第一部 『矛と盾』
初めまして。コメディで異世界転移モノを書かせて頂きます。なるべく文章を見直して投稿しますので更新頻度は高くないと思われますが、どうぞ宜しくお願いします。
八年モノのVRMMO『リアザリアの彼方へ』略してリア彼と呼ばれている『何故か』女子に人気の高いフルダイブ型のゲーム。内容的には未開の地を開拓していくのだが…既に彼等は完全開拓済であり、装備なども一部を除き差は殆どない。そのような状態でありながらも一日平均の同時接続数1万…女性目当ての男性プレイヤーが大半を占めるがそれでも多いだろうが然し、如何なる傑作も名作も、駄作も迷作も、マンネリからは逃れられない。この物語の主人公が遊ぶゲームも、八年という年月から逃れられず、運営が日々頭を抱えている。そして、プレイヤー達もまた憎きソレを打破しようと様々なプレイを試みていた…そんなある日。
□□□ 序章 『かくて紳士は乙女に抱かれ旅立った』 □□□
白銀のフルプレートアーマーを纏った騎士が見晴らしの良い草原に立つ。表情は白銀の兜に覆われており伺う事は出来ず、ただただ何かを待つように地面に突き付けられたタワーシールドに両手を置き、遥か地平を望む。――深い溜息。
溜息をついた騎士の後ろから露出の高い盗賊風の小柄でボーイッシュな銀髪の少女が声をかけた。
「今回のイベントはドラゴンウォールかぁ…」
その声に騎士は無言で頷くも地平から目を逸らさず。
「って、コリーが反応うすーい」
軽く不満を漏らした盗賊にコリーと呼ばれた騎士は慌てて振り返り身振り手振りで謝罪をする。
「…あ。す、すまない。考え事を少々…」
その言葉に盗賊少女は何かを察したのか、ははぁ〜ん?と小悪魔的な笑みを浮かべ、コリーの左のショルダーガードをポンと叩いた。少女の口から発せられた言葉は――とある男の情報だった。
「…そういえばサーバーランク2位の彼、『新技』を開発したって噂が…」
「な…何っ!?」
大きく動揺するコリーは盗賊少女へと振り返る視線の先には大勢のプレイヤーの姿。それを視認すると我に返ったユリィは再び視線を地平へと向ける。するとイベント開始時刻になったのだろう竜の壁と呼ばれるに相応しい異様な光景が地平を埋め尽くした。空には翼竜、地には地竜がそう…まるで一枚の壁が如くに地平を埋め尽くしていた。
チラリとコリーは味方の陣営へと視線を戻すと、古参ではない中堅から初心者プレイヤーが多いようだが、確かに古参プレイヤーにはこのイベントは意味の無いモノだ経験値・ドロップ的な意味で。
「テリア。後ろの皆さんに私がヘイトを集めます…って」
「はいはーい了解ーってちょ!?」
古今東西MMOでのPvEでの集団戦闘。ヘイト管理は基本なのだが…コリーとテリアと呼ばれた盗賊少女の合間を縫って竜の壁へと多くのプレイヤーが突撃。セオリーを無視した無茶な特攻を先導して煽る古参が一人、二人の視界に嫌でも目に入る。
「ジェ…ジェントッ!!」
「あーっ! タゲ散らかっちゃうよコリー!!」
何時の間にやら二人の眼前に現れた青と白のストライプのデカパンに長靴。手には軍手と頭に麻袋を被った不審者が、肩甲骨ほどの長さしかない緑色に白の渦巻模様の風呂敷マントをはためかせて巨大な竜の壁へと仁王立ちしていた。どうやらこの物体がサーバー二位の実力者らしい。そんな彼が両腕を左右に大きく広げ、二人に答えるようにサムズアップ。
「Yeaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!! あいあ〜む ジェンッ トゥルゥゥゥ…マ゛ッ!」
