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カナタのステラ  作者: 我龍天捿
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第23話 これまでの日々とこれからの日々

 寄宿学校に通うステラは、見回りのアルバイトをしている畑に出た巨大なイノシシを狩った。

 人を殺し魔獣と呼ばれたイノシシを13歳にして倒したことで、一躍有名になったステラのもとに決闘を申し込む者があらわれる。

 いつもなら軽くあしらったり、SASUKEで鍛えた機動力で姿をくらますのだけれど、その日挑んできた貴族の息子カテーナは、ナキを人質にとった。

 期待するようなナキの目に応えるように、ステラは決闘を受け、カテーナに勝利したのだった。


 夏の終わりに、ステラとナキは引越しをした。

 借りていた家の契約が満了して、本来の持ち主、大家の老夫婦の息子さんが帰ってくるためだ。


 大家の息子パッセルさんは、23歳の青年だ。

 王都プラエタリアの軍に所属していて、2年間の出向をこなして久しぶりに王都の地面を踏んだ。

 秋分の日には兵役が終わるのだけど、その後も正規の兵士として続けるつもりみたいだ。

 区切りになる秋分の日までは、王都のお城近くにある兵舎で寝泊まりしているらしい。


 ステラとナキの荷物は、入居のときよりは増えているけど、それでもずいぶんと少ない。

 ステラの狩猟道具は、革のベストと20センチ角のリュックにまとまるし、日用品も入居のときの麻袋に全て収まった。

 ナキに関しては、日用品はステラの物とセットでコンパクトなのだけど、衣類が爆発的に増えた。

 どれもステラの手作りで、ひらりと華やかなワンピースから、強度バッチリのトレイルウェアまで、よりどりみどりだ。

 クローゼットに十分収まる量なのだけど、持っていくための入れ物が無い。

 ナキが入居したときの荷物は、着ていた服とおやつのチーズ、そして大家さんへの手土産だけだったから。


 ちなみに新居は、学校の寄宿舎。

 ナキもとうとう学校へ行くことになり、ステラも一緒に入寮することにしたのだった。

 男女でフロアが分かれているから、これまでみたいにステラが世話を焼けなくなるけど、昼間に同じ建物で過ごすようになるのは安心だった。

 と、いうことで、ナキの衣装運びにはクラスメイトの力を借りた。

 寮の部屋につくやいなや、ベッドに衣装を拡げた女子が、ナキの着せ替えとヘアメイクを敢行。


「そこで振り向いてポーズっ……キャー!」

「かわいすぎて動悸がしてきた」

「ナキちゃん!次はこれ着て!?」

「これ王城前でやったら国取れるでしょ」

「お父さん娘さんを僕に下さい」


 寮の廊下を舞台に、そんな声の飛び交うファッションショーが繰り広げられる。

 ステラは「誰がお父さんだ」とか、しかめっつらを作って答えたけど、荷物運びのお礼にもなるし、何よりナキが楽しそうだから、内心はノリノリだ。

しまいには寮生最年長のレオ先輩や、寮長兼用務員のおじさんまでやってきて、プチ宴会に発展したのだった。


 そんなこんなで訪れた、2年間を過ごした家の最終日。

 この日の夜からパッセルさんが寝泊まりするとのことで、ステラとナキも合わせた3人で掃除をすることになった。


 掃除そのものは、荷物を寮へ運ぶ際にもやっていたから、お昼過ぎには終わってぴかぴかになった。

 そのまま軽くお茶をして、パッセルさんは軍の話を、ステラたちは王都の話をしていく。


「いやぁ!君があのステラくんだとは。ヤマダ将軍が絶賛してたよ」


 パッセルさんの派遣された先は東の国境で、警備の隊長は城塞都市プラーガの将軍ティグリス・ヤマダだったのだ。

 冬でも変わらず黒いタンクトップで筋トレとランニングしていたらしい。

 さらにはトレーニング論の講義で、ステラのことを例に出していたとか。


「でもそうか……魔獣がこっちにも……」


 去年の初夏にステラが狩ったイノシシの後も、山や森の主クラスの大きな獣が、王都プラエタリアの近くで目撃されていた。

 それはクマだったり、オオカミだったり、シカだったり。

 幸か不幸か犠牲者は出なかったのだけど、明らかにおかしな状態だった。


「東部の国境付近でもね、動物の大移動があったんだ。鳥や野ウサギから、シカやイノシシまで」


 若い兵の地方派遣は定番らしいのだけど、東部に派遣されたパッセルさんがたずさわった、動物に対するあれこれは異例だそうだ。


