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カナタのステラ  作者: 我龍天捿
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第13話 城塞都市プラーガ

 クラース村を出発した狩人の少年ステラ、黒髪の少女ナキ、白ヒゲの老人リベール、褐色肌のクリスは、王都プラエタリアへの道すがら、城塞都市プラーガへと立ち寄る。


 城塞都市プラーガは、メモリア山とその周辺の水が集まったメモリア川のほとりに座している。

 街は高さ20メートルほどの城壁に囲われていて、中央に領主の住居と役場を兼ねた城が立つ。

 城の周囲は計画的に敷かれた道に沿って家屋が並び、住宅街、職人街、商業街にざっくりと分かれている。


 街の外へ目をやると、南西にメモリア山がそびえ、東をメモリア川が流れる。

 メモリア川は、川幅が30メートルはあろうか。

 河岸段丘を形成していて、東の城壁の外は5メートルあまりの崖となり、その下を大河が流れている。

 北側の平野は軍事教練に使われていて、残る2方は農地のようだ。

 南側の山に近い斜面では果樹を育て、あとの平野部は農耕と畜産の混合農業が営まれている。


 そうした農地や軍用地のそばの城壁沿いに、いくらかの建物がある。

 物置だったり、商店だったり、寄合い所だったり。中には家畜の厩舎きゅうしゃもあるようだ。



 見晴らしのいい麦畑の間を伸びる街道を通り、ステラたち一行は城塞都市プラーガへやってきた。

 城門は大きく、ほろ馬車2台がすれ違えるほどだ。

 その下で関守に停められ、御者をしている褐色肌のクリスが通行証を見せる。


 クリスは関守の男たちと顔なじみのようで、彼らは通行証に判を押しながら話しかけてきた。


「クリスの姐さん。今晩1杯、どうです?」


「おいズリーぞ。姐さん、お疲れでしょう?精のつく飯屋があるんでソッチ行きませんか?」


グイグイと肩を寄せ、笑顔でアピールしながら互いに足を踏み合う関守たち。


(確かにクリス、スタイル良い上に美人だしな……)


