第26話 夜の語らい
東方へ旅に出たステラが危ないと知るや、ナキは彼を追って王都を出ようとした。
そしてちょうど、軍人として東方への出立が命じられていたクリスに頼み、連れていってもらうこととなったのだった。
月明りの下を、ナキとクリスを乗せた栗毛の馬が駆ける。
秋の夜風を浴びながら、褐色肌のクリスは気になっていたことをナキに聞く。
「なあ。ナキってステラのこと好きだよな?」
「好きだよ?」
何を今さら?とでも言うように、ナキはクリスを見る。
「それってどういう好きなん?さすがにチーズ好きなのとは違うだろ?」
「うーん……確かに」
ステラとは一緒にいるだけでうれしいけど、チーズは一緒にいるだけだとお腹が減る。それは確かに、全然違う感覚だ。
「ステラと子作りしたいとか思わねーの?」
「子作り?」
それはまだナキの知らないことだった。
「あー……アレだ。アモールの花屋でアタシらがヤッてるやつ」
言われてナキは思い出す。違う部屋だからどんなものか見たことはないけれど、たまに声や音が聞こえてきていた。
「分かんない。クリスはお客さんのこと好きなの?」
考えてみて分からないと、他の人の話が気になるものだ。ナキはきらきらした目でクリスを見る。
「アタシは客が好きなんじゃなくて、セックスが好きなんだわ」
褐色肌のクリスは、戦いとセックスが好きだった。
言葉なんかに翻訳しない、肉と、視線と、感情が直接ぶつかり合う時間。
ふだんは、感じて、考えて、動く、という3つのステップを踏む人間が、その全部をごちゃまぜにする。
その、脳みそがイカれるんじゃないかって時間が好きだった。
一瞬でめまぐるしく状況が変わり、一瞬で命のやり取りが交わされる。
その一瞬が積み重なった密な時間。それのみが、自分が生きているのを感じられた。
だから、つまらない戦とつまらない男は嫌いだった。
どちらの基準でもステラは合格点で、それは珍しいことだった。
だからクリスは味見してみたかったのだけど、ナキがそういう好きを抱いているなら、後味が悪いな、なんて思っている。
ちなみにナキも両方合格だ。さっき合格した。
クリスは今では、この兄妹2人を一緒に相手するのも楽しそうだな、なんて考えている。
「ちなみに、アタシがステラと一緒に住んで、ずっとひとり占めしてても平気か?」
「え。それは嫌」
「お。即答ゥ~♪」
なぜだかちょっと嬉しい。
「なんで嫌なん?」
クリスがにやにやしながら聞くと、ナキは難しそうな顔をした。
「嫌……なんだけど、ステラがそうしたいなら……いい、かも?」
うんうんうなりながら答えるナキ。その頭を、クリスはぺしりと叩いた。
「バカお前。ナキが嫌なら嫌でいいんだよ。女は男を振り回してナンボだからな」
「えぇ~?分かんないよそんなのー」
黒髪の少女は口をとがらす。
「ちなみにちなみに。アタシがステラをつまみ食いするのはアリ?」
「えー?分かんないけど、クリスがそういう顔するのはだいたいダメなときー」
「うっわ手厳しっ!」
はははは!という笑いが風に乗って後ろへ飛んでく。
「ま、アタシは子どもデキないから、そこは安心してほしいんだけどな」
クリスは幼いころに故郷が戦に巻き込まれていた。
故郷の村はプラーガ領で、東方の少数部族との争いが絶えなかった。
ある戦で腹に流れ矢が当たり、そのまま気を失った。
たまたま近くを通りがかったクラース村のジジババが、憐れに思って彼女を救った。
一命は取りとめたものの、その身体は子を成せなくなっていた。
そのとき幼いクリスを助けたジジババが、誰であろう白ヒゲの老人リベールと、長老のおばあなのだった。
だからクリスは、この2人のお願いに弱い。
ナキとクリスは、そうしてガールズトークを繰り広げながら東へ向かう。改めて知る互いの一面に驚き、笑い、共感しながら。
進むペースはとても速かったのだけど、なかなかステラには追いつかないのであった。
その頃ステラはどうしていたかと言うと、こちらもペースを上げていた。
『はなれるのが悲しい』とか『待ってるね』とか女の子に言われて、のんびり過ごしていられるほど甲斐性無しではない。
あるいは、娘を持つ単身赴任の父親の心境だろうか。
日中の馬車で寝て、夜は次の町まで歩くことで、進むペースをあげていた。
