第31話 爆心地にて
クラース村を襲った魔獣との戦いを終え、城塞都市プラーガで療養していたステラのもとへ謎の襲撃者が現れる。
褐色肌のクリスの助けもありその襲撃者を下したステラは、ナキも狙われていることを知る。
街の中心に立つ城の塔から手がかりを探していると、街のはずれのほうにある建物が、大きな爆発を起こしたのだった。
その朝のナキは、ここ数日と変わらず過ごしていた。
ステラの入る病室の、ベッドの脇に置かれたイスで目を覚ます。
彼の眠るベッドへ投げ出した上半身を起こして窓を開ける。
朝の空気をめいっぱい吸い込んで、少しずつ明るくなっていく彼の顔を眺める。
いつもはステラの方がずっと早起きだから、いけないと思いつつ、貴重な寝顔を見れて胸がほくほくする。
ほどなくしてステラも目覚める。
「おはよう。今日も早いね」
「おはよう。もっと寝ててもいいのに」
そんな、たわいもない言葉が交わされるとき、はちみつが流れるみたいにゆっくり時間を感じるのに、気づいたらものすごく経っていて。
だから近ごろ、ナキは時間を盗む泥棒さんがいるんじゃないかと思い始めた。
体調を聞いて、いいよ、と答えをもらう。何度聞いてもステラの答えはその3文字だから、顔色や答えるまでの考える様子を見て、ナキなりに診断する。
今日はホントに良さそうで、どこまで体が動かせるか、試してみたそうだった。
それから朝食を取りに行く。
病院とお役所を兼ねたお城との間に食堂があって、入院患者はそこでご飯がもらえる。
ステラが偉い人と話すときはヒマになるから、お世話になる分お皿洗いや薪割りを手伝ったら、ナキの分もおまけしてくれるようになった。
ここ数日、あまりお腹が減らないのだけど、ステラと一緒だとついついペロリと食べてしまう。
その食堂で、朝食のテイクアウトを受け取った後のことだ。
「お嬢ちゃん。ちょっといいかな?」
朝イチの食事にありつこうと列をつくる、早番警備の兵隊さんたち。
その隣で、列に並ぶでもなく、がっしりした体の男がナキに声をかけた。
「……おじさん誰?」
ふわりとしたローブに身を包んだ男にナキは問う。
男の顔は、前日おこなわれた長老と狩人のお葬式で見たのを覚えている。
故人の顔を見るでもなく、花を捧げるわけでもなく、ただ遠巻きに式を眺めている人が何人かいたから、ナキは不思議に思っていた。
この人は、その不思議な人の1人だ。お葬式のときには軍服らしい服を着ていたから、今日もローブの下はそうなんじゃないか、とも予想する。
「ああ、私はラケルタ。そこの病院の警護をしている者だ」
そう言って、ローブの男はニコリとほほ笑み、握手しようと手を差し出した。
「んん?そうなの?」
病院に最低限の警備がついているのは知っていて、ナキはその全員と知り合っていた。
でも、このラケルタと名乗った男はいなかったはず。
それに、お葬式で見た軍服に、警備を任されているはずのプラーガ領の印が入っていなかったように思う。
「ああ。そうなんだ。それで君について来てほしい所があるんだが……」
ナキが何やら考えている様子を見て、ラケルタは手を引っ込めた。
「え。今?」
伸ばされていた手の袖口から、やっぱり軍服とがちゃがちゃした装備品が見えていた。
それはいいとしても、今はステラに朝ご飯を持っていく最中で、寄り道している暇はない。
「朝ご飯の後ならいいので、ちょっと待っていてもらえませんか?」
そう言って、ナキはすったかたったと病室へ走りだす。
「ステラくんの──」
ラケルタは咄嗟にそう言った。ナキの足がピタリと止まる。
「──病室を動かすことになったんだ。だから、そこへ一緒に来てほしい」
ナキは振り向き、張り詰めた顔のラケルタを見ながら、ステラやクリスとの話を思いだす。
ステラが言っていたことは。
怪しい人について行かない。
全力で逃げる。
大きい声を出す。
周りの人に助けを求める。
クリスが言っていたことは。
自分の意見をはっきり言う。
自分のやることをやり切る。
邪魔するやつは躱すか殺す。
ナキは軽く息を吸って、ラケルタの目を見ながらお返事した。
「い!や!」
元気よく声を出し、ナキは病院の入口へ走る。
入ろうかというところで、柱の陰からラケルタと同じローブの人が5人も現れた。
「イヤーッ!!」
止まりきれないナキは、大きな声で拒絶しながら、1番近くにいたローブの男に回し蹴りを打ち込んだ。
「ぐわっ!?」
へその上にクリーンヒットされた男は、肝臓と胆のうと胃袋をメチャクチャに揺らされながら、5メートルあまり宙を舞って壁に叩きつけられた。
「がぼっ……ごぼっ……」
胃の中身を廊下にぶち撒けながら、ぴくぴくと痙攣したその男は、それきり動かなくなる。
「やだぁ!」
男への回し蹴りをブレーキ兼方向転換に使ったナキは、元来た道へ戻る。
「そら。来なさい。いい子だから」
追ってきていたラケルタが、両手を広げてナキへ迫る。
「いい子なのは同感だけど、おたく何者?」
「ウチのアイドル、どこへ連れてくって?事務所|(司令部会議室)に話通してくれない?」