ステラはその人気に納得しながらも、がやがやと集まって口説こうとする男たちに、神社の池のコイの群を重ねて見ていた。


「ハハハ!どれも悪くない誘いだが……悪いな。また明日も仕事なんだわ」


褐色肌のクリスはやっとこさ判の押された通行証を受け取ると、これ見よがしにたたんで胸の谷間へしまってみせる。


「そ、れ、にぃ……」


関守たちを蠱惑するクリスは言葉を溜めながら、チョイチョイとほろの内のステラを手招く。

 何事かとステラが近寄ると、クリスはガバッと手を伸ばし、ステラの肩を抱いたのだった。


「今のご主人様、アタシより強いんだぁ~。アンタたちも、アタシより強くなったら相手したげる♪」


関守たちが声も出せずに唖然とするのを見て、クリスはフフフッと笑う。


「そ、れ、じゃ。またね~♪」


そう言ってステラを離したクリスは、片手で関守たちにキスを投げ、もう片方の手で馬にムチを入れた。

 ガラガラと乾いた音を立てて、馬車は城塞都市プラーガへ入っていく。


 夕日に照らされてガックリと肩を落とす関守たちを後ろに見ながら、ナキが指をさす。


「あれ、何?」


「門の番をしている男たちじゃ。クリスに振られて悲しんどるんじゃよ」


白ヒゲの老人リベールの解説を聞いて、当人のクリスはくすくす笑う。


「え。アンタ、いつもこんなことしてるの?」


ステラはそんなクリスを小突く。


「言ったろ?アタシ、割と人気なんだぜ?」


そう言ったクリスは、白い歯を見せて、虫捕りをする少年みたいな無邪気な笑顔を見せたのだった。



 クラース村の一行は、城塞都市プラーガの商業街で馬車を降りる。

 空はまだ明るいけれど、夕日は城壁にさえぎられて道は暗く、そのために軒先に吊られたランタンが煌々と明るい。


 案内人であるクリスが取っていた宿屋は、大通りから1本入ったところにあった。

 1階はダイナーを兼ねていて、おいしそうな匂いが辺りに漂っている。

 店主と手短なやりとりを交わしたクリスは、荷物をテキパキ下ろすと、再び馬車に乗り込んだ。


「じゃ、部屋の手続きはできてるから、あとテキトーに乗り込んどけ。アタシは馬屋へ行ってくるからよ」


そう言ってひらひらと手を振ると、クリスはムチを入れ、カラカラと馬車を走らせていった。


 道端に残されたステラ、ナキ、リベールの3人は、宿屋の主人に

「お部屋は2階です」

と誘導される。

 それにリベールが従い、すこし遅れてステラとナキが続く。

 荷物の山は大半をステラが持った。まだ腰が曲がっていないとは言え、老人に大荷物を持たせるわけにいかないからだ。

 ステラが荷物を担ぐのを見て、真似たいナキもいくらか手伝う。

 一生懸命な女の子に、ステラは胸がほっこりと温かくなった。


 部屋は2階最奥の4人部屋だった。

 ベッド4台、丸テーブル1台、イス2脚に燭台が2つの、シンプルながらしっかりとした調度品。

 窓はいずれも隣の建物の壁を映すばかりだが、きれいに磨かれている。


(景色を楽しむ旅館でも、おもてなしをウリにするホテルでもないもんな。こんな感じか)


この世界に来て初めての宿屋を、ステラは歩き回って観察した。


 ナキはステラの後をつき、一緒にふむふむと観察する。

 白ヒゲのリベールは荷物を一部ほどいて、2つの包みを分けて出した。


「それ、何?」


気付いたナキが指をさす。

 それは2つの麻袋で、抱えて腕が回るかという大きなものと、こぶし大の小さなものとがある。


「明日に謁見するエクエス領主と、この宿屋の主人への手土産じゃよ」


リベールはおだやかに答えた。


 宿屋への手土産を持ち、3人は1階のダイナーへ降りる。

 ダイナーとは、深夜まで営業している、軽食とお酒を提供するお店のことだ。

 ステラの前世、星崎奏汰のいた世界では、北米で生まれアメリカ・カナダの料理を扱う店に限ってそう呼ぶが、営業形態が近いこの世界の深夜食堂もそう呼んでしまおう。


 店内には4~6人がけのテーブルが6つと、カウンター席が4つで、半分ほどがお客で埋まっていた。

 フロア中央の天吊り燭台がそれらを照らしている。

 カウンター内には調理場と、お酒のコーナーが並んでいる。

 調理場はかまどに入った火が揺れ、肉料理がジュージューと音を立て、何人かの女中がせわしなく給仕していた。

 お酒のコーナーには酒瓶の整列するセラーと、積まれた酒樽とがある。

 カウンターにかけている日に焼けた顔の兵隊さんが注文すると、店主が酒樽に挿しこまれた蛇口をひねった。

 ジョッキに、熟れた麦の穂と同じ色の液体がそそがれ、真っ白な泡がフチまで満ちる。

 きっと麦酒なのだろう。


 がやがやとした店内を、ステラとナキが見回す。

 ステラは前世に見た映画かドラマの光景を思い出し、ナキは初めての物に囲まれ目を輝かせていた。


 そんな2人の様子を見てから、白ヒゲのリベールはカウンターへ向かう。

 店主に声をかけ、こぶし大の麻袋を手渡し、二言三言、話し込んだ。

 店主は中身をあらためると、麻袋をエプロンの内へしまい、入口にほど近い壁際のテーブルを指し示した。


「ほっほっほ。2人とも、座るぞぃ」


店主に軽く頭を下げたリベールが、ステラとナキを連れだって席につく。

 ステラは前世のサラリーマン時代のクセで下座に座った。


 すぐにアラフォーくらいの女中さんが、グラスと水差しを持ってくる。

 おそらく女将さんだろう。年季の入ったエプロンが板についている。


「いらっしゃい。クラース村の3名様ね。メニューは読める?」


チャキチャキとお冷をそそぎ、メニュー表を並べる。


「大丈夫じゃよ」


「そ!メニューに無くても、だいたいの物は作れるから、欲しいものは言ってね!」


女将さんはそう説明すると、ごゆっくり、と言い残して厨房へ戻っていった。


 ステラはメニュー表を手に取る。

 文字は読めるが、それの意味するところまで分からず、ナキと一緒になって「これ何?」とリベールへ聞きまくった。


 だいたいのメニューは、ステラの知っているものだった。

 肉料理の欄に、クラース村で縁の遠かった牛や羊が見られた他、日本ほどではないにしろ魚料理が充実している。

 また、都市ゆえの大量生産の成せるわざだろうか、小麦生地に好きなトッピングを選んで乗せる欲深き食べ物……ピッツァがあるではないか!

