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Anyone can't separate my soul from me except love of God

         第4章  リュクサンブール、激動


 リュクサンブール宮殿はフランス王国の首都パリのセーヌ川の南側の第6区にあり、元々はピネー・リュクサンブール公フランソワの邸宅を現国王のルイ13世の母親であるマリー・ド・メディシスの居城に改築した宮殿であった。

 しかし、このマリー・ド・メディシスはゼノビア暦1610年に起きた夫であるアンリ4世の暗殺がもとで、フランス国内のカトリックとプロテスタントの対立に対し、一方的にカトリックの方を擁護したり、自分の子供たちをハプスブルク家の子息たちと結婚させるなど、「国政を壟断」し始めたので、フランス王国の前宰相であるリュイーヌ公や現在宰相であるリシュリューにこのリュクサンブール宮殿から追放され、リュクサンブール宮殿は新しく宰相リシュリューの執務室、あるいは国政の重要会議の会議室として改装されたのであった。

 そして、ゼノビア暦1626年2月24日の午後3時頃、このリュクサンブールの宮殿の会議室には現フランス王国宰相アルマン・ジャン・デュ・プレシー・ド・リシュリュー、法務大臣のジュール・レイモン・マザラン、財務総監のジャン・バティスト・コルベール、ルイ13世から直接秘書官に任命されたギース・ブラジュロンヌなどの「文官」たちと、「武官」として、アンリ・フィリップ・ペタン元帥、その息子のカミーユ・ジスラン・ペタン、この間のストラスブールの戦いで功のあったナセル・ゲブーザ、そして、ゲアーハルト・クロヴィス・セザール、そして、そのマリー・ド・メディシスが一時、彼女の次男であるガストン・ジャン・バティスト・ド・フランス[オルレアン公ガストン]と共にルイ13世へ一時反乱軍を率いた時、それを鎮圧した若き隻眼のユーグ・フェビアン・ムーラン准将、その9人がすでにこの御前会議の為に、この宮殿の会議室に集まっていたのであった。

 ちなみに、あのケイト・ノエル・ラングレーをイングランド共和国から保釈した時に、リシュリューやコルベールと共にドーバーの酒場のステージで大立ち回りをしたヒューゴー・グロチウスはスウェーデン王国やリトアニア=ポーランド王国に外交中であった。

 と、そこへ、1人の老紳士が入ってきた。

「おお、これはジャン=クリストフ・ポアンカレ先生ではありませんか?ご高齢の身でありながら、このような重要な会議に出席とは、私も頭が下がります」

「おお、これはこれは、ペタン元帥閣下、ご子息と共に御前会議に出席とは、軍閥の棟梁の名に偽りはありませんなぁ・・・」

 このフランス王国の軍部の重鎮同士が何故慇懃無礼な会話を交わしたのか?それもその筈、実はポアンカレはこのペタンが「元帥」の地位に就くまで、その地位にいた者であって、しかも、その「元帥」引退理由は、自らが軍事的知識を教えたオルレアン公ガストンの実兄ルイ13世への反乱が原因であり、自らの手落ちが原因ではなかった。それゆえ、自らのライバルであるアンリ・フィリップ・ペタンにその地位を譲ったのはポアンカレとしても非常に歯がゆったのである。


 しかし、ここで、2人の論戦が今まさに始まらんとしようとしたところ・・・、若い男の声がこの会議室に玲瓏と響いた。その声の主はジュール・レイモン・マザランであった。

「ご来場の皆様、国王陛下がここへ来られました。皆様、敬礼の支度をお願い致します」

 そして、このフランス王国の元首ルイ13世がこの会議室へ1人の小姓を伴って入って来た。

 老若の文官・武官たちがこのルイ13世を敬礼で迎えた。

「皆の者、まずは椅子に座るがよい」

 この時、ルイ13世は20代後半の若者で、体格などは法務大臣のジュール・レイモン・マザランにやや小柄で華奢な感じだった。

 それから、このルイ13世の小姓としてこの会議室に入ってきた若者の名は二コラ・ファビウス。17年前の6歳の時、このルイ13世の父、アンリ4世に気に入られ、リセ時代から息子のルイ13世の小姓となった。

 それゆえ、このルイ13世とファビウスの間に「男色」の関係があるのでは?と宮廷内で噂されることも少なくなかった。

 それはともかくとして、ルイ13世は乱れた世において、為政者が最もしなければならないこと、「信賞必罰」を行った。

「ゲブーザ、それにセザール、4か月前の話になるが、ストラスブールでの戦い見事であった。卿らの昇進は既に済ませたが、褒美の品はまだであった。今回、それを取らせよう」

「ハハッ」

「・・・・・・・ハッ」

 ゲブーザは素直にそのルイ13世の勅命に素直に従ったが、セザールの方はそれに従う言葉を発するのに時間がかかった、それもその筈、自らに課された「父親殺しの冤罪」を被せたのは、このルイ13世の配下の者だと言う「風の噂」を聞いたからだ。

 しかし、軍議はそんなセザールの思惑とは関係のない方向へ進んでいった。

 ルイ13世が神聖ローマ帝国のプロテスタント側の支援に疑問の声を投げかけた。

「予がフランス王国の王として戴冠したのは今から16年前であるが、それに対し、神聖ローマのプロテスタント側を支援して8年・・・、その8年でプロテスタント側も随分と増長したものだな・・・」

 それを聞いたポアンカレが頷いた。

「ハッ、あのミネルヴァ・フォン・イシュタールとその一族は我らの国の財政を逼迫させる「国賊」とも言える存在にございます」

 しかし、ここでも、アンリ・フィリップ・ペタンはポアンカレに反論する。

「これはしたり、ポアンカレ先生。プロテスタント側のイシュタール司令官はわが軍の大佐がその寝込みを襲っても、その者の使っている剣を私の方にそのまま返してくれる淑女な方、その方を国賊扱いとは些か言い過ぎのように思えます」

 それを聞いたポアンカレは自らの髭を扱きながら言う。

「ほほう、その言い方ですとペタン元帥は我が国の援助金を自らの贅沢に浪費する者を擁護するのですか?いや、これは驚きです」

「い、いや、そのようなことは決してして言っておりませぬ・・・」

 ここで、この御前会議の長であるルイ13世が2人に言った。

「ペタン、ポアンカレ、卿らがこのことで言い争う必要はない。予の考えを卿らに披瀝したいと思う・・・」

 ルイ13世は一息置いた。

「かつてのプロテスタント側最高司令官、ミネルヴァ・フォン・イシュタールは礼儀正しく、また、武人としての才幹だけでなく、ピアノや歌で戦いに生きる我々の心を和ましてくれた。しかし、今は、そのイシュタールの驕慢さは我々の忍耐の度を越えてしまった・・・。かくなる上は・・・」

