1話
王立ヴァ―チ学園
大陸最大の勢力を誇るセフィエム王国の北東に位置する都市ヴァ―チ。そこに存在する王立の教育・研究施設である。
学園ではヴァ―チがかつて人魔対戦の最前線の軍事都市であったことの名残として、武術、軍略、魔術など戦闘・軍事関連の科目が重要視されている。そのため、卒業後の進路は多岐にわたるが、特に国防軍隊の幹部を多数輩出している。
貴族の教育機関としての人気も高く、ヴァ―チ出身の貴族だけでなく王国各地から貴族の生徒が集まり、生徒の約半数強が貴族の家柄となっている。
貴族以外の生徒も大商人や教会の司教など影響力の大きな家柄のものが多い。
極一部の才能を持つと認められた特待生以外は一般の平民がいないとされるほどの上流階級の生徒が集まる学園であり、王国の教育機関として最大規模の学園の1つである。
「本日はミゲル先生が急用でこれなくなったため、剣術の鍛錬は模擬戦とします。二人一組になって、各自で始めてください。出席確認をするため、終了後は2人で報告に来てください。以上です」
剣術指導の講師がこれなくなったため、本日の講義は模擬戦となった。
他に剣術の指導ができる人が空いていなかったのだろう。その証拠に本来基礎魔法の講義を担当するミロ先生が代打となっている。
魔法の講師に剣術の指導ができるわけはない。自習代わりに各自模擬戦ということだ。
代打になったミロ先生も特にやる気があるわけではなく、むしろ面倒くさそうにしている。
出欠確認のために模擬戦終了の報告は必要だが、結果報告すらしなくていいという手の抜きっぷりだ。すでに生徒から本へと意識を移している。
「まじかよ……」
事実上の自習、いつものスパルタ講義から解放され、大半の生徒たちが喜んでいる中、シアンは一人で頭を抱えていた。
周りの生徒たちが続々とペアを決め、模擬戦を始めるなか、シアンは一人立ち尽くす。
二人一組。
シアンにとって鬼門ともいえる授業内容だ。
シアンは田舎の孤児院出身の身だ。上流階級のお嬢様お坊ちゃんが集まる学園では異色の平民出身である。
才能を認められた特待生と言えど、貴族や有力者の子供が集まるこの学園では平民の肩身は狭い。
露骨ないじめをされるわけではないものの、平民が自分たちと同じ学園に通っていることが気に入らない貴族はそこそこ多く、遠回しな嫌味や無視、陰口などを受ける平民出身者は多い。
その上、シアンは小柄で筋肉の少ない容姿のせいで舐められやすいという面もある。
もっとも、筋肉が少ないのは彼が魔術の才能を見出された生粋の魔法使いタイプである以上仕方ないのだが。
そんな中、本来は肩身の狭い平民同士で仲良くなるものだが、人間関係が形成される入学直後の時期、シアンは魔法の探求にのめりこんでしまい、そのグループにすら入りそびれてしまった。
つまり、シアンはこの学園において同学年の友達がいない。
いわゆるボッチである。
一応1つ下の学年に1人知り合いがいるが、この場にはいない上に、友達と呼べるような関係ではない。
だから、こんな時途方に暮れるしかないのだ。
(恨むぞ、ミロ先生)
こんな講義内容を設定したミロ先生を恨みながら、あたりを見渡す。
(かわいそうな僕に手を指し伸ばしてくれる、心優しい人はいないだろうか)
しばらく周りを見回しながら立ち尽くしていたが、案の定そんな都合よく心優しい人は現れない。
(こっちから声かけるしかないな)
できれば平民出身の人があぶれてると良いな。そんなことを考えながら、本格的にまだ相手が決まっていない人を探し始める。
幸いこの講義を受けている人数は偶数のはずである。欠席者がいなければだれかしらあぶれてるだろう。楽観的に訓練場を捜し歩きまわる。
「相手は決まっていますか?」
女子の声が後ろから聞こえた。シアンは振り返りかけるが思い直す。
シアンには女性の知り合いはほとんどいない。唯一の知り合いも学年が違うためこの場にはいないはずだ。
つまり、この声は自分に向けられたものではないとシアンは判断する。
「ちょっと、無視しないでください!!」
機嫌悪そうな声とともに乱暴に肩をつかまれ、よろけるシアン。
「すみません、自分だと思いませんでした」
謝りながら相手の顔を確認する。
(ミーナさんか)
知っている顔だ、しかし直接の接点はない。
ミーナという生徒は、貴族や各地の優秀な子供が集まるこの学園の中でもちょっとした有名人だ。
すべて風のうわさ程度のものだが、シアンは彼女について持っている情報を思い返す。
まず、彼女は成績優秀者だ。特に剣術の成績は学年トップクラスであり、他の分野もかなりの好成績を残している。
加えて良いところの出身だ。王都でも有数の貴族の娘である。