 パスタやグラタンのたぐいもあるし、卵料理が充実しているのもステラには嬉しかった。


 しかしこうなると、嬉しさの隣からある悩みが顔を出す。

 食べたいメニューが多くて注文が決まらないのだ。

 ナキも目をぐるぐると回してしまい、

「ステラと同じのを食べるー」

と、選択権を放棄してしまった。


 そんな、迷いに迷う子ども2人を見て、白ヒゲの老人リベールはほっほと笑う。

 初めて会ったときに警戒心をむき出したナキが無防備な姿を見せていることに、安心感を与えられたのだと胸を撫でおろす。

 そして何より、これまで1人で何でもかんでもこなそうとし、事実こなしてしまっていたステラの、歳相応なところを見られて嬉しくなっていた。


「では……わしがテキトーに選んでもよいかの。大皿で頼んで皆で分ければナキもいいじゃろ?」


きょとんと首をかしげるナキに代わり、ステラが返事をした。


「うん。よろしくお願いします」


リベールはまた、ほっほと笑った。


 料理を待っている間に、馬を預けたクリスも戻ってきた。

 正確には、クラース村への山道を走れる馬をここプラーガで借りたので、馬を返して馬車を預けた、というところだ。


 空けていたリベールの隣に、褐色肌のクリスはどかりと腰を降ろし、店主へ手を振ってドリンクを注文した。


 ほどなくして品が届く。

 羊肉の串焼き、鶏のソテー、豚のソーセージ、トマトとカリフラワーのピザ、季節のサラダ、ゆで卵のピクルス、そして果実水が3つと果実酒が1つ。


「一品料理ばっかじゃねーか。誰がどれ食べるんだ?」


果実酒のジョッキを自分の手元へ寄せながらクリスが問う。


「ほっほ。みなで少しずつ分けようと思うての」


笑いながら、老人リベールは羊肉を串から外していく。

 ステラはナキに待つよう言いながら取り皿を配り、ナキは足をぱたぱたさせながら目を輝かせている。


「おいリベール。珍しいじゃねーか」


褐色肌のクリスは切れ長の目を丸くしている。


「ほっほ。なに。たまにはええじゃろうて」


思い返せば、日本人が鍋を囲むように、ステラが大皿料理を取り分けて食べるのは久しぶりだ。

 アルカス・オラーレの両親と暮らしていたときはしょっちゅうだったと思うけど、リベールと暮らし始めてからは初かもしれない。


「まあそれよりも、じゃ。早く食べんと冷めてしまうぞ?」


おだやかな笑みをたたえながら、白いヒゲのリベールはそう急かした。


 4人は乾杯して食べ始める。


 ナキはひと口食べるたびに目をキラキラさせている。

 中でも気に入ったのはピザのようだ。

 端を咥え、手を引き、とろとろのチーズをびよ~~~んと伸ばしてはモグモグと回収していく。


 褐色肌のクリスは肉を好んだ。

 特にスパイスの利いた羊肉とソーセージが酒に合うらしい。

 ひと口食べては酒で流し込み、

「くぅう~ッ!!!」

とうなる。


 白ヒゲのリベールは、卵のピクルスと野菜をちびちび食べた。

 淡いながらも確かにはじける香りが、口の中で移ろうのを楽しみ、若人わこうどの様子を見てまた楽しんでいる。


 ステラは、隣に座るナキの世話を焼きながら、どれも少しずつ味見した。

 お腹は膨れてきたけれど、ナキが落ちつくまでは気が張っていて、あまり印象に残っていない。

 それはこのダイナーの料理が日本の記憶に近いほどハイクォリティな証でもある。

 ただひとつ深く残っているのは、満足したナキがお腹をさする横で、ひと息ついて口にした果実水だ。

 ブドウと野イチゴを漬けた水でほのかに甘く、口を近づけるとブドウの香りが立ち、飲みこんだ後は野イチゴの酸味がスッキリ爽快だった。


「ふぅむ……満足できたかの?」


白ヒゲのリベールが片眉を上げる。


「うん。大満足!ありがとう、リベール」


