第25話 夜を駆ける
ステラが、プラエタリア城の主たる王様の足跡を追って、東へ旅立った後、ナキのもとへ貴族の息子カテーナがやってきた。
ステラに命の危機が迫り、彼は帰ってこないだろう。だから僕のもとへ来るんだ。そう、ナキへと迫ったカテーナだったが、それを見ていた先輩レオが止めに入った。
じりじりとにらみ合うレオとカテーナ。そこへゆっくりと現れたクリスが、カテーナを追い払ったのだった。
ナキは久しぶりにクリスと食事をした。
最近は、レオの研究室か学校の食堂でとっていたから、街の食堂へ入るのも久しぶりだ。
ヘロヘロになっている男子2人、長身のレオ先輩と、引っこみ思案のクラスメイトマールスに、女子たちが食べ物飲み物を持ってくる。
マールスなんかは緊張もあって縮こまってしまい、それを見てクリス姐さんは大笑いした。
よく分からんが何があった?と気にするクリスに、ナキの友人の静かな方、アケルがかいつまんで説明する。
大貴族クストース家の嫡男カテーナが、ナキを連れていこうとしたこと。
それをレオ先輩が止めたこと。
かつてカテーナはステラに決闘を挑み、ボコボコにされたこと。
故郷の歴史を調べに旅へ出たステラが、戻らないだろうと発言したこと。
あらましを聞いたクリスは、笑いながらマールスの頭をバシバシ叩いた。
「それでお前はアタシを呼びに走ったのか!いやあ、良いカンしてるぜ。なぁ?」
褐色肌のクリスはそう言って、切れ長の目をレオに向ける。
「そうですね。戦うときは、最大戦力で敵を叩くのが鉄則ですから」
拠点防衛のプロフェッショナルたる父エクエスから、魔術や戦闘技術だけでなく用兵も教え込まれていたレオは、そう言ってうなずいた。
「いやしかし。ナキも隅に置けねーなあ!で?だるぇおぶっ!?」
笑いながら話すクリスの大口に、ヤンチャな方のナキの友人、ロサが野菜のサンドイッチを放り込んだ。
そして女の子同士、アケルにアイコンタクトを送る。
「そ、それで、軍が動くって本当なんですか?クリスさん」
頭にハテナを浮かべるナキと男子たちを尻目に、必死な様子の女の子たちの様子から、何かをクリスは感じたらしい。
ふーん、とニヤニヤしてから、突っ込まれたパンをシュレッダーみたいにバリバリと粉砕する。
「本当だよ。アタシも呼ばれてる」
褐色肌のクリスは真顔で答える。
彼女は嘘をつかない。けれど、いつも陽気な彼女がそうすることで、事の重大さが学生たちにも伝わった。
プラーガ領主の息子レオは、魔獣の脅威度を引き上げる。
かつてステラが狩った巨大イノシシどころではない、街を潰しかねない存在を察する。
引っ込み思案な男の子マールスは、足元に伸びる怖さを感じ取る。
もしクリスの遠征中に、またカテーナがやってきたら、そのときは誰を頼ったらいいのだろう。
冷静な女の子アケルは、目の前の戦士クリスを心配する。
大勢が動員される討伐作戦、最前列に立つであろう彼女が、無事に帰ってくることを祈る。
活発な女の子のロサは、クリスの他にもう1人、目に力のこもった子に気付いた。
好きな人のもとへ飛んでいく手段があるのなら、それに乗らないなんて選択はしない。
自分だってそうする。
「じゃあ、私も連れてって」
黒髪の女の子ナキが、その金色の目をクリスへ向ける。
そのテーブルにつく人の大半が驚く中、クリスは待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑い、ナキを見つめ返す。
「本気で言って……るよなぁ?ナキは冗談を言うヤツじゃない」
クリスの言葉に、ロサはうんうんとうなずいて、アケルはやれやれと溜め息をつく。
マールスはあわあわと震え、レオはあごに手を当てて考えに沈んだ。
「アタシがアンタを連れてくメリットと、運び屋代が支払えるのを示せたら連れてってやってもいいぜぇ?」
褐色肌のクリスは、そう言ってイスの背もたれへ体を預ける。
長い脚を高々と上げ、店中の男の視線をそのあらわなふとももに集めると、ガタン!とテーブルへかかとを振り下ろした。
衝撃で飛び上がった食器類。
そのひとつ、マールスの果実水のグラスから、空中でストローをつまむと、自分のジョッキに突きさした。
そうしてグラスごと自分の胸に乗せ、腕を組み、泡立つ麦酒をすすりながら、にらむようにナキを待つ。
「メリットはない!」
このテーブルだけじゃなく、店中がしんとする中で、ナキの声が通る。
「お代金も、すぐに払えるものはないです。それでもついて行きます!しがみついてでも」
