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カナタのステラ  作者: 我龍天捿
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第12話 ガラスの鎧

 ステラは、白いヒゲの老人リベールから、生まれ育ったクラース村のことを聞いた。

 魔獣の呪いで生まれない赤ん坊。そのために子どもを大切にする村人たち。かつてお姫様を追ってきた人によってクラース村ができたこと。

 そして、そのお姫様が、魔獣にさらわれたのではなく、自ら魔獣と化してこの地へ飛来したことを。


「おーいステラ!ちょっと来てくれぇ!」


クリスのハスキーな声が浴室から届く。


 キッチンの男2人は顔を見合わせた。


「あとの片付けはやっとくからの。行ってやりなさい」


やれやれ、と肩をすくめて、白いヒゲのリベールはステラを送り出した。


 リベールの家は、本がギッシリの母屋と別に、小さなはなれのお風呂場がある。

 湿気対策として賢明だし、独立してるおかげでお風呂場の造りもいい。

 欠点を上げるなら、冬の夜の湯冷めが心配なことくらいだ。


 ステラはそのはなれの扉を叩く。


「おーし!来たな!」


がちゃん!と開く扉をよけると、ステラの目の前でぶるんっ!と果実が揺れた。


「ナキがな?服もくつも脱がねーんだよ。なんとか言ってやってくれ」


防具を外したクリスは、ダボッとした服を着てなお主張の激しいバディを、何も気にせず揺らす。

 つま先からふとももまでさらした素足はすらり伸びて、飛び散った水滴が褐色の肌をつやりと光らす。

 腰に当てた手が無意識のうちにシャツを絞っていて、蒸したてのまんじゅうみたいに、バーンと張ったお尻のシルエットがあらわだ。

 蒸気でシャツがはりついた部分には、うっすらと割れた腹筋が透けている。

 胸はグレープフルーツを仕込んだようなサイズとフォルムで、少なくともこの世界に来てから、このサイズの果物に出会っていない。


「いやいや。そんなことあります?」


ステラは目を閉じてため息をついた。テキトーな返事をする間に自分を落ちつける。


 ステラの体は子どもでも、心はもう50になるおじさんだ。

 倍も歳の離れた娘さんに飛びつくのはブレーキがかかる。

 クリスの体に心臓が跳ねたのは……アレだ。牛久大仏が見えたらついテンションが上がってしまう……みたいな。


「マジだって。見てみろよ、ホラ」


ステラは改めて目を開く。

 奥の浴室からもわもわと湯気が伸びる脱衣所で、そのシャツ1枚脱げば裸だろうクリスと対照的に、ナキは夕食から変わらぬ格好のままだった。


「アタシが言ってもそのままだし、脱がそうとしても嫌がるし……」


どうしろってんだ、とぶつくさ言うクリスの脇を抜け、ステラはナキの前で膝をついた。


「水浴び、しないの?」


ナキは、着ているシャツを抱くように、胸の前でぎゅっと腕を交差する。


「水……する……」


口ではそう言いつつも動かないナキ。

 ステラは、その大事なものを抱えるようなかっこうを見てピンときた。


 この女の子は、まだ人を信じることを知らない。

 疑っているわけではないけれど、今、その目で見えることしか信じることができない。

 誰も彼もを信じてしまうのは危ないけれど、誰も彼もを信じられないのは寂しい。


(ガラスの天井って言葉があるけど、こりゃあガラスの鎧をまとってる、とでも言うのかね)


