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カナタのステラ  作者: 我龍天捿
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第24話 ガラスのくつと絹のドレス

 王都プラエタリアの寄宿学校で3年生になったステラは、歴史の研究資料をもとめ、一時的に故郷のクラース村へ戻ることにした。

 最短でも20日はかかってしまうその道中、学校の授業があるナキは王都でお留守番をすることになってしまった。

 ステラを応援したい気持ちと、会えない時間が寂しい気持ちとがまざったナキは、旅の無事を祈る手紙をつづり、出発するステラへ渡したのだった。


ナキへ

 お手紙ありがとう。

 一緒に連れていけなくてごめんなさい。

 今回は、10日で城塞都市プラーガへ行って、そこで調査を1日。

 翌日からクラース村へ入って、2日ほど調査。

 それからまた10日ほどで王都プラエタリアへ帰ります。

 無茶をする予定も危険もないので、安心してください。

 確か、ナキのくつがもう古くなっていたと思うので、帰ったら新しいのを渡そうと思っています。

 それまでに何かあったら、クリスやアモールさんを頼ってね。

ステラより


 こんなお返事がナキのもとへ返ってきたのは、ステラの出発から3日後のことだった。


 授業の分からなかったところをナキが話すと、いつもステラは空き教室で説明してくれる。

 そのときに黒板へ書かれる字は、時間が来るとすすすっと消されてしまう。

 それがナキにはすこし寂しかったので、彼の字がくっきりとしたまま手元に残るこの手紙が、とてもとても嬉しかった。


 だからナキは、朝に寮長から受け取ったこの手紙を、そっと握ったまま登校した。

 そうしてクラスメイトににやにや顔をつつかれるのである。


「どうしたのよナキ。朝からそんなニヤニヤして。朝ご飯、チーズ出てなかったよね?」


クラスメイトの1人、気の強い女の子のロサが、隣の席にぼすんと座りながら言う。


「いいえ、ロサ。ナキがこの顔をしてるときは、だいたいステラ先輩がらみよ」


ロサの前の席に、しゃなりと荷物を置きながら、おしとやかなアケルが言う。


「またァ?ほんと仲いいのな。ナキの兄妹」


えへへ、なんて照れるナキを、遠目から眺める緊張しいな少年マールスもいるのだけど、女子3人は気付かないようだ。


「ステラ先輩っておっかないイメージあるんだけど、ナキには甘いのか?」


勝ち気なロサが、ほおづえをつく。


「んー。にぎやかなのが苦手なだけで、怒ったことないよ?」


手紙の入った封筒の口を、開けたり閉じたりしながら、変わらずニヨニヨしたナキが答える。


「確かに、ステラ先輩が大声出すときって、危ないのを注意するときくらいだもんね」


おしとやかなアケルもうなずく。


「え。じゃあケンカとかしないの?私、家ん中でどなり合うのが嫌で寄宿舎へ来たんだけど」


したことないな、とロサに答えながら、ナキは家族というものを考える。


 ナキは家族が分からない。

 同じ家に住んでいる人、という意味なら、ステラもロサもアケルもレオも寮長も家族だ。

 血のつながりを言うなら、ナキはまだ家族の顔すら知らない。

 仲のいいロサやアケルには、自分とステラの血がつながっていないことも話しているのだけど、2人がステラをナキの兄だと呼ぶ。

 だから兄と妹って、ずっと一緒にいたいし、相手のよろこぶ顔が見たいものだと思っていたのだけど、どうやらそうでもないようだ。


 鐘がなって授業が始まると、先生の話と、ステラへの手紙と、家族のこととが頭でぐるぐると回りだす。

 考えることが多くて目を回していると、昔のことが頭のどこかからポロリと転がり出てきた。




 ナキがメモリア山の卵から孵る前。

 透きとおった声の女の人が、毎日彼女に声をかけていた。

「ナキ。私のナキ」

 夜空の星のように青い光が、こもれびのようにやさしく注ぐ卵の中で、その声はナキに安らぎを与えていた。

「ナキ。純粋なナキ。いつか運命の人があなたを迎えにくるわ」

 星が降るような、静かで、透きとおっていて、すこし寂しげな色の声。

「ナキ。私とあの人のナキ。私とあの人が、数日しか得られなかった温かな日を、あなたが永く過ごせることを祈っているわ」

 ある日にそう言ったきり、その声は聞こえなくなってしまった。


 そして長い時──今なら、それが数日のことだと分かるけど──が経った後、外からきらきらと透きとおったものが注がれた。

 それは何も言わなかったけど、あの声の主がそばにいるように感じて、ナキは嬉しかった。


 そしてまた時が経ち、何かが近づく音がした。

 それが気になってドキドキしていると、ぴしり、と音を立てて目の前が開けた。

 そこに見えたのがステラだった。




 不意に転がり出てきた古い記憶。

 ナキはそれに驚いたけれど、久しぶりにその声を聞きたくなった。

 きっと、あの声の主がお母さんで、お母さんの言う「あの人」がお父さんだ。

 顔を見たことはないけれど、この思い出は温かい。


(家族との思い出が温かいものだけって、珍しいんだろうな)


 ナキは、朝のロサの話を思うと、またひとりでにんまりした。

 そしていつか、ステラにも父と母を紹介したいな、なんて想いを馳せる。


 そんなふうにしていると、ノートもろくに取れず、手紙も進まないまま、あっという間に放課後になる。

 これはまずい!と思い、急いで母との思い出を手紙にしたためる。

 そして城塞都市プラーガ行きの運び屋さんに渡そうと、傾きだした日を浴びる学校を飛び出した。


(明日の朝に出る便なら、プラーガでステラにギリギリ追いつくよね)


