3話
ミーナと模擬戦を行ってから数日、シアンは校内の図書館で魔法に関する本を読んでいた。
王立学園の図書館は国内最大の蔵書を誇っており、学園関係者しか立ち入ることができない。
様々な本が揃い、一部の人しか入れない、そして図書館である以上騒ぐやつがいない。そのため、真面目に勉強をする人にはとても都合がいい場所になっている。
学園にいるのが苦手なシアンにとって、学内で最も居心地がいい場所である。
シアンはよく図書館に入り浸り、魔法の研究を行っている。
学園の生徒は卒業までに国に認められる研究成果や実績を出すことができれば、宮廷魔法使いという職業への道が開かれることになる。
学生のうちに結果を出し、安定&高給取りの宮廷魔法使いになるのがシアンの目標であり、シアンがこの学園に通うことを決めた理由でもある。
今読んでいるのは、かつて戦争の中で使われていた魔法についての文献だ。
しかし、今日は研究がはかどらない。
というのも、今日は隣の席に座った女子生徒に勉強を教えながらの研究となっているからだ。
同時並行だけならそこまで大変でもないが、隣でうんうん唸られたり、頭を抱えられたりすれば、どうしても集中力はそがれてしまう。
「もう少し大人しくできないのか、マリー」
シアンの隣でクリーム色のショートの髪を掻きながらうんうん唸っているのは、シアンの後輩にあたるマリーという女子生徒だ。
マリーはシアンと同郷で同じ孤児院出身でもある。そして、同じく特待生として学園に入学してきた。
シアンにとっては唯一といってもいい学園の知り合いでもある。
「無理ですよー。こちとら平民でまともに勉強するようになったのがせいぜい1年前ですよ? それなのに貴族様と同じ内容の講義を受けるなんてきつすぎます」
こちらを恨みがましそうに見ながら愚痴をこぼす。
マリーは十分才能のある生徒だ。しかし、これまでまともに教育を受けていない以上、最初の内は講義についていくのも大変だろう。
平民の特待生たちの多くも一番苦労するのは最初だといわれる。
貴族たちのほとんどは入学前に家庭で様々な教育を受けているからだ。そして講義はその貴族を基準として行われるため、これまでまともに教育を受けてこなかった平民には難易度の高い講義となるのだ。
最も、特待生たちは最初こそハンデに苦しむものの、持ち前の才能で周りに追いついてからは、さしたる苦労もなく学園生活を送る場合が多いのだが。
ともかくマリーにとって、今が一番苦しい時期なのだろう。
「何で詰まってるんだ?」
「最近始まった魔法の講義です。基礎の部分から訳わからないんですよー。貴族連中はやったことあったり、なじみがあるから苦労しないんでしょうけど、こちとら全くの素人ですよ?」
特に魔法は平民にとってきつい講義といわれる。
というのも、魔法に関する情報が貴族に独占されているからだ。
そもそも魔法は魔力を持つ者にしか扱えない。貴族はだいだい魔力持ちを輩出しているが、平民から魔力持ちが生まれるのは稀だ。
そのため、魔法に関する情報は貴族に独占され、一般にはあまり広まっていない。
ちなみに学園に特待生として入る場合は魔法の知識は問われないが魔力があることが必須条件となっている。
「魔法なら教えられるかもな。実技と筆記どっちがやばいんだ?」
「両方きっついんですけど、あえていうなら座学ですかね~ 魔力の操作とかは何となくできるようにはなってきて、簡単な魔法なら使えるようにはなりました。まだまだ、複雑な魔法陣とか難しい魔力操作が必要なのは全くできる気がしないですけど」
ミーナはそう言って、降参するかのように両手を振る。
「使えるだけすごいだろ。普通簡単な魔法ですら、使えるようになるまで1年くらいかかるらしいからな」
学び始めて2か月と少しで、簡単な魔法が使えるようになったこと自体、常識外れた成長速度ではあるのだ。
「独学で魔法使ってた先輩に言われてもなー」
そういわれてシアンは後ろ頭を掻く。
学園に入学する前からシアンは独学で魔法を使っていた。その才能を評価されて特待生としてスカウトされている。
だから、魔法の講義で特に苦労した覚えはない。むしろ、学園の魔法の講義は低レベルでつまらないと思っているほどだ。
「俺は特殊だからなぁ、十分マリーも優秀だと思うよ」
「まぁ…、ありがとうございます」
マリーは複雑そうにうつむきながら返事をしてから、話を切り替える。
「それで、魔法陣の構成がよくわかんないんですよ。今のところ、丸暗記でどうにかしてるんですけど。これ以上複雑になると、ある程度規則性が分からないと、覚えられる気がしないんです」
「ここです」と教科書の一部を指さす。
そこには魔法陣を構成する基本の模様がいくつも書かれている。
(確かに、習い初めにはむずかしいか)
「魔法陣の模様には全て意味があるんだ。例えば、魔力を属性別に変換するもの、打ち出す方向を決めるもの、形を整えるものだったりな」
「属性って、火水土風の四属性のことですよね」
指折りながら魔法の属性について確認する。
「そうだ、基本的には属性はその4つって習っただろ。だから火相手にぶつける魔法なら、魔力を火に変換して、それを打ち出す方向・火力を決めるなどの工程が必要になる。そのそれぞれに対応した模様があるんだ。それの組み合わせが魔法陣だ」
簡単に魔法陣について説明する
「だから最初に習った、魔力を固めてぶつけるだけの魔法は魔法陣単純だったろ? あれは魔力をまとめて打ち出すだけだからな」
