2話
思い切り振り下ろした剣は案の定軽くよけられるが、反撃が来ないことを確認すると、シアンは魔力で強化した身体能力に任せて剣を振り回す。
対してミーナは、それらすべてを躱し、受け流していく。シアンとは違い無駄のない洗練された動きだ。
しかし、一向に反撃はない。そのため、模擬戦はシアンが力任せに攻撃し、ミーナが防戦一方という前評判を覆す展開を見せていた。
(手加減してくれてるのか? まあ、確かにそんなにすぐ終わってもやることないしな)
試合開始前の真剣な表情からして、手加減などなしに瞬殺されるのかと身構えていたシアンにとっては疑問ではあったが、少しでもこちらの鍛錬になるように手加減してくれているんだろうと判断する。
それに攻撃の手を緩めたらやる気なしと判断されて、反撃が飛んでくるかもしれない。
そう考えて攻撃の手を止めず、つたないながらも剣を振り回し、攻め続ける。
しかし、その状況が何分も続くとなると、シアンにとっても不可解になってくる。
すでに、他の生徒の約半数は戦闘を終えている。
にもかかわらず、二人の戦闘内容は試合開始からほぼ変わってはいなかった。
シアンが攻め、ミーナが防戦一方という戦況。所々で反撃があるものの、それほど厳しいものではなく、シアンでもなんとかさばける程度のものだ。
そして、戦いが長引くにつれて、だんだんと劣勢に拍車がかかっていく。
周りの模擬戦の7割程度が終わったあたりで、人知れず二人の戦いも決着がついた。
当初のシアンの考えを覆す、シアンの勝利という結果でだ。
ミーナはとうとう、防戦一方の状況を打破することができなかった。少しずつ劣勢になった結果、木刀を握っていた手に攻撃を受け、刀を手放してしまったところで決着がついた。
「…っ」
予想外の結果に、二人とも呆然と立ち尽くす。
ミーナは負けてしまったショックから。
シアンは勝利という予想外の結果に困惑によって。
2人の去年の剣術の成績からすると考えられない結果だ。
「ありがとうございました」
少しして心の整理がついたのか、ミーナは悔しそうにしながらも、律儀に頭を下げて挨拶をした。
「あっ、ありがとうございました」
勝利結果に納得がいっていなかったシアンは、上の空のまま返答を返す。
2人の間に気まずい空気が流れる。
もともと、たいして仲がいいわけでもない上に、どんな偶然か知らないが、シアンが勝利してしまった。
貴族として小さいころから剣術を含めた様々な教育を受けてきたミーナとしては、剣を習い始めて1年少しの平民に負けるというのは屈辱だろう。
シアンとしてもこの後のことを考えると気が滅入るようだった。
「アドバイスお願いします」
少ししてからミーナはこう切り出した。
模擬戦の後はお互いにアドバイスをしあうことになっている。
お互いにアドバイスをしあうといっても、勝敗がつく以上、多くの場合、勝ったほうが負けたほうにアドバイスをするのがメインとなる。
つまり、今回はシアンがミーナにアドバイスをするということになる。
(アドバイスと言われてもな)
ミーナは剣術を小さなころから学び、学年トップクラスの成績を擁しているのに対して、シアンは約一年前に剣術を学び始めた、剣術の腕前はシアンが圧倒的にへたくそである。
シアンがミーナにアドバイスできることなどほとんどないのだ。
シアンが勝てたのも剣術とはあまりかかわりのない部分が原因である。
「魔力による身体強化が弱かったように感じました」
今回の模擬戦で唯一シアンが勝っていた要素。
それは魔力による身体強化である。
魔力で身体強化をしているのとしていないのではパワー、スピード、打たれずよさなど基礎的な身体能力がまるで違う。その差は小さな子供と大人が戦うようなもの、場合によってはそれ以上の違いが出てくる。
よって魔法学校では武術専攻だろうが魔法専攻だろうと身体強化は入学してすぐに教えられることになっている。
そこまで難しい技術ではないため貴族などはすでに実家で履修済みである生徒も多いが、できる者とできない者では、あまりにも戦闘能力の差が生まれてしまうからだ。
