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(1)・気付けば40を過ぎていた

ワケアリ不惑女の新恋


この作品は、長岡更紗 さん主催の第二回ワケアリ不惑女の新恋企画参加作品です。


1~5、同時投稿です。

 男社会のとんがり帽子職人業界で、我武者羅に研鑽を重ね、気付いたら40の誕生日を過ぎていた。回りはみんな結婚したけど、私は恋など存在することすら忘れていた。

 或る朝起きて気がついたのだ。誕生日、2か月前だよね?いつの間にそんなに過ぎたんだろ。

 あれ?幾つだったっけ?えーと、えっと、あっ、今年で40だ。



 見習いの時には、女子もそれなりにいた。

 それがいつの間にか、同期は私独りだけ。業界全体でも、先輩には既に引退した80歳と63歳の方。後輩も、女子は10歳以上離れてやっと1人。その下に数人。見習いには10名程度。

 まあ、もともと全体人数も少なく、男性も淘汰されて行く業界ではあるのだが。


 この業界で辛いのは、パワハラやセクハラではない。職人なので技術力は問われるが、問題はそこでもない。単純に体力だ。気力は女性のほうがある。だが、どうしたって体力は劣る。



 とんがり帽子職人業界で二流以上に行く為には、素材の確保を自力でしなければならない。更に上を目指すなら、秘境や魔境に分け入る必要がある。怪我ですむならまだいい。命を落とすこともある。


 この日も、東洋の古い文献から見つけた『虹色の羽』を探しに日本へ向かっていたのだ。早朝の便につつがなく乗り込み、ベルトサインも消えたとき、ふっと思い出した。

 40歳を過ぎていた、と。




 午前中に到着した都市の空港から、在来線を乗り継いで山村へと向かう。次第に家がまばらになり、山が近くなる。木々が途切れて渓流を覗ける場所も通った。

 大小の岩や両岸から低く差しのべられる枝々を乗り越え、白く泡立つ清流は、この旅を成功へと導いてくれる気がした。


 三回ほど乗り換えをし、美雲(みくも)線という単線に乗れば、あとは終点まで乗り換え無しだ。

 一両編成の可愛らしい電車で、人々の様子を観察する。もう通勤通学の時間ではない。車内には7、8人しか居ない。


 伝統柄をプリントした青いシートに、中高年のおばちゃんたちが数人ずつ乗ってお喋りをしている。しゃんとした身なりの老紳士は、旅行鞄を前に置いて目をつぶっていた。


 何かの研究者が、フィールドワークにでも来たのだろうか。

 素材捕りの秘境では、時折学者に遭遇する。身なりも挙動も、ラフな人もいれば、きっちりした人もいる。職人とはまた違った探究心ではあるが、互いに妨害することなく活動出来る種類の人間達だ。



 一両編成の乗り降りをするときは、自動ではないようだ。ドアの側のボタンを押して扉の開閉をする。IC改札の無い駅では、乗降の際にIC乗車券を車内の読取り装置にかざす。親切なことに、停車前に車内アナウンスが流れる。


 乗降方法を見ておいてよかった。終着駅まで行ったのは、私1人だけだったのだ。もしも美雲線で寝てしまっていたら、ドアの前でまごついたに違いない。



 年齢のことなど、またすっかり忘れて山間の終着駅に降り立つ。無人駅だ。短く狭いホームに、屋根しか無いような駅舎がある。不安になるほど何もない。駅前は辛うじて舗装した広場があり、駐車スペースに使えそうだ。広場の周辺には木々が立ち並び、そのまま電車が通ってきた山に続いている。


 到着を報せる電話を入れると、30分程で迎えが来た。ベンチも無い駅前で、立ったままクラウドに保存した文献を読む。

『虹色の羽』は、この地方にある低山『叢雲山(むらくもやま)』にあるらしい。叢雲山には霊鳥がいる。その鳥の羽なのだという。



 叢雲山から流れ出す美澄川(みすみがわ)を臨む高台にある、民宿に泊まる。本家は農家で、この村に古くから住む川辺さんというお宅だ。温泉もなく、特に観光資源は無いように見える寂れた農村だが、実は、美澄川の芦原目当てに自然愛好家が訪れるのだそうだ。


 昔は日本の川の周辺によく見られたと言う芦の生い茂る湿地は、現在では全国でも珍しくなっているのだという。

 昔ながらの自然が残る地域なら、霊鳥もまだ生きているに違いない。これは期待できる。


 どの国でも、低山は開発されて町になってしまったり、まるごとレジャーランドになったりする。大がかりな場合には、切り崩してゴルフ場が作られたりもする。

 そんな時代の波に流されることなく、かといって限界集落になるでもなく、飄々と歴史の隙間に存在し続けるこの村に、私は故郷の面影を見た。




 民宿の川辺さんが、上品な短髪の白髪頭でにこにこと先に立つ。日本語はしっかり勉強したが、実はちょっぴりずるをした。とんがり帽子の素材を探すなかで偶然見つけた、万能多言語習得装置を持ってきたのだ。


 人間の言葉だけではなく、妖精や霊獣の言葉も習得出来る優れものである。これは、ヨーロッパのとある森で、絶滅危惧種の小人から貰った友情の証だ。



 少し軋む木の階段を登り、2階の南側に並ぶ襖へと向かう。


「遠いところを、ようこそ。疲れたでしょう?」

「いえ、体力には自信があるんです」

「あら、頼もしいわね」


 シンプルな白地の襖には、真ん中に幅広の帯が青く入っていた。引手は飾り気の無い円くて黒い樹脂製だ。

 魔法の欠片も無い家だが、どこか不思議な気配が漂っている。


お読み下さりありがとうございました。

続きもよろしくお願いいたします。

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