0006話 別離
両膝を突く老師。その身に受けたダメージの大きさは誰が見ても明らかな程だった。
アイリスは言葉を失っている。
「ふん、身を挺して弱きものを守るのか、本当に貴様は」
ベルゼバブの挑発めいた言葉にも老師は答えない。
いや、答えられないのだ。
「老師!」
俺とアイリスが駆け寄り、その身を支える。
「ぶ、無事か、二人とも」
「ああ、俺たちは問題ない」
アイリスも必死に頷いている。
「ふん」
身を翻すベルゼバブ。
「興が冷めた」
それだけ言うとゲートらしきものを開き、その中に消えたのだった。
「二人ともよく聞くんだ」
老師が必死に声を出す。
「わしはもう助からん、そこで最後の教えを伝える」
「いやぁ、老師!」
アイリスがその言葉を否定する。だが、老師はわずかに聞こえる声で続ける。
それは今まで何度も聞かされた言葉だ。
「修練は怠るな、そして与える人となれ」
「分かった、分かったよ老師、だからもう話さないでくれ」
「お前たち二人に出会って幸せだった、お前たち二人はわしに平穏に生きることを与えてくれた」
アイリスのか細い声でつぶやく。
「老師…」
「これからは二人で生きていけ、これまでの教えを生かし、成長していくがよい、やがてそれが…」
老師が大量に吐血する。
「老師!」
「…やがてそれが、縁を作り、大きなうねりとなり、そしてやがては…」
「分かった、任せてくれ、俺たちは老師の子だ」
その言葉に安心したのか、老師は俺とアイリスに微笑みかけたあと、がくっと首を落とした。
これまで大きな存在であった老師の体から力が抜けていくのを感じる。
老師はここにその生涯を閉じたのだった。