第22話 決闘の熱
ステラ14歳の春。前の秋に魔獣──人を殺し人を食べた獣──と化したイノシシを狩ったステラは有名になっていた。
そんなステラに、他校から乗り込んでしつこく決闘を迫る貴族クストース家の息子カテーナ。
守るべき名誉も持たないステラは、カテーナをやり過ごすべく、先輩であるレオの研究室に滑りこんだのだった。
寄宿学校の2年生になって半年も過ぎると、分かってくることがある。
ステラには、魔術の才能がなかった。
術式の理解は深く、4元素の扱いも丁寧なのだけど、出力が過去に例を見ないほど弱かった。
例えるならアンプの無いエレキギターとか、0.3合しか炊けないカスタム炊飯器とか、0.5畳用の高性能エアコンみたいなものだ。
普通なら指に炎をともし、焚きつけやたいまつの代わりに用いる術が、ステラの手にかかると火花が散って終わる。
普通なら水鉄砲を撃つか水風船を投げつけるような水玉を生成する術は、手のひらがじんわり湿るだけだ。
教師は驚きクラスメイトは笑ったが、ステラ自身はこんなもんか、とドライだ。
並の術師が詠唱するより、ステラが狩人としての技術を使う方が速いから不便はないし、そもそも彼にとって、仕組みを理解するのが楽しかった。
筆記試験のデキがトップクラスだったこともあり、クラスメイトからはテスト前に慕われるようになった。
分け隔てないステラの接し方もあり、決闘の申し込みもやんわり取り下げられるようになってきていた。
そんな中、しつこく食い下がったのがクストース家の嫡男カテーナだった。
王都プラエタリアの中心に立つ城の一角、王立学校の学生らしいが、ことあるごとに郊外を訪れてステラにつっかかった。
この日も配下の騎士を何人か連れ、ステラのいる寄宿学校へ乗り込んできた。
それを見付けたクラスメイトがいち早くステラに伝え、こうしてレオの研究室に潜り込んだのである。
魔石の研究をする先輩レオに、時おり条件制御のアドバイスを送ったり、器具の固定を手伝ったり。
いつも通りに過ごしていたのだけど、この日はすこし様子が変わった。
「おいステラ。あれ……」
実験中は真剣であるのが常なのだけど、そこからさらに険しい顔をしたレオが、窓から見える校門へ視線を向ける。
ステラがそれをたどって見えたのは、屈強な騎士と思しき男に連れられた黒髪の少女ナキだった。
「今日という今日は覚悟しろ!ステラ!」
校門へ後ろ歩きで近づきながら、校内のどこかにいるだろう狩人の少年に向け、貴族の息子カテーナは叫ぶ。
ハウリングしているから、風の魔術で声を拡大してもいるのだろう。
「もし出てこないのなら、僕の不戦勝!この娘はもらっていくぞ!」
校舎を震わせるほどの大音量で、カテーナは宣言した。
「はぁ?」
思わずステラも声が出る。
視線の先のナキも
「Pardon?」
とでも言いたそう。
しかし次の瞬間、カテーナの声もかき消すほどの声が響いた。
「「「「「はぁァァァアアアアア!!?!?」」」」」
正真正銘、校舎が揺れる。
それは在校生徒の、主にステラの級友の大合唱だった。
テスト勉強会……という名のステラに助けを求める会で、クラスメイトのほとんどはナキと面識がある。
彼女に心配をかけたくないステラが、遅くまで学校に残りたくないと言うので、ステラの家へと押しかけたのだった。
男子どもは、ナキの持つエキゾチックな雰囲気と、屈託のない笑みに軒並み撃ち抜かれ、女子たちは、花屋のお姉さまがた手ずからケアした、真っ白な肌と長い黒髪に目をきらめかせた。
噂はまたしても噂を呼び、隣のクラスどころか別の学年にもファンができ、ナキは部外者なのにアイドルみたいな扱いを受けているのだ。
レオの──正確には、レオが取り次いだプラーガ領主エクエスの──推薦により、来年にはこの学校への入学が予定されている。
「ふざけんなー!」
「そんな横暴許さねーぞ!」
「ナキちゃんの気持ちはどうなのよ!」
「やっちまえステラー!」
いろんな所から怒号が飛ぶ。
貴族の息子カテーナは、あまりの一体感に一瞬だけ驚きを見せたが、すぐに腕を組んで仁王立ちした。
「下民が何を言っても意味はない!来ぬなら連れていくまでよ!」
ボンボンはそう言って不敵な笑みを見せる。
しかしステラの目を引いたのはその後ろのナキだった。金色の目を大きく開いて、何やらきらきらウキウキしている。
「はぁ。しゃーない」
ステラは溜め息をついて立ち上がる。
「行くの?」
意外そうにレオが言う。
「ええ。……ナキにあんだけ期待された顔したら、行かないわけにいかないっすよ」
そう言って、ステラは研究室のドアから出ていった。
「ヒューッ……妬けるねぇ……」
溜め息のような口笛を吹いて、悲しそうな嬉しそうな目で、レオはそれを見送った。
貴族の息子カテーナへの罵声と、ステラを呼ぶ声が半々。
そこにひとツマミ、ナキに逃げるよう訴えるものが混ざった叫び声がこだまする。
