第17話 王都プラエタリアへ
クラース村を出たステラ、ナキ、リベール、クリスの4人は、城塞都市プラーガへやって来た。
領主エクエスと会談したステラは姓を授かり、自分と同じく転生者である将軍ヤマダと交流を持ったのだった。
プラーガ城へ戻ったステラ、ナキ、クリスの3人は、玄関ホールへ入ってすぐに白ヒゲの老人リベールと合流する。
カウンターで頼んでいた証明書を受け取って、この日のタスクは終了。
宿へ戻って大事に証書をしまい、風呂屋で汗を流したら夕食だ。
ナキは疲れたのか、夕食中にこっくりこっくりと舟を漕ぎはじめた。
日中にあれだけ走りまわったのだから無理もない。
ステラも慣れないことをして疲れているのだけど、大の男を相手に100回戦はゆうにこなしたクリスは、元気にバカバカと酒を浴びている。
そうしていると、クリスがいると聞きつけたらしい男たちがダイナーへやって来た。
褐色肌のクリスが彼らと飲み比べを始めると、ステラはナキを連れて部屋へ戻る。
半分意識を手放しているナキは、ステラの腕を抱いて離れず、眠気の限界が近かったステラもそのまま、横になって眠りに落ちたのだった。
一行の財布のひもを握る老人リベールは、クリスが男たちを手玉に取り、夕食代を持たせることに成功すると、そろりと寝室へ引き上げた。
そうして同じベッドに並んで寝息を立てるステラとナキに、そっと布団をかけ直す。
窓から注ぐ星明かりで浮かぶ子どもたちの寝顔にほほ笑んで、夜のふける音へ耳を傾けるのだった。
翌朝。
夜が明けてすぐに4人は宿を出る。
女将さんの作ってくれた軽食を取り、西の城門近くの馬屋へ向かって馬車へ乗り込む。
クラース村と城塞都市プラーガの間は、坂道に強い馬を借りて小さな馬車を動かしたけれど、プラーガと王都プラエタリアの間は定期便がある。
どうしても急ぐのなら個別に馬や馬車を用意する必要があるが、そうでないなら道中の街に寄りながら、のんびり向かうのが安上がりだ。
4頭立ての大型の馬車で、交易品と一緒に運んでもらう。
褐色肌のクリスが御者のおじさんに話しかけると、事前に分かっていたようで快諾してくれる。
ステラは荷物の積み込みを手伝って、老人リベールは御者にチップを支払った。
城壁の外へ仕事に行く農民たちの列が解けたあと、荷馬車が通行のチェックを受ける。
門番の兵士たちが御者の従業員証と、4人の通行証を確認し、積み荷の検品を始める。
その間、ステラは邪魔にならないよう、ナキと並んで荷台の後ろのふちに腰かけ、足をぷらぷらさせていた。
「あ!いました!」
そんなステラの耳に声が聞こえる。
見れば、将軍ヤマダと新兵コルヌの黒タンクトップ師弟が、城壁に沿って走ってくる。
「おはようございます。王都へ行かれるんですね」
まっすぐ伸びた背中で、息も乱さず、走ってきた将軍が話しかける。
「おはようございます。ええ、すこし名残惜しいですが、行ってきます」
ナキと一緒にあいさつを返し、ステラは答える。
「ステラさん、ナキさん、お気をつけて……!」
ややふらつきながら追いついた新兵のコルヌが言う。
君の方こそ気をつけてトレーニングしてね、と思いながら、ステラは礼を言った。
「ありがとうございます。また立ち寄った日にはあいさつに伺いますね」
そうして、4人で代わるがわる握手した。
「お世話になったことは忘れませんので!!」
大げさに言う新兵コルヌに、ステラとヤマダは笑った。
「まあ、こいつではありませんが、何かあったら駆けつけますので」
コルヌの背中をバシッと叩いて、将軍ヤマダは言う。
「こちらこそ、何かお役に立てるのなら、次はもっと時間を作りますので」
ステラはにこりと笑って返した。
そうしている間に通行許可が下り、馬車はゆっくりと動きだす。
ステラとナキは、城門に立つ2人の男が見えなくなるまで、並んで手を振ったのだった。
王都プラエタリアへの道中はのどかだった。