 ルイ13世がペタン元帥の息子であるカミーユ・ジスラン・ペタンに顔を向けた。

「ペタン少将、アゼリア・ラ・トゥールモンド大佐は現在どこで任務に就いている?」

「はっ、確か、バイエルン州でカトリック側の軍と交戦中だと思いますが?」

「実は、予が考えているのは、そのトゥールモンドに新しいプロテスタント側の司令官になってもらいたいのだ」

「エエッ?!」

 この御前会議に参加したルイ13世を除く11名は驚愕の声を上げた。

 ルイ13世が具体的にその披瀝した事柄について説明する。

「我が国の間者によれば、今、ミネルヴァ・フォン・イシュタールは我々と疎遠の関係になるやいなや、ロシア帝国に助けを求めに言った模様、つまり、イシュタール本人が直接率いている兵士たちの「指揮官」は不在ということだ。つまり・・・」

 カミーユが頷いた。

「ああ、なるほど、今現在、バイエルン州にいるトゥールモンド大佐に再び、プロテスタント側の本拠地であるドレスデンに行って、そのままプロテスタント側の軍隊の司令官になれと、しかし、そんな簡単にことが運びますかね?」

 それに対し、ルイ13世は、

「無論、この作戦には補完が必要だ。だから、ムーラン、セザール!」

と、2人の将官の名前を呼んだ。

「はっ」

「・・・・・・・はっ」

「卿らには兵数千を率いてロシア帝国国境へ行ってもらいたい、無論、今回の任務はロシア帝国軍と戦うことではなく、もしも、ロシア帝国軍があのイシュタールと手を結ぶならこちらにも考えがあることを、ロシア帝国に見せるのだ。今回の行動にはスウェーデン王国軍も卿らに同行する予定だ・・・」

 ここで、ポアンカレがルイ13世に疑問の声を上げた。

「しかし、国王陛下、もしも、セザール准将やムーラン准将がロシア帝国の国境に向かわせるとなると、リトアニア=ポーランド共和国を通過せねばならず、そのことをグスタフ=アドルフ国王と対立するジグムント3世やスタニスワフ・コニェツポルスキ最高司令官がそれを容易に許可するでしょうか?」

 そのこともルイ13世が頷いて答えた。

「その件については大丈夫だ、ポアンカレ。確かにスウェーデン王国とリトアニア=ポーランド共和国は同じヴァーサ王朝で対立しているが、外相のグロチウスを通じてロシア帝国の脅威を伝え、付け加え、こちらから「通行料」を払っている、我ら連合軍がその国々を通過することに問題はない」

 しかし、今度はペタン元帥が国王に疑問の声を上げた。

「しかし、国王陛下、いくらイシュタール司令官が不在とはいえ、いきなりトゥールモンドにその代役をやらせるのは、些か荷が重いのではないかと・・・」

「それはわかっている、だから・・・」

 ルイ13世はポアンカレに自信を持って答える。

「実は、今、そのトゥールモンドには、スウェーデン王国の「あの男」がついている・・・」

「あの男とは?」

 ペタン元帥はそう訊いたが、半分は分かっているようだった。

「現スウェーデン王国国王、グスタフ=アドルフだ、彼の軍事的指揮に勝てる者はこの欧州でそうは多くないだろう・・・」

「そうですか、つまり、今回トゥールモンドはグスタフ=アドルフ国王の軍事的補佐を得られるのですね、これは武運長久ですな・・・」

 再び、ポワンカレがその髭を扱きながら思い出すように言った。

 

 ここで、ルイ13世の小姓である二コラ・ファビウスとこの会議室に入って来たフランス王国の間諜が一同にとって驚きの会話を始め、その内容をファビウスが大声で話し始めた。

「一同の皆様、大変でございます!ロシア帝国がキエフ公国に多方面から侵攻した模様であります!」

「・・・・・・・・・・・・・」

 ここにいた会議室のメンバーは皆、驚愕の表情を隠せなかった。

 十数秒の沈黙の後、ポアンカレが口を開いた。

「何としたことか、これでヨーロッパ大陸において二つの大きな戦乱の火蓋が切られることになりましたな・・・、無論、我がフランス王国は環大西洋安全保障憲章に加盟する国、ロシア帝国の東進は防がねばなりませぬな・・・」

 この時、ペタン元帥もそのポアンカレの言葉に応じた。

「ポアンカレ先生の言うこともわからないでもないですが、我が軍がロシア帝国の東進を防ぐ為にキエフ公国に進軍すれば、現在神聖ローマ帝国のプロテスタント側を支援する件と重なり、兵力分散の愚を犯すことにもなりかねませんな」

「・・・・・・・・・・・・・」

 フランス王国宰相のリシュリューはこの時沈黙を守ったままだった。



 しかしこの時、突然、3人の若い女がこの会議室に入って来た。その3人とは・・・、

 ルイ13世の妻、アンヌ・ドートリッシュ、それにあのSTAP細胞の論文関係者であるケイト・ノエル・ラングレー、そして、そのラングレーの「殺人容疑の裁判」を弁護するサラ・カルマン・セラフィム司教がこの会議室へやって来たのである。

 アンヌが夫であるルイ13世の方を向いて言った。

「ちょっと!あなた!ここにいるのは男だけだけど、国政の重要な決定を男だけで決めるなんて相当な「男尊女卑」なんじゃないの?」

「そんなこと言われても、わが国の高位の文官・武官は皆、男で、だから、今回、トゥールモンドにも「プロテスタント側司令官」になってもらえば、フランス王国史上初の女性の「将官」が誕生する予定なんだがな・・・」

