第14話 転生者の気配
クラース村を出発したステラたちは、城塞都市プラーガへとやってきた。
城塞都市プラーガの朝は、クラース村よりすこし遅い。
高い城壁に囲まれていて、空が明るくなっても朝日が家々に届くまでラグがあるからだ。
けれどもステラの体はいつもどおり。地平に朝日が顔を出すすこし前に目が覚めた。
空はもう真っ青で、星が薄くなっているけれど、お日さまの熱が届いてこない。
それはこの世に生まれて初めての朝なのだけど、どこか見覚えがあった。
(ああ。IT勤めのときの、夜勤明けと似てるんだ)
コンクリートジャングルの夜明けは寒い。
高層ビルにさえぎられて光は届かず、空調の排気が渦をまく。
そして何より、夜勤明けの疲れた体に、元気に出勤するサラリーマンの姿が刺さって、心が冷えるのだ。
(ヤなこと思い出しちゃったな)
ステラはひとつ伸びをして、曇った心をふるわせた。
他の3つのベッドはまだ就寝中で、やることもないステラは書き置きを残し、散歩へ出ることにした。
『ちょっと街を歩いてみます。朝食までには戻ります。』
抜き足&差し足で部屋を出て、そおっとそおっと扉を閉めた。
朝の街は、森とは違うにおいがした。正確には、命のにおいが薄かった。
人の声がなくなって初めて静寂の音に気付くみたいに、ステラはクラース村に満ちていた命のにおいを、城塞都市へ来て初めて認識していた。
うす暗い路地を歩くと、足音が壁に反響していくつも聞こえる。
自分が止まると一瞬だけ遅れてそれも止まる。ただの音の反射だと分かっていてもゾクッとした。
西の城壁を目指してみる。理由は特にないけれど、強いて言えば近いから、だろうか。
積み上げられた石の壁は、映画館のスクリーンみたいに、差し込む朝日を反射して輝いている。
眺めていると、その明るい部分は刻一刻と壁をおり、どんどん面積を広げている。
これが家々まで伸び、窓から人々へ届いたときが、この街の夜明けなんだろう。
そんなことを考えていると、目の前に西の城門が現れた。
外の農地へ出ていく人たちが、列を成して門番に通行証を見せている。
だいたいの人は昼食が入っているだろうバスケットを持っていて、中には手入れが必要な刃物をたずさえている人も。
(どこも農家の朝は早い、か……)
ぼうっと眺めていると、そうした人々の動きから逸れた人が目に止まった。
日に焼けた肌、オールバックの短い髪、黒のタンクトップ。
あらわになった肩は、筋肉がリンゴみたいに丸々としていて、よく鍛えているのが分かる。
そしてそれが、玉のような汗を浮かばせて朝日を乱反射していた。
そんな、ハタチになるかどうかくらいの青年が、城壁にそって走っていたのだ。
(皇居ランみたいな意識高い系か?それともガチトレ勢か?)
気になってしまったステラは、タンクトップの青年を観察しながら、軽いストレッチを始めた。
タンクトップの青年は、ジョギングとランニングの中間くらいのペースで西門の前を通りすぎ、そのまま城壁沿いに北へ向かっていく。
そのゆるゆるとしたペースがもどかしいけれども、ステラはすこし距離をあけてついていくことにした。
30分くらいをかけて北の城門にたどり着く。
ゼーゼーと肩で息をするタンクトップの青年は、ひざに手をついて立ち止まった。
「あの、お兄さん。息が落ちつくまではゆっくり歩いた方がいいですよ」
ステラは思わず声をかけてしまった。
おせっかいだったかな、と不安になったのだけど、青年はびっくりした顔をしつつトボトボと歩きだした。
5分ほど並んで歩くと、青年の足取りもしゃんとしてきた。
「もう大丈夫だ。ありがとう。僕はコルヌ。君は?」
青年はそう名乗り、額の汗をぬぐった。やや赤みがかった金髪がキラキラする。
「僕はステラと言います。クラース村から来ました」
コルヌに水分を摂らせるべきだと思い、ステラは辺りを見回す。
「クラース村……ああ!クリス姐さんが案内するって人たちですか!なるほどぉ……」
何やら勝手に納得して、コルヌは城門に設けられた門番の詰め所へ足を向ける。
「え。クリスさんってそんな有名なんですか?」
昨日の南門を思いだす。
なかなか熱狂的なファンを抱えているのは分かったけど、この街にアイドル文化みたいなものが浸透しているとも考えづらい。
「いや、もう、メッチャ有名ですよ。エクエス領主の次か、そのまた次くらいには」
(城塞都市の3番手!?)