 城塞都市プラーガへの到着が夕方で、次の日に1日調査して、また次の日にクラース村へ発つ。

 そう計算しながら校門を出ようとしたところで、ぬっと人影が現れた。


「ああっ!ごめんなさい!」


くるくるひらり。その人をギリギリでかわして謝る。


「こちらこそ失礼。ナキさんだね?」


走り去ろうとするナキを、校門の陰から出てきた人影が呼び止めた。


「そう、ですけど……」


 2歩、3歩と減速し、立ち止まったナキは振り返る。

 そこにいたのは押しも押されぬ貴族の息子、カテーナだった。

 ナキの記憶の中では、ステラにボコされていたお兄さんだ。

 ステラに後ろから抱きつかれていて──それは締め落とすための攻撃だったのだけど──ちょっとうらやましかった。

 このカテーナに仕えていたおじさんが、親切で丁寧だったのも覚えている。


「お久しぶりです。美しくなりましたね」


 うやうやしく頭を下げるカテーナ。

 その仕草は芝居がかっているけれど、ナキは気にならないようだ。


「お久しぶりです。おけがは良くなったようで何よりです。ええと……」


 ナキは純粋に、凄まじい音のした頭部への打撃を心配したのだけど、その言葉はカテーナの気にさわったようだ。

 おまけに彼女の口からは名前も出てこないものだから、ピキピキと眉の上に血管が浮き始める。


 そこへ、ザリザリと誰かの足音が近づいてくる。


「おや、こんな場所まではるばる!ようこそお越しくださいました。クストース家次期当主カテーナ殿」


 ゆっくりと、誰かに聞かせるようにくっきりした声で、レオ先輩があいさつをする。

 校舎から出てきたレオ先輩は、カテーナの後ろからナキに向けてウィンクした。


「ようこそ、カテーナ様」


 先輩からのヒントをキャッチしたナキも、ペコリと頭を下げた。

 ようやく名を呼ばれ、カテーナはフン、と鼻をならす。


「それで、本日はどのようなご用で?」


 研究と事業の一環として、学校の周囲に感知魔術の網を張っていたレオは、ナキ以外の、大きな魔術師の気配をいくつも検出していた。

 魔術師の間でナキは有名になっていたし、トラブルを警戒して出てきたのだった。


「なに。そこの小娘を引き取りにきたのさ」


 自信満々に答えるカテーナ。

 レオは片眉を上げ、「そうなの?」と目でナキに問う。

 ナキもふるふると首を振り、「知らないです」とジェスチャーした。


「お言葉ですが、殿下。先の決闘で殿下は敗れました。それを言葉で覆すのは……いささか……貴族としていかがかと」


地方貴族の子であるレオの言葉を、王都の治安と軍備をつかさどる大貴族の子カテーナは鼻で笑った。


「それはもっともだな。その娘の保護者が健在ならば」


カテーナの言葉で、辺りの温度が急に下がった。


「それは、どういう意味でしょう」


氷のような怒りを押し殺し、両のこぶしを震わせながら、長身のレオがカテーナをにらむ。


「その娘の保護者は東方のクラース村へ向かったと言うではないか」


貴族の子カテーナはにやにやと笑う。


「我がクストース家は軍部を担う。東方に軍を派遣し、魔獣を討伐する命が下った」


ナキには言葉の意味は分からないけど、レオの怒りと、カテーナのあざけりは感じられた。


「討伐対象はメモリア山に出ると言う。そして部隊には、我が家直属の者が独立小隊として組み込まれる」


 そのカテーナの言葉の意味するところを知り、レオはくちびるを噛んだ。

 しかしすぐに薄く薄く口を開け、胸の中へ空気を入れる。頭を冷やし、冷静に、冷静に。


「ええと、何を言いたいの?カテーナさん?」


あざ笑うような、勝手に納得するようなカテーナの言い方に、ナキは眉をひそめた。


「君の保護者が王都に帰ってこないだろうから、僕が君を引き取ろう、という話さ。ナキ」