7日で城塞都市プラーガへ着いたステラは、顔見知りにあいさつをした後、城の書庫で文献調査をおこなった。
手書きでつづられた歴史書は、90年ほど前のものから保存されていた。
読んでみると、どうやらそのタイミングがこの地に城塞都市ができた時期なんだそうだ。
姫を追って東へやってきた王様が、部下たちと築いた拠点なんだとか。
もともとこの地にあった集落の長を召し上げて領主とし、プラーガという州を立てた。
城塞としての戦いの記録は、隣国を相手にした戦争もあるけれど、獣との戦いが多い。
ここ100年は、隣の国との和平が結ばれたこともあり、人の相手はせいぜいが騎馬民族との小競り合いや野盗の討伐だ。
それが獣相手になると、10~20年に1度ほどの頻度で、戦争のような被害が見られる。
プラーガという都市は、これまでに4回、体の表面に魔石をまとった、巨大な魔獣に襲われている。
この地に王が訪れた20年後、初めにヘビがやってきた。
15メートルほどのヘビが現れて家畜や人を飲んだ。
ヘビの鼻先には1本のツノが生えていた。
ある街娘が飲まれた際、身につけていた魔石がヘビの口内で輝き、ヘビは息絶えた。
次は体長10メートルあまりのイノシシ。大きな石の牙の他、額にもツノが生えていた。
ヘビの襲撃から10年が経ち、都市は周りを石壁で囲っていたが、イノシシの突進はそれを砕いた。
罠をも引きちぎる膂力に苦労しながら、街を守る兵の1人が、魔石を穂先に仕込んだ槍で打ち倒した。
その20年後、タカの魔獣が街を襲った。
層を成し厚くしていた城壁を超えられ、住民に多くの犠牲が出た。
僧侶の娘が自らを犠牲に魔獣を縫いつけ、その伴侶がとどめを刺した。
以降、城壁はさらに高くなり、家々には避難用の地下室が作られるようになった。
また、森に近いところで獣の様子を調べるべく、100人あまりがメモリア山に登り、村を作った。これがクラース村となる。
その10年後、家よりも大きなクマの魔獣が現れた。
その爪は城壁をえぐり、そのツノは城門を貫いた。
城壁の修復に駆けまわった兵の何人かが犠牲になったが、街への侵入は防いでいた。
数日後、暴れる魔獣を追ってきたクラース村の狩人がこれを狩った。
これが今から30年ほど前のことで、城塞都市プラーガを魔獣が襲った最後の事件である。
それから20年が経ち、今から10年ほど前。
クラース村をトカゲのような魔獣が襲った。
これを村の狩人が仕留めた。
これら以外にも、人を襲い魔獣と呼ばれる獣はいたが、縄張りを守るただのクマやイノシシだった。魔石をまとう獣は、これだけだった。
これが、城塞都市プラーガと魔獣との戦いのあらましだった。
戦いを観察していた記録者の考察として、魔石をまとう魔獣は、好んで人を襲うようだ。
家畜や、他の野生動物には目もくれず、人を狙って食う。
また、仕留めた魔獣のツノや爪、牙や鱗など、魔石の部分は武具や装飾の素材として使われるが、肉が食われることはない。
初めの魔獣であるヘビを解体したときに、背骨の一部がひとの骨であったからだ。
本来ならばひとつの椎骨があるべきところに、膝を抱えうずくまった人の全身骨格が収まっていた。
以降、魔獣は表面の素材を採取したあと、焼いて弔われることとなっている。
読み終えたステラは、ちょっとした違和感と、もやりとした恐怖を感じていた。
遠くの国で起きたパンデミックのような、非現実感とリアリティが混ざったような恐怖。
それと、1人称で見たことを記録するタイプの歴史書への違和感。
何冊も何十冊もある歴史書が、同じ字で書かれている。
(印刷技術がないんだから、1人の歴史家が頑張って写本したんだろうな)
そう、自分を納得させる。
もし、1人の人がこれら全てを自分で見たなら、その人は120歳にもなるはずだ。
いやいや、現代医療があってもそこまで生きる人はそういない。
だからこの地にも、そんな人はいるわけないだろう、と、思いこんだのだった。
必要な情報を紙にまとめたステラは、頭を休めつつリフレッシュしようと外を歩く。
と、新たなアスレチックを造っているヤマダ将軍を見かけた。
どうやらメモリア川の流れを利用した水車を動力に、丸太を回転させたいようだ。
ステラはその作業に協力する。