目を丸くするステラをよそに、タンクトップ姿のコルヌは、門番に預けていたらしい荷物を受けとる。
そしてそこから水筒を取りだした。
「意外っすか?じゃあ姐さんの逸話とか知らない?」
屈託のないコルヌは、ゴクゴクと喉を潤す。
「はい。話は全然聞いてないです」
ステラが答えると、コルヌはぷはっと口を離し、青い目と水筒を向けてきた。
「あの人、めっちゃ強い軍人なんすよ。色んな戦場に派遣されて、武功をあげてるんです。僕の師匠、ヤマダ将軍より強いらしいっす」
ステラは渡された水筒に口をつけていなかった幸運に感謝した。
突然の日本人名に、危うくむせ返るところだ。
「……そんなに強いんです?」
コルヌは軽くストレッチをしながらうなずく。
「ええ、もう!力比べは互角で勝負がつかなかったんですが、剣技も槍試合も円盤投げも射撃も、クリス姐さんが勝ってました」
ステラのクリスを見る目が変わる。
これだけの規模の城塞都市、戦での功績は大きな意味を持つはずだ。
その功績でトップに立つ戦士が、すれ違う人の目を引くほどの美人なら、そりゃあ街の有名人ランキングに載っていたって不思議じゃない。
(すごい人だったんだな……)
初対面で追い回された印象が強く、つい軽くあしらってしまうのを、改めるべきかステラは悩む。
「でも、クラース村にはそんな姐さんより強い人がいるんでしょ!?一緒に来てるんだよね?」
コルヌに無邪気な青い目を向けられて、ステラは今度こそむせてしまった。
水も飲んでいないのにむせる少年を、純粋に心配するコルヌ。
ステラはステラで、純粋さゆえに誤解を広められては大変だ、と、必死になってクリスの戯れを弁明した。
かつてクラース村で追いかけっこをしたこと、地の利があって逃げおおせたこと、それを昨日、門の前に集まってきた人たちをかわすのにクリスが茶化して話したこと。
一気にしゃべって、ステラもすこし息が上がる。
なるほどねー、と聞いていたコルヌだったのだけど、聞き終えると別の方向で目を輝かせた。
「つまりステラくんは、かけっこでクリス姐さんと競えるくらい速いんすね!?すごいっすよソレは!!」
言いながら、彼はステラの肩をつかんでゆさゆさと振る。
「やっぱり只者じゃないっす!さっきのアドバイスも師匠と同じだし、目も黒いし!よければちょっと稽古をつけてほしいっす!」
熱のあふれる青年の言葉に、ステラは引っかかる部分があった。
「ちょ、ちょっと……」
コルヌの腕を掴んでなんとか制止すると、ステラはふらつく頭を振った。
「その師匠って、どんな人なんですか?」
コルヌは謝りつつ説明する。
「さっき、クリス姐さんと力比べをしたヤマダ将軍っす!」
城塞都市プラーガの軍を指揮する、ティグリス・ヤマダ将軍。ちなみに姓がティグリスで名前がヤマダ。
一兵卒としても強いが、教練で兵士を鍛えるのがうまく、半年ほどで新兵が一人前になる。これは恐るべきスピードで、普通は2~3年かかる。
教練は基本となる体力づくりと、食事に関する座学から始まる。
食事なんて腹がふくれればヨシ、としていた者が多いのだけど、職人街の隅にある兵士用の食堂なら、実際に食べながら学ぶことができる。
そうして体ができてきたら、歩法・走法の訓練や、武器防具の使い方を習い、最後に集団戦の戦術と個人技の鍛錬へ移っていく。
「僕らいま1番したっぱなんですけど、歩法・走法をやってるとこなんです。その中で僕、1番体力ないので、こうして走ったりしてるんですよ」
