第30話 戦ののろし
狩人の少年ステラは、ナキやクリスの協力もあり、クラース村を襲った巨大な魔獣を退けた。
長老や、狩人仲間のサギッタなど、被害も出てしまったが、どうにか多くの村人を城塞都市へと逃がすことができたのだった。
クラース村の住人は、生き残った全員が城塞都市プラーガへ運ばれた。
村を襲った魔獣の報告を聞き、領主も将軍も、耳を疑うほど驚いた。
魔獣の大きさも、特性も、これまでの記録を遥かに上回るもので、プラーガの全軍をもっても仕留めるビジョンが浮かばないほどだからだ。
だからこそ、その襲撃を受けて、死者2名、重症者3名という被害者の少なさにも驚いた。
まあ、その3人のうちの1人は、その日のうちにバリバリ肉を食べて男漁りに向かったため、さらなる驚きも与えたのだが。
ステラは、肉屋のグラディウスと一緒に、城塞都市プラーガの中心部にある病院へ担ぎ込まれた。
ステラは10日ほどで元気になるだろうと診断されたのだけど、グラディウスはもしかしたら年単位になるそうだ。
本人は「はっはっは!まいったなァ!」なんて笑ってみせるけれど、朝晩の冷え込むタイミングでは苦しそうにうめいていた。
ナキは、怒りと、心配と、悲しみと、安心の混ざった、複雑で圧のある顔でステラに迫った。
「ステラ、『無茶する予定はない』って言った!なのに無茶した!」
プリプリし過ぎてカタコトになっているのを、ステラは笑わないようにこらえる。
けれどもそれを見て
「ちゃんと聞いてるの!!?」
なんて追い打ちがかかるものだから、ステラはひたすら謝るしかなかった。
病院のベッドで横になりながら、ステラはデスクワークをこなす。
ブラック企業に勤めていたとき、過労の入院中もリモートワークして方々に怒られたな、なんて思い出しながら。
お医者さんには「バカなの!?」と怒られ、会社の人には「クォリティが低い!」と怒られた。
(いや、こんな話したらそれこそナキに怒られるわ)
自嘲気味に笑って、手紙やらレポートやらに手をつける。
寄宿学校と先輩レオ宛の手紙で、ケガをして授業への復帰が遅くなることを報告。
付き添ってくれてるナキも、一緒に遅れることを伝える。そして、カバンの中であの激闘を超え、クシャクシャになったレポートを書き直し、完成させて学校へ送る。
そうして数日を過ごした後、落ち着いた村人たちと、長老とサギッタの葬儀へ参加した。
葬儀には、村人だけでなく長老と親交のあった人も参列した。
エクエス領主の名代とか、さすがの知名度だな、なんてステラは驚く。
中には全く見たことのない王都の人なんかもいて、ステラはただただ感心しきりだった。
葬儀の翌日。
いつものようにステラのベッドサイドで目を覚ましたナキが、朝食を取りに病室を出る。
すると入れ違いに、クラース村の鍛冶屋ガレアが入ってきた。
ガレアは腕利きの職人で、ステラの装備も、父アルカスの装備も、そのほとんどを手掛けている。
城塞都市プラーガや、王都プラエタリアにもお客がいるらしいが、それも納得の腕前だ。
その鍛冶屋ガレアが、持ってきた包みをステラの前で開く。
「もう何年も前になるが……約束した品だ。収めてくれ」
それは新しい弓だった。固く丈夫で強い弓。
表面はなめらかに磨き上げられているけれど、しなりが固く、弦の張りもめちゃくちゃ強い。
「ウチの職人で、10人張りのシロモノだ。これ以上のものは、ウチの工房には無い」
国で指折りの職人がそう言うのだ。国でもトップクラスの逸品だろう。
「ありがたいんですが……受け取っていいんですか……?」
すごさが分かるからこそ、ステラは自分がそれに見合うのか、尻込みしてしまう。
「何を言う。お前さんは、ウチの村を救った英雄だ。収めてくれ」
まっすぐな目で言われては、すこしむずがゆくても受け取らざるを得ない。
「ありがとうございます。頂戴します。……でも、英雄なんて」