そんな校舎前の広場に主役が登場すると、観客のボルテージは一気に上がった。
「ほう。貴様がステラか」
腕組みしたままカテーナが問う。
「その通りです、カテーナ殿」
ステラは視線を向けたまま頭を下げる。
「よくぞ出てきた。死ぬ覚悟はできていような?」
鼻で笑うようなカテーナの物言い。
白い歯と一緒に、右手にはめた翡翠色のリングがキラリと光る。
しかしステラは動じない。
「もちろん」
命のやり取りで臆しては、山にひとりで入れない。
危険を理解し、恐怖に克ち、冷静な頭と生への熱量で進むことができるのが、山に入る者の資格だ。
『死』を意識した瞬間、ステラの血が冷たくなる。
反して心臓は強く打ち、全身をめぐるエネルギーが臨界する。
「ただ、決闘するのはいいんですが、その子のことは了承を得ているのですか?」
交戦体勢に入ったステラは、辺りに気を配りながら質問する。
お付きの騎士たちは身じろぎした。
ある者は主を庇えるよう、ダッシュに備えて身をかがめ、ある者は不届き者を成敗するよう、腰の剣に手を伸ばした。
「了承?誰に取る必要がある」
変わらずステラを見下ろすカテーナ。
「その子自身ですよ。その子が殿についていきたいんなら、俺に闘う理由はないんで、負けでいいです」
優秀な兵の主がボンクラなのは可哀想だな、なんて思いながらステラは言う。
おそらくこの隊の長であろう、貴族カテーナのすぐそばにいる騎士へ目を向けると、冷たく沈んだ目が返ってきた。
すぐさまの言葉が返ってこなくては仕方ない。ステラはナキに問いかける。
「ナキ。このお兄さんたちについていきたい?」
ナキは金の目を空へ向け、うーん、と一拍考えてからステラを見た。
「私、ステラの方がいい。この人もやさしいけど、ステラが1番いい」
ちらり、と、自分をここまで連れてきたであろう騎士の1人に目をやってから、堂々と答えた。
ステラには正直、自分のどこがそんなにいいのか不思議でしょうがないのだけど。
(それでもお前が望むなら、力の限り応えましょうとも)
狩人の少年は、金の目の少女にうなずいて、貴族の少年に向きなおる。
「そういうわけなんで、勝たせてもらいます」
「「「「「「「「「「うぉぉぉぉおおおおおおお!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」
地鳴りのような歓声が上がる。
ステラは耳がどうにかなるかと思ったけれど、一流の騎士に囲まれる中、手をふさぐことはできなかった。
ステラとカテーナは示し合わせて、エモノは剣、それも木刀を使うことになった。
2人が十分な距離を取り、カテーナが髪を、ステラが上着をはためかす中、騎士の隊長の合図で決闘が始まる。
ギャラリーは息を飲み、ナキは金の目を大きく開いて一瞬たりとも見逃さないよう構えていた。
「………………始めっ!!」
「たぁぁぁあああああ!!」
大きな叫びとともに大上段に構えたカテーナが、ステラに飛び掛かる。
ステラはその顔めがけて突きながら、ステップで振り下ろされる剣を躱す。
「ッチィ!!」
派手な舌打ちをしながら、着地したカテーナは間合いを取る。
(振りは速いし動きも良い。けど……)
ステラは冷静に相手を観察し、力量を見極める。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
懲りずに突進してくる貴族の息子へ、正眼に構えた切っ先を伸ばす。
メモリア山の森で出会った子イノシシの、突進を逸らしたときを思い出して。
(当てる気はあるけど、殺す気が無いな。この人)
ステラの切っ先はカテーナの髪をかすめる。
肉屋のグラディウスなら、相手の剣を捌いてカウンターを入れるだろう。
褐色肌のクリスなら、相手の剣ごとよろいまで貫いてしまうだろう。
けれどそんな技量も力もなく、ステラはどうやってこの若造を叩いたものか、すれ違いざまにらみつけた。
と、そのとき。
ステラと目の合ったカテーナがニヤリと笑った。
口から覗く歯と、剣を持つ手の翡翠色したリングが光る。
違和感を覚えたステラが距離を取ろうと地面を蹴ると、ごう、と音を立てて火柱が立った。
きゃああ、とギャラリーから悲鳴が上がる。
炎は意思を持つように、ステラの上半身を包んだ。
「どうだ!熱いか?苦しいか!僕をさんざんおちょくったんだ。せいぜい反省するんだな!」
またしても距離をあけ、貴族の息子カテーナは言う。
2度の飛び込みで上がった息を整えるように胸を押さえながら、胸から上の燃える狩人をにらんだ。
「お前はただじゃ死なせないぞ?泣いて謝るまでなぐり……」
言いかけのカテーナに向け、ステラは木刀を振りかぶった。
距離は6.3メートル。
故郷でやった投げ斧の的当てみたいに、縦のトップスピンをかけるよう、投げつける。
「まっ!?」
高速回転する木刀がカテーナを襲う。
引力がはたらいているみたいに顔面へ迫るそれを防ごうと、カテーナは剣を横一文字にする。
──カゴィン!
