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カナタのステラ  作者: 我龍天捿
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第20話 新しい生活

 王都プラエタリアで魔術を教える寄宿学校に入学が決まったステラ。

 これまで育ててくれた老人リベールが故郷のクラース村へ帰るのを見送り、金の目をした少女ナキとの生活が始まるのだった。


 王都プラエタリアの郊外にある、寄宿学校の敷地のすみ。

 夏の日差しもやわらぐ木陰で、ステラは思い出の本『王様とお姫様』をナキに読んで聞かせた。


 金色の目をきらきらさせながら聞いていたナキは、ステラが閉じた本を受け取ると、再び初めからめくりだした。

 ときどき小さく口に出しながら、お話へ浸るように。


 すっかり気に入った様子に、ステラも満足する。


(ナキが感情移入するのは、やっぱりお姫様なんだろうか。それとも話を俯瞰するのかな?)


まだナキと概念的な話をするには早いと、ステラは分かっているのだけれど、この少女が何を感じどんなふうに考えるのか、興味は尽きない。


 そうしてステラがナキを見守っていると、20メートルほど離れた図書館の壁の影から視線を感じた。

 嫌な感情は乗っていないようだけど、森に生きた者として、何かに見られているというのは警戒に値する。

 クマやオオカミのような大型の肉食獣は、囮が気を引いたすきに獲物の子を狩る、といったテクニックを使うものもいる。

 ステラは辺りに落ちている石ころを2つと細い木の枝を拾って、ナキのそばを離れないまま気を張った。


 すこし時間が経っても、その気配は動かない。

 感じる視線を例えると、小さな矢がへろッと飛んで、ステラとナキの手前でよろよろと蛇行し、急失速して地面に落ちる、そんな感じだ。

 敵意や害意があるのなら、追加のアクションへ移るだろう、と考えたステラは、すこしだけ警戒を緩める。

 そして、こちらへチラチラと視線を投げる誰かがいる、図書館の影の足元へ向け、石ころを投げた。


 こすん、と音を立てて、小石は生いしげる草の中へ沈む。

 それに驚いたのか、建物の影からビクリと人のシルエットが出てくる。


 そのタイミングでステラはもう一投。今度はその人の頭の上、図書館の壁を狙って腕を振る。


──カツーン!


 壁に当たった石ころがゆくえをくらます。

 そしてその乾いた高い音にビックリして、その人はビクリと動きを止めた。


 いたのはひょろりと背の高い少年だった。

 年齢はステラより2つか3つほど上だろうか。

 色素の薄い肌と髪をしたその少年は、ギ、ギ、ギ、と音が聞こえそうなほど硬い動きで、ステラとナキの方を向く。

 それはまるで錆びたブリキの人形みたいだ。


 石のはねる音でナキも顔を上げていた。

 少年を見て、誰?とでも言うようにステラへ視線を向ける。


 ステラは、さあ?と首をかしげて見せてから、改めて少年を向いた。


「どうかしましたか?」


人がいるとは気付かなかったていで声をかける。もちろん後ろにも気を配りながら。


「あぁ~……いや……その……」


言いよどむ長身細身の少年は、頭を掻いて視線をうろうろさせていたが、意を決したようにステラを見た。


「見慣れない子がいるな、と思って。でもどう話しかけたものか迷っていたんだ」


顔は逸らさないけれど、その少年が照れや緊張の混ざった表情を、必死に押し固めているのが、なんだかおかしかった。


「気にしなくて大丈夫ですよ。僕らはクラース村から来ました。ステラです」


「ナキです!」


本を開いたままの少女も、ステラに合わせて名を名乗る。


「……良い名前だ。僕はレオ。プラーガ・シルウェストリス・レオ」


「しるうぇと……?」


「何て?」


ナキとステラは頭にハテナを浮かべた。

 特にステラは、前世のサラリーマン時代、名乗り慣れてるためにメチャクチャ早口で名乗る取引先があったな、なんて思い出していた。

 緊急の事案ほど名乗りが速くなるので、社名も担当者名も聞き取れないこともままあった。


「ああ、ええと、レオ!レオって呼んでくれ。ここの3年生なんだ」


 長身の少年はそう名乗ると、ずいずいと2人に歩み寄る。

 ステラは投げつけるように持っていた棒をぽいっと捨てた。


「じゃあ先輩ですね。僕は1年生になります」


 1歩2歩と近付いて、ステラとレオはグッと拍手を交わした。


「これからよろしく。そちらは妹君かな?」


 長身のレオはナキを見た。


 ステラは返答に困る。

 ナキとの間に血のつながりは無い。

 でも家族だし、同じリベールを保護者にしている。

 だから、まあ、兄妹と言えなくもないのかも?