 瞬間、空気が沸騰する。

 カテーナもレオも身構えた。ナキがカテーナへ攻撃すると思ったからだ。

 カテーナは防御魔術を展開するようの魔石に手を伸ばし、レオは、カテーナが隠し持っているだろう反撃から、いかにナキを守るか頭を回す。


 しかしそうはならなかった。

 沸騰したのはナキの心。それは確かだ。

 しかしそれは怒りではなく、ステラへの心配だった。

 強く打つ心臓から送り出される熱を全身に巡らせ、ステラを助けるべく東へ向かう。

 そのためのスタートを切ったのだ。


「まあ、待ってくださいよ、お2人とも」


 レオが止める。

 荒事にならずひと安心したのもあるが、それ以上に、校門から街にかけての林の中で、人の動く気配を感知したのが大きい。


「ナキさんが学籍を取るのに、身元を保証したのは我が父、プラーガ領主エクエスです」


 数は5つ。

 包囲するような配置からは戦慣れを感じる。

 そこへナキを飛び込ませたくなかった。


「失礼ですがカテーナ殿下。今しがたの発言は、我が父エクエスを、ひいては城塞都市プラーガを落とす、との意でよろしいか?」


 理屈に無理があるのは承知の上。

 レオは己の立場を利用して、格上を相手にプレッシャーをかける。


「な、何を言うか。プラーガ候エクエスは身元の保証人で、保護者ではあるまい」


カテーナの指摘はもっともだったが、レオの発する圧で声が震えていた。


「ええ。保護者は私です。ステラくんも、ナキさんも」


これはハッタリだ。けれども引けない理由があった。


「私に危害を加えることは、次期プラーガ領主を害すること。すなわち領土を守る現領主への攻撃であります。これは御身おんみがよくおっしゃりますね?」


レオの背中に汗が伝う。


「私の聞き違いでしたら、それに越したことはないのですが……」


レオとカテーナはにらみ合う。


 数秒か、数分か。永く思えるわずかな時が、風とともに流れた。


「はあ……よい。こいつらの肩を持って、いったい君に何の得があるんだね」


溜め息をつき、カテーナがやれやれと力を抜く。


「はっはっは。得、ですか。惚れてしまったものでして、得の勘定はできていないのですが、引くわけにはいかんのです」


 笑って、冗談みたいに話しているけど、レオにとってはそれが全てだった。

 ステラには、男としてその信念に惚れ、ナキには、少年としてその可憐さに惚れてしまった。

 惚れたら負け、なんて言葉の通り、レオは2人に白旗を振って、要求を呑む以外の選択肢がない。

 そしてその女の子を勝手に連れていく、なんて言われたら、自分の身を賭してでも、止めなくては男でいられなかった。


「殿下も、その人を得たいのでしたら、まずは男として私と勝負していただけませんと。そしてどちらが良いか選んでもらわねば」


 それで負けたのなら仕方ありますまい、と、原始からあるパートナーをめぐった戦争をふっかける。

 美しさを競うクジャクや、強さを競うカブトムシのように。


 貴族の子カテーナは面食らっていた。

 ステラへ復讐したいのは確かだが、ナキを欲しいのも確かだからだ。

 そして恵まれた家柄のため、これまで自分が望んで手に入らぬものはなかった。

 初めて自分の力で勝ち取らねばならないものが目の前にできてしまったからだ。


「ナキさん、これを。私の作った魔術道具です。これであなたがひとときでも安らいでくれるなら、私はうれしく思います」


 そう言って、レオはナキに歩み寄り、その手にガラス板を渡す。

 平たい円盤のような形の、手のひらにすっぽり収まるそれは、透きとおって冷たかった。


 レオはそのガラス板をナキの手に乗せ、さらにその上に、足元から摘んだコスモスを1輪乗せる。