ナキの金の目はまっすぐで、クリスは昔に南の森で遭遇した巨大なヘビを思い出した。
そしてずくり、と、戦ってみたい欲が胸に湧く。
「まあそれでもイイけどよ。力で従えられるような相手でないと、アタシは言うこと聞かないぜ?」
見るからに隙だらけなポーズなのに、クリスの周りはどんどん空気が張り詰めていく。
クリスが、城塞都市プラーガでのナキを覚えているからだ。
兵たちの訓練場で、将軍が趣味で作ったアスレチックコースを、10歳になるかどうかで完走していたナキ。
クリスがクリアしたのは18歳の頃だったのに。
つまり、本気で戦うとなったらそれだけの強敵だと分かっているのだ。
「やだ。クリスとは戦わない」
普通の人なら息も詰まる威圧感を浴びながら、ナキはまっすぐ目を向ける。
「クリスのこと好きだし、傷つけたくないし」
それは純粋な、心からの言葉だったのだけど、戦士クリスの耳には違った形で届いた。
「面白ぇ。アタシに傷を負わせられると」
届いてしまった。
「いいぜぇ?やってみようかァ!」
炎が吹きあがるように、クリスの怒気があふれ出る。
クラスメイトのロサとアケルとマールスは、その熱から逃れるように身をのけぞらせた。
「まあ待ってくださいよ」
レオがゆっくりと身を乗り出す。
「ナキは、使える技こそ少ないですが、間違いなく王都でトップクラスの魔術師です」
ごうごうと揺れる炎のようなプレッシャーの中、泉のような静けさでレオは言う。
「ナキがいるだけで作戦が立ちますし、ステラが立案するならなおさら有効なものになるでしょう。十分以上のメリットかと」
レオの青い瞳を見て、クリスの怒気がしぼんでいく。
「なに?アンタそんなすごかったの?」
クリスは切れ長の目じりを下げる。
「え?分かんない……みんながどんな魔術使うか知らないし……」
ナキもナキで、きょとんと首をかしげた。
「こないだ、ナキがつくり出した火球でウチの校舎と在籍者、全てが灰になるところでした」
学生一同は、年長者の言葉にうんうんと揃ってうなずく。
「は?いやいや。え?」
珍しく、クリスの目が点になる。
どれくらい珍しいかと言うと、王都の人間がこれまで誰も見たことがないくらい珍しい。
「いやぁ……火かげん間違えちゃって……」
てへへ、と頭をかくナキ。
「待て待て待て。王都1の魔術師でも、拡張の術式をいくつも重ねないとそんなならねーだろ」
王都1の魔術師とは、御三家のひとつレークス家の当主のことだ。
「それが……ナキは基本の焚き火の術でその規模です」
溜め息交じりに、「どうしようもないや」という開き直りの心境で、レオは付け足す。
「でも大丈夫!練習してちゃんとお手頃な火を起こせるようになったから!」
生卵の殻を割る練習をした小学生みたいに、ブンブンと手を振って主張するナキ。
そりゃあ、自分の失敗を目の前で報告されたら、誰でも恥ずかしいってものだ。
「いや、そういう問題じゃねーだろ」
人を見る目に自信のあったクリスだけれど、ナキがそんな大量破壊兵器みたいなスペックだとは思ってもみなかった。
(もしかしたら、アタシは今、バケモノの目の前にいるのかも知れねーな)
人生でそう何度もかいたことのない冷や汗が、クリスの背中を伝っていた。
「こないだの水の術のときも大変だったよね」
「うんうん。手からドバドバどころか、校舎の屋根より高く水柱上げてたし」
「あらかじめ、レオ先輩とステラ先輩が水路を設計してなかったら、学校の菜園ダメになってたし……」
緊張の解けたクラスメイトたちが口々にナキのすごさを語るのだけど、ナキはやっぱり恥ずかしかった。
「だーかーらー!私の失敗ばっか報告しないでよー!クリスのメリットにならないでしょ!」
じゃれるように、ぷんすこ怒るナキの様子に、クリスはすっかり牙を抜かれてしまった。
脚を降ろし、テーブルにほおづえをつきながら、学生たちを眺める。
「メリット……そうだ。ナキ、かわいいっすよ姐さん!」
「そうですよ。道中の癒しになりますよ」
自分なりのナキアピールを始める女子。マールスもこくこくとうなずいている。
「輸送料に関しては、僕の……」
お金の話に移ろうとしたレオを、ナキが手で止めた。
「それは、だめ。私のわがままだから、将来いつになるか分からないけど、私が払う」
そういうものだからこそ自分が肩代わりしたかったんだけどな、と思いつつ、レオは言葉を引っ込めた。
「だからお願い。私も東へ連れてって」
いま一度、ナキはまっすぐとクリスを見る。