「はっはっはっはっは!ともかく、よろしく」


 長身のレオは、惑うステラへ「よくあることさ」とでも言うように笑って、ナキのもとへ歩いた。

 そして木陰に座る少女のそばに膝をつき、その手をとる。


「よろしく!レオ」


ナキは無邪気に笑って、レオの手を握り返した。



 そんな出会いを報告すると、褐色肌のクリスは興味なさそうに「ふーん」と返すだけだったけど、アモールの花屋のお姉さまたちは大騒ぎだった。

「ナキちゃんがそいつに取られてもいいの!?」

とか

「男はオオカミなのよ気をつけなさい!」

とか

「そんなどこの馬の骨とも知れないヤツをナキちゃんに近付けちゃダメよ!」

とか。

 ナキは誰のものでもないし、ステラだって男だし、名前が長いのは貴族だって相場は決まってるし。


 そうしてやんわりツッコミを入れながら、ステラは花屋の一角で、黒板に絵を描く。


「こんなんでいいです?」


いくつかのカットをざっくり描いて、店主のアモールに見せる。


「いいじゃないのぉ!なんだかんだ、クリスも見る目があるものねぇ」


花屋のアモールはそう言うと、ステラにウィンクした。


「じゃあ、よろしくぅ。期待してるわぁ」


ステラはうなずいて、次の作業へ取りかかる。


 彼が何をしているかと言うと、新しい生活のための短期バイトだ。

 アモールの花屋は娼館も兼ねていて(正確には花屋のふりをした娼館で)、お客をつかまえるために新しい衣装を導入することにした。

 そこでクリスが

「ナキの服やくつ、あれステラの手作りだぞ」

なんて言ったものだから、デザインから縫い上げまでの仕事がやってきたのだった。


 新生活が始まって、朝に弓の鍛錬を兼ねて、ステラは農地の見回りの仕事をしている。

 郊外の畑にイノシシがよく出るとのことで、作物に被害が出ないよう見回る。

 もしイノシシと遭遇したら狩り、市場へ持ち込んでお金と少しの肉に換える。

 しかしそれだけでは生活がカツカツなので、こうして時おり花屋のアモールから仕事をもらうのだった。


 ちなみに今回の衣装のコンセプトは野生。

 バニースーツから着想を得て、つや出し加工した革で衣装を作る。

 古来から人はギャップに弱い。女性に男らしい衣装を合わせたものは長く人気だ。

 ジーンズは鉱夫の作業着だし、セーラー服は海兵の、チャイナドレスは騎兵の制服だ。ライダースジャケットもイイよね。


 こうしてときどき舞い込む衣装作成のお仕事は、前世のコスプレ作成を思い出して胸と腕が鳴るのだった。



 農地を見て回り、学校へ行き、帰ったらナキと過ごす。

 本を読んだり、買い物に行ったり、ちょっと凝った料理をしたり。

 学校が休みの日には、アモールの花屋から受けた衣装づくりをしたり、大家さんの畑を手伝ったり。

 王都の観光に行く日もある。


 そうしてあっという間に月日はめぐる。


 学校では魔術以外にも、この国で、この街で生きていくための基本知識も習った。

 歴史、産業、経済、地史、信仰、自然現象。

 日本で言う体育にあたる実践実技の科目では、乗馬や剣術の基礎なんかもやった。

 剣術は幼い日に肉屋のグラディウスから教わったものがほぼそのままで、体に残っていたから楽だったのだけど、乗馬は本当に苦労した。


 乗馬にしろ、教養科目のテスト勉強にしろ、ステラが困って図書館に行くと長身の少年レオが助けてくれた。

 知識面では信仰の授業がどうにも苦手で、弱音を吐きそうになりながら取り組んだ。

 日本人の記憶が染みついているステラには、社会の道徳や常識に宗教が入り込んでいるのに違和感があったし、クラース村でのならわしとも違いがあった。

 村では定期的なお祈りなんて無かったし、葬儀は土葬じゃなくて火葬だったし、唯一神みたいにあがめる精霊の王なんてものも聞かなかった。


 ステラを助けてくれたレオは、なんと、城塞都市プラーガの領主エクエスの息子だった。

 試験明けの休みの日に、お礼の食事に誘ったときに教えてくれた。

 ステラとナキはびっくりしたのだけれど、レオの方は初めて会った日の名乗りで伝わっていると思っていた。


 実は、レオのもとには、父であるプラーガ領主エクエスから、もし会ったらステラを助けてやるように、と手紙が来ていた。

 レオはそれを読んでいたのだけど、頼ってくる後輩ステラとその妹が可愛くて、いつの間にやら言いつけなど忘れていたのだった。




 1年ほどが過ぎた。




 魔術学校は3年で卒業を迎える。

 頼れる先輩レオはもうじき卒業なのだけど、その先も3年あまり、研究生として寄宿学校に残ることになった。