ナキの心が着込んでいる鎧を解こうと、ステラは彼女の肩へ手をやった。


「ナキ。くつもシャツも、なくならないよ。水を浴びたら返すから」


 ステラがそう言ってほほ笑むと、ナキは潤んだ目で彼を見上げる。

 ステラはもうひと押し、と頭を撫でた。


「大丈夫。信じて」


「……信じぅ」


ナキはコクリとうなずいて、おずおずとくつを脱ぎはじめた。


「おう。やるじゃねーか!どうする?このまま一緒に入るか?」


素直に感心するのがしゃくなのか、褐色肌のクリスはいたずらっぽく笑う。


「冗談!僕が洗ってやるわけにもいかないんで、頼みますよ」


呆れた様子のステラに、クリスは驚いて長いまつ毛をぱちくりした。


「おうおう。王都じゃアタシと風呂に入れるってだけで行列ができるのによ。いいのか?」


ふとももにはりついたシャツの裾を摘まむクリス。

 ステラはその肩をペチンと叩いた。


「結構です」


そうして、自分でシャツを脱ごうとゴソゴソしているナキを任せて、はなれのドアを閉めるのだった。


 じゃぶじゃぶという水音と、ナキの『何?』、それに四苦八苦するクリスの声が響く間に、夜はふけていくのだった。



 湯上りの、頬を赤く上気させたナキが、ネコみたいに背中へかぶさってくる中、ステラは自分の荷物をまとめた。

 ナイフ、手斧、鉄杭、ヒモ、手拭き布、火打石、鍋、縫いものセット、矢筒とそれいっぱいにした矢、そして弓。

 いつも通りの狩猟アイテムだ。

 水筒は朝に水を入れてから加えるとして、ナキのくつにしてしまった敷き布用の革も補充。

 これらを、狩りへ持っていくコンパクトなリュックへセット。

 そしてそれと別に、着替えを袋へ詰める。


 ステラの肩ごしに、ゆらゆら揺れながら見ていたナキは、ステラがアイテムを持つたびに「何?」と聞く。

 それにステラが答えるのを眺めながら、リベールとクリスも旅支度を進めた。


 老人リベールは持つ物が多いらしく苦労していたが、褐色肌のクリスはもとより旅をしてクラース村までやってきた人だ。

 自分の荷物に関してはすでにまとまっている。

 彼女は馬車への積み荷を準備してくれていた。


 ナキの荷物をどうしようかと考えたステラは、生家からサイズの合う服と丈夫な袋を持ってきた。

 服はどれもステラのおさがりで、スカートや可愛らしい装飾のない地味なものだったのだけど、ナキは金色の目をキラキラさせて喜んだ。


 ナキが1人ファッションショーを開いてくるくる回っている間に、ステラは昼に着せていたシャツを洗って干す。

 明日の出発前には乾くことを願って。



 そんなこんなで、いつもの就寝時間をすこし回った頃に荷造りは終了。

 ナキの寝床をどうしようか、と考えるステラに、褐色肌のクリスがにやにやと言う。


「一緒に寝ればいいんじゃねーの?」


ステラはやれやれとため息をついたが、実のところナキは不安そうにしていて、同じ布団に入ることも選択肢にはなっていた。


 睡眠は死から姿を借りたもの、なんて言葉もある。

 ステラも幼い頃──ステラとしての幼年期も、星崎奏汰としての幼年期もどちらも──に

(寝て、そのまま目覚めなかったらどうしよう)

なんて、自分の死を想って怖がった記憶がある。

 幼い子に親が寄りそって寝るのは、その恐怖を薄めるためでもあるのだろう。


 今日、卵から孵ったばかりのナキが、同じように怖がっている可能性をステラは想う。

 それなら親代わりに、自分がそばで寝ることで、この子が安心するかもしれない。


(ナキにどうしたいか聞けたら楽なんだけどなぁ……)


ステラは心の中でぼやく。


 ナキは恐ろしいスピードで言葉を覚えつつあるけれど、それは物の名前が大半だ。

 少しだけ、動作や概念の名前も知っている。

 けど、まだ自分の想いや考えを表現することはできない。

 意思を確認するときは、周りの誰かが質問して、YesかNoの答えを引き出さねばならない。


 やっかいだな、と思いながら、ステラは前世の現代日本を思いだす。

 人を試さねば信じることができない少年少女。

 自分が傷付かないために自分の意思を持たない青年。

 本音とまったく異なる建前をおし出す大人。

(そう考えると、言葉を持たないだけのナキのが一緒にいて楽だな)