ステラの放った木刀は、カテーナの防御をかすめた。
かすめただけですり抜け、回った切っ先がカテーナの後頭部を襲った。
目のまえに火花が散り、一拍あけて痛みが走る。
ステラは走った。
正確には、武器を投げた直後から、ダッシュで間合いを詰めていた。
攻撃が相手の頭にヒットして、その目が焦点を失う間、ステラは懐へ飛び込んで、首を取り、締め技の姿勢に入った。
狩人の最たる武器は、飛び道具ではなく知識。
生き物の習性や体の構造の知識だ。
捕らえた獲物を〆るための裸締め。スリーパー・ホールドをキメる。
密着した体。ちりちりと髪の焼ける音。パニックに陥る貴族の子。
「そこまでッ!!」
隊長の声が響く。
即座に騎士の1人が魔術を使い、戦う2人に水を被せた。
ステラは獲物を放し、しずくしたたる髪をかき上げる。
それから、炎を受けて数秒ぶりの息を深々と吸った。
「「「「「「「「「「ワァァァアアアアアアアア!!!!!!!」」」」」」」」」」
校舎から上がる歓声が、地面を揺らすように轟いた。
ステラは、溺れかけてのたうつ貴族の子をそのままに、しゅうう、と煙を上げる上着を脱いだ。
肌への癒着も、火による穴も無し。
化学繊維や綿だったらマズかったな、と額の汗をぬぐうと、囚われの姫君のもとへ向かう。
「お待たせ。ナキ」
「んーん。かっこよかったよ。ステラ」
金の目の女の子を迎えながらも、ステラは警戒を崩さない。
主の敵討ちとして、周りの騎士たちが襲ってこないとも限らないからだ。
しかしその心配は外れた。
貴族の子カテーナの容態を見た一団は、大きなやけどもせずほとんど無傷な主を見て、胸を撫でおろす。
そうしてカテーナの体を起こし、帰還をうながした。
校舎からクラスメイトたちが、振りきれたテンションでとび出してくる。
押し寄せる人の波から逃れるように、貴族の一団は撤退を始めた。
しかしその去り際。
「これで勝ったと思うなよ!次はボコボコにしてやるからな!?」
貴族の息子カテーナは、うるんだ目でステラをにらむ。
「それは嫌なんで逃げますけど……ひとついいですか?」
ステラは決闘前から気になっていたことを口にする。
「『殺す』とか『死なせない』とか、ひとの人生を背負う覚悟も無しに、簡単に使っちゃダメですよ」
生きるために数えきれないほどの命を奪ってきたステラにとって、そこは譲れなかった。
貴族の息子カテーナは顔をまっ赤にしたのだけど、お付きの騎士たちはまっさおになった。
カテーナの前に出てきた時点で、ステラにみなぎっていた殺気を、騎士たちは感じている。だから武器を真剣ではなく木剣にした。
そんなふうに警戒しつつも、怒りが溢れて殺気のような緊迫感になっているのだろうと思っていた。
それが間違いであることを突き付けられたのだ。
この狩人の少年は、決闘の中でなぜだか刃を納めたけれど、本当に命のやり取りをする気でこの場に現れたのだ。
ステラにとって、山の民にとって、命のやり取りは日常だ。
獲物を狩るとき、肉をさばくとき、その命を想う。
安らかな終わりを祈り、その命のカケラを分けてもらうことに感謝して、日々の糧としている。
だからこそ、いずれ来る自分の終わりも受け入れていて、だからこそ、冷静にそれを避けようと努力を重ねる。
剣も弓も、そのための道具でしかない。
そんな意識の積み重ねの差が、この日の決闘の結果だった。
ステラは押し寄せるクラスメイトに揉まれながら、走り去る貴族の一団の背を見送っていた。




