第3話 魔獣
「魔獣が出たぞぉぉおおおお!!」
狩りから戻った若者、サギッタの叫び声から、クラース村はどったんばったんの緊急事態におちいった。
村の中央広場に建てられた物見やぐらでは、物見役が半鐘──緊急事態に鳴らす、サイレンの役目をはたす鐘──を打ち鳴らしている。
広場では村人たちが集まり、その真ん中では長老のおばあが指示を飛ばす。
幼いステラは、彼を抱えて懸命に走る母オラーレの肩ごしに後ろを見る。
村の外に広がる森が揺れ、大きな何かが近づいてくる。
地響きと木々が裂ける音にせまられながら村の中心を目指すが、オラーレとステラのあとを追うサギッタは、もう足がフラフラで走れなさそうだ。
「サギッタ!痛くても怨むなよ!」
サギッタに肩を貸していた肉屋のグラディウスは、返事を待たずに若者を肩に担ぎ上げた。
「っ……つッ……!」
筋骨隆々のヒゲづらオヤジに担がれた若い狩人は、痛みに顔をゆがめながらも必死に耐える。
4人が広場にたどり着くと、長老を中心とした数人が、パニックになりかけた村人たちをまとめていた。
「来たね。グラディウス、オラーレ」
長老のおばあは、鋭い目をキラリと光らせた。
「遅くなりました、おばあ様」
ステラをそっと降ろして、母は頭を下げた。
「おばあ、俺は裏門へ向かう。コイツを頼む」
肉屋のグラディウスは、若者を降ろしてきびすを返す。
地面に置かれたサギッタがうめくところへ、長老のおばあが寄ってきて方々へ指示を飛ばす。
「動ける若いのは剣なり槍なり持ってグラディウスへ続きな!オラーレは広場の指揮を頼むよ。わたしゃケガ人の面倒を見るさね」
「分かりました。おばあ様」
鋭くうなずいた母、オラーレは、広場の人々にかがり火の準備を命じ、村人の点呼を始める。
全体の指揮から降りた長老のおばあは、横たわる若者を触診していく。
「こりゃあ折れちまってるね……左腕と、左のアバラも2本か……開くわけにもいかないし、キレイに治るかは賭けさね……」
ブツブツつぶやきながら、肩にかけていた袋から、布だの、乾いた葉っぱだの、軟膏の入ったつぼだのを取りだしていく。
初めての騒動ながら、ステラは自分にもできることはないかと探しはじめた。ここへ来てまだ3年と数ヶ月だが、温かで穏やかなこの村には愛着がある。
ムキムキの大人たちに混ざって裏門へ向かうのはムチャだと分かる。走るスピードは段違いだし、足手まといになるだけだ。
母の手伝いも、司令部に指揮系統を知らない者が入るのは逆効果だ。
そして、おばあの手元を見る。
おばあは若者の上着を脱がし、腫れている脇腹へ軟膏を塗っている。恐らく痛み止めだろう。
そしてその手元に、骨折の処置に必要な添え木がないことに気付いたステラは、かがり火の準備に集められた薪の中から、ちょうど良い棒を探しに走った。
「誰ぞ!誰ぞ手伝ってはくれんか!」
しわがれた声を張りあげるおばあのもとへ、村の女性らが駆けつける。
「あのな、腕を固めるのに、これくらいの棒をな……」
「おばあちゃん!これ……!」
身振り手振りで説明する長老へ、集まった村人の間をぬって、ステラがたどり着く。
「まあ、ステラちゃん。邪魔しちゃダメよ?」
村人のひとりがそう言って、ステラを輪の外へ出そうとするが、その手にある物を見たおばあが静止した。
「よい。ステラや、その棒をくれんかね?」
「うん!」
動きを止めた村人をすり抜けて、ステラは横たわるサギッタのそばにひざまずく。
軟膏を塗られ、乾いた布で覆われた彼の左腕に、持ち寄った棒を3本、腕に沿って囲むように添え、ズレないよう手首付近を押さえる。
「ほう。よく知ってるじゃないか」
おばあはステラの顔をチラリと見て、驚きと同時に喜んで、周りの村人たちへ声をかけた。
「アンタたち、見ておきな。もしまた折れたモンが運ばれてきたら、アンタたちにもやってもらうからね」
空気がピリリとする中、おばあは娘より歳の離れた村の女たちに、ゆっくりと添え木を固定するさまを見せる。
「本当は元気なモンどうしで練習させてやりたいけどね。やり方が分かったらアンタたち、家から使えそうな布きれと、ちょうどいい棒を集めるんだよ!ただし、広場近くの家だけだ!呼ばれて返事ができる範囲でね」