頭のネジが全て吹っ飛んだような男はそう叫ぶとドラゴンウォールへと駆け出した。装備は全く持ってネタではあるが、手にした大杖はどうやらそうでは無い模様。突撃していくプレイヤー達の上空に居る翼竜達目掛けて大杖『始原の雷杖』を翳した。耳を劈く大轟音と目を焼く閃光が中空を貫き、多くの翼竜が黒焦げとなり地へと落ち、七色の宝石のようなエフェクトと共に砕け散った。
「すげ…七彩武器いいなぁってか流石鯖ニ…対空はお願いしゃっす変態先ぱ…くせぇ!!」
「変態じゃねぇ!!! 下は任せたぞ有望な脳筋達!!」
「きゃー! お願いだからコッチ見ないで気持ち悪いっ! …臭いきつッ!!」
「ひどいっ! ワタクチの剛毛繊細なガラスのハートがスプラッターッ!」
プレイヤー達が各々ジェントという不審者に声をかけ、また不審者も意味不明ながらも丁寧に返している。セオリーなど無視したゴリ押し脳筋戦法ではあるが…敷かれたレールから外れた彼らの瞳は輝き、実に楽しそうである。
「ジェント氏! ステ見せてくれよステ…くっさ…いやくっさ!! また変な装備追加したな!?」
「状態:悪臭だな。意外にこれmob怯むんだよ。OKOK ステータス…送信っ!」
ジェント・ル・マ゛ッ
Lv:255 HP280 MP9800
メインクラス:テンペスター
サブクラス:ウォーロック
状態:縛呪/悪臭
称号:雷光の後継者/稀代の道化師/女神を屠りし者/この変態ッ変態ッ!!
腕力:45
体力:42
魔力:9999
素早さ:28
幸運:12
耐性:光/即死/盲目/ゾンビ化
装備
頭:穴あきどんごろす
体:無し
腕:無し
手:汚い軍手
腰:臭いステテコパンツ/縛呪の出刃包丁
足:臭い長靴
武器:始原の雷杖
スキル
高速詠唱Lv1
短距離転移Lv1
―――
魔力限界突破Lv1
雷撃威力超強化Lv1(固有)
―――
魔法防御貫通Lv1
魔法広域化Lv3
―――
友軍保護Lv1
詠唱破棄Lv5:代償Lvダウン
―――
鑑定阻害LvMAX
解呪LvMAX
魔法
―――
と、開示を求めたプレイヤーがジェントのステータスを見て驚きと感嘆の声を上げつつ、彼は一度ジェントの方へと鼻をつまんで視線を向けた。そこには麻袋で表情は判らないが明らかにドヤ顔しているだろうジェントに襲い掛かろうとしている白銀の騎士の姿。
「これが悪臭装備…ってジェント氏!? 後ろ…うしろッ!!」
「どゃぁ…って後ろ? …ぬっほぉぉおおおっ!!」
七彩武器、蒼銀の突撃槍『蒼槍・氷華』による無言の一突きは、空間を凍て付かせ数多の氷の華を咲かせながらジェントの紙装甲の背を貫いた…ように見えたが間一髪で彼は短距離転移で回避した。
「ったく。いきなりPKとかお盛んだな…鯖イチ!」
自身の攻撃が届かなかった事を確認したコリーは、今一度と突撃槍をジェントの方へと無言で向け、身構えた。
「無視かよ…って、なんだありゃ…」
彼がコリーの背後に見えた黒い渦に意識を取られる。それを隙と見たのかコリーは大きく踏み込み駆け出そうとする…が。
「何…うごけ…ないッ!?」
「チッ…間に合えッ!!」
強烈な吸い込みで周囲の破壊不能オブジェクトを吸い込む黒い渦。今まさにそれに囚われようとしているコリー。その間に短距離転移で割って入ったジェントは今、この場で最もソレに近しい距離にあり、その中心に不規則に回る黒い球体を見た。
(球体に触れた破壊不能オブジェクトが…いや、データが壊されてる…だと。こいつぁ…)
正式なモノでは無い。恐らくはデータを破壊するような悪質なバグだと認識したジェントは、手にした雷杖を地面に突き立てた。
