第19話 手紙
ステラの魔術学校への入学も決まり、老人リベールが王都プラエタリアから故郷のクラース村へ帰る日が迫ってきた。その中でリベールは、ステラに見せておきたいものがある、と言い、プラエタリア城の片隅にある魔術研究所へ案内した。
その中で『魔女の手』と呼ばれる巨大な魔石を目にし、硬直するステラとナキ。巨大な木のような形をした魔石の中に、人間の手が入っていたのだった。
プラエタリア城の片隅にある魔術研究所。その奥に置かれた巨大な魔石『魔女の手』。
その根元にある人の手を、ステラとナキの目はとらえた。
「ほっほっほ。どうした2人とも。魔石に見とれるのは分かるがの、そろそろ帰らんとお昼を食べそこねるぞぃ?」
白ヒゲの老人リベールはゆっくりとそう言いながら、固まってしまった少年少女の肩に手を置く。
「そら。帰るぞぃ?」
肩を揺すり、目の焦点が戻ってきたステラに真剣な眼差しをそそぐ。
そして心ここに在らずなナキを、2人で引きずるようにして入口まで連れ帰った。
研究所の職員にあいさつし、城門を出て、帰りのほろ馬車へ乗り込む。
ナキはステラと目を合わすようになっても、彼の腕にぎゅっと抱きついて震えるのだった。
下宿先の花屋まで帰ってくると、さすがにナキも落ち着いて、ぽつりぽつりと話せるようになった。
硬直してしまったあのとき、ステラは、目に映った人間のパーツにおぞましさを感じていた。
人の手そのものへのショックではない。
魔術が、魔石が、人体からできているのだとしたら、魔術は魔石の素材となった人間の犠牲によってできている。
そんな想像をしてしまい、それを技術として使うことに、非人間性というか、おぞましさを感じてしまったのだった。
奴隷とか差別とか人権問題とか、前世で耳にした言葉が、一斉に鮮明な色を持ってステラを襲った。
人間が、同じはずの人間を、人間扱いしていない。
それが、体の自由を奪うほどショックだったのだ。
一方でナキは、ショックの原因が分からなかった。
震える喉が声を取りもどしても、それを表す言葉がない。
初めてステラに会ったときの喜びとも、初めてリベールと会ったときの怖さとも違う。
自分をただその場に縫いつける衝撃。それが魔石『魔女の手』にはあった。
軽い昼食の後、ナキも落ち着いたのを見て、花屋のアパートへ帰ってからステラはリベールに尋ねた。
「なんであの魔石は『魔女の手』って呼ばれてるの?石の根元にあったのってまさか……」
問いの途中で、白ヒゲの老人はゆっくりとうなずいた。
「そうじゃ。かつてステラ、おぬしが母オラーレと読んでおった絵本にでてきた、王と姫を助けた魔女。その左手じゃ」
ステラの背中が、ゾクリと粟立つ。
確かにあのお話の最後、魔女のゆく末は書かれていなかった。まさか、王都で……
「恐らくじゃが、おぬしの考えとは違うと思うぞ」
顔色の青くなっていくステラを見かねて、老人リベールは声をかける。
「まあ、なんじゃ。せっかく学校へ通うのだし、その辺りの歴史も勉強したらいいんじゃないかの」
少年を落ち着かせるように、諭すように話すリベールに、ステラはうなずく。
「うん。そうする。本当にありがとう。リベール」
ほっほっほ、と白いヒゲの老人は笑った。
その日のステラはそれから、リベールの勧めで手紙を書いた。
故郷のクラース村にいる長老と馴染みのみんなへ、城塞都市プラーガの領主エクエスへ、進まなかった学校へ。
そして日が暮れた後、これまでずっと世話になったリベール自身へ。
夜が明けるころ、褐色肌のクリスが老人リベールを迎えにくる。
そうして馬車へ乗り込む白ヒゲの老人へ、ステラは手紙の束を託した。
「なんじゃ。わし宛じゃと?」
心底驚いた様子の老人に、ステラはすこし呆れてしまった。
「そりゃあそうでしょ。俺が1番世話になったのはあんただ、リベール」
行きよりも少なくなったとは言え、老人には重い荷物を積んでやりながら、ステラは言う。
「俺の親はアルカスとオラーレで、それは変わらない。けど、リベールのことも、育ての親だと思ってるから」