 住めば都というか、隣の芝は青いというか。

 ステラは今を「よし」としたのだった。


 結局のところ、ステラは自分の寝床にナキを寝かせ、自分はそこへ背をもたれつつ床で寝た。

 新調した敷き布の毛皮はふかふかだし、室内は温かいし、翌日は狩りにでなくていいし、なんて考えながら。



 夜が明ける。



 ステラはいつもの通り、朝日が昇るすこし前に目をさました。

 無理のある姿勢で寝たからか、背中がすこし張っているけれど、それどころじゃない違和感が右脚にある。

 見下ろせば体は布団に包まれていてまゆみたいだ。


 その布団をそっとほどくと、ステラの右のふとももを枕にして、ナキが寝息を立てていた。

 つやつやと夜空のような色をした長い黒髪、窓からそそぐ夏の朝日をはじく白い頬、ゆっくりと上下する丸めた背中。


 すやすやと安心しきって緩んだ口元を見ると、ベッドに1人で寝かせた昨晩は心細かったのではないかと、ステラはすこし心配になった。


 ともあれこのままでいるワケにもいかない。

 ステラは夢の中にいる女の子の頭を撫でながら、静かにその名前を呼ぶ。


「ナキ。朝だよ」


一瞬、首をすくめるように身を縮めたナキは、んん、と声をもらして体を緩める。

 そうして寝返り打とうとするのを、ステラは慌てて支えた。

 そのまま転がってしまえば、彼女の頭はステラの膝を脱して床へ落ちてしまう。


「んんぅ……」


呼ばれたからか、触れられたからか、ナキは目をさました。


「……おはよう。ナキ」


ステラは彼女を支えたまま──身をかがめ、肩と頭を抱くように持ったまま──金色の目を開いた女の子にそう言った。


「ん……ステラ?」


ナキは目をぱちぱちして、こぶし1つ分も離れていないステラの顔を見つめる。


「ステラ……!おはよう!」


そして、全力全開に笑いながら、彼に飛びついたのだった。



 そんなドタバタもありつつ、ステラ、ナキ、リベール、クリスの4人は、クラース村出発のときを迎えた。


 ナキは、クリスが他の集落を経由したときに任されたこととして、リベールが村人に紹介。

 ひとまずの面通しを済ませた。


 長老のおばあと、数人の村人に見送られ、4人は馬車で村を出る。

 行先は王都プラエタリア……の前に、領主の治める城塞都市プラーガへ向かうこととなった。


「プラーガで、領主エクエスからステラの姓をもらう。わしの姓『ラピス』をやってもいいんじゃが……そうなると魔術学校へ入る際に問題があるかもしれんからの」


白いヒゲのリベールが苦笑いする。


「まあ、ジジイはけっこう色んなトコで問題起こしてるもんな」


馬のたづなを握りながら、褐色肌のクリスが笑い飛ばす。


「城塞都市プラーガまで、クラース村からは1日。数日で手続きを済ませ、そこから10日ほどで王都プラエタリアへ向かう。よいかな?」


リベールが小さな黒板に位置関係をしたためた。


 ステラの生まれたクラース村は、メモリア山の西の中腹にある。

 そこから北西へ、山を下って1日。堅固な城塞都市プラーガが立つ。

 どうにもこの都市は西の国境のようだ。

 そこから王都プラエタリアへは、メモリア山の北を迂回するように、ぐるっと大回りをして平野を通る。


「ま。ちゃんと届けるから安心してくれや」


褐色肌のクリスがニカッと笑った。


 メモリア山を下りながら、ほろ馬車は夏の風を受ける。

 その速度は爽快で、後ろへ流れていく深緑もあざやかだ。


 ナキはうきうきしながら、目に映るものを指差して「何?」と聞き、ステラとリベールは代わるがわるそれに答えた。


 日が傾くころには川のほとりに立つ高い石壁が見え、空が赤くなるころに城塞都市プラーガの門をくぐったのだった。


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