0086話 ミコトの切り札
「あんたも不運だね、偽の箱を持って陽動するつもりだったんだろうけど、追いかけてきたのがあたいなんてね」
エイルは余裕の態度でミコトを見下ろしていた。
すでにミコトは腕も足も動かせない状態で倒れている。
「あたいは今回のメンバーのなかでもそれなりに強いだよね…その相手をするのに補助士だと難しいさ」
その間もミコトは動かない。
「まぁ、そういうことだから負けるのも仕方ない…恨むなら自分の不運を恨みな」
エイルが止めの針を投げようと身構えたときにミコトの様子がおかしいことに気付く。
「…なんだい…」
どくんとミコトの身体が振動したように見える。
なにか良くないことが起きているとエイルは感じた。
「いまさら何をしようとしても無駄だよ、止めだっ!」
エイルはボールを投げる動作で針を投げる。
それは倒れているミコトの頭部目がけて一直線に飛んでいく。
決まった。何度も見てきた光景だ。
あの針が刺さり、あいつは死ぬ。
それだけだ。
せめて見届ける。それがエイルが自分に課しているルールだった。
しかし、エイルは生まれて初めての信じられない光景を目にする。
いや、目にできなかったのだ。
ミコトの姿が消えている。
一瞬も目を離した覚えはない。
しかし、ミコトは姿を消した。あれだけの怪我を負っている状態でだ。
「どこに消えた…?」
先程感じた良くないことが起きている感覚が大きくなる。
周囲を見回すもののミコトの姿は捉えられない。
「加勢が来た…?、いや、そんな気配はなかったはず」
冷汗が止まらない。良くないことが起きている感覚はこれまで感じたことがないくらいに大きくなっていた。
「くっ、こうなったら!」
エイルは自分の周囲に連続して針を投げる!
自分の全周囲への攻撃だ。
廊下の調度品や壁に針が突き刺さるもののミコトに当たっている感覚がない。
「どうなってるんだい」
これまで投げているのだ、1本くらい刺さってもおかしくないはず。
だが、全く手ごたえがない。
その時、エイルはひやりとした感覚を覚える。
「恐れてる?、このあたいが?」
エイルは思わず声に出してしまう。
ある所からの視線を感じエイルは針を投げるのを止める。
ゆっくりと見上げたエイルは4本脚の獣が天井に張り付いているのをみる。
「うわわっ!」
普段であればこんな声を出すはずがない。それくらいの訓練はしてきたつもりだ。
だが、目に映った獣はそんなエイルであっても恐怖を感じるほどの獰猛な目をしていた。
ふっという音が聞こえた感覚を覚えるほどの速さでその獣が姿を消す。
次の瞬間、エリスは自分の左腕に激しい痛みを感じる。
「ぐぁぁっ!」
鋭い爪に斬り裂かれた自分の腕。
さきほどの獣にやられたに違いない。
なんの確証もないが、そう確信できるほどにその獣の殺気が自分に迫っていることを感じたエイル。
「くっ!」
獣は天井から降りるついでにエイルの左腕を斬り裂くと、後ろに跳び一旦距離を取る。
そしてそのまま、返す足で跳躍し、エイルに向かって飛ぶ。
それを見て、針を投げるエイル。
「ガォォッ!!!!!」
獣の気合で吹き飛ぶ針。
そしてその獣の胸元にバッジが付いているのを見る。
「ははっ、うそでしょ…」
獣の体当たりを喰らいエイル。
右腕でガードしたものの、その右手は体当たりの衝撃で粉々に砕けた。
「うぁぁっ!」
両手を怪我したことでこの獣へ攻撃する術はなくなった。
後ろに吹き飛ばされ、床か壁に身体を散々に打ち付ける。
「…獣心化…なの…なんて技使うのよ」
エイルは自分の足の骨が折れたことが分かっていた。
両手に両足。こうなっては指一本動かせそうになった。
先程のミコトと同じような状況だ。
俯せになったまま、なんとか獣の様子をを見る。
「ガォォッ!」
獣はミコトのようだ。
獣人が使う、獣心化。
それは理性と引き換えに従来の獣の力(心)を開放するスキル。
ミコトは豹人。いまは殆ど豹の姿をしている。
ダメだ…死ぬ。
それがエイルが感じた最後の想いだった。
ミコト(獣)はゆっくりと倒れているエイルに近づいてくる。
エイルの頭部目がけて爪が振り下ろされる。
エイルは自分が死んだことを理解した。
正確にはまだ生きているのだろうが、どっちにしても時間がない。
こうしてエイルはその生涯を閉じるのだった。
と思っていたが、エイルは何も起こらないことを不思議に感じ、ゆっくりと目を開ける。
ミコト(獣)の爪は、オーガの男に受け止められていた。
だれだ、こいつ、と感じたエイル。
だがすぐに今回の依頼書の中に、オーガがいたことを思い出す。
そのオーガが大剣でミコト(獣)の爪を受け止め助けてくれたようだ。
「そこまでだミコトッ、すでに相手は闘えない、止めを刺す必要はない!」
一瞬だけ大人しくなったミコト(獣)だが、すぐに再び雄たけびを上げる。
そしてミコト(獣)は薙ぎ払いうようにして右前足を動かす。
ガイルとラウルを二人纏めて窓ガラスを破り、外に放り出すのに十分な威力を持っていた。