積み荷作業で顔を隠しながらそう言ったけど、最後のひとことだけは、と目を見る。
「これまでありがとう。本当に感謝しているんだ、リベール」
枯れ枝のような手足をした老人の、くぼんだ目に水が湧く。
登ってゆく朝日にその目をきらめかせて、白いヒゲの老人は、狩人の少年を見つめ返した。
「礼を言うのはわしの方じゃ。ありがとう、ステラ。風邪、引くんじゃないぞ」
赤く焼ける空へ向けて、馬車はゆっくりと動きだす。
ステラとナキは、白いヒゲの老人が見えなくなるまで手を振った。
その日の午後は引越し作業だった。
花屋の2階から、街の端の小さな1軒屋へと荷物を移す。
もともと旅の荷物もコンパクトだったから、2人で背負って運び込んだ。
新しい住まいは、衣類と食糧こそ空っぽだけれど、ほとんどの家具は揃っている。3
年で本来の持ち主が帰ってくるそうだから、壊さないよう大切に使わなきゃね、と2人で話す。
閉店間際の市場へ滑りこみ、パンとお肉とお野菜と、それからチーズを買いこんで、今日まで世話になった花屋のアモールへも挨拶をする。
7日間の滞在で、ナキはすっかり花屋従業員のアイドルになっていた。
いつも夕方には、お姉さまがたに化粧や髪型の実験台にされ、キャーキャーと歓声を浴びている。
今日はその最後のチャンスとあって、いつも以上に囲まれ、もみくちゃになっていた。
それを眺めながら、ステラは店主のアモールに礼を言う。
「本当にありがとうございました。これまでも、新しい家のことも」
相変わらず気だるげに、花屋の店主は答える。
「いいのよぉ。でもぉ、出てってくれて、ちょっと安心してるわぁ」
その言葉にぎょっとしたステラを見て、上手いことイタズラしてやった、みたいに笑って花屋のアモールは続ける。
「アナタ、イイ男すぎるから。ウチの子たちが本気にしちゃうと困るわぁ」
そうして遠い目で、ナキを囲む花屋の従業員たちを眺めた。
ステラには確信があった。
主な品揃えは薬草なのに店名が花屋。
お店が開くのは昼過ぎから深夜まで。
従業員は緩い服の女性ばかり。
お客は男ばかりで、商品の動きはわずかだけ。
そして初めてナキを見たときの、店主アモールの面倒そうな表情。
「アモールさん。ここって娼館ですよね」
低い声でぼそりと、他に聞こえないようつぶやく。
「あらぁ。リベールさんに聞いたのかしら?それともぉ、お客さんに何か言われた?」
声の感じは変わらないけど、目に冷たい光をたたえる店主。
「いえ。そうだろうなって思っただけです。だからナキに対して、微妙な距離感を保っているのかな、とも」
正直に話すステラに、アモールは意外そうな顔を向けた。
「あらぁ。実は経験ほーふだったり?」
「ご想像にお任せします」
前世の記憶も残っているから、何を言ってもホントとウソの混ざったズルい言葉になりそうで、ステラはつい濁してしまう。
そんな少年に、遠い目をした花屋のアモールは、この店のことを聞かせた。
もとは、田舎から出てきた人々による互助会だった。大都市の片隅にできる外国人街みたいなもの。
でもそのうち、その中でも貧富の差でできてしまう。
男は兵に志願して、都のお抱えとして安定したお金を手に入れられるけど、筋力や体力で劣る女は、貧しくして流れついたら貧しいままだった。
それをヨシとしなかったのが褐色肌のクリスだ。
突然変異の、男ですら敵わない肉体を持った彼女が、女だからという理由で諦めること、諦めさせることを許さなかった。
18歳で軍の特殊部隊の部隊長を務め、最高幹部の軍議にも出るようになり、そして唐突に辞めた。
秘密を守ってほしくば定期的に金をよこせと要求し、そうして得た金を貧民街に落とした。
その金をめぐるトラブルもあったけど、最終的にクリスが力で全てをねじ伏せた。
クリスは色んなところをフラフラするから、貧民の、特に女性の相談窓口として、アモールがこの花屋を開いたのだった。
「私も都へ出てきたころ、クリスに助けられてねぇ。恩返しじゃあないけれど、力になりたいのよ」
