何やら書類に目を通していて、隣では肉屋のグラディウスががつがつとエネルギーを補充している。
その向かい、入口に背を向けている青年は、プラーガ兵のコルヌだろうか。
「こんばんは。お待たせしました」
ステラの声に、老人リベールは書類へ目を落としたまま小さく手を振り、肉屋のグラディウスはソーセージをむしゃむしゃやりながら手を上げた。
プラーガ兵のコルヌは振り向いて、犬がしっぽを振るみたいに狩人の少年を出迎える。
「お疲れさまですっ!」
ステラはにこりと手を振りながら、コルヌの隣へ腰を降ろす。
「グラディウスさん、そんな食べて大丈夫なんですか?」
「血を流しすぎたからな。肉食わねーとな!ステラも食え食え」
軽い食事を注文したステラに、グラディウスは山盛りの肉を差し出した。
「コルヌさんも、忙しいだろうにありがとうございます」
「いえいえ!これもお仕事のうちですし。お役に立てるならうれしいですし!」
そんなことを言い合って、大皿のお肉をつまんでいく。
ステラの頼んだ料理が運ばれてくると、お皿を並べるためもあり、白ヒゲの老人は読んだ書類をまとめていった。
「リベールは何を読んでたの?」
肉のロースト3種と、山盛りバゲットと、揚げたイモと、ソーセージの盛り合わせと、ピザとピザとピザを並べながらステラは聞く。
「今朝に爆発のあった建物から、誰かさんが回収してきた研究書類じゃ」
小さく低い声で答えながら、老人リベールは書類の束を兵士コルヌに渡す。
コルヌはそっぽを向きながら、そそくさとそれをカバンにしまった。
(ははーん。俺たちのために横流ししてくれたのか)
ありがたい反面、どうしてそこまでしてくれるのか不思議がりながら、ステラは見て見ぬふりをする。
そこへ、褐色肌のクリスが2人の男を連れてやって来た。
1人は年季の入った軍服姿のヤマダ将軍。もう1人は、農夫の作業服を身にまとった背の高い壮年紳士。
その顔を見た瞬間、ステラとコルヌ、そして肉屋のグラディウスは背すじを伸ばした。
褐色肌のクリスは、かしこまったリアクションをする平民たちに笑いながら、席を詰めさせる。
グラディウスの隣にヤマダ将軍を詰め、ステラの隣に農夫の格好をした領主エクエスを押し込んだ。
サラリーマン時代に染みついた性質で、1番の下座へ領主様を座らせることに激烈な違和感を覚えたステラ。
けれども領主エクエスは、ウィンクしながら細いお尻を滑り込ませた。
「メシ……は十分か。大将!酒!あと果実水2つ!」
褐色肌のクリスがまたたく間に麦酒をおかわりしてから、お忍びの首脳会議が始まるのだった。
白ヒゲの老人リベールが、兵士コルヌの集めた資料を噛み砕いて説明する。
クラース村での魔獣討伐で手柄を上げられなくなった王都プラエタリアの軍は、ここ城塞都市プラーガに駐留していた。
その中で独自の目的を持っていた、貴族クストース家直属の部隊が行動を起こす。
その部隊は、魔獣の討伐と並んでナキの確保とステラの暗殺を計画していた。
クストース家はナキが持つ魔術の素質に目をつけていて、「第2の魔女の手」とでも言おうか、魔石資源にするつもりだったようだ。
そのために、ナキといつも一緒にいるステラが邪魔となっていた。
「それで命を奪うまでいくのは、ちと意味が分からんがの」
老人リベールの差し挟む感想に、テーブルの一同は深くうなずく。
クストース家の部隊は、今朝になってナキの確保へ乗り出した。
ステラへ向けた暗殺部隊は、王都を出るときから警戒していたクリスによって撃退された。
しかしナキは捕まってしまった。
捕まえた後の実験内容は指示書が残っており、肉体への魔石の埋め込みがメインのようだ。
ナキはその手順にしたがって埋め込まれた魔石に適応したが、暴走し、姿を変えて飛び去ってしまった。
「待ってください、リベール殿。その実験に指示書があるということは、結果の例もあるのでは?」
領主エクエスが、険しい顔で身を乗りだす。
「……そうですな」
白いヒゲの老人は、険しい顔でうなずいた。
兵士コルヌがおずおずと取り出した書類には、魔石移植の実験レポートが含まれていた。
動物実験から始まり人体実験まで100を超える手順と結果が記されている。
適応しなかった生き物は、魔石の彫像と化すか、肉体が融けて流失するか、その場で痙攣して動かなくなるか。
いずれにしても死んでしまう。
成功すると、体内に魔石が埋め込まれ、魔術をすばやく隠密に発動できる。
「つまりやつら、人体実験を繰り返したのですな」
ヤマダ将軍が、震えるのどをおさえながらしぼり出す。
「ナキさんのことを……」
兵士コルヌも、怒りと悲しみを噛みしめた。
「でもよォ。ナキはどれにも当てはまらなくねーか?」
ピザをつまみながら、褐色肌のクリスが言う。
確かにそうだ。
体が異形化した例は、いずれも拒絶反応で息絶えている。