 しかし、アンヌはこう反論する。

「ドリア―ヌ・デボラ・クラヴェル現パリ市長は還暦を過ぎていますが、市長を3期も務めています。そういう方はこういう会議に出席できないのですか?」

「それはそうだった・・・、すまない、アンヌ、これはうかつだった。許してくれ」

 なんと今まで、御前会議の議長だったルイ13世が王妃であるアンヌ・ドートリッシュに「その件」で簡単に頭を下げたのであった。

 そして、フランス王国丞相のリシュリューが、

「カルマン司教、久し振りだね・・・」

「ええ、お久しぶりです。枢機卿閣下」

 と、応答した女とお互い少し懐かしそうに語った。

 実は、このアルマン・ジャン・デュ・プレシー・ド・リシュリューとサラ・カルマン・セラフィムは、3年前、リシュリューがパリ大学の大学院で聴講生として生物学を学んでいた時にお互いに知り合い、両者に13、4歳の年齢差はあったものの、数学や生化学の話だけでなく、政治や宗教の話をする仲となり、リシュリューはサラのその怜悧な頭脳に感激した・・・。それだけでなく、その小柄で童顔さが30,31歳となった今でも「女子院生」を思わせるその外見が、枢機卿であるリシュリューの寵愛を買って、サラは本来、35歳以上、あるいは、司祭叙階後、少なくとも5年を経過している者・・・という条件を満たさずに、リシュリューの紹介からローマ教皇の任命で「カトリック司教」の地位に就いた・・・と、周囲の噂もあったが、それもまた、故ケビン・デューイ・サザーランド教授の行動に「対抗」したものと、リシュリュー個人はそう思っていた・・・。

 ただ、この2人が知り合ったのは、あの「STAP細胞事件」が起きる前のことであり、まさか、リシュリュー本人も「こんな形」でサラ・カルマン・セラフィムを歴史の表舞台に登場させることになるとは夢にも思わなかったのである。

 ただ、反対にサラの方は、その知り合った1年後にリシュリューがローマ教会の僧侶たちに一時、捕らえられ、数ヶ月の「監禁」にあったのも「やはり」というより「まさか」という感じであったのだが・・・。

 自分が理数系科目に本来強くないので、どうしても、サラのような「真面目な理系女子」に会うと緊張の色を隠せないリシュリューであったが、ここは落ち着いてサラに話しかけた。

「うん、カルマン司教、今回の君の任務は横にいる女の身の潔白を晴らす為・・・、だけでなく、STAP細胞とやらにも一筋の光明があるかもしれないことをラングレー被告自身に伝えてほしい、ということだ」

「はい、わかりました、枢機卿閣下」

 サラは本来、口数の少ない女である。

「・・・・・・・・・・・・」

 ラングレーは沈黙を守った。当たり前と言えば、当たり前だが、このサラは自分より5歳程若く、しかも、自分のように「汚れていない」ので、実はこの時、ブルボン王朝の王妃、アンヌ・ドートリッシュの提案で、「若い女3人でこの男しかいない御前会議に殴り込みを掛ける」ことに同意こそしたが、もしも、同じ研究者仲間なら、このサラとラングレーは「犬猿の仲」になるところだったのである。

 しかし、その後、ペタン元帥の息子であるカミーユ・ジスラン・ペタンが椅子から立ち上がり、このサラに話しかけた。実はこのカミーユは父親の威光で「少将」という軍階級であったが、実質的な任務は軍事面より、法律家、つまり、「弁護士」としての仕事が多かったのであった。

「カルマン司教、実は、私はそちらのラングレー被告の弁護についてのお話しがあなたにあるのですが・・・」

 しかし、サラの方は、

「すみません、ペタン少将、実は私には先約がありまして、数日後にはそちらのギース・ブラジュロンヌ秘書官と共にイングランド共和国のケンブリッジ大学のSTAP細胞の関係者の所へ調査をしに行かねばならないのです。その件はそれが済んでからにしてください・・・」

と、簡単にフランス王国の軍閥の御曹司の要請を後回しにした。

「そうですか・・・、では、そちらの任務を先行させてください・・・」

 会議室の席に座るブラジュロンヌを尻目にペタン少将は残念そうに答えた。

 だが、この時、サラは意外なことをペタンに伝えた。

「ペタン少将、今はロシア帝国によるキエフ公国侵攻への対応で色々と忙しいと思いますので、詳しいことはお話し出来ませんが、実は、私はサザーランド教授の死亡原因に対しては、このラングレーさんとは別に真犯人がいると推理しています」

「エッ?!そうなんですか?そのお話は私には初耳です」

「ええ、いずれ、ペタン少将にも説明する日が来ると思います」


 それから、「ブルボン王朝財務総監」のジャン=バティスト・コルベールが1枚の名刺を持ってこのサラに近づいて来た。

「どうも、初めまして、カルマンさんとおっしゃるのですか?私の名はジャン=バティスト・コルベールと言います。私の職務は財政担当ですが、ムガール帝国や東南アジアの大越という国々で東インド会社の経営にも携わっています」

「ああ、そうなんですか・・・」

 その素っ気ないサラの返答に対し、コルベールはこう言った。

「実は私、プライベートではダンスもするのですよ。今度良かったら私と共にダンスでもしてみませんか?」

 それを聞いたサラも少し嬉しそうにコルベールの名刺を受け取った。

「まぁ、これは奇遇ですね。実は私もダンスが得意なんですよ、良かったら、今度一緒にダンスでもしませんか?」

 これに対し、コルベールの方もかなり上機嫌に答えた。

「そうですか、では今度、パリで一番人気のあるダンスステージのある会場、予約しておきます」

 その後、このサラとコルベールは一礼して礼儀正しく別れたのであった。

 それから、サラは横にいる自分より背の高いラングレーに対し、こうも言った。

「それでは、ラングレー被告、私とブラジュロンヌ秘書官はあなたの為だけではなく、一応、STAP細胞の関係者の名誉回復の為にも動きますので、よろしくお願い致します」

「・・・・・・・はい」

 先程のセザールがルイ13世の要請に承服に時間がかかったように、ラングレーもまたサラの提案を承諾するのに時間がかかったのであった。

 ここで、ルイ13世が御前会議の再開を宣言した。

「ああ、ここにいる皆の者、当然、アンヌたちも、一旦、椅子に座ってくれ!ここで、今やった軍議のまとめを行う」

 ルイ13世は一息置いた。

「では、この神聖ローマ帝国の戦いにおいて、予はアゼリア・ラ・トゥールモンドを現在のミネルヴァ・フォン・イシュタールに代わって新しくプロテスタント側の司令官とする!そして、今回、ロシア帝国がキエフ公国に侵攻した事実には、我々は暫くの間静観することにする!以上だ」

 ポアンカレが頷いた。

「では、この御前会議は終了ということでいいのですかな?国王陛下」

「うむ・・・」

 その時しかし、ルイ13世が頷いたところ、丞相のリシュリューが椅子から手を挙げ、立ち上がり声を発した。

「待って下さい、国王陛下」

「何だ?リシュリュー?」

「先程、国王陛下はムーラン准将とセザール准将に兵数千を率いてロシア帝国国境に向かえ、とおっしゃりましたが、ロシア帝国のキエフ公国侵攻にはその対応でよろしいのですか?」