朝に出発し、馬車に揺られ、夕方には宿場町へつく。
馬車の中では、老人リベールの持ってきた小さな黒板で、ステラやナキが抱く質問への解説会が開かれた。
この間にステラはこの社会のあらましを知り、ナキはスムーズにしゃべれるようになってきた。
宿場町に着くと、クリスは
「そんなことしなくてもいいんだぞ」
なんて言ったけれど、ステラはナキと一緒に、荷物の積み替えを手伝った。
早く着いたときには馬のブラッシングをしたり、宿代の足しにすべく薪割りを手伝ったり、町の近くで悪さをするというイノシシを狩ったり。
旅にかかる費用は老人リベールが用意してくれていたのだけど、世話になりっぱなしは居心地が悪いのだ。
そうして初めの予定の通り、10日で王都に到着する。
王都プラエタリアは、ステラの想像を超えて大きかった。
城塞都市プラーガは、クラース村が6つも入るサイズだったが、王都はさらにその10倍以上だ。
都の中心は、高い城壁に囲まれた貴賓地区。プラエタリア城を中心に貴族の屋敷が並び、城壁の外側に行政施設が並ぶ。
その外側が上流から中流階級の家が並ぶベッドタウンで、これもまた防壁で囲まれている。
そのさらに外側に、市場や職人街や商業地区があり、出稼ぎに来た人々の家などがところせましと詰め込まれていた。
そしてその最も外側に、軍用施設や魔術学校などの公施設が点在している。
よくある大都市と同じなんだな、とステラは思う。
きっと初めは2層めの、ベッドタウンまでがこの都市だったのだ。それをいつかのタイミングで区画整備し、今の形に。
公共施設を作る場所が郊外にしか残らないから、大きな幹線道の先に大型の施設を造っている。ステラの知っている江戸の街の発展とか、ブラジリアの都市開発とかと似ている。
ステラたちを乗せた馬車は、外縁部の交易所で止まった。
城塞都市プラーガや道中の町で載せた品物をおろしたら、今夜ひと晩休んでまたプラーガへ戻るそうだ。
ナキはここまで運んでくれた馬たちに抱きつくと、お礼を言って撫でまわした。
ステラたちは自分の荷物を持ち、褐色肌のクリスの案内で街を歩く。
たいへんな数の人、人、人で、そのあまりの情報量にナキは目を回し気味だ。
山手線の通勤ラッシュを知るステラはともかく、老人リベールにも本来負担のかかる人ごみなのだけど、先頭を歩くクリスのおかげで、海を割るように人が避けてくれるため、一行はするりと目的地にたどり着いた。
案内されたのは、表通りから1本入ったところに店を構える大きな花屋だ。
大きい、というのは、単純に建物が大きい。
幅10×奥行15メートルほどの床面積の花屋の、さらに奥に4部屋のワンルーム住居がある。
2階にも6部屋が並び、正確に表現するなら「1階で花屋もやっているアパートメント」だろうか。
褐色肌のクリスは花屋の中に入ると、カウンターに座る女性へ声をかけた。
「ぃよう!話してた連中を連れてきたぜ、アモール」
入口そばのカウンターへしだれかかり、クリスは赤い髪を揺らした。
「おかえり、クリスぅ。で・もぉ。聞いてた話と違うわよぉ?」
香水でもまぶしているのかと思うほど甘くもったりした声で、アモールと呼ばれた女性はナキを指した。
「ああ、悪い悪い。急な追加があったんだ。手紙出すより直接来たほうが早かったからよォ」
褐色肌のクリスが圧をかける間に、ステラは店と店主を観察した。
建物の20%ほどを占める花屋は、その呼び方がらステラがイメージするものよりもいささか地味だ。
現代であれば色とりどりの切り花がバケツに浸けられひしめくところだが、ここではほぼ全てが鉢植えだ。
かろうじて、花を咲かせている赤い南国風のものと、白い小さな花をたくさんつけた盆栽サイズの柑橘系の木が、軒先で彩を並べている。
入口正面の、おそらく主力商品であろう並びは、クラース村の長老宅でよく見た薬草の鉢植えだ。