ステラが照れるようにそう言うと、鍛冶屋のガレアは眉を吊り上げた。
「お前さんがそう言うなら、そう呼ぶことは控えよう。だが、オレは値切られるのが嫌いなんだ」
さも苦々しそうに、職人は言う。
ステラは何のことを言われているのか分からなかった。
前世でコスプレ制作をやっていた頃から、技術の価値は身をもって感じている。
だから技術を持った職人をリスペクトしているし、チップをはたくことはあっても値切ることはない。
「長老のおばあもそうだったがな」
鍛冶屋のガレアは続ける。
「オレはお前にそれだけのものを感じて値をつけ、物を渡しとる。それを『価値が違う』つって値段を変えられるのを、オレは好かん」
そう言うと、職人ガレアは立ち上がった。
「あとは、お前さんが村で使いつぶした道具だ。残ってたナイフや矢も磨いた。使ってくれ」
ベッドの足元に、狩猟セットのチョッキが置かれる。
「あ……ありがとうございます!」
頭を下げるステラに、ガレアはニッと笑った。
「なぁに。命に比べれば安いもんよ。コッチこそ、ありがとな」
そう残して、病室を出ていった。
静かになった病室で、ステラは道具をあらためる。
手斧やナイフは使用感そのままに、きれいに研がれて切れ味が上がっている。
そして新しい弓は、お腹にしっかり力を入れないと、きれいに引けないほど張りが強く、ステラは
(また鍛え直さないとな!)
なんて、決意を新たにしたのだった。
同室のグラディウスが、ぐーすかぴーすか寝ている中、廊下からどたどたと走る音がする。
ナキの足音ではもちろんないし、よく聞けば4~5人いる気がする。
その焦るような、鬼気迫る音に違和感を覚えて、ステラはベッドから抜け出した。
入口近くの壁に貼り付いて、何がやって来るのか待ち構える。
「おいステラ。先にそれ装備しとけ」
不意に声がかかる。
聞き覚えのあるハスキーな声をたどってみると、開かれた大きな窓のさんに、クリスがヤンキー座りしていた。
「早くしろ。来るぞ。あと5秒だ」
クリスの本気な目に、ステラは事態の重さを察した。
ベッド脇にかけていたシャツとズボンを取り、病人服から早着替えすると、病室のドアがドタン!と音を立てた。
そしてその扉が開く。
ただし、通常通りの外開きでなく、上から下に、倒れるように。
「いらっしゃ~い♡」
褐色肌のクリスは猫なで声でそう言うと、キスと一緒にナイフを投げた。
ハスキーな猫なで声もいいな、なんて感想が出るより早く、ぐえ、とか、おぶ、とか湿った断末魔が耳へと届く。
続いてガシャガシャと隠密性のかけらもなく、2人の男が室内へ倒れ込んだ。
「なんだ!?」
廊下からまた男の声。
それに答える代わり、クリスは窓枠を蹴って室内を突っ切り、廊下へと飛び出した。
そして勢いそのままに前転し、男のあごを蹴り上げる。
ステラの病室へやって来た男たちは全部で4人。
全員が鎧をまとっていたが、あっという間に2人が倒れ、指揮を取る1人は前歯を砕かれ失神した。
最後の1人が、アワアワと震えながら後ずさり、クリスから逃げるように病室へ入ってくる。
ステラはそいつに足をかけた。
ひぇっ、と情けない声を上げて尻もちをつく。
ステラはその手の剣を蹴飛ばしてから声をかけた。
「お兄さんどうしたの?お見舞い?じゃないよね?」
尻もち状態の鎧の男は、しゃべれないのかしゃべる気がないのか、ガタガタ震えるだけのマナーモードになっている。
「そいつら、お前を殺す気だぞ」
隊長のズボンを脱がし、籠手ごと腕を縛りながら、褐色肌のクリスが代わりに答えた。
「え。なんで?」
殺気が失せているとは言え、そう言われると目を離せない。
視線をそらさずハンターチョッキを着て、ステラは装備を完了する。
「詳しいことは後。ソイツをどう始末するかだが……」
「命は取りたくない。食べるわけじゃないんだから」
ステラの即答に、クリスは面倒そうに頭をかいた。