入学してすぐの講義を思い出しながらシアンは説明を続ける。
「確かに簡単でしたね。正直あれを見たときは魔法って案外簡単そうだと思いました」
「魔法陣が単純でもそれに合わせて魔力を操作する必要もあるから、魔法陣が簡単だからと言って、すぐ使えるわけじゃないけどな」
使えてるのなら、本当に魔力操作はある程度できるようになっているのだろう。
「模様の効果とか順番とかはその教科書に書いてあるから、地道に覚えて行くしかないぞ」
「やっぱそこは地道に覚えていくしかないんですね」
残念そうに肩を落とすが、
「取り合えずメジャーな模様の意味だけでも覚えてみればいいと思う。それだけで魔法陣覚えやすくなるだろうし。全部完璧に把握する必要はないよ。徐々に覚えていけばいい」
丸暗記でも一応魔法は発動する。意味が分かっていた方が覚えやすいというだけだ。
実際のとこと魔法陣の意味を完璧に理解できてる魔法使いは少ない。何となくの意味しか分からない人がほとんどだ。
「実技の方はどうなんだ?簡単なのはできるって言ってたけど」
マリーの様子を見て、シアンは話題を変えることにした。
「そうですね、魔力の操作は感覚的な部分が大きいんで何とかなってますね。 もう1年の平均くらいの実力はあると思いますよ」
やはり早い。さすがは特待生といったところだろうか。
「それなら、理論が苦手なの差し引いても十分なペースだと思うけどな。お前なら、数か月もすれば追いつけるだろ。」
「そうですね、頑張りまーす」
そういってマリーは教科書に向かい合う。
しかし、少しすると顔を上げ、シアンに話しかける。
「そういえば、先輩がミーナさんと剣術の模擬戦したって噂があるんですけど、ほんとですか?」
(噂になってるのか…)
シアンは当人にもかかわらずその噂を知らなかった。
彼は学園内の知り合いが少ないので、学園のうわさなどよっぽど重大なもの以外は耳に入ってこない。
「そんな噂があるのか?」
「そうですね。って言ってもそんな広まってる訳じゃないですけど。ちょっと耳に入ったので気になって」
グラウンドの端の木陰でやったから、あまり注目されていないと思っていたシアンにとっては意外だった。
「まぁ、ほんとだよ」
「へぇー、ほんとだったんですね」
マリーの目が少し鋭くなる。
「なんであんな学園の有名人と、つまはじき者の先輩が試合したんですか? 試合相手もともと決まってたんですか?」
後輩とは思えない辛辣な言葉だ。
あの試合についてはシアン自身も奇妙だと思っている。なぜ急にあんなことになったのか良く分かっていないのだ。
「いや、なんかあっちから誘われた。あの事件のこと知ってたらしくて、もともと興味持たれてたらしい」
「あの事件ってシナ村の事件ですよね。まぁ、確かにあれを知ってたら興味は持つかもですね」
納得するそぶりを見せるが、腑に落ちてはいないようだ。
「それにしても、急な気がしますけどね」
「確かにな。実際、俺もあれは不思議に思ってるから」
ふーん。と適当な返事の後、マリーはいじわるそうな笑顔を浮かべる。
「それで、結果はどうだったんですか。 30秒くらい持ちましたか?」
ニヤニヤと笑いながら質問するマリー。
ミーナの優秀さは学園の周知の事実だ。最近入学してきた1年でも関係なく広まっている。
その上、マリーはシアンが剣術が苦手なことも知ってる。
シアンが瞬殺されたとでも思ってるのだろう。
「うーん…、30秒以上は戦ったよ」
特に勝敗については触れない。
「へー、意外と頑張ったんですね」
案の定マリーは勘違いしているが、特に訂正はしようとは思はない。
言っても信じてもらえないだろうし、あれが本来の実力でつかみ取った勝利ではないことは明白だ。
シアンとしては、あんな勝利を誇る気にはならなかった。
「そんなのいいから、お前は勉強しろよ」
「飽きてきましたー。気分転換に魔法実技の方も見てくれませんか?」
すでに2人が図書館に入ってから3時間が過ぎていた。
雑談しながらの勉強とは言え、そろそろ集中力も切れてくるだろう。
「嫌だ、めんどい」
シアンとしてもそろそろ休憩しようと思っていたところだった。
しかし、気分転換に実技を見るというのは休憩にならない。
「えぇー、いいじゃないですかぁ。先輩の魔法って全学年でも最高クラスだから参考になるんですよ」
両手を合わせて、頼み込む。
(まぁ、いいか)
もともと、ちょっと面倒くさいだけで、そこまで嫌というわけではなかった。それに、褒められれば悪い気もしない。
最近、図書館にこもるばかりだったのだ、たまには気分転換に魔法をぶっ放すのも悪くない。
「分かった、見てやるよ。 ただし俺も魔法打つから、魔法訓練場は2人分で予約取っといてくれ」
魔法訓練場はの利用は予約制になっている。そのため、使用するには事前の申請が必要だ。そんなに人気のある施設ではないが、当日に申請してとれるかは微妙なラインだ。
「了解です。とってくるんで、先行っといてください」
マリーもそれを知っているのだろう、急いで勉強道具を片付けて席を立つ。
駆け足気味に職員室にむかう彼女を見送りながら、シアンも片づけを始める。
(今日はもう終わりかな)
図書館は夜には閉館する。
時刻がすでに夕方なのを考えれば、終わるころには図書館は閉館していだろう。
そう考えたシアンは手元にある新たな資料の貸し出しや取り置きなど、明日の準備をしてから、訓練場へ向かった。