 そしてガラス板に触れて念じると、じわりと熱がめぐり、コスモスがみるみるうちに葉と根を伸ばした。


「これは魔術師のエネルギーを、生命力へ転換する術式です。ケガや疲労の治癒に使うもよし、花瓶の底に沈めて枯れない花をいつくしむもよし、です」


 土も水もなくいきいきとし出した花に、ナキは目を丸くした。

 そしてそのプレゼントに、純粋な礼を述べる。


「ありがとう。レオ先輩。大切に使います」


 その穏やかな笑顔に、レオはいっとき、勝敗を忘れた。満足してしまった。


 対して、それを見ていたカテーナは焦っていた。

 レオが勝手ながら告白を始めてしまったからだ。

 もし2人の婚約が成立すれば、自分がナキを奪うのは不貞になる。

 平民が相手なら夫を殺して遺体を隠せば押し通せるが、田舎者とは言え相手は貴族。そう簡単にはいかない。

 貴族の子カテーナは、生まれて初めて、全力で頭を回していた。


 ひざまずいていたレオが立ち上がる。

 次はお前の番だぞ、とでも言うようにカテーナを見て、上品に身を引いた。


 それを眺めながら、カテーナはこれだ!と思いついた。

 美しくなるのを嫌がる女はいない。新しい、きれいなものを嫌がる女もいない。


「ナキよ。クストース家へ来れば、毎日新しい服を送ろう」


そのはずだった。


「見れば、君の服も、くつも、ずいぶんとくたびれているではないか。なめらかな絹のドレスと、きらびやかなガラスのくつを、君に送ろう」


 カテーナの見立ては、半分は正しかった。

 ナキだって、美しくなるのも、きれいなものも好きだ。

 けれどそれ以上に、ステラと、ステラとの思い出が好きだった。

 カテーナの言葉は、ナキの何より大切なものを踏みにじっていた。


「……けっこうです」


ナキは静かに断った。


「私は、ガラスのくつも、絹のドレスもいらない。私は、この革のくつと綿の服が好きなの」


足元を見て、この世界へ出てきた日にもらったものを見ると、自然と口元がゆるんだ。


「あなたの言う物はすてきだと思う。けど、それをすてきだと言うために、私の好きなものを悪く言わないで」


 最後にナキは、まっすぐにカテーナを見てそう言った。


 そんなナキの後ろから、つまり街の方から、ひとつの足音が近づいてくる。


「そういうこった。林ン中に隠れてる連中つれてとっとと帰んな。アタシとヤッてくれんなら相手すっけどよ?」


 そう言いながら現れたのは褐色肌のクリスだった。

 手槍を持ち、こつこつと肩に当てている。

 辺りの空気がいっせいに引き締まった。

 林の中にいるクストース家お抱えの戦士たちも、1対1でこの女に勝てる者はいないのだ。


「っ……仕方ない。今日は帰る」


 奥歯を噛み、別れのあいさつもせず、カテーナは貴族の屋敷へ帰っていった。


 ボンボンの姿が見えなくなると、レオは一気に力が抜けて、校門へ寄りかかる。

 校舎に隠れてずっと見ていたナキの友達、ロサとアケルもやって来る。


「大丈夫?ナキちゃんも、レオ先輩も!」


 少女アケルの問いかけに、レオは片手を上げるジェスチャーで答える。

 言葉は出せないけど大丈夫だとアピールしたい、男の見栄というやつだ。


「私は平気!」


 ナキは何事もなかったかのように元気いっぱいだ。


「クリス姐さん、ナイスタイミングじゃん!なんでここに?」


 やんちゃな女の子ロサが不思議そうに聞くと、褐色肌のクリスは自分の後ろを指さした。


「アイツが呼びに来たんだよ。『ナキちゃんが大変なので助けてください!』ってよ」


さされた先には、クラスメイトの少年マールスが、限界を超える距離を走り終えてえづいていた。


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