ステラは頬を緩めてそう言った。



 食後は、就寝前に近くの湯屋。つまりは銭湯で汗をながした。

 領主への越権前に身を清める意味もある。

 昨晩と同じくナキをクリスに任せ、ステラはリベールと湯につかった。


 何気に、これまで何年も一緒に暮らしてきたが、老人リベールの体を見るのは初めてだった。

 肉が少なく細い体は、皮膚が垂れてしわが寄っているが、それはかつてムキムキだった面影を残している。

 そしてへそまで伸びた長い白ヒゲで見えにくくなっているのだけれど、胸の辺りに大きな傷跡があるのにステラは気付いた。


(やっぱり長く生きていると、修羅場とかくぐるモンなんだろうな)


声には出さないけれども、ステラはそう思って老人を労わるのだった。


 風呂を出て女性陣を待つ間、湯屋の前に立つステラはふと気になったことをリベールに聞く。


「あのさ。領主に姓をもらうって、どういうことなの?」


湯船につかっているときに、自分の分かっていないことを見つけたのだった。


「ふむ。姓とはの、もとは王族の印だったのじゃ」


白ヒゲの老人リベールは、湯屋で買ったミルクをちびちび飲みながら歴史を語った。



 世の人が王と平民だけだったころ、姓は王の印だった。

 王はその血を残すため、多くの子を成すのだけれど、王を継げるのは1人だけ。

 なので王に成れなかった王族が多く出てきた。

 そうした家が地方に散って、貴族と呼ばれるようになる。

 中には、他の国の王だったのが、戦争に負けて国を吸収されてしまって貴族となった家もある。

 時が経つと貴族の家でも、さきの王家と同じように親族が増え、姓を持つものが増えていった。


 今では姓を持つ者も持たぬ者も大勢いる。

 だが姓の本質は昔から変わらず、その者の出自、すなわち血筋を表すことにある。

 つまり領主から姓をもらうということは、領主に身元を保証してもらうことであるのだ。



「──と、こんなところかの」


老人リベールは説明を終えると、空いたビンを回収箱へ入れる。


(なるほど。身分証の発行みたいなモンなのか)


またひとつ賢くなったステラは、またひとつ気になることを口にする。


「あれ。じゃあ、前に『姓をやってもいい』みたいなコト言ってたのは……?」


あのときリベールは、自分の姓が王都で問題になるかも、みたいなことを言っていた。

 姓が血筋を表すのだとしたら、リベールの血とはいったい……


「ほっほっほ」


老人の軽やかな笑い声が通りに響く。


「それはな、ステラ。おぬしをわしの子にしてやる、ということじゃ」


リベールはその長いあごヒゲを撫でた。


「わしは、ステラよ、おぬしを我が子として歓迎しよう。じゃがそれは、おぬしがアルカスとオラーレの子であることを上書きして、公に記してしまうことなのじゃ」


「それは……」


それは嫌だ、とステラは直感した。

 リベールが嫌なのではない。

 事実が変わってしまうことに、腰のあたりがぞわぞわする。


「それは、リベールにそう思ってもらえるのは嬉しいけど、でも俺は、アルカスとオラーレの子だから……」


そう言ってまっすぐ瞳を向ける少年に、老人リベールはほっほ、と笑った。


「じゃから、領主のところへ行くんじゃ」


そう言って、ずしん、とステラの頭へ手を置いた。


「そうじゃ。領主相手にじゃからと、そんなに緊張せんでもいいぞ。わしに対してと同じように接すればよい」


「そういうもんなの?」


「ああ。最低限の作法はあるがの」


そうして老人リベールによる作法講座をしているうちに、ナキとクリスも上がってきて、4人で宿へ帰るのだった。


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