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カナタのステラ  作者: 我龍天捿
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第15話 矢の向く先

 クラース村を出たステラ、ナキ、リベール、クリスの4人は王都プラエタリアへ向かう途中、城塞都市プラーガへ立ち寄った。

 プラーガはクラース村を含む地域の中心都市だ。王都でステラが魔術を学ぶのに必要な戸籍、すなわち姓を得るため、ステラたちはプラーガの領主エクエスへ会いに来たのだった。


「久しいの。エクエス殿。忙しいところ痛み入る」


白ヒゲの老人リベールが、うやうやしく領主エクエスへ頭を下げる。

 並ぶステラもタイミングを合わせて頭を下げると、1歩後ろでクリスと手を繋いでいたナキも、真似してお辞儀をしたのだった。


 一拍の間をあけ、皆の頭が上がると、誰より先にステラが口を開いた。


「お初にお目にかかります。クラース村より参りました、狩人アルカスと村娘オラーレの子、ステラと申します」


サラリーマン時代の所作が魂にまで染みついていたステラは、名乗り、再び頭を下げた。


「こちら村よりの品です。お納めください」


名刺交換のタイミングで手土産を渡す。

 ナキの着替えの袋くらいの量がある土産物は、鍛冶屋の職人がこぶし大の球形に削り出した魔石の袋詰め。その数60ほど。

 いずれも前の秋から冬にかけ、ステラが仕留めた獣から取れたものだが、ステラはそれを知らない。


「ご丁寧にありがとうございます。街で大切に使わせていただきます」


領主エクエスは魔石を受け取り、わずかに表情をゆるめた。


「ぜひに」


ステラはにこやかに笑う。

 それはまがうことなく営業スマイルなのだが、領主エクエスと戦士クリスは感心していた。


 あいさつのしかたや口上は、賢老リベールが仕込んだものだろう。

 しかし教えられたにせよ、この年齢でここまで自分のものにするとは、ステラという少年は見込みがあるな。

 そのように、大人2人は思っている。


 しかし隣に立つ老人リベールだけ、少年の所作に驚いていた。


(おぬし、いったい山のどこでマナー講座なんぞ受けたのじゃ!!?)