性格は真面目で責任感もあり、不平等を嫌う正義感の持ち主であると学園の生徒の間で通っている。
容姿も優れており、美しい黒の長髪に、大きく力強い瞳、凛とした顔立ち。そしてすらりとした体。可愛いよりも美しいに少し片寄った美少女だ。
その容姿と性格から一部では理想の貴族とも言われるほどの人物。
(そんな人がなぜ僕に話しかける)
「相手がいないように見えたので、お願いしようと思いまして」
(まあ、そうだろうな)
あのタイミングで、相手は決まってますかと声をかけられたら、十中八九お誘いだろう。
「いいですけど、僕でいいんですか? 自分で言うのもなんですけど僕、無茶苦茶弱いですよ」
シアンは自虐しながらも、真意を探ろうとする。
平民出身のシアンにとって、ミーナのような大貴族への対応を誤るのは将来的によろしくない。
「大丈夫ですよ、シアンさんが剣術苦手なのは知っています。もともと話してみたかったんですが、タイミングがなかったのでいい機会だと思いまして」
「はぁ、自分とですか?」
シアンは意外な言葉に首をかしげる。
「ええ、何の訓練も受けていなかったにもかかわらず30体もの魔物の群れから村を守った天才」
彼女の口から出たのは、シアンが学園にスカウトされるきっかけになった事件だ。
隠しているほどではないものの、悪目立ちして目を付けられたくないシアンとしては積極的に公表している情報ではない。
だが、知られているなら興味を持たれるのも理解できる。
「1年のころから興味はあったんですが、なかなかチャンスが無くて」
困った顔をしながらもそんなことを言う彼女を見て、シアンはだろうなと思う。大貴族の立場からは、貴族にはぶられているシアンに話しかけるのは難しかったんだろう。
「知って頂いてるんですか、光栄です」
「出身が孤児院なんてこの学園では前代未聞ですからね、興味があって調べてしまいました」
隠してたならごめんなさいと付け加えられるが、いまさら言われてもという話だ。
「別にいいですよ、ただあんまり広めては欲しくないですけど」
「わかってますよ、誰にも言ってませんし、言いふらすつもりもありません」
「ありがとうございます」
それでと、話を戻す。
「それで、ほんとに自分でいいんですか? 魔法はともかく、剣術に関してはホントにからっきしですよ。ミーナさんの相手が務まるとは思えないんですけど」
これはシアンの本音だ。
剣術トップのミーナと最下位クラスのシアンで魔法なし、剣術のみの模擬戦をしても互いに意味のある模擬戦にはならないだろう。
ようはシアンが瞬殺される。持って十数秒といったところか。
「もちろんです。都合が悪ければ別の方を探しますが、相手がいなそうに見えたので、いい機会だと思って誘わせてもらいました。それに交流を深めたいだけなので、模擬戦の結果は気にしませんよ」
シアンとしても急に言われたから驚いただけで、別に嫌なわけではない。
それに、このまま相手を探しまわってもすぐ見つかるとは限らない、それなら実力が釣り合っていないが、さっさと模擬戦を終わらせておくほうがいいだろうと判断する。
「そういうことなら、お願いしたいです」
そう言って、剣に手をかける。
「場所を変えませんか? ここは人が多いので、少し離れた場所の方が気楽にできるでしょう」
周りではすでに何組かが模擬戦を始めている。
確かに、ここで戦うのは周りの邪魔になるだろう。それに瞬殺されるのが分かっているシアンとしては、大勢に見られたくはない。
「そうですね、端に行ってやりましょうか」
一度手をかけた剣から手を放し、周りに誰もいないグラウンドの端へ向かう。
ここなら周りに誰もおらず、木陰になっているので、周りから無様な姿を見られることもないだろう。
「じゃあ、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
距離をとってから、互いに剣を構える。構え方は同じだがシアンが若干ぎこちないのに比べて、ミーナは自然体だ。見る人が見ればこの時点で力量の差が分かるだろう。
瞬間、ミーナの顔つきが変わる。
それまでのにこやかな表情から、目つきは鋭く真剣な表情へ。
それを見てシアンも剣を持つ手に力を籠める。
(本気モードじゃないか、僕相手なんだから手加減してくれと思ってたんだけど)
緊迫した空気のなか、ミーナがふと口を開く
「そういえば開始の合図を決めてませんでしたね。 そちらからどうぞ」
シアンとしては隙の見えないミーナにどう突っ込めばいいのかわからず動けなかっただけなのだが。どうやら開始の合図を待っていると勘違いされたようだ。
「わかりました」
うなずくとともに、体中に魔力を巡らせミーナに向かって突進する。