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カナタのステラ  作者: 我龍天捿
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第27話 王様の見たもの

 王都プラエタリアを出て城塞都市プラーガへやってきたステラは、王が東へやってきてから魔石をおびた魔獣が現れだしたことを知った。

 その後クラース村へ至り、魔獣が近くに出ることを知ったステラは、村人たちにプラーガへの避難を勧めた。

 ナキとクリスが彼を追う中、ステラは1人、クラース村の行く先を憂う。


 丸2年ぶんの近況報告をし合う晩が明けると、クラース村はにわかに騒がしくなっていた。

 いくつかの家族が山を降りることを決め、家財の整理と近所へのあいさつを始めたからだった。


 ステラはその家族に馬を貸した。

 城塞都市プラーガの馬屋から借りているものだから、本来は又貸し厳禁なのだけど、緊急事態だからしかたない。

 馬屋にはあとで謝っておくとして、村の人々が家財を運べるよう、馬車の手配をお願いした。


 そうして村人に手を貸してから、ステラは本来の目的へ戻る。

 リベールに許可を取り、彼の家の1番古い本から読んでいく。

 それには100年近く前の、王都にそびえるプラエタリア城の中の話が書かれていた。



 若き王は戦を終えた。

 彼がプラエタリア城へ帰ると、すぐに隣国のサラーハ姫との婚姻の儀が執り行われた。

 姫サラーハは確かに隣国を統べる王の娘だったが、幼いころから体が弱い。

 だから、人質として差し出すには好都合だった。

 しかしその孤独が、ラピス家にたったひとり残された王の心を射止めた。


 これは政略結婚に他ならないけど、王は心から姫を大切に想った。

 婚姻の儀の誓いでは、声を震わせ、涙を流した。サラーハ姫もまた、王のことを大事に想った。


 しかし2人の幸せは続かなかった。


 婚姻の儀からたった3日後。ともに暮らし始めてからたったの5日後のこと。

 故郷から何日もかけて王都プラエタリアへやってきた姫サラーハは、その疲れから倒れてしまった。

 姫の意識は戻らず、薬も飲めない。

 怪しげなまじないしか手立てがない中、それでも王はできることを探した。


 姫が目をさまさないまま3日が過ぎた。

 そこに、家臣の1人がある女を連れてきた。フリーヤと名乗ったその女は、魔女と呼ばれていた。


 魔女とは人を呪い、人を殺す者の呼び名だ。

 プラエタリア城の人々は彼女を大いに恐れた。しかし連れてきた家臣は言う。


「この女は、確かに多くの人を死なせました。しかしそれは救おうと努めた結果。この女は、決して命を諦めませぬ」


 王に上奏したこの家臣は、大戦の中で王が最も頼りにした戦士だった。

 その男の目に曇りはない。そして魔女の瞳もまた、まっすぐ力強く、王を見ていた。


 王は、魔女フリーヤに、姫サラーハを託した。


 魔女フリーヤは姫の体に触れ、針を刺した。

 それはこれまでの王族・貴族に対する民の行動として、考えられない無礼だった。


 しかし王は許した。

 それを非難する家臣もいたのだけど、王は魔女を信じ、魔女を守った。彼女の黒い瞳が、嘘をつくとは思えなかったから。


 その上で、王は力いっぱい仕事をした。

 王が優れた治世をおこなえば、批判は小さくなるはずだ。それに姫が目覚めたとき、美しい我が都を見せたかった。


 10日が経ち、20日が経った。

 魔女はまだまだ諦めなかったが、その目には疲れがにじんでいた。

 王も、何を信じたらいいのか、心が揺れてしまっていた。


 サラーハ姫に付いて共に城へ入っていた、召使いの女がいた。

 彼女は、王と魔女が姫のために力を尽くしていることを分かっていた。

 2人の力が限界を迎えていることも、近くで見て分かっていた。


 だから召使いは進言した。


「姫様の嫁入り道具にある、3つの宝石を使ってみませんか?」


 それは、サラーハ姫の故郷に伝わる、伝説の宝だった。

 戦による力の支配を始めた東の王が不要と断じた、古い古いおまじない。

 姫の母の家が代々守っていた、人の想いに応える石。


 青く丸い「始まりの卵」イラーサ。

 緑の細い「広がりの種」ノモゥ。

 赤くとがった「終わりの星」マウト。


「これは私の知識にはないものです」


 魔女は言った。自分には、これ以上悪くならないよう、今を保つのが精いっぱいだと。だから、この宝石を使うかどうか、王に決めてほしいのだと。