大人たちの関心も驚きも置いてけぼりに、ステラは本題を切り出した。


「本日は、私ステラに姓を授けていただきたく参りました」


「ええ。お手紙で伺っています。ですがその前に、いくつかお聞きしたいことがございます」


長身の領主エクエスは、イスにかけて面接モードに移行した。


 ステラは昨晩のリベールの言葉を思い出す。


『領主相手にじゃからと、そんなに緊張せんでもいいぞ。わしに対してと同じように接すればよい』


リベールを相手にするのと同じように、素直に、誠実に、正直に。

 そう心構えをしステラが、ユーモアを交えるべきかどうか迷っていると、領主口が開く。


「私から姓を受けて、いかがなさるつもりですか?」


「弊社への志望動機は?」と同じレベルの定番が飛んできた。ステラは真っ直ぐにはじき返す。


「王都で魔術を学ぶためです。どのように学ぶかはまだ決めていませんが、学校へ入ることも選択肢に入っており、その場合に姓が必要だからです」


本当のところを答える。


 問答が始まって我に返ったリベールは、白いヒゲを撫でながらそれを聞いている。


「なるほど。では、もし魔術学校へ入らなかったり、公的な身分証明が必要でなかったりした場合、この手続きは無駄になりますが、それでも申請するのはなぜですか?」


それは領主エクエスが、我ながら意地悪だと思っている問いだった。


「無駄ではありません」


ステラは即答した。


「1つの行動を起こすとき、あらゆる結果を想定し、その次の行動も含めて準備をします。そうした備えが、最初の行動に勇気を与えてくれもします」


それは前世の頃からあった想いでもある。


「私は狩人です。獲物はひと矢で仕留めますが、狩人は矢の1本だけを持っては山へ入りません。

狩人の矢筒は朝に満ちていて、昼に1本が放たれ、夕には多くの矢が残っています。

そして狩人は、使わなかった矢を無駄とは呼びません」


そしてそれは、狩人として生きる男の矜持きょうじでもあった。


「これは……いえ、これも、リベールどのの指南のたまものですかな?」


領主はうなった。その鋭い目は、驚きと尊敬できらりと光る。


「わしは何も教えておらんよ。ステラが自分で至ったか、アルカスが授けたか、どちらかじゃろうな」


口下手のアルカスが教えたとは考えにくいが、とは、リベールは言わず心に留めた。


 やり取りを聞いていた褐色肌のクリスは、背すじがぶるりと震えた。

 自分よりも小さいステラの背中が、いやに大きく見える。

 射撃では分からないが、腕力と戦闘技術では負けないし、走力だってあれから鍛えた。

 その自信があるにもかかわらず、ステラとの覚悟の差を痛感する。

 そしてその差により、もし決闘したら……とイメージし、悪寒がしたのだ。


 領主エクエスは、参ったと言うようにイスへ深く座りなおし、背をもたれてひと息ついた。

 目の前の少年を見くびっていたことを反省し、用意していた質問のうち3つを飛ばし、終わりの問いへ向けていく。


「申請が通らなかったらどうするおつもりで?」


ステラはこれにも即答する。


「どうもしません。先ほど申し上げました通り、これは矢の1本です。矢筒にある他の矢を射るのみです」


そう答えるでしょうな、と領主エクエスはうなずく。


「よいでしょう。申請書を書いていただきましたら、私の権限で姓をさずけます」


「ありがとうございます」


ステラは頭を下げた。


「では申請書の前に、もうひとつお聞きするのですが……私が姓をさずけたあなたが、もし問題を起こしたとき、私にも責が及びます」


領主の顔が再び引き締まった。


「問題への償いのほか、私へ……私が没していたときは、この街へ、どのように償うか、お考えはありますか?」


それは領主の側の2の矢だった。サービスの利用規約のようなもの。


「私にできることでしたら、力の限りを尽くさせていただきます」


ステラの即答に領主は感心する。

 しかし、その姿勢には感心しても、その回答は保証たりうるものではなかった。

「それは例えば、私があなたに、『その娘の頭に乗せたリンゴを撃て』と、一芸を命じた場合に応じられる、ということですか?」


意地悪な質問だ。本来13歳にもならない少年に問うことでもないことは、領主たるエクエスは分かっている。

 だがここまでの会話で、ステラを一人前だと認めたからこそ、大人の責任として保証を問うたのだった。


 ステラはすこし考える。

 無意識のうちに右手を口元へ添えた。

 数秒の後、領主をまっすぐ見詰めて手を降ろす。


「それはできません。技術的には可能ですが、ナキに限らず、リベールも、クリスも……エクエス領主も含め、他の人の命を奪いかねないことは、できません」


これまでと比べると歯切れが悪い。この言葉が従軍の拒否でもあることを自覚しているからだ。

 城塞都市、すなわち軍事都市で、受け入れられがたいだろうとの予想もあった。


「なので……もしそういう命を受けたら、私は逃亡しますので、先に捕縛でも暗殺でもしちゃってください。全力で逃げますけど……」


ステラは頭をかく。正直すぎて全部ツッパねられるのではないか、と心配して。


(もしそのときは全力でリベールに謝ろ)