自分の好きなものに、同じように熱中する、言わば同志。
こんな異世界にやってきてはなお貴重な、自分と同じSASUKEマニア。力を貸さないわけがない。
笑って感謝するヤマダ将軍を手伝って、ステラは木の歯車を磨いた。
水車と噛み合うこのパーツがなめらかでないと、エネルギーのロスが大きくなってしまう。
だから丁寧に丁寧に磨きあげ、塗料もぬってすべすべにした。
作業中、作っているものについて話していると、それが世間話、趣味トークへと移り、ある程度の時間でまた作るものへと戻ってくる。
ステラとヤマダの2人だと、それがほぼ全てSASUKEトークなのだけど。
「ヤマダさんって、あのコースどれくらいで走るんですか?」
磨き上げた歯車どうしを噛み合わせ、するする動くのを確認しながらステラは言う。
「俺はもうクリアできんのですよ」
ヤマダ将軍はカラッと笑いながら答えた。
「個々のエリアを切り離して、それのみにすればなんとかなります。新人にもそうして教えてます。でも連続するとダメで」
そう言うヤマダ将軍に、ステラはびっくりしていた。
「フフッ……驚きましたか?確かに、クリアできない悔しさはあります。ですが、後に続くものがクリアする喜びが、それを超えてしまいました」
障害走SASUKEは、「ミスしたからやり直し」といったことが利かない、一発勝負の競技。
前の走者のチャレンジを見て、後ろの走者は学ぶ。
自分がクリアできなくても、それを見た後の誰かがクリアしてくれるから、選手に絆が生まれる。
だからこそ最終走者がつける100番のゼッケンには特別な意味がある。
「秋山さんや長野さんは、こうした心境なのでしょうか」
将軍は、もう走者として出場しない完全制覇者の名をあげて笑った。
「満足しているんですね」
すこしの寂しさを飲みこんでステラは言う。
「ええ。プラーガで過ごせてよかった。このステージを駆ける若者に出会えたし、あなたと話せた」
城塞都市の防衛を担う将軍は、できたパーツを組み上げる。
「どうして自分が前世の記憶を持っているのか分かりませんが、こうしてステラ殿と話せて、私は幸せですよ」
ヤマダ将軍はそうして笑い、完成したマシンの動作確認へ移った。
「それは僕もです」
ステラも笑って、この日完成したローリング丸太耐久マシンを楽しんだのだった。
翌朝早く、ステラはクラース村へ向けてプラーガの城門を出た。
山道を登りながら、森の様子を観察する。獣道は大きく開き、けれども下草が茂っている。
フンや足跡は残っておらず、結論を言うと獣の気配がなかった。
より正確に言うと、山の獣はどこかへ移動してしまったようで、メモリア山にはほとんど残っていないのではないか、と感じた。
その直感は、信じたくないほどショックなものだったのだけど、夕方に村へ着いたステラは、もっとショックなことを知らされる。
村の近くに魔獣が出たというのだ。
その報は王都へ向けてすでに発されていたのだけど、ステラが知るのはこれが初めて。
詳しく聞いてみると、かつての猟師仲間サギッタが見たようで、魔石をおびた、巨大なオオカミのような魔獣が、森の中を歩き回っているらしい。
その影響で山の獣は逃げていき、ここ1年ほどはまったく獲物が獲れないという。
その晩に開かれたイモと果物ばかりのステラ歓迎会で、村の面々にステラは言う。
「命を第一に考えるなら、村を出てプラーガの街に移った方がいい」
クラース村の人たちは、暗い顔で聞いている。
「何を大切にするかは、人それぞれだと僕も思う。けど、相手がオオカミなら、この村の壁は簡単にとび越えてしまう。それぞれの家で、話し合った方がいいかと思います」
歓迎の雰囲気なんてどこかへ消し飛んでしまったのだけど、ステラにとってこの村の人の安全のほうが大事だった。
それは父アルカスが、それこそ命を懸けて守ったものだからだ。
そうしてステラは、かつて身を寄せていたリベールの家を訪れる。
白いヒゲの老人は、変わらず迎え入れてくれた。
「久しぶり。元気してた?」
「ほっほ。そちらこそ。今日はウチで寝ていくかね?」
「そうだと嬉しいです」
「ほっほ。いいとも」
ステラは数年ぶりに入ったリベールの家で、湯を沸かし、語らいながら、その晩を過ごしたのだった。