遠い目をしたまま、アモールはぽつりぽつりと語った。
「だからねぇ、うちの紹介するものは色々あるの。この店で花を売るのはそのひとつ。紹介はするけれどぉ、売り買いを決めるのは自分でしてもらうわぁ」
少年には言わないけれど、従業員にも色々いる。
お金をためて新しい生活を始めるコ、地位のあるお客に口説かれて連れていかれるコ、永く永く勤めるコ。
「ま、好きで続けてお客も抱える、クリスみたいなコもいるけどねぇ」
自分の力でできることの限界を見てしまったコに、ステラはまっすぐすぎる。
それはステキなことだけど、アモールが抱えるコたちには、まぶしすぎるとも思うのだ。
「あぁ、そうだ。あなたぁ、クリスに勝ったんでしょぅ?だから、ベッドを壊されないか心配してたのよぉ?」
いたずらっぽい目に戻って、花屋のアモールは言う。
「いやいや壊しませんって!」
ステラは笑って、ヘアメイクの一巡したナキを呼びに向かうのだった。
新しい家に戻り、簡単な食事を済ますころには、ステラとナキは体力の限界を迎えつつあった。
早朝からずっと慣れないことばかりだったから仕方ない。
食器の片付けもそこそこに、2人ともベッドでダウンする。
お風呂は朝にしちゃおうか、なんてステラが思っていると、重たいはずの体をむくりと起こして、ナキがごそごそと荷物をまさぐった。
「どうしたの?」
首だけ起こしてステラが聞く。
「うーんと、これ……」
いつもより静かに、見方を変えると照れくさそうにしながら、ナキが小さな何かを持ってくる。
「なぁに?」
その様子を不思議に思って、ステラはどうにか体を起こした。
「えっと、初めてで、上手くできなかったんだけどね?」
そう言いながらナキが差しだしたのは、1枚の紙だった。
「うん?見てもいいの?」
ステラが聞くと、ナキはこくんとうなずいた。
それは昨晩、ステラが方々へ宛てて書いていたのを見て、老人リベールに習った手紙。
小さな紙に、力みすぎてぐねぐねと曲がってしまった字で、たった数文字のメッセージが綴られている。
──だいすき。
「あのね?ステラがたくさん書いてたから、ナキも書きたかったの。でも書けなくて……」
文字の、手紙のできをそんなふうに説明するナキの金色の目を、ステラは見つめる。
「ありがとう。嬉しいよ」
読んだ手紙を丁寧にたたんで、むずがゆさが喉から上がってくるのを飲みこんで、ステラは静かに笑う。
「うぅ……よかった……」
初めて手紙を渡した──想いを言葉で伝えたナキは、それを受け止めてもらえたのが嬉しいやら恥ずかしいやら。
とうとう頭がショートして、ひとりで先に布団へくるまってしまった。
ステラは手紙を自分の荷物にしまって、家に1つだけのベッドへ入る。
先にもぐった子と背中を合わせ、温かさを感じながら眠りへ落ちていくのだった。
そうして夜が明けると、ステラとナキの新しい生活が始まるのだった。
学校が始まればナキが1人の時間が増えてしまう。
その間にできることを増やしてあげたいと思ったステラは、学校の図書館で本を借りることにした。
かつて母がそうしてくれたように、ナキと本を読み、彼女が読み書きできたらいいな、と考えたのだ。
2人で朝食をとった後、寄宿学校まで歩く。
門のそばまで来ると、ナキはえへへ、と笑った。
「道も覚えたよ!これでステラに何かあってもすぐに駆けつけられるね」
おいおい、とステラは言う。
「逆だよ。ナキに何かあったら、ここまでくれば俺がなんとかするから」
そもそも街では男の子より女の子の方が危ないんだぞ、と心配するのだけど、なぜだかナキは嬉しそうにそれを聞いていた。
そんなふうに話しながら、学校についている図書館へやって来る。
建物が独立しているから図書館と呼ぶけれど、サイズは小さく、小中学校の図書室くらいだ。
入口近くのカウンターに係の人がいて、ステラは合格と一緒にもらった生徒バッヂで入れたけれど、ナキは扉のところで待たされた。
本当は一緒に良さそうなものを選びたかったのだけど、仕方ない。
