第12.5話 地図
城塞都市プラーガを目指しクラース村を出発したステラたち。
その道中で、老人リベールによるこの国や周囲の土地についての講義が始まったのだった。
城塞都市プラーガを中心に周辺の街や国との交友を解説する回です。
本編には大きく関わらないので、データや設定に興味の無い方は第13話へお進みください。
時は少し巻き戻る。
あれは何?これは何?とはしゃぎ疲れたナキが、馬車の揺れでつかの間の眠りに落ちた頃合いのこと。
午後の日差しがそそぐ下で、白ヒゲの老人リベールが小さな黒板を取り出した。
「さて。ではステラに、この辺りのことをいくらか教えておこうかの」
黒板には、朝に描かれた図がまだ残っている。
まずは切り立ったメモリア山。その東側から生まれたメモリア川がぐるりと北へ回り、蛇行しながら伸びていく。
川の生まれた辺り、メモリア山の中腹に位置するのが故郷クラース村。
そこから川に沿って下った麓に、城塞都市プラーガがある。
ステラの前世の知識と照らすと、クラース村はアルプスの少女がおじいさんと暮らしていた山小屋か、それよりちょっと低いくらいの位置にあり、城塞都市プラーガは地理的にも大事な場所のようだ。
「ほっほっほ。気になるところでもあるのかの?」
笑いながら、白ヒゲの老人リベールはさらに描き足していく。
メモリア山の麓に位置する城塞都市プラーガから先、メモリア川は蛇行を始める。
老人リベールの持つ情報が正しいなら、という注意付きではあるけれど、これはプラーガが山の手に位置していることを意味する。
山の手、山の端、あるいは扇状地ができている場合は扇端。現代ではそう呼ばれる、地面の勾配が変化するポイントだ。
湧き水が出やすく、人が集落をつくりやすい。一方で大きな川では、水害が起こりやすいポイントでもある。
「ねえ。ココってどうなってるの?」
ステラは気になって城塞都市プラーガを指差した。
「プラーガの街の東側、すぐ川なの?」
老人リベールはチョークを持つ手を止め、ステラの目を覗き込んだ。
「良いところに目を付けたの。メモリア川の西岸は崖になっておっての、プラーガはその崖の上に築かれておるんじゃ」
川向こうからすれば難攻不落じゃの、と白いヒゲの老人は笑った。
メモリア川は蛇行しながら北上し、やがて海へ至る。
その途中で3つの橋が架かっているけれど、いずれもすぐそばに城塞があり、交通の要衝を守っている。もちろんプラーガもだ。
橋によって東岸と繋がる街道はそのまま西へ伸び、王都プラエタリアへ至る。
城塞都市プラーガから見ると、海へ行くのも王都へ行くのも同じくらいの距離感だ。
もっとも、海までの片道なら、途中の港町で川下りの舟に乗れば5日ほどで着くらしい。
「川上りは……普通の人にはできんから、ソッチは馬になるがの」
ヒゲの老人の笑いには含みがあった。
このメモリア川が、このテンプス王国の東の国境らしい。
南の国境は、メモリア山を最高峰とするメモリア山脈が「へ」の字になっている。
北から西の国境は海岸線のようで、特に西海岸は複雑な形をしているから、地震が多いのかもしれない。
テンプス王国の土地の多くは平原だ。
かつては1つの国だった集落が、城を中心とした円形都市としてぽつりぽつりに存在している。
その周囲は麦畑や牧草地として街の人々の生活を支えていて、曲がりながら伸びる街道がそうした街同士をつないでいる。
それぞれの生活圏は大昔から残る森林で区切られているのだけど、それもどんどん開墾されて減っているらしい。
ただ、林業のメインはメモリア山脈だ。
山で切り出した木材を川に流して街へ届ける。空いたスペースには苗を植える。サイクルを邪魔しそうな獣が出たら狩人を手配する。
街はそんな木こりの生活を支えつつ報酬も出しているのだ。
思い返せばクラース村の木こりたちも、ほとんどの日に川へ木材を流していたっけ。
「海ではどんな魚が獲れるの?」
クラース村では大きくても30センチほどの川魚と、時期によって川エビが獲れるくらいだったから、日本の食を知っているステラは海の幸に興味があった。
「ほっほ。わしは詳しくないんじゃが、北の海と西の海で違う種類のものが獲れるそうじゃ。ちょうど村長が、その境目の港町の生まれでな。詳しくは帰ったときに聞くとええじゃろう」
そう言いながら、老人リベールは地図の左上、直角に出っ張った岬に印をつけて『港町ネブラ』と書き込んだ。
そして白いヒゲの老人は、詳しくないながらも海について語った。
北の海は大きな島や小さな島が浮かび、島の民との交流がある。