 それを聞いたルイ13世が大きく頷いた。

「そうだな、今回、ムーランとセザールにはキエフ公国の西部に向かってもらい、一応、我々はキエフ公国の兵士に加勢する方針で動くとする、良いかな、ムーラン准将にセザール准将?」

「はっ、国王陛下の仰せのままに」

「・・・無論、命に従うのは当然の(ことわり)であります」  

 ムーランとセザールはルイ13世の命令に言葉で忠誠を示した。

 その後、ルイ13世は会議室の周りの者たちを見回して言った。

「他に、この軍議に意見する者はいるか?なければ今回の軍議はこれにて終了にする」

 

 その後は誰も他に意見する者はおらず、ルイ13世の「鶴の一声」でこの御前会議は終了となったが・・・、そのルイ13世がこの会議室から去ったのをいいことに国王の妻であるアンヌ・ドートリッシュが、ジュール・レイモン・マザランに対し、

「ねえ、マザラン法相、実は最近、パリの第7区に新しい温水プール場がオープンしたの、今度、2人で行きませんか?」

 と、マザランに不倫ともとれる誘いを行った。

「し、しかし、王妃陛下、私にも内縁の妻がおりますし、プライベートなお付き合いは・・・」

「そんなつもりはないわよ。ただ、マザラン法相も智勇兼備な方、私はプールサイドであなたのその引き締まった体が見たかっただけです」

「そ、そうですか、じゃあ、考えておきます・・・」

 と、マザランは内縁の妻、シルヴィ・バルテルミーが聞けばかなり怒りそうな対応をした。

「・・・・・・・・・・・・」

 リシュリューの方は王妃アンヌのしようとしたこと、つまり、このマザランに対する「誘い」を黙認していた。

 

 それから、その後、御前会議が散会となり、その翌日の午前にフランス王国の丞相リシュリューはパリの市庁舎に出かけ、パリ市の市長を3期務めているドリアーヌ・デボラ・クラヴェルの市長室に表敬訪問をした。無論、ルイ13世の妻、アンヌ・ドートリッシュが指摘する通り、国政の重要な決定事を男だけで行ったことを謝罪とは言わないものの、一応、気配りを示すための行動でもあった。

 リシュリューがクラヴェルに一礼して握手した。

「どうも、クラヴェル市長、お久し振りです」

「ええ、お久しぶりですね、リシュリュー枢機卿。40歳を過ぎても、外見は20代の青年のように純朴ですね」

 実は、このクラヴェルは、リシュリューが20代前半で大学の文系学部を卒業していたが、30代半ばの頃から理系の勉強に興味を持ち、勉学をやり直していたが、その時に学費や生活費をある程度彼に支援してくれた「パトロン」であったのだ。

 それゆえ、リシュリューは身分がクラヴェルよりも偉くなった今でも、頭の上がらぬ存在であったが、政治家としてのキャリアがリシュリューより長いこのクラヴェルを「目の上の瘤」と思ったことは一度も無かった。

 リシュリューがルイ13世の意思と自らの考えをクラヴェルに伝えた。

「国王陛下からの伝言にございます。クラヴェル市長のような「大物」を今回の御前会議に召喚しなかったのは予の不徳であると、申されておりました。私からも深くお詫びします・・・」

 しかし、クラヴェルはあっけらかんと答えた。

「いいのよ、そんなこと、もうこの歳で「紅一点」を気取るのはちょっと恥ずかしいから・・・」

 それを聞いたリシュリューは少し安堵した。

「さすがはクラヴェル市長、変わらぬ寛大な精神に感謝致します」

 ここで、クラヴェルは少し話題を変えた。

「でも、なんでも、その御前会議中に若い女性が3人程、なだれ込んで来たそうね」

「はい、国王陛下の妃、アンヌ・ドートリッシュ様と、あのSTAP細胞騒動を起こしたケイト・ノエル・ラングレー、それに私の目の掛けたサラ・カルマン・セラフィムが大挙して、とは大げさですが、いきなりやって来まして・・・」

「私に言いたいのはそれだけですか?宰相閣下?」

 そこでリシュリューは首を横に振った。

「いえ、実を言いますと、私の後継者にもふさわしいと思っている、ジュール・マザランにアンヌ様が私的な誘いを掛けたところを見てしまったのです・・・」

 リシュリューは話を続けた。

「無論、ラングレーは亡くなったサザーランド教授と不適切な関係だったらしいですし、そして、真面目な理系女子だと思っていたカルマンも今日、シャネルの香水の匂いをプンプンさせていまして、どうして、ああ若い女性はああなんでしょうか?」

 それを聞いたクラヴェルは少し嘆息して答えた。

「色気より食い気・・・、という価値観になるには女も熟成が必要よ・・・」

「そうですか・・・、若い男に暴力や腕力でものを言わせようとする者がいるのとある種根本は同じかもしれませんね・・・」

 クラヴェルは自らの秘書であるアドリエンヌ・ジスカール・デスタンに淹れさせた紅茶を少し口に入れた。

「もう私に会話する内容はないのかしら?」

「は、はい。ただ、私の投獄中、飼い猫の面倒を見てくれたのは、クラヴェル市長の秘書であるジスカールさんです。そのことも今日は感謝の礼を言いに来たのです」

 丁度、リシュリューはバスケットに自分の飼い猫を入れていたのであった。

 クラヴェルはここで一つの提案をする。

「実はこのジスカールも猫を飼っている。ここの市庁舎の中庭は十数匹の猫たちの遊び場になっているから、今日はその飼い猫もそこで遊ばせるといいわ、私、これからちょっと、息子のことで出かけなきゃいけないの・・・」

「は、はぁ・・・」

「では、リシュリュー枢機卿、一緒に中庭に行きましょう、実は私も、2匹目に飼いたい猫をこの中庭で見たかったのですよ・・・」

 この場で初めて、アドリエンヌ・ジスカール・デスタンは声を放ったのであった。


 このパリ市庁舎の中庭ではクラヴェルの言う通り、「十数匹の猫の遊び場」であり、軽食も取ることができた。その「猫カフェ」に晩冬の冷たい風が吹く中、リシュリューとジスカール・デスタンは会話を始めた。

「ジスカールさん、あの時は本当に助かりました。今、僕の猫がここの猫たちと戯れることができるのは、あなたのおかげです」

「宰相閣下、気にしないでください、私も市長の指示で動いただけですから・・・」

 このアドリエンヌ・ジスカール・デスタンは50代前半の女であったが、自らの秘書、カミーユ・ヴァランチノアと違って、自分が仕える人を権威者に売ったりしなかったので、リシュリューの方も、一時的には「恋愛感情」も生まれたかもしれないが、自分はフランス王国宰相なのだから、と言い聞かせ、あくまでも人とは公明正大に接しなければならないと、このジスカールに対してもそう思ったのである。