「放牧しようと門を開けても、羊や牛が出ていこうとしないことだってあったんだ。山に何かあったのかな……?」


 東──メモリア山のふもとから帰ってきたパッセルさんの話は、ステラの記憶を蘇らせた。

 幼い冬の日。

 故郷を襲った魔獣の記憶。魔石のような鱗に覆われた、路線バスみたいなサイズのトカゲの魔獣。

 それに対峙する父アルカスの背中……


 嫌な予感を頭から振り払って、ステラは笑顔を作る。

 そうしてその日、パッセルさんにお礼を言い、ナキと一緒に家を後にしたのだった。




 新生活が始まると、ステラの周りは静かになった。

 一時期は逃げ回るほど殺到した決闘の申し込みも無くなり、注目を集めることもない。

 しかしこれで静かに読書ができるかと言うと、そんなことはなかった。


 人々の熱量は、数年ごときじゃあ変わらない。せいぜい、熱の向く先が変わるだけだ。

 つまりこの寄宿学校の人々の、興味の先がステラから変わったのだ。

 その新しい興味の的が何かと言えば、他ならないナキだった。


 ステラのひいき目を除いても可愛らしいナキなのだけど、それ以上に、ステラのクラスメイトによるファンクラブの影響が大きい。

 長い物には巻かれよ、ではないけれど、人は人に流されやすい。

 入学時で既に一定数のファンがいたため、雪だるま式にファンが増えた。


 それだけではない。ナキは魔術の才能が飛び抜けていた。

 焚き火を起こす程度の魔術を使ったとき、出力ミジンコのステラは火打石の火花程度なのに対し、ナキは5尺の打ち上げ花火が爆発する。

 出力がベラボーに高いのだ。

 そこに研究者の道を進むレオ先輩と、前世で教師の経験があるステラがサポートしたため、コントロールもどんどん良くなる。入

 学1年目にして、魔術の腕は教師も含めた学校トップに躍り出ていた。

 学校の魔術科が大盛りあがりする中、レオだけは、書き上げた『食生活と魔術適性』の論文が、ステラとナキの魔術適性の差によって白紙になり、人知れず涙していたけれど。


 そんなだから、ステラは落ち着いていられない。

 隙あらばデートに誘おうとする男子や、決闘を申し込む魔術師見習いが群がってくるのだ。

 鼻が高くはあるけれど、この子にはもうちょっと普通の学校生活を楽しんでほしい気持ちがある。


 学費のために続けている、早朝の畑の見回りだけが、ステラとナキ、2人きりのトークタイムとなった。

 同世代のクラスメイトに囲まれる賑やかさにも、ひとりきりのベッドにも、戸惑いや寂しさが混じるものの、ナキは徐々に慣れ、楽しんでいるようだった。

 ステラが頑張って胸の中に隠していた大きな大きな心配も、朝日を浴びるナキの笑顔で、すこしずつ融けていったのだった。



 ステラ自身は、歴史の研究に力を注いだ。

 前世では1番苦手な科目だったのに、今では1番おもしろい。

 他人に強制されない環境って、こんなに大事なんだな、とステラはしみじみ感じ入った。



 ステラが学んだことをざっとまとめよう。


 今の政治は、かつて王に仕えた臣下が会議しながらおこなっている。

 有力な臣下は御三家と言われる、クストース家、レークス家、コロナ家の血縁者ばかりだ。

 王制を敷いているのに、なぜ次の王をいただかないのか。

 ステラはここ数年疑問に思っていたのだけど、近頃やっと分かってきた。王の葬儀が行われていないのだ。

 プラエタリアを首都とするこの国、テンプス王国は、王の葬儀が次の王の戴冠式を兼ねている。

 新たな王はそれまでの人の名を捨て、ただ『王』と呼ばれるようになるのだ。

 最後の王の葬儀が行われておらず、次の王も成っていない。だから王位を空席にし、家臣団で政治をしている。


 次の王の候補はいないのか、も気になるところだ。

 王の血筋、ラピス家は、100年前に隣国との間で起きた戦争で指揮を執り、多くが戦場で亡くなった。

 唯一残った若い男児が王となり、和平を結び、国を導いた。

 そして和平の証として、隣国から姫をめとることとなったのだ。

 2人の間に子が生まれる前に姫がさらわれ、それを追って王も出奔。今に至る。

 王は、生きていれば今年で115歳。ステラのちょうど100歳上だ。何かの縁を感じる。


 姫と王の向かった先は、東だというだけで詳しくは残っていない。

 また、どんな資料を当たっても、姫がさらわれた際の詳細が載っていない。

 貴族でもある先輩のレオの力を借りてプラエタリア城の書庫を探しても、だ。



(まるで意図的に取り除かれたみたいだ……)


