0113話 テレーザの話し
テレーザにとっては自分の名前を言っただけ、だろう。
だが俺たちはその名前を聞いて固まり、互いに目を合わせる。
そして、口をついて出た言葉が驚きの声だった。
「えーーーー!」
俺たちの驚きようにテレーザがびくっと身を震わせる。
「あ、あの、わたくしの名前が何か…?」
「あっ、違うの、ごめんなさい」
テレーザのこわごわした問いかけに応えるアイリス。
「ちょっと知ってるというか、聞いたことある名前だったから」
「あら、わたくしのことをご存じでしたか?」
「そ、そうですね…」
アイリスが返答に困った様子で俺を見る。
「テレーザ…様」
「あら、わたくしのことはテレーザで結構ですわ、リュウ様」
「そうしてくれると助かる、俺のこともリュウで」
「承知しましたわ」
テレーザは笑顔で頷く。
「王都の方では辺境のことはあまり知られていないかと思いましたわ」
辺境伯の功績が王都でも轟いていると誤解したようだ。
「あー、テレーザすまない…実はあるクエストで辺境伯家のことを知る機会があってそのときにテレーザの名前を聞いたことがあったんだ」
「あっ、そ、そうですか…」
ちょっとシュンとなるテレーザ。
「あまり辺境伯のことを知る機会はなかったからまた教えてくれると嬉しいよ」
「そ、そうですわね、ぜひっ!」
俺の言葉にテレーザは元気を取り戻したようだ。
「へっ、高貴な身分だとは思っていたが、貴族っぽくはねぇな」
「あら、そうですか…辺境の貴族なんてこんなものですわよ」
テレーザは服装などはともかく、俺たちだけでなく亡くなった護衛たちに対する態度はエリーン伯などとは全然違う印象だ。
どちらかといえばラウルやカルロスに近い。
「そろそろ、いこうぜ」
イヴが出発を促す。
「そうだな、行こうか」
テレーザを行軍の真ん中において、アイリスとイブに近くで守ってもらう。
俺はミコトと先頭を行き、ガイルが後方を行く。
途中、何度か魔獣に襲われることもあったが、大きな問題もなく、無事に野営地まで到着した。
早めに食事を済ませて、俺たちは早々に休むことにした。
夜しか活動できなかったラルガンスが今はいないので、夜間の見張りも交代で行う。
深夜にガイルと変わって俺が見張りに付く。
焚火に薪をくべながら、周囲への警戒を行う。
後方に気配を感じて俺は振り返る。
「リュウ…」
「…テレーザか」
「ご一緒しても?」
「ああ、構わない」
俺は焚火の前を空けて、そこに座るように座るように促す。
テレーザはそこに腰掛けると、暫く黙って焚火を見つめている。
俺も時折、薪をくべながら、黙った時間が過ぎる。
しばらくそんな時間が続いたが、火を見つめながらテレーザが口を開く。
「リュウ、昼間わたくしの名前を聞いた時に皆さんが驚かれていましたよね」
「ああ、失礼なことをしてすまない」
「いえ、そうではなく…わたくし王都に行くところだったけど予定がキャンセルになったと言いましたわよね」
「ああ…」
「わたくし、王都いる方に嫁ぐ予定だったのです」
俺は黙って軽く頷く。
「ですが、急に婚姻の話しは無しだと先方から連絡があって…わたくしたちは領地へ戻るために来た道を引き返していたところでしたの」
「ああ」
「会ったこともない方でしたけど、これでもわたくし楽しみにしていたのですよ」
会ったこともない相手と結婚するのは身分の高いものにとっては当たり前のことと聞いたことがある。
テレーザも家のためと言われ、王都の貴族との結婚を受け入れていたのだろう。
「テレーザ…」
「すみません、つまらないお話をしてしまって」
「いや、そうじゃないんだ…」
俺はテレーザに視線を移す。
「俺からもテレーザに話しておかないといけないことがあるんだ」
「なんですの?」
「テレーザの結婚相手の貴族って…シューレッダ・エリーン伯爵じゃないか?」
「えっ、その通りです…どうしてご存じですの?」
「エリーン伯が結婚を諦める原因になったのは俺たちなんだ」
「…どういうことですの?」
エリーン伯との1件については、俺たちには俺たちの正当性がある。
しかしそれがテレーザに影響を与えたことも事実だろう。
「俺たちはエリーン伯から素材収集のクエストを受けたんだ、その素材は風狼の牙と鉄蠍の針だ」
「それって…」
「ああ、テレーザの結婚に際しての貢ぎ物だったものだ」
テレーザが再び火を見つめながら言う。
「エリーン伯爵様からの連絡では貢ぎ物が用意できなかったため結婚を取りやめたいという連絡でした…」
「ああ、知っている」
「ということはリュウたちが素材を入手できなかったのですか?」
「いや、俺たちは依頼された素材は入手できた…だが、その後、エリーン伯の裏切りに合ったんだ」
「裏切りですか…」
「ああ、入手した素材を奪い取るために刺客を放ってきたり、素材を渡しに行った際にも襲撃されたりね」
「そんなことが…」
「エリーン伯のあかしな動きを察知した俺たちは伯爵の周辺を調査して、そのときにテレーザのことも分かったんだ」
「それで皆様、わたくしの名前をお聞きになった際に驚かれていたんですね…」
「黙っていてすまない、口外しないことにしていたんだ、悪く思わないでくれ」
「…皆様の行動がわたくしの結婚に影響を与えたことは分かりました…」
テレーザは火を見つめながら言う。
「ですが、今のお話を聞くかぎり、エリーン伯爵様との結婚がなくなったことは良かったとさえ思いますわ」
テレーザの父、辺境伯がエリーン家の乗っ取りを計画していたことは言わなかった。
辺境伯とテレーザの関係に無神経に踏み込むことはしないほうがいいと判断したためだ。
「俺からの話しは以上だ」
「話してくれてありがとうございます、リュウ」
「いや…まだ眠くないのか?」
「そうですわね、むしろ目がさえてしまいましたわ」
「そうか、だったら辺境伯の話しを聞かせてくれよ」
俺の言葉にテレーザは嬉しそうに頷くと、父であるバウトマン辺境伯の行った功績の話しを始めた。
領地経営や戦、疫病対策など辺境伯の功績はテレーザの話しを聞く限り、素晴らしいものだった。
特に魔王領と一部国境を接していながら、侵攻を防いでいるのは事実のようだ。
その後、結局、交代要員のイヴが起きてきて俺の見張り時間が終わるまでテレーザは話しを続けたのだった。