村人たちはハッキリと返事をして、広場の周りへ散っていった。
ひと仕事を終えたおばあは、ステラの母、オラーレのもとへゆき、現状を把握する。
そうして広場の西の集会所へ本部を移すことと、手当のための救護部屋を置くことを確認すると、数人の男手をつれてステラとケガ人の元へと戻った。
男衆にケガ人を運ばせ、女衆を呼び戻して仕事場所を指示し、そうしてひとつ、息をつく。
おばあは、選挙で選ばれた代表というわけではない。
たまたま永く生き残り、この村に住む人の中でたまたまリーダーシップが高いほうだというだけだ。
すっかり丸い背中は、とてもとても小さく、いつも長い手袋で覆っている左手は、もうほとんど動かない。脚も弱り、走ることはかなわず、けれどもこの非常事態にあって、村の中をせわしく動いていた。
そんな長老に、ステラはあらためて尊敬の念を抱いていた。
日々の生活も大変なのに、村の人々を守るため、できることに力を振り絞っている。
他の村人たちも、命を、村を守るために駆けまわっている。何十人、何百人が、こうして心をひとつにしている。
そんな中で過ごすのは初めてのことで、ステラはつい、ここに自分がいる意味を考えてしまった。
明らかに文明が、科学技術が発達していないクラース村に、現代日本の、星崎奏汰の知識を持った自分がいる意味。
輪廻転生のさいにたまたま神様か仏様が記憶をリセットしそこねたのか、はたまた誰かが必要として喚んだのか、そこのところは神様|(仮)に直接聞いてみないと分からない。
けど、ケガの手当てにしろ獣の対処にしろ、現代の知識でこの穏やかな村を守れるのなら、きっとそのために自分はここにいるのだろう。
ステラは、そう想って顔を上げた。
日はメモリア山のみねにかかり、地面に伸びる影が濃くなっていく。
広場の中央には、義務教育ぶりに見るキャンプファイヤーみたいなサイズの火がたかれ、それを火種にして数人のお年寄りがたいまつを作っている。
司令部と救護室は集会所の中へと移り、そこでの指示を受けた若い衆が、村のあちこちを走りまわる。
(ひとまず集会所へ向かうか。手当の手伝いなら役に立てるだろ)
ゆっくりと運ばれていくサギッタを追おうとするステラに、しわがれた声がかけられる。
「ステラや。お前さん、もしや……」
しんがりを務めるみたいに、村人たちの最後尾をゆっくり歩くおばあが、何かを確かめるように話しかけた。
しかし、その問いがステラに届くより先に、凄まじい衝撃が村を襲った。
──ドォォォオオオオオオン!!!
大型車の交通事故かのような衝突音。
思わず身をすくめたステラの足元に、こぶし大の木片がパラパラと飛んでくる。
「魔獣だぁあ!大型の魔獣が村に入ってきたぞ!!」
物見やぐらから叫び声。
振り向いたステラの目には、よたよたと歩くおばあの向こうで、路線バスか電車の車両くらいのデカさをした、トカゲのような生き物が暴れているのが映る。
そのバカみたいなサイズもさることながら、鉱物みたいな形と光沢をした鱗と、水晶みたいに額から天に伸びる角が目を引く。
ステラは初めて異形の獣を目にして、ここが、星崎奏汰の常識の通じない異世界なのだと実感したのだった。
「おばあちゃん!」
背すじが冷え、しかしパニックをまぬがれたステラは、すぐそばの長老の手を引く。
「大丈夫だから、アンタは先にお行き」
腰の曲がった老女は、その手を振り払いこそしないが、幼い子に笑ってみせる。
「やだ!」
裏門の付近で、ヤモリとか、テレビで見たコモドドラゴンみたいに全身を振って回る魔獣。
それを視界の端にとらえながら、ステラはおばあの脇へと入りこみ、体重を預かりながら集会所を目指す。
「すまないねぇ」
いかに縮んだ老女といえど、ステラの小さい体には重い。
彼女の顔をみる余裕はなかったが、それでもステラは強がった。
「大丈夫。おばあちゃんを助けるから!」
たいまつ作りの老人たちが、あくせくと避難するあとを、数メートル遅れてついていく。
背後では巨大なものが這いずる音と、家々がなぎ倒される音が、ずるり、ずるりと近づいてくる。
──ギィイァアアアアアアアアアア!!