1年を通して安定して魚介が獲れ、水揚げされる白身魚は庶民の夕食になる他、保存食にも加工される。
西の海は広く、北に比べて外海の潮が強い。
そのため船が丸ごと姿を消すこともしばしばだ。
なので漁は近海で行われるが、魚種は大型のものが多く、また季節によって獲れる魚種が変わるそうだ。
村長の生まれだという港町ネブラは、北と西、両方の海へ出られるため、実に豊富な種類の魚が揚がるのだとか。
「1度行ってみたいなぁ」
港町なら魚醤なんかもあるだろうか。あるならそれを醤油として使って和食が作れるな、なんて考えついて、ステラはぼそりとつぶやいた。
国内の地図が埋まってきたら、今度はその外に話が及ぶ。老人リベールは国外にも詳しかった。
「黒板にスペースが無いからの、南の方は描けんが……」
そう言って笑いながら、南の国から話しだした。
メモリア山脈の南は古代から国が栄えては滅びてを繰り返している。
ここ数十年は宗教国として安定しているようで、頻繁とは言いがたいけれどこのテンプス王国とも交易がある。
西の方、メモリア山脈が終わる所を、尾根づたいの山道か、海岸沿いを遠回りしての平らな道か、2択のどちらかをその時々で選んで人や物が行き交っているそうだ。
主な交易品は宗教系の装飾品と、麦を加工した乾物とのこと。
物品のやりとりよりも情報のやりとりの意味合いが大きいらしく、大使の交換などをしているようだ。
政治の世界には権謀術数がうずまくのが常だから大変なのだろうけれど、国同士が平和を模索するのは良いことだ、とステラは思う。
メモリア川の東岸に話は移る。こちらは老人リベールの図解つきだ。
東岸は広く森林が広がっていて、人の気配が薄い。
古くからその土地に暮らす人々の村であったり、かつてテンプス王国が領土を広げたときに作った街であったり、まばらに集落があるようだ。
北の海岸沿いはずっと森に覆われて、そうした集落がまばらにあるらしいのだけど、内地の方、メモリア山脈に沿った方は、10日も進むと草原になるそうだ。
その先には砂漠があり、そのまた先にこことは異なる言葉と文化を持つ大きな国があるんだとか。
そんな東方の大国とも交易はあり、こちらからは織物や輝く石が主に運ばれてくるそう。
その道のりは遥か遠く厳しく、命がけだ。
ステラに砂漠越えの経験はないけれど、それを想像すると自然と背すじが伸びた。
「ソッチともかつては人の交流があったが……今は、の」
そう語る老人リベールは、遠く東の彼方を見た。
東方の事情はステラが想像していたより複雑なようだった。
小さな集落をいくつも包む森の先は、砂漠の先の国、草原の民の国、雪の民の国、と、少なくとも3つの大国があるそうだ。
このテンプス王国が交流しているのは砂漠の先の国だけで、他の2つの国は都の場所も分かっていないらしい。
それじゃあ何故そんな国の存在が知られているかと言うと、過去に大きな戦争があったのだ。
「戦の話はまた長くなるからの。大きな街の資料館で調べてもらうか、また時間の取れるときに話すとしようか」
ほっほ、と笑って、白いヒゲの老人はメモリア川の東を簡単にまとめた。
川を渡った先にある森は深く、いくつもの集落が点在してる。
遠くには大きな国が3つあると分かっており、そのうちの1つ「砂漠の先の国」とは交流がある。
森の集落はこれらの大国との戦争で残り孤立した街や村である。
「リベールは物知りだなぁ!」
ステラはうなった。
相談役の老人とは言え、冬を越えるのに必死な村で、こんなにも歴史や地理に明るい人だとは思わなかった。
電気も無い文明レベルから考えると、とてもとても貴重な出会いなんじゃないか、とさえ思ってしまう。
「ほっほっほ。さて、じきにプラーガが見えてくる頃じゃ。ナキを起こしてやりなさい」
老人リベールは、白いヒゲをなでつけながら黒板を拭っていく。
ステラは膝元で寝息を立てる少女を揺する。
黒髪の少女は、その温かさとほほをなぜる風で目を覚まし、パチリと少年を見詰めた。
「オラ。そろそろ見えるぞ」
御者台から褐色肌のクリスに呼びかけられ、2人は身を乗り出した。
森が終わり、広く広く視界が開ける。
青い空をバックに、広大なメモリア川と深緑の大地が映える。
大地はよく見ればブロックごとに同じ色で埋め尽くされていて、人の手で植物が栽培されているのが分かる。
しかし目を引くのはその奥、石積みの高い壁だ。
「これが城塞都市……」
遠近感のバグる大きさ。
そしてこれを人が手で作ったんだという知識が、再びこの身を震わせるのだった。