奥の方は観葉植物だろうか、なかなか立派な太さの幹をした木が見える。
店主のアモールは、磨いた10円玉みたいな、つやつやした赤褐色の髪を後ろでまとめた美人だ。
やや下がり調子の目尻と、間延びした言葉遣い、そして常に何かに寄りかかるような姿勢が、なんというか、なまめかしい。
淡くおしろいを振った頬は白く、くちびるに引いた紅は赤く、伸ばした爪はライムグリーンに塗られ、膝丈のワンピースはカウンターの外ではボディラインがあらわになる。
クリスが野性的な美人であるなら、アモールは気だるげで色っぽい美人だった。
そんな花屋のアモールが、緑の指先をナキへ向けた。
「でもねぇ。その娘の部屋、用意してないわよぉ?男の子とおじいちゃんって聞いてたから」
そう言ったアモールの目は、柔らかそうな形と対照的に冷たい光をしている。
「ああ、ソイツは、アタシの部屋でいいからよ。マケてくれよアモール」
褐色肌のクリスがニッと口の端を上げる。
なかなか攻撃的な笑顔で店主にせまる彼女の後ろで、とうのナキはステラの腕に抱きついた。
「私、ステラと一緒がいいです」
ハッキリとした物言いに、花屋のアモールは目を丸くし、褐色肌のクリスは口笛を吹いた。
「ヒュ~♪相変わらずヤけるぜ」
どうリアクションすべきか困りつつ、悪い気はしないステラの隣で、老人リベールは湿っぽく笑いながら長いヒゲを撫でた。
「そ。なら、あーだこーだ言うのは野暮、ねぇ。寝床はひとつだけだけど、汚しちゃったら自分たちで洗ってね?」
いたずらっぽい視線をステラとナキへ投げた花屋のアモールは、ゆったりと立つと店の奥へ向かう。
「ついていらっしゃい」
誰が買うのか分からない大きな鉢に植わった木が並ぶ奥の壁、その端に、奥のアパート部分へつながる廊下が口を開けている。
その廊下の入口に小さな机とイスが置いてあり、アモールは机の引出しから2本の鍵を取り出した。
それから廊下に入ってすぐの階段を上がり、通りに面した側、つまり花屋のフロアの真上に位置する2部屋を案内した。
「この2部屋が、あなたたちに貸すお部屋よぉ。クリスからは7日間って聞いてるからぁ、延長するなら、追加料金をお願いねぇ?」
花屋のアモールは片目をパチリ。
しかしステラは、こんなに背すじの冷えるウィンクがこの世にあったのか、と身震いした。
店主から受ける圧が何なのか、不思議ではあるけれどもまずは拠点の整備だ。
老人リベールと相談し、ナキのためにも窓の外がよく見える通りの側がいいだろう、ということで部屋割りを決定。
リベールに申し訳なく思うステラだったけど、老人の満足そうな顔を見せられては礼を言うしかなかった。
荷物を置いたら、ナキと一緒にリベールの荷ほどきを手伝うことにする。
部屋はワンルームで、風呂場とトイレはあるけど調理スペースは無し。
ひとり寝にはすこし広いベッドと、小さな丸テーブルがひとつずつ、そしてイスが2脚だけ。
アメニティの無いホテルみたいな簡素さだ。
リベールの荷物をほどきながら、今後の予定を話す。
明日から都の中の魔術学校を4つ回り、気に入ったところがあれば入学試験を受ける。
どれもピンと来なかったら、図書館を巡って魔術の書を写本したり、館内で読んだりして独学する。
7日以内に結果が出なかったら、花屋のアモールに追加料金を払うか、他のアパートメントへ移る。
どちらにせよ費用はかかるが、背に腹は代えられない、というわけだ。
ミーティングも済んで、ステラはナキと部屋へ戻る。
ステラが、リベールの物よりずいぶん少ない自分たちの荷物をほどいていると、ナキが通りに面した窓を開け放った。
差し込む日差しを受けて、ナキの黒い髪と金色の瞳がきらきらと光る。
「ふふ。楽しみだね!ステラ!」
「そうだな。ナキ」
リベールからの借りが大きくなる一方だ、と沈み気味だったステラの心が、ナキの笑顔でふわりと軽くなるのだった。