しかしそれは杞憂に終わった。

 領主エクエスがはっはっは!と、大口を開けて笑い出したのだ。


「いよいよ凄いな、君は!リベール殿が目をかけるわけだ。なかなかそこで自分の命は切れないぞ」


領主はふーっと息を整えると、手元から1枚の紙をステラへ差し出した。


「これが姓の申請書だ。私が授けられる姓は3つある。好きなものを選び、署名し、下のカウンターで出してくれ」


「ありがとうございます」


今度こそ営業でない、屈託のない笑みを浮かべて、ステラはそれを受け取った。


 まだまだ仕事の山に追われる領主エクエスに頭を下げ、4人は執務室を出る。

 階段を下りると、ロビーの隅で顔を寄せる。申請書を眺めながらステラの姓を選ぶのだ。


「3つのうちから選べるんだ……どれがいいと思う?」


ステラはゲームのキャラメイクとか凝るタイプで、1人で考えたら今日中に提出できないだろう自覚があった。


「どれでもいいだろ。お前はお前じゃねーか」


褐色肌のクリスは興味無さそうに輪から外れる。


「ほっほっほ。まあ、響きで決めていいんじゃないかの」


老人リベールの提案を受け、ステラは声に出してみる。


「『プラーガ』『グラキエス』『アウローラ』……」


「あうろぉら!」


面接中から難しい顔で黙っていたナキが、きらりと光る金の目をステラに向ける。


「『アウローラ』が良さそう?」


「うん!」


飛び跳ねんばかりのナキのテンションで、「でも」とか「他にも」とか考えがちなステラの一部が吹き飛んだ。


「おっけー。じゃあ『アウローラ』だ!」


 チェックボックスに印をし、サインして提出。

 係の人から、夕方には証明書が発行されると伝えられ、証明書の交換券をもらったのだった。



 そんなこんなでひとイベントを終え、お昼のフリータイムとあいなった。


 近くの食堂で昼食をとりながら、夕方までどうするかを相談。

 老人リベールは城1階にある書庫で本を読んで過ごすと言う。

 それも魅力的だったが、ステラは街の北の軍事教練場へ行きたかった。

 より正確には、そこで会ってみたい人がいた。


 おずおずと希望の行き先を言ってみると、リベールとクリスは初め目を丸くしたが、すぐに2人とも安心したような、嬉しいような顔になった。


「ほっほっほ。ステラも男の子じゃからのぅ」


「いやー、やっぱ気になるよな!分かるぜぇ?」


抱いている想いにすれ違いを感じたけれど、ステラはその指摘よりもナキのことを優先した。


「でも、どうしよっか。どっちもナキは退屈じゃない?」


ナキはまだ文字が読めないし、軍隊に興味があるとも思えない。


 名を呼ばれたナキは、夢中になって食べていたサラミピザ3種のチーズトッピングをびろ~んとやったまま、金の目をぱちくりさせた。

 そして3人が見守る中、小鳥が麦をついばむみたいに頭を振ってチーズをすすり、もぐもぐごっくんした後、元気に答えたのだった。


「ステラと一緒がいい!」



 そんなこんなで、ステラとナキとクリスの3人は北の城門をくぐる。


 城壁の周りにはいくつかの建物があった。

 多くは、ステラの記憶の中でモンゴルの移動式住居のゲルを小さく簡素にしたような、木の柱と布のテントだ。

 規則的に並ぶ4つのテントはどうやら資材置き場のようで、風ではためくと中に木材が積まれているのが見える。

 他には丸太を組んだ馬防柵や、物置と射撃の的を兼ねた建物も立っていた。


 平野の方には、ぽつりぽつりとテントが立つ。

 その中は空っぽで、まっすぐ立っていないものもあり、その様子から新兵が練習で建てたものと思われる。

 そしてそれより目立つのが、アスレチックの遊具みたいな、いくつもの障害物だ。


 その障害物の並ぶエリアでは、黒っぽい服装の若い男たちが懸命に走っている。

 切り株みたいな台が並ぶ上を駆け抜けたり、幅跳びロングジャンプしながら着地点をコントロールしたり、砂利の詰まった重たい袋を担いだり、反りたつ壁を登ったり。

 ハンデ付きのフリーランニングとか、パルクールみたいな動きだ。


 バランスを崩して転んでしまう者も多いようだけど、皆で声をかけ合い走っている。

 その1番後ろに、ステラは見覚えのある青年を見つけた。

 朝に会ったコルヌである。

 よたよたと皆に追いついたコルヌは、膝に手をつこうと身をかがめたのだけれど、その寸前でピクリと停止し、天を仰ぐような姿勢に切り替えてヨロヨロと歩きだした。


(お。成長してるじゃん)


止まってしまった朝の様子を思い出し、ステラはすこし嬉しくなる。


「おうおう、やってんなぁ!何だ?ステラはこれを見たかったのか?」


自分の手をひさしに、走る若者を眺めながら褐色肌のクリスが言う。


「そう。朝に会った人が、あの1番後ろの人なんだ」


そう言いながら、ステラは彼らを指導しているであろう教官を探す。


 すると、よろよろのコルヌが歩く内側の、集まった若者たちの中心に、それらしい人物がいる。


 白髪の混じったダークグレーの短髪をオールバックにし、浅黒く焼けた肌をにじむ汗で光らせ、額に血管を浮き上がらせながら檄を飛ばす。

 奥二重の黒目には強い意志が宿り、黒のタンクトップから顔を出す胸と肩の筋肉は、他者へだけではない、己へうち勝つ厳しさの結晶だ。

 40前後の歳に見えるその男は、腕組み姿勢を基本に時おりジェスチャーを交えながら、若い兵らに何やら熱く語っていた。


 あまり近づいても迷惑かと思い、遠巻きに歩きながら様子を眺めていると、新兵たちがざわつき始めた。


「お。もうだいたい終わったみてーだぞ」


私語の漏れ出る兵士を見て、褐色肌のクリスが教練の終了を察した。


「でも、なんかコッチを見てません?」


新兵の何人かがステラらを指差し、ガッツリ視線を注いでくる。

 教官もまた3人を認めると、頭を掻きながら寄ってきた。


「失礼。クリス殿と……ふむ。その黒い目、ステラ殿ですかな?」


ステラは驚く。城塞都市プラーガで人気のクリスはともかく、自分が知られているとは思わなかった。


「ああ、私の教える兵のなかに、ステラ殿の世話になったという者がいまして、もしや、と思った次第です」


申し訳なさそうに笑顔を作ると、教官の口元で白い歯が光った。


「ええと、コルヌさんですかね?」


ステラが緊張を解きがてら言葉を出すと、教官はうむとうなずく。


「そうです。それでもしよろしければ……この後にある新兵らの自主訓練に、お付き合い願えませんか?」


思ってもみなかった申し出に、ステラは目を丸くする。

 けれどクリスに目をやると、彼女は「いつものことさ」と言わんばかりに、フン、と鼻をならした。


「いいですけど、アタシら、夕に城へ用があるんで、3つの鐘までですぜ?」


「ありがとうございます!ああ、申し遅れました……私はこちらで軍の指揮と教練を務めております、ティグリス・ヤマダです。よろしくお願いします」


将軍ヤマダはそう言って頭を下げると、ステラの目をじっと見つめた。


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