実験サンプルが少ないだけの可能性もあるけれど、今この瞬間も彼女の命が尽きようとしている可能性だってある。
いても立ってもいられず、ぶるりと身を震わせたステラを、止めるように白ヒゲの老人が声をかけた。
「ここからはわしの想像が入る上、クリスとコルヌは初めて聞くことと思うんじゃが……」
ピリリ、と、領主や将軍が引き締まる。
名指しされた2人は興味津々に身を乗りだし、肉屋のグラディウスはやれやれと肩をすくめた。
テーブルにつく全員の顔を見渡して、老人リベールは話し始める。
「まず、先日命を落としたクラース村の長老は、昔話にもなっている、海辺の魔女フリーヤじゃ。王都にある『魔女の手』の持ち主でもある」
褐色肌のクリスと兵士コルヌは、「は?」とでも聞き返したそうに口を開けたまま固まった。
将軍ヤマダや肉屋のグラディウスは、盗み聞いてる者がいないか、周囲へと気を巡らす。
「魔女フリーヤの中には、東国から持ち込まれた宝石、魔石のもとである『広がりの種ノモゥ』があるはずじゃった。火葬の際、それが出ておらん」
確かに、猟師サギッタの遺骨からは魔石が出たのに、長老からは出なかった。
「3つの宝石が魔石として効果を持ちはじめたとき、石は触れた者の中へ入り込んだことを考えると……『広がりの種ノモゥ』は、既に他の誰かに入っておる」
がやがやとした店内で、ここだけ異世界のように静かだ。
「おそらく。ナキが魔女フリーヤの最期を看取った際、彼女へと移ったのではないか。わしはそう考えておる」
褐色肌のクリスは、確かにあの日のクラース村で、ナキが緑の光に包まれていたのを覚えている。
「確かに、王都から取り寄せた魔石……『魔女の手』由来の魔石は、ここ数日うまく起動していません」
領主エクエスが補足する。おおもとの持ち主が変わり、性質が変化しているのだろう、とも。
「じゃから、ナキの体の変化は、実験そのものより『種』の影響が大きいのではないかと思うのじゃ」
老人リベールの説明に、ステラはうなずくのだけれど、隠してることもあるよな、とも思う。
かつての王リベールは、魔女フリーヤたちとともにこの地へ来た。
それは魔獣と化したお姫様を追ってのこと。
お姫様が身を隠したのも、ナキが卵から孵ったのも、メモリア山の奥地だ。
ならば、ナキは、王リベールと姫サラーハの子なんじゃないか?
そして3つの宝石が持ち主を変えるのなら、サラーハ王妃の中にあった『始まりの卵イラーサ』も、ナキの中にあるのではないか?
思い返せば、ナキの運動神経も、魔力の出力も、同じ人間とは思えないほどハイレベルだ。
極めきった天才だろうクリスと比べても、出力は並ぶか超えている。
それが、生まれつき受け継いだ宝石の効果だとすれば納得できる。
ステラの頬に汗が伝う。
(じゃあ、2つの宝石を身に宿したナキはどうなるんだ?)
1つだけを身に宿した王妃サラーハは魔獣になった。王リベールと魔女フリーヤだって、人の姿だけど120年も生きている。
殺されなければもっともっと長生きするだろう。
そうしたひとたちは、はたして人間と言えるんだろうか……?
いくすじもの冷や汗と、ぞくぞくと背中に走る悪寒を感じながら、ステラは固まっていた。
「ところでステラよ。ナキに最近、体調の変化はなかったかの?」
「う……うぇ?」
急に話を振られたので、ステラは間抜けな声を出してしまった。
「いやの。長老が特にそうだったんじゃが、宝石・魔石が入ると、体を流れる時間が緩やかになるんじゃ。そんな変化はなかったかの?」
思い返せば、ナキの食欲はずいぶんと落ちた気がする。
その分自分の食欲、特に肉を食べたい欲が増していて、ステラの食事をナキが見守る時間が多くなってきていた。
「ならば、わしの予想もそう外れてはおらんじゃろ」
沈み込むように重々しく、老人リベールは言った。
「ナキさんが人じゃなくなる……それは、ちょっと、嫌ですね……」
若い兵士コルヌがつぶやく。
「それは、3つめの宝石『終わりの星マウト』を使う」
東国の伝説によれば、『卵』イラーサから始まる事象は、『種』で広がり、『星』で終わるのだという。
『終わりの星』の準備も、リベールに策があるようだ。
「それにしても、なぜナキは飛び去ったのか。これが分からん」
自分の考えを説明し終えたリベールが、息をついて背を預ける。
「確かに。そこが分かれば、追いかけて話すこともできるでしょうが……」
領主エクエスもうなずく。そうですな、と将軍ヤマダも同調したところで、褐色肌のクリスがあんぐりと口を開けた。
「いや、お前らバカかよ?」
将軍、領主、王様を並べて『バカ』と言い放てるのは、彼女だけだろう。
「そんなん決まってるじゃねーか。コイツだよ」
褐色の姐御肌が、親指でステラを指す。
「好きな男の前でお気に入りの服もくつもビリビリにされて、恥じらわねー乙女はいねーだろうが」
その言いっぷりに、男性陣は固まってしまったのだった。