そのラケルタの背後から、食堂で朝食にありついていた若いプラーガ兵が声をかけた。
2人ともヤマダ将軍の部下で、前にナキがプラーガへ来たときから仲良くなっていたのだった。
「アーラ!オロル!」
ナキは跳ねるように、歳の離れた友達の名前を呼ぶ。
黒髪の少女を追っていたローブの男ラケルタは、観念したように溜め息をついた。
そして次の瞬間、振り向きざまに裏拳を振り抜いて、若いプラーガ兵アーラの脳を揺らす。
「はァ?」
崩れ落ちる同僚を見て、即座にバックステップするプラーガ兵オロル。
しかし襲撃者ラケルタの方が上手だった。
ひと足で距離を詰め、アッパー一撃であごを撃ち抜き、またたく間に兵士2人を沈黙させた。
「さあ。来てもらうよ」
道ばたにくずおれる2人に目もくれず、フードの男ラケルタはナキへ向きなおり、その手首を掴んだ。
ナキは理解した。これが、ステラが逃げろと言った怪しい人なんだ、と。
手を引かれ、それまで大事に抱えていた朝食のバスケットが落ちる。
慌てて空いてる方の手で掴もうとすると、ラケルタがそれを払いのけた。
「勝手に動くな!次は手足を折るぞ」
地面に転がったバスケットから、ガラガラと音がなる。
ふかふかのパンが、シャキシャキの野菜が、パリパリのベーコンが、ぐしゃぐしゃになる。
朝は冷えるから、ってポットに入れてもらった、ショウガの利いたスープが、ひたひたと地面に吸われていく。
ナキは初めて怒った。怒って、言うこと聞いてやるもんか!と思って立ち止まる。
「おい。聞いてたか?」
「やれるもんならやってみなさい」
ナキは、自分の手を掴んでいるラケルタの右手を掴み返し、逆上がりの要領で全体重をかけ、両足で敵の脇の下を蹴り飛ばした。
──ゴキゴキゴキッ
呆然としてしまっていた、待ち伏せ組の4人にもはっきり聞こえる嫌な音。
直後にラケルタの苦痛に耐えるうめき声が通りに響く。
「うぐぅぅぅぅ……!!」
大男の肩と肘を同時に外して、くるんと着地したナキは、ステラとクリスの教えに従う。
「絶対あなたの言うこと聞かないから!」
そして全速力で駆けだした。
行くアテの無い逃走。
ステラの病室へ行くのは難しいし、クラース村の人は巻き込みたくない。
もう少し時間が経ってたら、バッチリ揃ったヤマダ将軍の隊を頼れそうだけど。
そんなことを考えながらスピードを上げる。
追いかけてくるのは、自分で肩と肘をはめたラケルタ。
右手の関節をぱんぱんに腫れさせて、脂汗をかきながら走っている。
そして1本隣の路地を走ってついてくるのが1人と、少し離れた屋根の上を移動しながら見張っているのが1人。
上から見られてたら、建物に入らないと逃げきれないな、と思ったナキは、スピードを上げ一直線。
そのまま街を囲む石壁までやってくると、踏み切り、壁を蹴り、シュパパッと登っていく。
地上5メートルほどの窓に手をかけると、追いかける不審者たちが呆然と見上げる中、顔見知りのいる城壁へ入ろうとする。
そのときだ。
ラケルタの左手が赤く光ると、ナキの貼りついていた城壁の石がさらさらと砂になっていく。
慌てて両手足をつっぱっても、その周りもまた砂になる。魔術で壁が壊されているのだ。
落ちるナキを、追手の1人がキャッチしようと下へ回る。
やなこった!と流星キックを首に入れるのだけど、そいつは鎖骨を折られながらナキの足を掴んだ。
宙ぶらりんの逆さ吊りにされたナキは、嫌だ嫌だと叫びながら手足をぶんぶん振り回す。
けれどもそばに立ったラケルタに、光る手を顔へ向けられると、意識がぼうっとして保てなくなってしまった。
ローブ姿の男たちは、気を失ったナキを抱えて、自分たちの拠点へ移動したのだった。
ナキが目を覚ますと、そこは知らない建物の中だった。
倉庫みたいに広々としているけれど、いくつもの棚が並び、険しい顔をした男たちが本や魔石を持って動き回っている。
中には見たことのある顔もいて、それはほとんどが、長老のお葬式に来て何もせずにいた人だった。
そんな倉庫の奥で、ナキは十字架に手足をくくりつけられていた。大の字と言うか、十の字みたいな感じ。
口にはさるぐつわを噛まされ、もごもごとうめく以外に声は出せない。
手足を縛るベルトは分厚くて、ちょっと千切れそうになかった。
「目覚めたようです。ラケルタ隊長」
もぞもぞと動くナキを見て、そばの机で書類にペンを走らせていた男が言う。
「チッ……予定より早いな。凶暴だから気をつけろよ」
忌々しそうに黒髪の少女を見ながら、ラケルタは指示を下した。
「やれ」
部下たちはうなずいて、それぞれにアイテムを持ちナキへ近寄る。
ある者はナキの左前腕へ紐を巻き、血の流れを止める。
ある者はナイフでナキの左手甲を切り、ぱっくりと開いて血をぬぐう。
そしてある者は、緑色の魔石のかけらを、その傷口に押し込んだ。
「んんんんぅー!!」
嫌がって暴れるナキは、とっさに魔術を行使する。
加減する余裕もなく、自分ごと大きな爆発で吹き飛ばそうとした。
そしてナキの体と、押し当てられた魔石が輝く。
耳をつんざく轟音と、辺り一面を吹き飛ばす爆風が、金の目をした少女を中心に巻き起こったのだった。




