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(2)・美澄川の民宿

この作品は、長岡更紗 さん主催の第二回ワケアリ不惑女の新恋企画参加作品です


1~5同時投稿です


ご指摘を受けて、わかりにくい所に加筆致しました。



 夕食の時間と場所を告げた川辺さんが、軽い調子で聞いてくる。


「お夕飯まで、如何なさいますか?」

「川まで降りてみます」


 私の足は速いけれど、今から出掛けても、叢雲山に着くのは夜になってしまうだろう。それならば、稀少だと聞く芦原を見に行って来ようと思い立つ。


「泥が深いから、お気を付けて」

「はい、写真で見ました」

「道端に水道がありますから。タオル持っていらっしゃるといいわ」

「ええ」


 写真で見た潮干狩りの人々に倣って、膝までズボンをあげて裸足になろう。少し掘ったら、動画で観た小さな蟹が出てくるかも知れない。採取用の小さい熊手を持っていくことに決めた。脅かすのは可愛そうだけれども、実物を見たい気もする。



 板張の廊下の片側だけに並ぶ部屋は全部で5部屋。横に細長い建物である。その2番目に案内される。今、宿泊客は私だけと言うことだ。観光シーズンには少し早い。7月初旬の爽やかな風が、近所でケーキを焼く匂いを運んでくる。

 窓からは、遠くに叢雲山が見える。こんもりとまあるい、優しげな山だ。


「明日は登山ですか」


 午後に到着して芦原を見物し、翌日は叢雲山を登る。そして、そのまま帰路につく。これが、自然愛好家のお決まりのコースなのだ。中には、数日泊まって釣りや川遊びをする人もいるかもしれない。


「はい、叢雲山まで行くつもりです」

「タクシーは予約した?」

「いえ、歩きます」

「えっ、歩けないわよ」

「大丈夫です。3ヶ月山の中で野宿生活したこともありますし」

「歩いたら、健脚の大人でも1日はかかるんじゃないかしら」

「構いません」

「そうお?」

「朝は四時半くらいに出たいのですが」

「それは大丈夫だけど」


 日の出を撮りに芦原へと赴く旅行者もいるらしく、民宿川辺の朝は早いという。



 明日の予定が決まったところで、荷物を置いて、芦原に降りる。不思議な臭いがする。生き物で溢れた川辺には、奇妙な生き物がいそうである。


 私の故郷は町だけれども、町外れの川辺には水の妖精達が暮らしていた。とんがり帽子工房があるだけの、旅人が見向きもしない田舎町である。それでも、時代に適応しながら、町の暮らしを守ってきた。この山合の村と同じように、歴史の隙間をしたたかに生き抜いて、魔法を今日に伝える町だ。


 この村の場合には、自然が人気であるから、ある程度の来訪者はある。突然訪ねてきた私のような怪しいガイジンが泊まれる民宿もある。しかもインターネットで予約もできるのだ。

 魔法は、どこかに隠されているのだろう。宿で感じた不思議な気配は、確かに人間社会のものではなかった。



 結局、奇妙な生き物には出会えなかったけれど、充分に水辺の様子を楽しんで、私は宿に帰った。


 夕食は、1階の座敷で摂った。南表の窓からは、広い庭が見えている。松や椿が日本らしい景色を作り、池の畔に組まれた朝顔を這わせる竹垣には、明日開くつぼみに寄り添う涼しげな葉が夕べの風に揺れていた。


 畳の上には、幾つも低いテーブルが置かれている。座卓と言うのだったかな。座布団に足を折って座るのは、中々に新鮮だ。動画で痺れて転ぶ様子を見た。

 ここでも、ずるをする。万能多言語習得装置とはまた別の道具を使う。持っているだけで血行を良くする道具だ。これは可憐な小花の花びらみたいな、蒼い竜の鱗である。



 食事を終えて席を立つ。座敷の襖を開けたとき、庭の方から小さな女の子の声が、元気に響いてきた。


「おばーちゃーん、ほたる、みにいこー」


 声に思わず振り向くと、丹塗の巨大な盃に乗った4歳くらいの女の子が飛んでくるのが見えた。盃の直径は一間(いっけん)くらいはありそうだ。盃は、庭木を上手に躱して縁先に近づく。



食事を摂った座敷の隣にある台所から、川辺さんが慌てた様子で出てきた。


「たーちゃん」

「おばーちゃん!つららが、よびにきたよ」


 女の子が巨大な盃から縁側に飛び降りると、盃の中から小さな赤い生き物が続いて降りてきた。有名な屏風や日本の絵に描かれた鬼にそっくりである。

 腰には虎縞の半ズボンを着けていて、小さいながらに筋肉質の体である。頭には1本の透明な角が生えていた。


「おっ、新顔かい」


 小さな鬼は、興味深そうに私をみるとそう言った。


「あ、どうも。初めまして。ラーニャです」

「俺はつららだ。よろしくな、ラーニャさん」


 私とつららさんのやり取りをみた川辺さんが、変な顔をしている。


「不思議な生き物には、私、けっこう出会うんです」

「あら、そう?」

「おばーちゃーん、早く乗って」

「これ、たーちゃん、お客様いらっしゃるから」

「えーっ、ほたる、みにいこう?」

「ラーニャさんもどうだい?」

「是非!」


 つららさんが誘ってくれた。私も巨大な盃に乗せてくれるのだろうか?期待で思わず声が高くなる。



「山は冷えるから、上着をお召しになって」


 川辺さんに促され、私は部屋から軽い撥水加工が施された上着を羽織ってきた。川辺さんは、くすんだ青い透かし編みのカーディガンを羽織っている。川辺さんの周りに、先程まではなかった不思議な気配が漂う。


 ずっとこの宿で感じていた気配だ。やはり何かしらの魔法の道具なのだろう。虫除けか、獣避けか、水辺の宵に有効な道具に違いない。蛍狩りなのだから、灯りではなさそうだが。


お読み下さりありがとうございました。

続きもよろしくお願いいたします。

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