身の毛がよだつ雄叫び。
老人たちは抱えていたたいまつを放り出した。
物見の青年が慌ててやぐらから飛び降りる。
直後、魔獣がやぐらに突っ込んだ。
柱が砕け、木片が散らばる。
間一髪でそれを逃れた物見の青年と老人たちは集会所へ駆け込んだが、ステラと長老はやぐらだったガレキに行く手をふさがれた形になってしまった。
しかし、ステラの目の前に転がったのは、壊れた材木ばかりではなかった。
「いてててて……こりゃあ明日は筋肉痛どころじゃ済まねぇぞ」
ぶつくさ言いながら、飛び起きて魔獣へ向きなおったのは肉屋のグラディウスである。
「おじさん!」
長老へ肩を貸したままステラが呼ぶ。
「おう。ステラか。あんま声出すな。アレは音に敏感らしい」
慌てて口をキュッとつぐむ。
恐る恐る魔獣を見ると、紫色の舌をチロチロと出しながら、右へ左へ頭を動かしている。何かを探しているような動きだ。
大きなキャンプファイヤーに目をつけたらしい魔獣は、頭から炎に突っこみ、振り乱し、何が不満なのか前足でドスドスと踏みつける。
その間、ステラはじっと魔獣を観察した。
サイズはふざけているが、体のフォルムも動かし方もハチュウ類のそれだ。
舞い上がる火の粉を反射して、全身の鱗がキラキラときらめいている。
よく観ると、顔の付近は鱗がはがれて傷がついており、右の目元には数本の矢が刺さっている。
左目も閉じられたままで、まぶたのすき間から赤い液体が流れていた。
(両目ともつぶれている……?)
だから音を頼りにしているのか、と膝を打つ。
(けど、ホントにそれだけか?)
気になってしまったステラは、足元に転がるたいまつの1本を拾い、魔獣の正面を横切らせるような軌道で放り投げた。
魔獣はそのたいまつを追うように首を動かし、カラカラと転がるそれを踏みつけた。
(間違いない。アイツ、熱も感知してる)
ステラは確信した。
現代知識に沿うのなら、ピット器官は一部のヘビにしかないのだが、この獣はそれに似た器官を持つようだ。
そうなると、かがり火が消えた後、村人たちの体温を追ってコイツが活動しかねない。
それは、クラース村の滅亡を意味していた。
ゾクリ、と背すじの伸びたステラは、さらに頭を回して観察する。
グラディウスの率いていた若い衆が、広場の端に表われる。
何人かはケガをしたようで、肩を支えられている人もいる。
ドスドスとかがり火を踏む魔獣の足元には、たいまつの材料も転がっていて、一部は新たに火がついて、もう少し時間を稼げそうだ。
そのとき、ステラの頭にアイデアが浮かんだ。
(上手くやればアイツの感覚器官を潰せるし、ダメでも混乱の時間を伸ばせるぞ)
その思い付きを実行するため、魔獣の隙をうかがおうとじっと見詰める。
すると、魔獣の背、首の付近で、何かがむくりと起き上がった。
夕日と舞い上がる火の粉に照らされたそれは、父、アルカスだった。
頭から血を流し、片目が開いていないけれど、彼は魔獣の背にまたがって、しかと息子のステラを見詰めたのだった。
「アルカスがあそこで魔獣の気を引いてくれたから、まだ死人は出てないんだわ」
声を殺した肉屋が、ステラ宛てかおばあ宛てか、低く抑えた声で説明する。
ステラは、父アルカスと目を合わせる。
考えが伝わるか不安はあったが、ステラが祈るようにあごを引くと、父アルカスは受け入れるようにうなずいた。