 コーヒーとチョコレートのロールケーキが運ばれてきたところで、リシュリューはジスカール・デスタンに訊いた。

「ところで、クラヴェル市長、何か息子さんの件で忙しいそうですが?何かあったのですか?」

「何でも、バーで知り合った女性と一方的に深い関係になろうとしたそうですよ、それで、その女性と慰謝料のことで話し合わねばならないようで、市長も多忙なのに・・・」

 ジスカール・デスタンは出された紅茶とチーズケーキを口に運んだ。

 リシュリューが聞きづらそうにジスカールに訊いた。

「あのクラヴェル市長から聞いたのですが、ジスカールさんにも「結婚」の経験があると・・・」

「はい、私の旧姓はシュバリエです。私が結婚をしたのはかれこれ20年以上も前ですが・・・」

「つまり、ジスカールさんはクラヴェル市長のように自分の子供を世に残す選択もあるにはあったんですか?」

「はい、しかし、元夫の暴力がひどくて、夫婦喧嘩の末、夫の方から出ていきました、おかしな話でしょう?」

 しかし、ここでリシュリューは頭をジスカール・デスタンに下げた。

「いいえ、もしも、あなたが一児か二児の母になっていれば、おそらく、僕の飼い猫「レムス」の恩人とはならなかった筈・・・、人間の人生の選択にて、完璧な選択はないと思います。改めて、レムスの命を助けてくれたこと、感謝の意を表します」

「いいえ、頭を上げてください、宰相閣下、あなたが出獄したあの時、私たちは勢いで同棲をしなくて本当に良かったと思います。閣下とはそういう間柄ではないと思いますので・・・」

 ジスカール・デスタンの対応は慇懃そのものだった。

 それに対し、リシュリューは、

「はい、世の中には「不即不離」即かず離れずという言葉があります。この間もランスに住む僕の母親に、ジスカールさんと「結婚」とは言わないものの、もっと近しい関係になれないのかと、手紙がありましたが・・・」

 と、ジスカール・デスタンに言い出しにくそうに答えた。

 しかし、ジスカール・デスタンは、この後リシュリューにきつい質問をする。

「でも、あのSTAP細胞騒動の当事者であるケイト・ノエル・ラングレー被告の弁護はサラ・カルマン・セラフィムさんという30代前半の女性がするそうですね?」

 それを聞いたリシュリューは如何にもジスカールに得意気な素振りをした。

「はい・・・、彼女、サラとは数年前、パリ大学の大学院で知り合いました。歳の割には怜悧な頭脳の持ち主で、今回の裁判ではラングレー被告の弁護をしっかりやってくれると思います」

 しかし、ジスカールはリシュリューのそのサラ・カルマン・セラフィムを褒めるような口振りが気に障り始めた。

「宰相閣下、あなた随分、そのカルマンさんを褒めちぎるのですね?」

「褒めるなんて、そんな・・・、ただ、僕はあのラングレー研究員の世間でのイメージが余りにも「黒」っぽいので、カルマン司教のイメージは「白」ということで、世間に知れ渡って欲しいのですが・・・」

「何が「白」ですか!あのアルバイトの小娘が!」

 ジスカール・デスタンはテーブルにその拳を叩きつけた。実は、あのサラ・カルマン・セラフィムはパリ大学の学生時代にアルバイトでパリ市庁舎の事務をしていたのであった。それゆえ、パリ市長の秘書を長年務めているジスカールにとって、そのリシュリューの態度はジスカールを知らない間にそのプライドを傷つけるものであった。

 ジスカール・デスタンがその怒った理由を話した。

「あのカルマンさんの採用を決めたのは保健医療課の人事部長です。その人事部長とカルマンさんの関係は、サザーランド教授とラングレー研究員のそれと同じです。ただその人事部長は去年市長と対立してここを離れましたが・・・」

「そ、そうですか、それは知りませんでした・・・」

 さすがに、この「恩人」のジスカー・デスタンルの前で、サラを褒めちぎったのは失敗だったとリシュリューは後悔した。

 実は、このアドリエンヌ・ジスカール・デスタンはカトリック系の大学を卒業した為か、例えば、「自殺」という行為はその周りの人々を一生悲しませる為、それを絶対悪と見なしていたが、その反面、親しい間柄の人とのプライベートな付き合いに距離を置き、また、嫉妬深いところもあり、このリシュリューがクラヴェル市長にパリ大学の聴講生として、支援を受けていた頃は、一生懸命にリシュリューの世話をしていたが、2年前から、リシュリューが「フランス王国宰相」として多くの若い女性にも顔を出す立場になってからは、そのことに「あまりいい顔」をしなく始めたのである。

 そして、この話題から話をそらすようにリシュリューはこの中庭にいる十数匹の猫に目を向けた。

「ここにいる猫の大半は避妊・去勢手術を受けています。まあ、猫は一度に数匹を産みますから、当然といえば当然ですが、我が国の学者や官僚は清帝国で発生したコロナウイルスの対策とは別に、少子化対策をやれだの、昨日入って来たニュースですが、ロシア帝国のキエフ公国侵攻のことについても対応をしなければなりません」

 それを聞いたジスカール・デスタンはリシュリューに問いかけた。

「一体何が言いたいのですか?宰相閣下?」

「つまり、高齢者の数が増えて、人が死ななくなるから、少子化が進むのです。まさか、いっそのこと、この新型コロナウイルスで多くの人々が亡くなって、尚且つ、神聖ローマ帝国の内戦やキエフ公国侵攻で多くの人々が死ねばベビーブームが産まれるとは口が裂けても言えませんが・・・」

 ジスカールは眉を顰めた。

「そういうことは・・・、失礼ですが私にはお答えしかねます・・・」

 リシュリューは思い出したように言った。

「そうだ、思い出した、ジスカールさん、実は、数年前、オベールさんというお互いに苦学した大学時代の同級生と食事したのですが、その時に・・・」

「その時に・・・、何でしょうか?宰相閣下?」

「彼、オベールさんの大学での専攻は僕と違って理工系なのですが、彼は20代後半で結婚して、その後バツイチになったのですが、子供を持つ意志はなかったらしく、フランス王国の人口なんて現在の3分の1でいいと言う始末、無論、ただ人口が増えればいいという訳ではありませんが・・・」