ステラは読書の初めには何がいいかな、と考える。そしてやはり、自分の読書の初め、母オラーレとの思い出に行きついて、なつかしいあの絵本をさがしたのだった。
記憶にある現代日本とも、長く過ごしたリベールの家とも違う、新しい規則にそって並ぶ本。
そこから目当てのものを探すのは、ちょっとばかり根気が要った。
けれどついに見つけ出して、貸しだし手続きを済まして外へ出る。
午前の日を浴びながら待っていたナキを連れ、近くの木陰に腰を降ろし、肩を寄せて本を開く。
そしてゆっくり、読み上げていくのだった。
『王様とお姫様』
むかしむかし、あるところに、とし若い王様がすんでいました。
王様は、父上からうけついだ国を守って、おおいそがしです。
ひとびとの話を聞き、家をたてたり、井戸をほったり、ケンカをおさめたり。
あらしのあとには、お城のひともみんな、こわれたものをなおしました。
まじゅうが出たときには、ゆうかんな兵をつれて、たいじしに行きました。
ひとびとは、みんなのためにはたらく王様が、だいすきでした。
あるとき王様のもとに、はなよめ道具をたずさえて、お姫様がやってきました。
山のむこうの国からやってきたお姫様を、王様もひとびともかんげいします。
大きなパーティが開かれて、たくさんのお祝いが届きました。
かんげきしたお姫様は、ひとびとのためにはたらきます。王様とてわけして、街のひとびとの話を聞いたり、お城のひとびとを手伝ったり。
ひとびとはすぐに、王様とおなじくらい、お姫様のこともすきになりました。
しかし、しばらくして、お姫様がやまいにたおれてしまいます。
「ああ、王様。ラピス様。おちからになれずごめんなさい」
お姫様は、ねつにうかされながら、王様に、ひとびとにあやまります。
「ああ、姫や、サラ姫や。しんぱいはいらぬ。ゆっくり休んでおくれ」
王様は、お姫様の手をにぎり、夜が明けるまでよりそいます。
ひとびとも、ふたりのために祈りますが、お姫様は元気になりません。
ついに、お姫様が目をさまさなくなった日。王様は大きな声でひとびとにたずねます。
「ああ、だれか。だれでもよい。なんでもよい!姫を、サラ姫の目を、さますことのできるものはおらぬか!」
ひとびとが目をふせる中、海辺のまじょが手をあげました。
「もしかしたら、目をさますことは、できるかもしれません」
王様は、まじょをお城によびますが、ひとびとは反対しました。なにせ、なんにんものひとをころした、おそろしいまじょなのです。
しかし王様は、わらにもすがる思いで、お姫様をまじょに見せました。
まじょは言いました。
「お姫様がもってきた、はなよめ道具の中に、3つの宝石があるはずです。それをつかえば、お姫様は目をさますでしょう」
それを聞いた王様は、りっぱな箱に入れられた、3つの宝石をとりだして、はじまりの1つをお姫様に使います。
宝石はひかりかがやいて、お姫様は目をさまします。ひとびとはおどろき、王様はおおよろこび。
しかし、そんなおおさわぎのお城に、1匹のまじゅうがとびこみました。
兵士をよけ、ひとびとをふきとばしたまじゅうは、お姫様をつれてお城をとびさってしまいました。
王様は、あわてるひとびとを落ちつかせて言いました。
「わたしは姫をとりもどす!みなのもの、この街を、国を、まかせたぞ」
王様は、ゆうしゅうな大臣や騎士に国をまかせ、旅にでようとします。
「王様。まじゅうは人をころします。そんなまじゅうにさらわれたお姫様に、会ってどうするおつもりですか」
大臣がたずねると、王様はどうどうと答えました。
「まずは会う。まだ『おはよう』も言っていないのだ」
そうして王様は、すうにんの部下をつれて旅にでたのです。
目のいい弓つかい、ちからのある戦士、かしこい召使い、そして海辺のまじょ。
みなでちからを合わせました。
迷いのもりをぬけ、けわしい山をこえ、はげしい川をわたりました。
そうして、かなたの地の山おくで、まじゅうにとらわれたお姫様を見つけたのです。
お城からとおくはなれた山の中、お姫様に会えた王様は、いっしょにすえながく、くらしたのでした。