 そんな歴史書ばかりで不思議なんだよね、と、ある朝ナキに話してみた。

 すると黒髪の少女は、金色の目をくりくり光らせて、楽しそうに飛びはねた。


「それじゃあ、クラース村の近くに王様やお姫様がいるかもしれないの!?」


 好きな本の『続き』の気配に、うきうきしたナキは畑の周りをぴょんぴょんと跳ねまわる。


「確かにそうだな」


 言われてみれば、クラース村の歴史について、ステラは詳しく知らないし、王都の中には資料も少ない。

 2年とちょっとぶりに、帰ってみるのもいいかもしれない。


「実はリベールが詳しかったりして」


「実は王様や家来の子孫かもよ?」


 無邪気に笑うナキに、ステラもいたずらっぽく笑い返す。


 そして秋の収穫祭の時期。

 ステラは長めの休みを取ってクラース村へ戻ることにした。

 現代知識のおかげでいくつかの科目を飛び級で修了していたため、道中でレポートを3つ書き、調査の報告書を出せばよい、とのお墨付きももらった。


 いつもの通りナキもついて来たがったのだけど、先生に強く止められ、泣く泣く学校に残るのだった。



 出発の日。

 日が昇る前の街をステラとナキが歩く。

 夕焼けの赤とか違う、白い朝の光へ向けて進む。

 ゆく道に人はおらず、世界中に2人だけみたいだな、なんてステラは思う。

 秋の風がひんやりとする中、触れるか触れないかの距離で並べる互いの肩が、ほんのりと温かい。


 人の声のする、荷馬車の集積所が近づくにつれ、ナキの顔がだんだんと曇っていく。

 そんな顔をするほどなら連れていきたくもあるけれど、寄宿学校への入学だって彼女が望んだことだ。

 望みを叶えてやることが、わがままな振る舞いをさせることになってはいけない。と、ステラは考えている。


「じゃあ、行ってくるな」


城塞都市プラーガへ荷物を運ぶ御者を探して、手間賃を渡したステラがナキへ向く。


「そんな顔しないでくれよ。帰ってきたら好きなことしてやるから」


スカートの端をギュッと掴んでいる黒髪の少女に、ステラはかがんで目線を合わせ、頭を撫でる。


「じゃあ…………ね」


ぽそり、とナキは言う。


「帰ってきたら、一緒にお昼寝したい。ごはんも食べて、たくさんお話したい」


金色の目をうるませて、でもまっすぐにステラを見てナキは言った。


「分かった。全部しよう」


こんなに持っているやりたいことを飲みこんで、ナキが自分を優先してくれるのを想って、ステラはなんだかたまらなくなった。


 思い返せば、ナキがメモリア山の卵から孵って以来、顔を合わせない日が来るのは初めてだ。

 彼女の誕生に立ち会ったステラは、彼女にとって自分は親みたいなものなんだろうな、と思っている。

 だからこれは初めて親元から離れるお泊り会みたいなもの。

 ああ、先に1~2日離れて慣らしてあげたらよかったな、とすこし後悔した。


「約束だ。帰ってきたら、全部しよう」


ステラがそう言ってほほ笑むと、ナキは金の目をさらにうるませて、朝日を乗せてきらきらさせた。


「うん!約束!」


 その顔を見て、ステラは安心して馬車へ乗り込んだ。


 荷台に乗ったステラへ、ナキが意を決したように手を伸ばす。

 何かと思えば、手紙が差しだされていた。


「あの、うまく言えないんだけど……」


もじもじするナキ。


「読むよ。途中でお返事も書く」


 そう言いながらステラが受け取ると、御者がウマにムチを入れた。

 ガラガラと車輪の乾いた音が鳴り、ゆっくりと進みだす。


「行ってきます」


「行ってらっしゃい!」


黒髪の少女は、朝日へ向けて小さくなっていく馬車に、大きく手を振り続けた。




ステラへ


 すこしの間だけなのに、はなれるのが悲しくて、手紙を書きました。

 書いてみると、ステラがこれを読んでいる姿がうかびます。

 いつも私のために、私のうれしいことをしてくれるステラ。

 あなたのことを考えていて、初めて未来というものが分かりました。

 きっとこれも、あなたがくれた、服やくつやパンみたいに、私の好きなものになるんだと思います。

 ステラは、いつもひとのために頑張るよね。

 そんなところも大好きだけど、今はそれでムチャをせず、元気に帰ってきてほしいです。

 待ってるね。


ナキより



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