 ジスカールはそのオベールの真意を察するように答えた。

「その考えはオベールさんなりに貧困や紛争を消滅させる方法だったのではないのですか?」

 しかし、そのジスカール・デスタンの推測にリシュリューは反論する。

「彼は27、8歳の頃、1492年のコロンブスによる西インド諸島発見に使われたサンタ=マリア号を作った技術者の名前は誰も知らない、だから、自分はそういう技術者になりたいと言ってました。無論、人間は自らの子孫だけが後世に遺る訳ではありません。しかし・・・」

 しかし、そのジスカール・デスタンの推測にリシュリューは反論する。

「多くの働く世代がそういう無責任な考え方をしているから、新型コロナウィルスみたいな疫病が流行するんですよ。これは一種の祟りです。尤も、僕も40歳過ぎて結婚しているわけではありませんが・・・」

 この後、ジスカール・デスタンは懐疑的な目をリシュリューに向けた。

「宰相閣下の聖職者としての身分は枢機卿ですよね?カトリックの聖職者として結婚はできない筈ですが・・・」

 リシュリューは頷いて答えた。

「ええ、でも、聖職者をやめれば結婚はできます」

 この後、リシュリューがジスカールに一礼して言った。

「ところで、ジスカールさんもこの後、市長不在の留守番をしなければならないでしょうから、私もこれにてお暇します」

「あの・・・」

 リシュリューが出掛けようとすると、ジスカール・デスタンはそれを制止しようとして、まだ何か話があるような素振りを示したが、彼はそれをやんわり断った。

「また、ジスカールさんの話は後で聞きます。僕も仕事があるので・・・」

 そう言った後、2人は恋人同士でもないのに別れ際に抱き合い、リシュリューもこのパリ市庁舎に連れてきた飼い猫「レムス」をバスケットに再び入れて、公務に復帰したのであった。


 数日後、神聖ローマ帝国、バイエルン州ニュルンベルクにて、この地に赴任したアゼリア・ラ・トゥールモンドとパトリック・ド・ヴェリエたちの名目上の目的は「新型コロナウイルスから難民を守る」ことであったが、この地でプロテスタント側の権益も守らねばならなかったのだが、この地で「少数派」のプロテスタント側の軍隊はカトリック軍の激しい攻撃に晒されていた。

 アゼリアが馬上で胸甲騎兵の出で立ちで銃士隊と砲兵に指示を出す。

「銃士隊はもっと敵を引き付けから射撃せよ!砲兵は砲弾を放つとき、着弾時の時間をきちっと図るのだ!」


「ふう・・・・・・」

 プロテスタント側の要塞となっている「フェルセン(フォート)」でアゼリアは一息ついた。

 と、そこへ、彼女の相方とも呼べる男、パトリック・ド・ヴェリエがやって来た。

「アゼリアはん、何の用かは知らへんが国王陛下のお使いの奴が来ましたで」

「使者・・・?一体、何の用なのかしら?」

 戦いで疲れた体を起こし、アゼリアは鎧を脱ぎ、軍服姿で国王ルイ13世の使者を迎えた。

 その使者の持ってきた書状に対し、アゼリアは驚愕の様子を隠さなかった。

「何ですって?私にあのミネルヴァ・フォン・イシュタールの代わりに新しくプロテスタント側の最高司令官になれと、国王陛下はそう仰せなのですか!」

「はい、この仰せは3日前の御前会議の陛下の決定そのままであります」

「・・・・・・・・・・・・」

 沈黙するアゼリアに、副官のヴェリエが、

「こいつはアゼリアはん、名誉挽回のチャンスがいきなりやってきまりましたはな」

と、喜んだ様子だったが・・・、アゼリアの方は、

「しかし、このバイエルン州はカトリック教徒が多く、少数派の我々がエアフルトまでの150キロ、どのように侵攻するかを考えねばならないわ・・・」

 と、懐疑的になったが、この時、あのパリのセーヌ川で知り合ったアクセル・エリクソンなる金髪・碧眼の男が2人の前に現れた。

「そのことなら、この俺に任してもらおうか」

「アクセル・エリクソン・・・、あなた、何かこの地のカトリック軍の大軍を突破する戦術を何か持っているの?」

「もうあと1週間持ちこたえれば、スウェーデン王国からの援軍が来る・・・。そして、その援軍が着た時、俺たちは歩兵・騎兵・そして砲兵からなる三兵戦術でこのカトリック軍の根城であるこのバイエルン州から突破するんだ」

「三兵戦術・・・」

 アゼリアはその言葉に何かのエピソードを思い出した。確か、スペイン王国軍のテルシオ軍団を率いる将軍が北方の将軍だか王にその戦術で敗れ去ったことを思い出したのであった。

 そして、それ以上言葉を発しないアゼリアに対し、「相方」のヴェリエが、

「アゼリアはん、ここはこの金髪の兄ちゃんに任してみるもの一興だと思うで」

 と言って、このアクセル・エリクソンを信頼するような発言をした。

「わかりました、では、アクセル・エリクソン、我々はあなたの戦術に賭けてみます」

 と言って、約1週間、この「フェルセン(フォート)」での籠城戦を覚悟したのであった。

 しかし、アクセル・エリクソンの方は、

「2人とも、いや、特にアゼリア・ラ・トゥールモンドとか言ったな、君は戦いの最中とは言え、少し力み過ぎている。一息つくか、食事でもした方がいい」

 と、アゼリアに対し、「自分の方が戦い慣れしている」ことをアピールしたのであった。

 それに対し、アゼリアはこう答えた。

「そうですね、このバイエルン州のビールはおいしいですし、じゃが芋やザウアークラウト以外の料理も豊富ですからね、あっ、そうだ・・・」

 アゼリアは思い出したようにアクセル・エリクソンに話しかけた。

「数日前にロシア帝国がキエフ公国に侵攻したらしいけど、アクセル・エリクソン、あなたスウェーデン人よね?この戦いにはどちらにつく気なの?」

 その質問にアクセル・エリクソンは暫く黙った後、アゼリアに割と慎重に答えた。

「俺はスウェーデン人だ、北欧はロシアと違う、ロシア帝国がスウェーデン王国に侵攻しないように気を張っているぜ」

「そうなの・・・」


 アゼリアの短い返答から、8日後、このバイエルン州ではカトリック軍3万5000に対し、フランス王国軍とプロテスタント側の兵は合わせて1万5000という数字上の不利もあったので、ハンス・ゲオルク・フォン・アルニム・ボイツェンブルク率いるカトリック軍に対し、この1週間に拷問のような猛攻を受けた。