 召使いは話した。

 「始まりの卵」イラーサは、世界を生みだす卵。

 姫の命が尽きるのなら、これを新たな命として使えるのではないでしょうか。

 「広がりの種」ノモゥは、「卵」から生まれたものを発展・成長させるもの。

 姫の命をつないだ後、必要かどうかを見極めて使うべきでしょう。

 「終わりの星」マウトは、「卵」から生まれ「種」により伸びたものを、その名の通り終わらせるもの。

 今の姫には不要ですが、いつか必要になるかもしれません。

 しかしいずれも、使う人以外が肌で触れてはなりませんよ。


 王は話を聞いて考えた。

 そしてついに、もう1度サラーハ姫の笑顔をみたいと願い、魔女と一緒に「卵」を使った。


 サラーハ姫の寝室。

 横たわる姫の他は、王と、魔女と、召使いのみ。召使いの助言に従い、鉄のハサミで「始まりの卵」をつまんだ魔女が、あらわにした姫の胸元へ、その宝石を押し当てた。


 宝石は青く輝いた。その光はゆっくりと姫の体を包んでいく。

 部屋にいた者は、思わず目を逸らしたり、つむったり。


 数秒して光が収まると、姫はゆっくり目を開けた。


「これは……ラピス様?」


姫に呼ばれ、王はその枕元へ駆けよった。


「ああ。ああ!サラーハ!」


王は感激のあまり言葉が出ない。


「まさかそんな……」


魔女は目の前の景色が信じられず、うろたえ、震えている。


「ああ……よかった……」


召使いも安心して、ほっと胸を撫でおろした。


「ああ。ラピス様。私は、サラーハは、幸せでございます」


姫はそう言ってほほ笑んだ。


 しかしその幸せは、その夜が明けるまでも続かなかった。


 「卵」を与えられた姫の体は、青い結晶が鱗のように肌へ浮かび、姫は痛みにのたうった。

 手を握り、その名を呼ぼうと王が寄り添うと、姫はむりやりに笑顔を作った。


「どうか。どうか私のことはお忘れください」


 そう言うと、姫の体はメキメキと音を立て、人とは思えぬ形になってゆく。

 姫が身をよじると、そばにいた王は吹き飛ばされ、部屋の隅へと転がっていく。

 サラーハ姫は、見たこともない形になっていた。


 首の長いトカゲのような、しかし背中に大きな翼を持つ、大きな体。

 2つの後ろ足で立ち上がり、長いしっぽを振る姿は、何かの獣のよう。

 全身は青く透きとおった鱗で覆われ、頭には1本のツノが輝いていた。


「姫さま!!」


 召使いは叫び、自分の胴ほどもある姫の指にしがみつく。

 すると姫は、自分が呼ばれたのを知ってか知らずか、ごう、と嵐のような声をひとつ上げ、翼を広げた。


「サラーハ!」


 王が呼ぶと、キラリとその目から光るものが舞う。


 そして姫は、城の窓を破って飛び去った。

 その際に砕けて散った机から、残された宝石が転がり、「種」は魔女へ、「星」は王へと宿ったのだった。


 それから王は混乱の責を負い、有能な臣下に国を任せることにした。

 自分は、魔女とわずかな友を連れ、姫を追って東を目指したのだった。



 読み終えたステラは、妙に納得していた。

 知らなかったことを知った高揚と、頭の中にあるもの同士がつながる快感もある。

 今まさに無くなろうとしているクラース村で、知りたかったことのひとつが満たされた。


 夜が来て、村の人々が馬車に荷物を積み込むのを聞きながら、ステラはリベールと茶をすする。


「それで、知りたいことは知れたかの」


白ヒゲの老人リベールは、穏やかにステラを見つめている。


「うん。だいたいは。……ありがとうね。ただ……」


ひとつの謎が解けたステラは、世間話のように聞いてみる。


「王と一緒に都を出た魔女って、どのタイミングで左手を切ったの?」


ほっほ、とリベールは笑った。


「都を出る寸前じゃ。野盗……の格好をした刺客じゃと思うが、メンバーの集合前に切られての。転がる左手は置いて、止血しながら馬車へダッシュじゃ」


 あっけらかんと、けれど懐かしそうに言う。


 ステラは悟った。事実と、この老人の気持ちを。


 白ヒゲの老人リベールには、ステラに隠し事をする気がない。

 以前は、ステラがまだ小さいのを気にして刺激の強い話は避けていたけど、今は一人前と認めている。

 それに、ステラのことを信じている。何を考えているのか、何をしようとしているのかは分からなくても、きっと最善を目指してあらゆる努力を払うのだろうと確信している。