金色の目と、そのまんなかの黒く細い瞳が、クリスの目に突き刺さる。
それはクリスにとって、心地いい刺激だった。
クリスは麦酒をあおり、ぷはっと息をつく。
そうしてジョッキをテーブルに置くと、ナキの目を見つめ返した。
「いいぜ。ただ、出発は今晩だからな。準備いそげよ」
褐色肌のクリスはそう言って、皿に残る肉をつまみ上げた。
学校に戻ると、ナキは40秒あまりで荷物を整える。
いくらかの着替えと水筒を、背負える革袋に詰める。もちろん全てがステラと作ったアイテムだ。
空いたスペースに手紙とペンと白い紙を入れ、ポケットに小さな財布を押し込んだら、ぱたぱたと部屋を出る。
そして寮長と当直の先生に事情を話す。
当然、学校から許可は出せないのだけど、誰もがみんな、止められないのは分かっていた。
「ステラもそうじゃし、お前ら兄妹はこうと言ったら聞かんからの。ケガに気をつけるんじゃぞ」
寮長はそう言って、明日のおやつ用にとっていた焼き菓子を包んでくれた。
「ああ、もう。そうなるかなと思ってたのよ。いい?休む分ナキさんは補習するから、ちゃんと帰ってくるのよ?」
先生はそう言って、なぜだかすこし嬉しそうに笑った。
荷物を背負って学校を出るとき、寮長も先生も見送ってくれた。
そんな中で、またしても林の中に潜む何者かに気付いたレオ先輩が声を上げ、友人たちは馬屋までナキを送ったのだった。
「いやナキ。晩飯んときより見送り増えてんじゃねーか。どんだけ人気なんだお前」
即席の護衛隊は、レオを中心に、さきほどからの3人も含めた13人。
「ふっふっふ!そうなの!」
嬉しそうに胸を張るナキ。
「それじゃあ行ってくるね!みんなありがとう!」
黒髪の少女はそう言って、クリスのまたがる馬の背へ飛び乗った。
「本当に、前借りでも、運送料はいいんですか?」
ナキが座り所を調整する間に、レオがクリスに尋ねる。
「いいよ。コイツ軽いし、アタシの馬代は軍から出るし」
夕闇にまぎれるような肌のクリスが答える間に、ナキは馬の首にしがみついた。
「じゃ、行くぜ。お前らも、アレには気をつけろよ」
ナキの上で手綱を握るクリスは、生徒らの後方に身を隠す何者かをあごで指す。
「はい。そちらもご武運を」
レオが言うと、クリスはニッと白い歯を見せ、ムチを入れた。
ナキは見送るみんなに手を振って、見送る側も手を振り返した。
あっという間に夕闇にまぎれた騎馬が見えなくなると、学生たちは寮へ戻る。
彼らは街角で、レオが気付きクリスも指摘していた追跡者とすれ違うのだけど、大半の子がそれに気付かなかった。
最後尾を歩いていたレオだけが、すれ違いざま追跡者に言葉を投げる。
「遅くまでご苦労様です」
「貴様余計なことを……」
にじみ出る殺気を受け、レオはふところで魔石を握った。
「領民を守るのが領主の仕事ですから」
そう言い、立ち止まって振り向くと、フードを被った追跡者は舌打ちした。
「後悔しても知らんぞ」
そう吐き捨てて、路地裏の闇へ消えていく。
(あの声はクストース家の近衛隊長かな)
寮へ戻ってから、レオは学校周辺の防衛術式を重ねていくのだった。
ナキとクリスを乗せた馬は、夜の闇を駆けた。
そのうちにクリスは違和感を覚えだす。
かなりのスピードをだしているのに、馬のスタミナが尽きないどころか、馬なりでぐんぐん飛ばそうとしている。
道中でケガをされては元も子もないので、手綱を引いて減速させているのだけど、それでも並の馬のスパートくらいは出ていた。
さすがに元気すぎるだろう、と、観察すると、馬とナキの体が淡く光を発している。
「おい。何してんだ?」
クリスは魔術師ではないけれど、魔術の気配くらいは分かる。
「お馬さんが走る気マンマンだったから、ちょっと元気になる魔術をね?」
ナキは、レオから渡されたガラス板を持っていた。
そのマジックアイテムを通すと、他の命にエネルギーを分けることができるのだ。
ケガや疲労の回復、成長の促進などが具体的な効能になる。
「おう。それすぐやめるか、めっちゃ弱くしろ」
クリスは手綱を引きながら、ナキのお尻をべしべし叩いた。
「えぇー。なんで?」
ナキは馬のたてがみに右のほっぺをくっつけながら、クリスの顔を見る。
「普段出さねー力を出すとケガすっからだ。コイツを苦しませたいわけじゃねーだろ?」
前を向くクリスの目は真剣で、納得したナキは出力をギリギリまで絞った。
それでも馬はとく駆けた。
まるで、自分に抱きつく少女の力になりたいとでも言うかのように。