「<魔法広域化> <友軍保護> …地を這う雷蛇よっ…て、間に合わねぇ。<詠唱破棄>代償Lv5!」
このゲームでの詠唱破棄の代償は途轍もなく大きい。だが、それでもアレはヤバイと即断せざるを得なかったのだろう。衝撃力に特化した幻想級魔法を使用する。魔法にはランクが存在し、幻想級は二番目に低い。然し包囲を破る事に特化した使い勝手の良い魔法でしかも派手、なので愛用者が多い。
「間に合えッ! <雷纏いし暴蛇>」
地を穿つ雷杖が眩く輝く大蛇を喚び、光の渦を巻きつつ波紋状に広がり周囲のプレイヤー達を激しい衝撃と共に大きく弾き飛ばした。<友軍保護v1>の効果で低Lvでも残りHP一桁は保証されている。然し、自身の保証は何処にもない。彼は非力な天罰師、世界最高位の騎士『騎士王』ですら耐えるのが困難な程の吸引力に耐えきれる筈も無く。短距離転移を使用する間も与えられずバグであろう黒い渦へと飲まれていくその最中。
「ジェントーーーーッ!!」
あろうことか魔法の衝撃に耐えきったコリーが自ら渦中へと身を投げジェントの左腕を掴むと同時に、突撃槍を地へと突き刺した。
「冗談だろ…何で来た!?」
「君という奴は…負け逃げする気かッ!」
「負け逃げて初めて聞いたぞ…ってかそれどこじゃない離せ!『アレ』はヤバイ!!」
「理解している。けど、GMが処置するまで耐え切れば…」
辛うじて吸引に耐える二人の視線は黒い渦の中心へ。吸い込んだ破壊不能オブジェクトを、データを破壊して渦を巻いている。これが普通のMMOならば然程の脅威もありはしないが、これは脳波とリンクしているフルダイブ型、リアルの脳に悪影響を及ぼす危険性が極めて高い。ジリジリと地面に突き付けられた突撃槍が少しずつ吸引に負けているのかジェント達の体が僅かに渦の中心へと近づく。
「くっ…GMはまだか」
「…」
明らかに焦りを露にするコリーを見て、麻袋の変質者は無理だと判断すると同時にアナウンスが耳に入る。この渦が明らかなバグであり、生命の危険を孕むモノである事。技術者が全力で対応中との事。
「早く、速く、疾く! もう長くは…ッ!」
「ふぅ…。おいゴリアテ、カルネアデスの板って知ってるか?」
「ッ!? コリー・アーデだと何度言わせ…、いや、まさか、やめろ…」
ジェントが腰に付けている出刃包丁。それを右手で握ると大きく振りかぶる。
「やめ…やめなさいッ!!」
ジェントはコリーが掴む自身の左腕を斬り落とした。
「その槍で二人は無理だ。だが一人なら…違うか? うわははははははッ! …サラダバーッ!!」
部位破損エフェクトと馬鹿笑いと共にコリーの手から離れ、僅かな望みと共に渦へと吸い込まれるジェント。僅かな望み、このバグが脳に悪影響を及ぼさない事、その望みにジェントは賭けた。
歪む、歪む。視界が、データで構築された肉体が。
捩じれながら細く長く伸び、白く輝く光の粒子となっていく。それ程の惨状ではありはするが痛みも無く。
(これ、マジで何だ。データぶっ壊されるのかと思ったが…何か変だ)
球体の正体を見抜くべくジェントは考えてはいるが、何者かに何処かを掴まれた感覚が思考を止めさせた。
「ジェントッ!」
「おいおい冗談だろ…テメェ何で…どうして来たぁぁぁああっ!?」
確認するよりも早く彼は激昂し、声を荒げ怒鳴り散らしたが、白き光が蒼き光に包み込まれるように抱かれ、黒い渦の中心へと吸い込まれていった直後、見た目30代、妙齢の純白長髪の女性に両手で優しく抱かれるように謎の球体諸共に虚空へと消えていった。