 しかし、この「フェルセン(フォート)」と中世以来の城壁を使った城塞都市と化していた、そのニュルンベルクの街の地形を利用して、アゼリアたち率いるプロテスタント側の軍は良く持ちこたえ、そして、遂にスウェーデン王国の援軍1万をこのニュルンベルクに迎え入れたのであった。

 スウェーデン王国軍の将軍であるグスタフ・ホルンとレンナート・トルステンソンがアクセル・エリクソンと握手する。

「エリクソン大将、良くぞカトリック軍の大軍の猛攻を持ちこたえてくれました、その用兵に感謝致します」

「?」

 アゼリアとヴェリエはこの3人の将軍のやり取りを見て、頭にクエスチョンマークが浮かんだ。あのアクセル・エリクソンなる若者はかつてパリで私と会った時に、「自分は売れないEDMのDJをやっている」と言っていたのに、どうやらスウェーデン王国軍内では「大将」らしいが、何か他の将軍にはそのアクセル・エリクソンに対する態度が妙に恭しいのが気になったのであった。

 しかし、そんなことは気にするなと言わんばかりに、アクセル・エリクソンがここにいる諸将に指示を出す。

「いや、皆な、今回の任務はこのアゼリア・ラ・トゥールモンドをミネルヴァ・フォン・イシュタールに代わって神聖ローマ帝国・プロテスタント側の最高司令官にすることだ。その為に、このニュルンベルクからエアフルトまでの150キロ、この兵の数で突撃する、以上だ」

「わかった」

「了解」

 ホルンとトルステンソンがそれぞれアクセル・エリクソンに合意の返事を送ると、神聖ローマ帝国のプロテスタント側の軍、フランス王国軍、そして、スウェーデン王国軍の三者は、このカトリック勢力の「牙城」を突破して、エアフルトまで強攻することになった。

 そして、アクセル・エリクソンが1個の砲弾を持ちながら、ここにいる皆に作戦の指示を出す。

「皆の者、この砲弾はキャニスター弾と言って、この砲弾が着弾時に中に入っている散弾が飛び散る仕組みになっている。この砲弾で、あのカトリック軍の将兵の目の色を変えてやれ」

 それに加え、アクセル・エリクソンは流言蜚語も戦術の一つとした。

「わが軍に敵対するカトリック軍の兵士の間に、あの新型コロナウイルスのクラスター感染が始まったと、間者を使ってデマを流すことも忘れるな」

「はっ、かしこまりました。エリクソン大将閣下」

 ホルンとトルステンソン、それに今回はアゼリアやヴェリエの率いる兵士たちもアクセル・エリクソンの指示に従ったが、このキャニスター弾を使うことと、アクセル・エリクソンの得意とする「三兵戦術」、それと流言蜚語を使うことによって、今まで劣勢だったプロテスタント側の兵士たちが息を吹き返し始めたのであった。

 この突破作戦ではアクセル・エリクソンの用兵の妙が際立った。

「凄い・・・、あの大軍のカトリック軍がこのエリクソンの指揮する兵たちの使う砲弾で皆、蹴散らされていく・・・」

 アゼリアはそう絶句して、息を呑んだ。ヴェリエの方も、

「この金髪の兄ちゃんの用兵術、これは軍神並みやで」

 と、固唾を呑んだ。

 当然、反対に、この地のカトリック軍を束ねる将、ハンス・ゲオルク・フォン・アルニム・ボイツェンブルクの伝令が、

「大将閣下、敵軍の砲弾は何やら着弾すると炸裂するような物を使っているようでありまして、わが軍の包囲をいとも簡単に突破致しております」

 と、上官に報告した。

 それを聞いたボイツェンブルクが怒った。

「感心しとる場合か!この包囲を簡単に突破されれば、わしは皇帝陛下に会わせる顔がないわ!」

「す、すみません。大将閣下」

 しかし、ボイツェンブルクは落ち着きを取り戻し、伝令に質問を返した。

「確か、昨日だったな、北方のスウェーデンから援軍が来たのは」

「はい、確かにそうであります」

「ということは、あのプロテスタント側の兵を率いているのは、グスタフ=アドルフなのか?」

「そこまでの詳細な情報は知りえていません」

「とにかく、敵軍を次の目的地へと行かせてはならん。この地で食い止めるのだ」

「はっ、かしこまりました、大将閣下、わが軍の全力を持ってしても、敵軍をこの地で食い止めます」

 その伝令と上官はそのように同意したが、胸中ではこのカトリック軍の3万5000の包囲を突破されるのは時間の問題のように思えてならなかった。

 そして、実際その両者の予測通りに、このカトリック軍の包囲はプロテスタント側の三兵戦術、特に、援軍のスウェーデン王国軍が持ってきた「キャニスター砲弾」の砲兵の攻撃と、「新型コロナウイルスのクラスター感染が始まった」というデマがカトリック軍の兵士の士気を低め、スウェーデン王国軍、フランス王国軍の全体を指揮することになったアクセル・エリクソンの用兵の向上を加速度的にしたのであった。

 しかし、その当事者のアクセル・エリクソンはカトリック軍の包囲を突破した後、兵士たちを休息させたバイロイトの街でアゼリアに対し、こう言った。

「トゥールモンド大佐」

「はい、何かしら?エリクソン大将」

「我々が君にしてあげられるのはここまでだ。君の主君であるルイ13世はあくまで君をイシュタールに代わるプロテスタント側の最高司令官に任命した。これからは君の戦いだ、君の実力であのイシュタールからその座を奪ってみせろ」

「はい、わかりました」

 アゼリアのその答え方はかつて、そのミネルヴァ・フォン・イシュタールに夜襲を仕掛け、やむなく味方の密告によって惜敗したことを忘れさせてしまう程、明朗であった。

 しかし、ここで、アゼリアは、アクセル・エリクソンに対し、

「ところで、エリクソン、あなた、私と同じくらいの年齢に見えるけど、結婚はしているの?」

 と、プライベートなことを訊いてきた。

「・・・・・・・・・・・・」

 その問いに対し、アクセル・エリクソンは「Yes」とも「No」とも答えなかった。

 それに対し、アゼリアは、

「ハハハ、確かに出会って間もないのにそんなこと教えてくれる訳ないわよね」

 と、歯を出して笑うだけであった。

 そのアゼリアに対し、アクセル・エリクソンは、

「俺は一旦スウェーデンに帰って、ロシア帝国がキエフ公国に侵攻したことについて対応しなければならないんだ、スウェーデン軍の指揮はグスタフ・ホルンとレンナート・トルステンソンの2人に任せるぜ」