タンクトップ姿のコルヌはそう言って、恥ずかしそうに頭をかいた。
「ヤマダさんは優しくて、こんな僕にも付きっきりで教えてくれるんです。でもそればっかりじゃ申し訳なくて……」
「なるほど。それで通りすがりの僕でも、使えるものは使おうと」
ステラは合点がいった。
そしてこの、まじめで、不器用で、貪欲で、人によっては愚直だとも言いそうな青年の、力になってやりたいと思ったのだ。
「いいですよ。僕の知っている範囲で、お力になりましょう!」
ステラがそう言うと、青年コルヌはとびはねて喜んだ。
日が昇って宿へ戻らねばならなくなるまでの短い時間だったが、ステラはコルヌが習ったという理論を聞き、実践してみせ、コツを伝えた。
そんなこと、普通は上手くいかない。
この日はたまたま、コルヌが学んだというトレーニングが、ステラも知っているものだったからできたのだ。
そしてこの一件を通じてステラは確信した。
城塞都市プラーガの軍を指揮するヤマダ将軍は、ステラと同じ転生者だ。
タンクトップの青年コルヌとの時間はあっという間に過ぎ、機会があればまた、と、握手を交わして別れることになった。
ステラはそこから、コルヌが驚いて2度見するほどのダッシュで宿屋へ戻る。
扉を開けると、びーびー泣いているナキがタックル&ホールドし、褐色肌のクリスが怒り&呆れ、白いヒゲのリベールが皆をなだめた。
朝食でナキの機嫌をどうにか取ったら、4人は街の中心の城へ向かう。
ナキは変わらずミノムシのようにステラにひっついているけれど、目に映る建物や品々にウキウキしている様子だった。
プラーガの城は、ステラが城といってイメージしていた豪華な内装はほとんど無く、大きな町の市役所のような雰囲気だった。
アニメやゲームに出てくる冒険者ギルドをスッキリさせても近いかもしれない。
正門から入ると大きなホールになっていて、奥に20メートルはあろうカウンターが設置され、15人前後の係員が訪れる人の話を聞いている。
係員は腕に赤い布を巻いていて、来訪者と見分けやすくなっていた。
ホールの両サイドには、ステージのボスが下りてきそうな雰囲気の左右対称な階段があり、そちらも書類を持った係員が行き来している。
褐色肌のクリスが先頭に立ち、カウンターの端で係員に話しかけた。
「どーも。クラース村の連中をつれてきた。領主にお目通り願いたい」
カウンター端の恰幅のいい中年係員は、メガネの奥からステラたちを見回すと、うなずいて立ち上がる。
「お待ちしておりました。ご案内します」
係員について階段を上り、2階の奥の部屋へ進む。
廊下に並ぶ扉はどれも似通っていて、表札が無かったら何の部屋か覚えるのが大変そうだった。
市長室、ならぬ領主の執務室は、小学校の教室くらいのサイズだった。
壁に並んだ棚には分厚い本が収められ、隅にはコート掛けのような台に鎧がかけられている。
会談するためのテーブルとソファのセットなど、なるほどここで重要な話がされるのだな、とステラは察した。
その奥、窓を背にした机で、50歳ほどだろうか、鋭い目をした長身の男が書類の山にサインをしていた。
「それでは失礼します」
案内してくれた係員が退室する。
「ご苦労。リベール殿、そしてステラさんも、よくぞお越しくださいました」
ペンを止め、長身の男は立ち上がる。
「改めまして、プラーガ一帯の領主をしております。エクエスと申します」
鋭い目をした長身の領主は、礼儀正しく頭をさげた。




