0107話 旅支度
「そうかい、エルフの国にね」
「ああ、しばらくは帰ってこれない」
「スーシアン…だね、遠いな」
エルフの国スーシアン。
ブラウカ王国の北に位置するエルフの国で、世界の大国の一つだ。
魔王領とも国境を接しているが侵攻を許さない軍事力も持っている。
国の上層部はエルフが占めているが、他の種族も住んではいる。
ただし、扱いは下級平民で奴隷より少し立場が上なだけでさほど変わらない。
正にエルフ中心の国である。
「ミリル先生、あたしたちがいない間、お兄ちゃんのことお願いします」
「ああ、任せな、といっても微動だにしないから何か世話をするわけじゃないけどね」
「へっ、まぁ、よろしく頼む」
ガイルの言葉にミリルは頷いて答える。
「いまのところヒューイが目を覚ます兆候は全くといって無い、おそらく2人が戻ってくるころでも変わらないだろうさ」
3人は眠っているヒューイの顔を見る。
ヒューイは穏やかな顔をして薄い呼吸をしているものの全く起きる気配はない。
「まぁ、今生の別れというわけでもない、湿っぽくしていないでさっさとクエストをクリアしてきな」
「うん、ありがとう、ミリル先生」
「ああ、そうだ、スーシアンは魔法に長けた国だ、なにかヒューイの状態に効きそうな情報があれば持ち帰ってくれれば助かる」
「へっ、んなことは言われなくても分かってるぜ」
「はん、どうだか…まぁ、私はここを離れられないし頼んだよ」
ガイルは黙って頷く。
ヒューイの件はリュウがチーム:龍翔<ドラゴニア>の問題だと言っているが、それでも同郷の3人の想いは強い。
いますぐはどうにもできなくてもいつかきっと。
「へっ、んじゃ、帰るぜ」
「あれー?、ガイルもしかして照れてる?」
「うるせぇ、さっさと行くぞ、ミコト」
ガイルは返事を待たずにミリルの診療所を出ていく。
「じゃーねー、ミリル先生」
「ああ、気をつけてな」
2人が出て行った後、ミリルはヒューイの病室に戻る。
そこには先ほどと何も変わらないヒューイがいる。
ミリルはヒューイを抱き抱えると体位を変えてやる。
またしばらくしたら体位を戻してやらないといけない。
獣人であるヒューイは体毛があり、皮膚も強いが、普通のヒューマンと同じように長時間同じ体制だとやはり床ずれはしてしまう。
「たくっ、重いったらないよ」
口では文句を言いつつもヒューイの世話をするミリル。
先程ガイルとミコトには何もしていないと言っていたが、それは2人に心配をかけないための嘘だ。
そしておそらく2人もそのことに気付いている。
だが、自分たちがヒューイの復活を実現する方法を探すことを優先し、あえて何も言わないのだろう。
「ガイル、ミコト…そしてリュウ…きっとヒューイを救ってくれると信じてるよ」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ドウデス、スバラシイデショウ」
「うーん、あたいにはよく分かんねぇな」
旅に必要な物資の買い出しに来ているレムとイヴだったが、レムに誘われウィンドウショッピングをしていた。
既に指定された物資は購入し終わり、あとはラウルの屋敷に戻るだけだったが、その前の寄り道である。
レムはアイリスやミコトと来たときと同じく綺麗なもの、可愛いものに目がないがイヴはさほど反応を示さなかった。
「エイルはそんなの好きだったけどな、あたいは興味なかったからエイルに言われるまま服とか選んでたし」
「ナントッ!」
レムはフヨフヨとイヴの近くまで浮遊してくる。
「ソレホドノチョウシン、プロポーションヲシテオレラレナガラオシャレニキョウミガナイトハッ!」
「そんなこと言われてもね」
イヴはぐるっと周囲を見回す。
「あたい的には酒場や武器屋の方が好きだね」
言いながらレムを掴むと、酒場に入っていく。
「アワワワワッ!」
「今度はあたいに付き合いなよ」
酒場の小さい木製の両開きドアを体で押し開け、イヴは店に入る。
「へー、いい店じゃないか」
「ヨリミチハダメデス、イヴサマ」
「なーにカタいこと言ってんだよ、それにレムだって散々寄り道したろ」
「ワタクシノハミチスガラミセヲノゾイテイタダケデ、ケッシテヨリミチデハアリマセン」
「そうかいそうかい、でもまぁ、入っちゃったんだし、一杯くらい頼まないと店にも失礼だろう?」
そういってイヴはカウンターに座ると、エールを注文する。
物静かな酒場のマスターが恭しく一礼し、エールをイヴの目の前に置く。
それを手に取り、一気に飲み干すイヴ。
「かぁぁっ、ウマイ!、仕事の後の一杯は最高だね!」
そう言ってイヴはもう1杯エールを注文をする。
「イ、イヴサマ…」
「だいじょーぶだって、1杯も2杯も大して変わんないから」
イヴは元来、酒好きなのだろう。
「エイルが一緒にいると飲ましてくれなかったからな、久しぶりだよ」
2杯飲んで調子が出てきたイヴは更にもう1杯、すぐに飲み干してもう1杯と杯を進める。
そう、自分で酒を飲むのを止められる人物なのであれば同僚が酒を飲むのを禁止したりしないのである。
エイルというブレーキがなくなったイヴはレムが止めるのも聞かずに、どんどん酒を飲んでいく。
「おい、ネーちゃん、いい飲みっぷりだな!、こっち来て俺たちと飲もうぜっ!」
長身に加え、鍛えられ引き締まった身体を持ち、器量もそれなりによく、ノリもいいイヴ。
酒場ですぐに周囲の連中と意気投合する。
そして些細なことで力比べなどをし、全員を叩きのめす。
自分で止めることを諦め、屋敷に戻り、ラウル、ガイル、ハイルと共に酒場に戻ったレムが見たのは、空になった酒樽に片足を乗せ、ワインをラッパ飲みしているイヴ。
そして、その周囲で死屍累々と倒れている男たちだった。
酒を飲み、イヴに触ろうとして伸された男。
酒飲み勝負を挑んで沈没した男。
力比べの腕相撲をして、床に叩きつけられ意識を失った男。
「エイルは大事なことを言い忘れていたみたいですね」
「へっ、こりゃ死ぬ気でやらなきゃこっちがやられるぜ」
「なんかスミマセン…」
暴れるイヴをガイルとハイルが何とか取り押さえ、ラウルが支払いを済ませて店を出たころにはすでに陽は落ちていた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
その頃、魔法針の修行に向かう道中の寄宿にいるエイル。
「くちゅっ!」
突然、小さなくしゃみをする。
「誰かがあたいの噂をしているのかしら………イヴかな…リュウ…なんてことはないよね」
エイルは自分の胸にある小さい思いを感じ取り、一人顔を赤らめる。
コンビを組んでいたイヴのことを思い出したときに、なにか重要なことがあったように思ったが、すぐに忘れてしまったのだった。