 と、アゼリアに一旦別れの挨拶をした。

 それから、アゼリア・ラ・トゥールモンド、グスタフ・ホルン、レンナート・トルステンソンらはこのバイロイトで数日宿泊し、その間フランス王国軍、スウェーデン王国軍、それにプロテスタント側の軍、合わせて2万5000はこの地で軍事演習をして、いよいよ、あのミネルヴァ・フォン・イシュタールが指揮するプロテスタント軍の本拠地であるテューリンゲン州エアフルト目指したのであった。

 但し、アゼリア・ラ・トゥールモンドの副官であるパトリック・ド・ヴェリエはカトリック側の軍隊に「今回に限り共同戦線を張れないか」との交渉をする為にボイツェンブルク大将の元へと馬を走らせたのであった。

 

 所変わって、イングランド共和国のケンブリッジシャー・ケンブリッジにて、マスクをした若い男は腕時計を見ながら1人の女の到着を待っていた。

「お待たせしました、ブラジュロンヌ秘書官。到着が少し遅れまして、申し訳ありません」

「いやあ、カルマン司教、そんなに僕は待ちませんでしたよ」

 と、マスクを外した後、この場所で予定より1時間近く待たされたことをサラに伝えなかった。

 その後、サラはブラジュロンヌに今回のイギリス出張の任務の確認をする。

「今回、私たちがこのイングランド共和国に来たのは、あのSTAP細胞騒動を同じケンブリッジ大学のノーベル賞受賞の科学者の方々がどう思っているのか?ということと、かつて、あのラングレー被告と同じ幹細胞の研究をしたロンドン大学のジョン・エイムス・ハウ教授の現在の動向を調べることにあります」

 ブラジュロンヌはサラの話に頷いた。

「ええ、それと、スコットランドヤードの捜査官の人たちと共にこの事件の真犯人を探し出すことですよね」

 それから、ブラジュロンヌの方が少し話題を変えた。

「ええ、それと・・・」

 ブラジュロンヌはやや言い出しにくそうにしていると、サラの方が、

「ああ、そう言えば、このイングランド共和国のクロムウェル護国卿の組む内閣の秘書官と遠縁であるニール・ブラジュロンヌ内務尚書は、噂によると、このラングレー被告の裁判の主任検事に30歳くらいの若手検事を抜擢したとか、

それが寵愛なのかどうかはわかりませんが・・・」

「そ、そうですね・・・」

 いくら自分のしたことではないとしても、ブラジュロンヌは同じ一族の「妙な噂」を自ら言い出しにくそうであった。

 それはそうと、ここでブラジュロンヌは「過去の」思い出を語り始めた。

「カルマン司教、実は僕、あのケビン・デューイ・サザーランド教授と顔見知りの関係だったんですよ」

「えっ?そうだったんですか?」

「でも、あまり語りたくないエピソードなんですけど・・・」

「いや、是非お聞きしたいです」

 サラはブラジュロンヌの過去にあのサザーランド教授との関係があったことに興味津々となった。

「思い起こせば、今から3年前、僕らがパリ大学の大学院生だった時、僕もその時専門的な研究者を目指し、その年の夏にこのイングランドのケンブリッジ大学で大学院生向けの研修があったんですが、その時・・・」

 [ブラジュロンヌの回想、ケンブリッジ大学の近くのホテルにて、]

 そのホテルの浴場は古代ローマの公衆浴場、「テルマエ」風の外観であったが、その中に先に入っていたブラジュロンヌだったが、そこに1人の中高年の男性が入ってきた。

 男の名はケビン・デューイ・サザーランド、このケンブリッジ大学で発生・再生分野の専門分野でトップを走る研究者である。

 2人きりとなったこのサウナ室で、何とサザーランドはブラジュロンヌに言い寄って来たのである。

「ええ、ケビン・デューイ・サザーランド教授といえば、イギリスの再生医療界でトップを走る研究者の方・・・」

「そうよ・・・」

「?」

この時、ブラジュロンヌの脳裏に何故、このサザーランド教授が「女性のような言葉遣い」をするのか?よく理解できなかった。

 しかし、その後、サザーランドはブラジュロンヌに唐突に告白した。

「知ってた?私がオカマだってこと?」

「えっ?そうなんですか?でも、先生には奥さんがおられるでしょ?」

「あーら、うちの家内はただのイミテーションよ」

 動揺を隠せないブラジュロンヌであったが、その後・・・、

「中々、いい胸をしているわね、あなた、ちょっと触らせて」

この時、2人はバスタオルで局部を隠していたが、それ以外の部分は裸だったので、お互いの体を触れることができ為、サザーランドはブラジュロンヌの胸を触ってきたのであった。

 それに対し、ブラジュロンヌは、「これはもしかして、ドッキリカメラなのでは?」と、勘繰り、「だったら、逆にこちらから攻めてやれ」と、思い、その行動を取ったのであった。

「じゃあ、僕も教授の張っている胸板、触っていいですか?」

 それを聞いたサザーランドは些か動揺した。

「何?あなたも「その()」があるの?これは驚きだわ」

 そして、ブラジュロンヌはその浴場の腰掛から立ち上がり、2メートルぐらいの至近距離から巻いていたバスタオルをほどいて、サザーランドに自らの局部を見せたのであった。

「・・・・・・・・・・・・」

 言葉を失ったサザーランドに対し、ブラジュロンヌは再び、腰にバスタオルを巻いて、サザーランドの近くに座り、

「サザーランド教授、これからは先生のことを「ケビン」と呼び捨てにしていいですか?」

と言うと、サザーランドは、すぐに了承した。

「うんいいよ、ケビンでもなんでもいい」

「ケビン」

「おお、来たね、来たね、これから私が徹底的にあなたを鍛えてあげる・・・」

 そう言いながらも、サザーランドの動揺は頂点に達していた。

[ブラジュロンヌの回想が終わる]

「・・・とまぁ、こんなことがあったんですよ」

 そのブラジュロンヌの回想を聞いたサラが呆れてこう答えた。

「あのサザーランドっていう先生、若い女性研究者への関心だけでなく、そういう趣味もあったんですね・・・」

 そういう会話を交わしながらも、2人はしっかりと、このイングランドでの第1番目の目的、同じケンブリッジ大学の研究者でノーベル賞受賞者であるエイドリアン・ネヴィル・ランドルフと、シリル・メイスンの2人に会う要件を済ませにケンブリッジ大学の校舎に向かったのであった。


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