 だから、求められたときにちょっと力を貸すだけで十分だ、とも思っていた。


 ステラは、養父たる老人の温かな信頼を感じ取っていた。

 そしてその信頼が、この老人の身分と無関係に生じているだろうことが、とても嬉しかった。


 白いヒゲのリベールは、王都プラエタリア立つ城で暮らした、テンプス王国の王だった。

 城塞都市プラーガに収められた歴史書と、リベールの家の本は筆跡が同じだし、王と魔女と召使いしかいない部屋の記録を残している。

 それに、記録に残っていない、旅の始まりも知っている。

 ここまで来ると、王都プラエタリアでの謎もするする解ける。

 貴族しか通れない門を通れたり、やたらと信用が通ったり。

 普段は使おうとしないけど、とんでもない権力者なのだ。


 ステラはふと思い出す。昔話『王様とお姫様』の最終節。


『お城からとおくはなれた山の中、お姫様に会えた王様は、いっしょにすえながく、くらしたのでした。』


王だったリベールが、このクラース村で暮らしているのは、山奥に隠れた姫のそばに、可能な限りいたいからなんだろうな。と。


「リベール。腹減ってない?」


ステラは、なんだかこれまで以上に、この老人に何かをしてやりたくなった。


「なんじゃ急に。わしの成長期は終わっとるぞ?」


ほっほっほ、と、陽気に冗談を飛ばすリベール。


「いやぁ、それがね。ちょっと良いソーセージと果実酒を持ってきてるんだよ」


ステラはごそごそと、土産物をとり出す。


「なんじゃ。そういうことは早く言わんか」


「だって昨日は村の皆に捕まったんじゃんか」


狩人の少年とその養父の、笑い合う声が家に響いた。



 クラース村の滞在3日め。

 本当はこの日の朝にも山を降りる予定だったのだけど、ステラはそれを変更した。

 行きの道中で短縮した3日分があるし、世話になった人々の避難が終わるまでは、せめて村を守りたかった。

 数年前に倒した、魔獣と呼ばれはしたものの、気が立っただけの大きなイノシシを思い出す。

 あの程度なら、今の自分には難なく狩れるのだろうけど、昔のトカゲみたいな魔獣には極力出会いたくなどない。


 だからステラは、朝のうちに村の周りの森に入り、鳴子を仕掛けて回った。

 効果は気休め程度だろうけど、避難の方向とか、優先順位の指示が出せるかもしれない。


 村人たちは、ステラが思っていたよりスムーズに避難を進めていた。

 村の中心、というか、青年団の団長的なポジションになっていた肉屋の旦那グラディウスが、積み込みを手伝い、みなを誘導している。

 鍛冶屋のガレアとその弟子は、急ぎの仕事が残ってんだとかで何やらやっているけれど、全員が避難するつもりらしい。

 鍛冶屋の仕事しだいだが、避難の最終便は長老のおばあと老人リベールになりそうだ。


「ねえ。長老って、リベールのお嫁さんだったりするの?」


避難する人々を眺めながら、ステラは聞いてみる。


「おバカ。この上なく信頼しておる人じゃが、そういうんじゃあない」


白いヒゲの老人は、珍しく呆れたような顔を見せた。


 お昼をすこし過ぎたころ。ステラの仕掛けた鳴子が、カラカラと音を立てた。


 警戒度のメーターが振り切れる。

 魔獣対策の話を共有していた狩人仲間のサギッタが、やぐらへ登って辺りを見回す。


「いた!北西の方角!オオカミみてーなバカでかいのがいる!」


 そう叫び、指差したサギッタは、次の瞬間、やぐらの上から姿を消す。

 直後、ズゴッと大きな音を立て、サギッタだったものが近くの民家の屋根にはりつけられた。


「急げ!こっちだ!」


 村人の悲鳴が上がるより早く、グラディウスの怒号のような指示が響く。


 恐怖に染まった村人が、我先にと駆けだす中、リベールと長老は地図を見て策を練る。

 まだ村に残る人を把握し、一時的な避難所を設定。優先的に逃がす順番も定めていく。


 一方でステラは、サギッタの遺体を観察した。

 直径3センチ弱、長さ80センチほどのトゲが、彼の顔面を貫いている。

 トゲの尻には溝があり、それは矢の構造に似ていた。


「弓矢を使う魔獣とか、ちょっと想定してないぜ……」


 ステラは冷や汗を流しながら、まだ見ぬ魔獣の気配をたどり、北西の空をにらみつけた。


──ウォゥゥゥウウウウウウウ……


 ステラの殺気に返すように、喜びの混じった遠吠えが轟いた。


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