 教師の手伝いと自分の研究が半々の学校生活は、ステラからしたら大学院生のように映るだろう。


 ともかく、近いところに頼れる兄貴分が残ることに、ステラは安堵したのだった。



 そんな秋のこと。



 ナキと一緒に朝の見回りをしていたステラは、イモ畑の一角で土が掘り返されているのを見つけた。

 範囲は直径5メートルほど。

 わざわざ新たに地面を掘るのは、この辺りだと十中八九イノシシだ。

 こりゃあ新たに群でも降りて来たか、と身構える。


 このところ、都の人たちが森を開墾して農地を増やしていることもあるけれど、人里に獣が出る頻度が上がっている。

 べつに山に食糧が無いわけではない。

 天気もかたよっていないし、虫の大発生で草が無くなったなんてこともない。

 そうなると、ステラの知らないところで山奥に入り何かしている人がいるのか、生態系のトップが暴れているのか、といった辺りだろうか。


 山に何があったのか想像しつつ、狩人ステラは観察した。

 ナキも黙って隣に座り、ステラを真似て地面を見る。


「……おかしいな」


ひづめの形からイノシシなのは確定したが、足跡の数が少なすぎる。


「どうしたの?」


しゃがんでいるナキは顔を上げ、金色の目をくりくりさせた。


「山のボスかってくらい、デカいイノシシが来てるのかも」


ステラは、自分の手の平くらいある足跡を見て、背すじが冷えるのを感じた。


「それってどれくらい大きいの?」


ぴょいっと立ち上がってナキは聞く。


「うーん。荷馬車を引くお馬さんくらいかな」


「でっっっか!!!」


驚くナキに共感しつつ、ステラは畑の周りにくくり罠を仕掛けた。


 現場のイモ畑を耕している農家の夫妻に報告。

 相手が大きな群れか大きな体かだから、見かけたら刺激せず自分ら狩人を呼ぶよう伝えて、ステラは学校へ。

 不安はあるものの、畑に残るナキへ装備品を渡しておく。

 収穫の時期は人手が要るからと、臨時で雇ってくれたのだ。


 その日の昼前のこと。

 ステラは校舎2階の教室で、歴史の授業を受けていた。

 代々王家が治めていたこの国が、前の王の出奔により議会制になったいきさつを聞いていると、定刻でもないのに鐘がなった。

 しかもずっと、カンカンカンカンなっている。

 その必死な音にステラは覚えがあり、朝の違和感とあいまって、緊張感がふつふつと高まった。


 ざわつく教室に、焦った顔の職員が駆けこんで、教師と何やら話し始めた。


 さらにざわつく同級生たちには加わらず、ステラは何を思ったか窓の外を見た。


「先生」


ステラは外を見たまま立ち上がった。


「どうしたの?ステラくん?」


普段おとなしいステラの突飛なアクションに、教師は目を丸くする。


 ステラが見ている先には、校門で職員を前に何かを説明している、懸命な表情のナキがいた。


「すいません。呼ばれたので早退します」


 ステラは教師に向きなおり、腰から折って頭を下げる。

 そして窓を開け放ち、ひらりと舞うように飛び降りた。


 教室の面々が息を飲むのを背中に聞き、ステラは芝生へ転がって着地。

 そしてナキのもとへ駆けよる。


「何だね君は!」


 突然現れた少年に声を荒げる職員さん。

 ステラは名乗ってすぐに腰をかがめ、ナキと目線を合わせた。


「出たの?」


 ステラの問いに、黒髪の少女はこくこくとうなずく。

 ここまで必死に駆けたのだろう、息は荒く、胸と肩がしきりに上下している。


「分かった。まずは道具を」


 まっすぐ見詰めるステラ。

 ナキはこくりとうなずくと、まとめて肩からかけていた装備品をステラに渡す。


 肘当て、膝当て、グローブ、そしてナイフや手斧がじゃらじゃらと収納されたオリジナルベストを身につけ、靴ひもを結びなおす。


「おい、君。大きな獣が出たって……」


あまりにテキパキと身支度をする少年にうろたえながら、門の番の職員が止めようとする。


「それを狩りに行くんです」


矢筒を肩にかけ、ステラは言葉を返す。


「魔獣だって話だ。教室へ戻りなさい」


 その言葉に、幼い日に見た巨大なトカゲと、それを打ち倒した父親の背中がフラッシュバックした。


 ステラはナキから、最後に弓を受け取ると、職員さんにこう言った。


「だったらなおさら、俺がやらなきゃ」


 そうして、狩人ステラは、金の目をした少女に導かれて駆けだした。


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