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 三日後、レイモンド様が遊びに来た。

 私は思ったよりも気持ちが落ち着いていた。

「……あの、この前のお話なんですけど……」

 つい敬語になってしまう。軽いノリで話せる話ではなかった。

「はい」

「お返事をする前に、ちょっと込み入った話をさせていただきたいのです」

「……はい、どうぞ」

 レイモンド様は真面目な顔で聞いてくれている。

 ……ちょっと緊張してきた。この話を他人にするのは初めてだから。

「実は私、魔法が使えまして」

「知っています。貴族の間ではちょっとした話題でしたよ。ウィステリア家の令嬢は魔力持ちだと」

 そうなんだ……誰も突っ込んでこないから知らないと思っていたよ……

「それから、ですね、これは信じてもらえるかわからないのですが、私には大切なことなので言います……」

 息を少し整える。

「私にはすでに夫と子どもがいるのです」

 ……沈黙。

 そりゃ混乱するよね……六才に夫と子どもって……。

 レイモンド様はポカンとした顔をしている。

「……ええと、もう少し詳しくお願いします」

「実は私、魔力のほかに前世の記憶も持ってまして、前世では享年二十九歳で夫と三人のこどもがいました。

まあ、つまり精神年齢二十九歳+六才=三十五歳のおばちゃんなのです……。なんかだますようなことをしてすみませんでした……。

なので……殿下のお気持ちはうれしかったのですけれど、この話はなかったことに……」

 六才の女の子だと思っていたら中身が三十五歳のおばちゃんだったなんて、詐欺もいいところだ。さばが大群過ぎる。

「……ちょっと待ってください……。少し、混乱しています……」

 レイモンド様が制止を入れる。

 それは混乱するでしょうとも……。私だって先日はあなたに混乱させられましたけどね!

 レイモンド様は、じっと難しい顔で私を見ている。

「六才……三十五歳……」

 ブツブツとつぶやいている。

 そしてしばらく考え込んだ後、レイモンド様はニッコリと微笑んだ。

 お、いい笑顔。まぶしい。

「かまいませんよ、結婚しましょう」

 そう言った。

「……は……?」

 今度は私が再度混乱させられる番だった。

 なんで?なんで?なんで?

 私の頭の中は疑問符だらけだった。

 私の予想では、ここでレイモンド様はショックを受けてお別れするという流れだった。

 レイモンド様はそんな私を全く気にせず、私の手をギュっと両手で握る。

 その生々しい感触に私の心臓は一気にはねた。

「僕は年齢なんてまったく気にしません。実年齢だろうが精神年齢だろうが一向にかまいません。愛しています、結婚しましょう」

「ちょっ……! ちょっと待って!!」

 予想外すぎる。

「なんですか? 何かと思えば前世? 終わった話をされても困ります」

 やれやれとレイモンド様がため息をつく。

 いや、困るのは私だ……。

 そしてずいっと顔を近づけてきた。

 また近い! ちょっともうやめて!

「いいですか、僕はあなたのことが好きだ。だから結婚したい。それだけです。年齢とか前世の家族のこととかどうでもいい」

「う……、どうでもいいって……わ……わたしにはどうでもよくないから……」

 私は顔の良さと甘い声とセリフ、あとなんかいい匂いに抵抗してぷいっと顔をそむける。手を放してもらえないので、握られたままできるだけ離れる。近すぎると健康を害しそうだ。

「……忘れられませんか?」

 レイモンド様がムッとした顔をする。

「……そうです……。ですから……ごめんなさい」

 私は頭を深く下げた。

 本当に申し訳ない。あなたが悪いんじゃないんです……。

 どうか気に病まないでほしい。レイモンド様ほどのいい子なら、他に素敵な女の子とお付き合いできるに決まっているから。

 双方沈黙していると、とうとうレイモンド様が口を開いた。

「じゃあ待ちます。あなたがその気になるまで」

「……な……」

 何をばかな、と思い顔をあげてレイモンド様の顔を見ると、とても真面目な顔をしていた。

 その目に捕らえられて、また視線が外せなくなる。

「そもそも、まだ結婚には早いことはわかってました。でも、悪い虫がつかないように早めに示しておきたかったんです。あなたは僕のだって」

 あまりの展開に私の頭はついていけない。

 レイモンド様の目がマジだ。何だこれ……。

 言われてふと気付く。あれだ。ピアノの話だ。あれがいけなかった。楽しいお遊びの一例として話しただけだったのに、あれが気にくわなかったんだ……! ひぃぃ。

 お母さんを亡くしてかわいそうな子どもと思っていたら、とんだ狸だった……。自分の見込み違いに今更気づく。

 これは……ヤバイやつだ……。すさまじい独占欲を感じた。

「まあ、じゃあとりあえずあなたが成人するまで……まずはあと十二年は待ちますよ」

 サラッと言う。

 十二年って……あなたまだ十一歳じゃないですか……。

 しかも『まずは』って……いつまで待つつもり……?

 冗談……と思いたいけれど、底知れないものを感じてゾッとする。

 何か言わなくてはと思うけれど、頭も口も動かない。その瞳にくぎ付けにされたまま、私は一歩も動けない。まずい、まずい、まずい……

 脂汗が垂れる。

「だから他の男と仲良くしちゃイヤですよ?」

 にっこりとさわやかな笑顔でレイモンド様はそう言った。

 ……完敗だった。


 顛末を両親に話すと、爆笑された。

 ちくしょう。

「まあ猶予ができてよかったじゃないか」とお父様は笑いながら言った。

「それじゃあ嫁入り道具をじっくり揃えられるわね」とお母様はうれしそう。

 まだ結婚するって決まっていないんですけど、と一応の抵抗は見せたが笑って流されてしまった。

 ……なんだこれ。

 既定路線が決まってしまったようで悔しい。

 たかだか十一歳の子どもに私は本当に何をやっているんだ!?癪以外の何物でもない。

 確かに!レイモンド様はいい子だし、ちょっとドキドキしたし、ドキドキしたけど……うん……

 あああ……納得がいかない!!!



 ヘンリー先生にも話すと露骨に嫌な顔をされて、「そういうのは私の見えないところでしてください」と断られた。

 恋愛相談はお断りだそうだ。

 最近ヘンリー先生は魔法の研究にご執心だ。仕事の合間によく本を読んでいる。……変な人だ。

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