「そう言うと思ったよ。殺すより生かす方が面倒なんだぜ?」
言いながら、クリスはマナーモード男のあごをぶん殴り、電源をOFFにする。
「走れるか?」
「大丈夫」
「よし」
手短な確認を済ますと、褐色肌のクリスは
「きゃぁぁぁあああああああああ!!」
と、甲高い悲鳴を上げた。
「じゃ、ついて来い」
そしてすぐさまいつものハスキーボイスで、ステラに指示して窓から出た。
その病室は3階だ。
窓枠やら雨どいやらを掴んで壁を移動し、他の建物の屋根へ跳ぶ。
そうして走ってついて行きつつ、ステラは何が起きているのか尋ねた。
「細かい資料は後で紙を見せるけど、大まかにはこうだ」
クリスがかいつまんで説明するには、先日の巨大オオカミの討伐が問題らしい。
王都プラエタリアでは近年の獣害の根っこに、東部の魔獣発生があると分析。
そこにクラース村から目撃情報が寄せられ、討伐隊が組織された。
出資した貴族の権力争いと、現場兵士の功名心が合わさって、誰がてがらを上げるか、討伐隊内でバチバチの競争になっていた。
それが、当の魔獣はステラに倒され、討伐隊や貴族の目論見は泡と消えたのだった。
さらに事はややこしくなる。
出資した貴族の中に、ステラとナキを良く思わない者がいて、誘拐や暗殺を企てる部隊があった。
その部隊が、討伐隊の会議の中で
「そもそも魔獣の話が狩人の嘘なのでは?」
とか、責任をステラに押し付けるよう煽ったらしい。
このままでは「狩人1人に後れを取った大部隊」との汚名を着せられる危機感から、魔獣討伐隊は意見を統一。
ナキとステラを捕らえて王都まで連行することにしたのだった。
「くっだらねー」
「アタシもそう思うー」
ステラとクリスは、城塞都市の中を走りながらうなずき合う。
「それでアタシは、グラディウスごとステラを殺す計画を聞いて、飛んできたってわけ」
都市の中心に立つ城の、物見の尖塔へ窓から侵入しながら、褐色肌のクリスは言う。
「それはありがたいけど、じゃあ、ナキは?」
続いて塔に入りながら、ステラは問う。
「あー。ゴメン。さらわれちゃった」
「は?」
ステラは思わず全力で向けてしまった殺気を、あわてて抑えて息を吐く。
「いや、ごめん。そうだよな。グラディウスも巻き込むとなったら、優先順位こっちだよな」
本当はクリスの頭の中に、肉屋のことは無かったのだけど、女戦士は空気を読んで無言でうなずく。
「で、ここへは何をしに?」
後をついて階段を上りながら、ステラは尋ねる。
「やることは2つ。領主への言い訳と、さらわれた子の捜索よ」
褐色肌のクリスは振り向かないまま、2本指を立てたのだった。
塔の最上階に着いたステラは、クリスが用意していた手紙を受け取った。
中身はさっきの説明を硬い言葉にしたもので、これを矢文としてプラーガ領主のエクエス候に届ける。
手紙の最後に、肉屋のグラディウスを保護するようにお願いを付け足して、矢へとくくり付けた。
塔から見える城の2階、領主の執務室へ繋がる廊下の、換気用に空いた窓へ、ステラは難なく放り込んだ。
そして次が本番だ。
塔から四方八方を見下ろして、ナキがいそうな場所、討伐隊が集まる場所、そして怪しい集団を探す。
クラース村の人々が固まっている地区や、討伐隊が駐留している軍用地区。王都から来たと思しき集団がいくつか。
疑えばきりがないけれど、これぞ、という場所も見つからない。
ステラが焦りで額に汗を浮かべ始めると、視界の隅で異変があった。
──ボムッ
軍用地区の一角が、そう音を立て、爆炎を上げた。
衝撃波が走り、ステラたちのいる塔の上までごうごうと風が吹く。
「……あれだな」
建物のあった箇所が爆発して、ガレキが散り、人々が走りまわっている。
「お。いたか?……ありゃあ急がねーとマズいな」
そう言って、褐色肌のクリスは塔を駆け降りる。
ステラも、煙のすき間からナキの姿を探しつつ、クリスの後を追って駆けだした。