無論できるだけではなく、必要な瞬間に必要な部位を強化するなど熟練度の違いによって強化具合に違いは出るが。単純に全身に魔力をいきわたらせているだけでも身体能力は格段に上昇する。
今回の模擬戦の中では身体能力の違いが顕著に表れていた。シアンのつたない剣術であっても身体能力が大きく上回っていればごり押しで勝利することができる。それを感じたシアンは今回の自分の勝因はミーナの身体強化が弱っていたからだと結論付けた。
「身体強化、ですか……。そうですよね」
ミーナはその指摘を受けて、苦々しそうにつぶやく。
シアンは、指摘したもののこんなことは言われなくともミーナ自身気づいていたことだろうと思う。
なにせミーナは1年の時には剣術の成績は学年上位1割に入る程の腕前だったのだ。
剣術必須スキルの身体強化が不完全だったことなど対戦相手のシアンよりも自分自身の方がよくわかっているだろう。
無論、身体強化も問題なく扱えていたはずだ。
「でも、魔力の操作は精神状態や体調不良で不安定になったりしますから。ミーナさんならすぐに復調できますよ。むしろこんな当たり前のことしかアドバイスできなくてすみません」
ミーナの気分を害してしまったかと、すぐにフォローを入れるシアン。
そもそも、シアンは魔法が得意で運動が苦手な生粋の魔法師タイプなのだ。ミーナに剣術の分野で有用なアドバイスをするなどどだい無理な話である。
「こっちのほうがアドバイスもらいたいくらいです。自分は剣術苦手なもので」
「いえいえ、身体強化が不安定だったのは私の鍛錬不足ですから。それにそういった当たり前のことを疎かにはできません」
そういってミーナは指摘を受け入れる。
「負けた私からは、特にアドバイスすることはないです」
潔くも少し投げやりなその口調は、あまりにも卑屈すぎるように感じる。
それに剣術が苦手なシアンとしては剣術トップのミーナからのアドバイスは普通にして
ほしかったという本音もある。
性格がいいと評判のミーナだから、ありがたくアドバイスを頂戴できるだろうと安直に考えていたシアンとしては梯子を外された気分だ。
「すみませんが、手が痛むので医務室に行ってきてもいいですか」
よく見ると、ミーナの片手が赤く腫れている。木刀をはじかれた際にできたケガだ。
妙に愛想が悪かったのはそれが理由だ。早く保健室へ行きたかったのだろう
「いいですよ、先生には僕から言っておきます」
「すみません、よろしくお願いします」
申し訳なさそうにグラウンドから校舎に向かって走っていくミーナを見送りながら、シアンは先ほどの模擬戦を思い返す。
(やっぱ、おかしいよな)
勝敗はもとより、あちらからわざわざ勝負を申し込んできたこと、魔力操作がおぼついていなかったことなど、今の模擬戦には不審なことが多かった。
興味があったのがホントだったとしても、1年以上かかわりがなかったのに、急に試合を申し込むというのはあまりも突然すぎる。
(とはいえ、考えても分からないしな)
ミーナのことを風の噂程度でしか知らないシアンでは考察するのも難しい。
うんうん考えても大した結論は出まい。
せいぜい、自分の魔力操作の調子が悪かったから、それでも勝てそうな相手として剣術が苦手と評判のシアンを対戦相手に選んだんじゃないかと勘繰ることしかできない。
魔力操作については何か彼女にとって心揺さぶられることがあってミスってしまった。
そんなところだろうと違和感を感じながらも強引に結論づける。
「にしても僕の剣術はもうちょっとどうにかならんもんかな」
若干肩をおとしながらつぶやく。
本来はめったにない剣術の試合の勝利に喜ぶものだが、ここまで不審な試合だとそうはならない。
今回は勝てたものの、内容はお粗末なものだったことをシアンは自覚している。普段の彼女を相手にすれば瞬殺されると確信できるほどだ。
魔法専攻とはいっても、剣術の講義を完全に捨てているわけではない。
魔法に努力の比重を置くのは仕方ないにしても、剣術の講義もそれなりに真面目に受けている。
にもかかわらず、なかなか上達しない剣術。
自身の運動音痴具合に辟易としてしまう。
自分は魔法の才能がある、剣術に関しては仕方ないと納得しているものの、残念なものは残念である。