5 シンシア・ウィステリア、王子様と出会う
それは私が五才の夏だった。
アレクシスは二才になった。もう立って歩いておしゃべりもできる。
子どもの成長は早い。
私は赤ちゃん時代をなつかしみながら、小さな弟にアレコレ世話を焼く。
はじめて「ねーね」と言われた時にはトキメキがすごかった。キュン死という言葉がよぎった。
前世では末っ子だったので、弟がこれほどかわいいものとは知らなかった。私の弟は世界一かわいい。
そんなアレクシスが今駄々をこねている。
「やーよー! お靴はかないの!」
最近アレクシスがイヤイヤ期に突入した。
今日は靴を履かせようとしたら、自分でやりたかったらしく靴を投げられ、そして履くのすらも拒否しだした。
「もー、履かないとお外行けないよー」
こうなるとお手上げだ。
気のすむまで泣かせてから小手先を変えるとか、もう泣かせながら抱っこして移動するかしかない(アレクシスは全身で抵抗して魚のような動きをみせるが)。
私は天をあおぐ。どうにもならないときにどうにかしようとしても無駄なのだ。お空を見よう。ああ、うちの天井の装飾ってきれいだな……
そのまましばし待つ。
どことなく落ち着いてきたかな?というところで
「あ、あれなんだろう?」
と外を指さし興味をそらす。
「わー、くまちゃんも見たいって~、アレクシス連れて行ってくれない~?」
小さなクマのぬいぐるみを差し出し、お兄さん感を刺激する。
「うん!」
ここまでいけばあとは順調だ。アレクシスは自分で靴をさっと履き、クマのぬいぐるみを持って外へと駆け出す。私もついていく。
庭先の花や虫を観察し、ボール遊びをする。
子どもの遊びに付き合うのはまあ疲れるけれど、穏やかで平和な日々。ああ幸せ……
私は心から幸せをかみしめる。
こんな日々が続けばいいと心から思った。
「お茶会?」
「そう、子どもたちで集まってお茶とお菓子を食べる会だよ。シンシアもそろそろお友達をつくってもいいんじゃないかと思ってね」
お父様が言う。
「はあ」
育児に追われ、そういえば私には友達はいなかった。
親戚の子どもと遊んだりすることはたまにあったけれど、基本アレクシスのお守りをみんなでやる会になっていた。
「アレクシスは~?」
お父様によじ登ってアレクシスが尋ねる。
「アレクシスはお父様と楽しいところに行こうか~」
「えー、アレクシスすべりだいがいいー」
「すべりだいしようね~」
お父様はアレクシスにデレデレだ。かわいくて目に入れても痛くないだろう。私も痛くない。むしろ積極的に入れていきたい。
アレクシスはそのままお父様にだっこされて、ぐるぐる回されて喜んでいた。
そんなわけでお茶会の当日。
私はお母様とメイドたちにかわいらしい格好をさせてもらい、お母様と車に乗る。
お父様とアレクシスはすでに公園に遊びに行った。別行動とわかると泣いてしまうからだ。
「エヴォンシャー公爵のおうちはみんな優しいから、きっとお友達ができるわ。ほかにもたくさん子どもたちがきているはずよ」
お母様が優しく言う。
「うん……」
他の人に会うなんて久しぶりの感覚で、ドキドキする。
アレクシスがいれば、アレクシスを介した交流もできるのだけれど、今は私一人だ。……私の力だけでやるしかない。
私はとても緊張していた。
公爵の家につくと、うちよりも格段に豪華な広間にはたくさんの子どもとその母親がいた。
これは、セレブな児童館だ……
ちょっと尻込みしてしまう。
前世では、児童館にも公園にも行って子どもを遊ばせたりママさんたちと世間話をしたり、人見知りをする我が子をお友達とうまく遊ばせようと奮闘したものだったが、自分が子どもの立場になると、なかなか物おじしてしまう。ああ、しおちゃん、みおちゃん(子どもの名前だ)、お母さんがぐいぐい行かせてホントごめん……
今更ながらに前世の子どもたちに謝る。
「ウィステリア夫人、ようこそいらっしゃいました! シンシアちゃんね、今日はよろしくね」
エヴォンシャー公爵夫人とあいさつを交わす。
「きょ……今日はお招きいただき、ありがとうございます。シンシア・ウィステリアです。よろしくお願いします」
私もがんばって挨拶をする。ええとあいさつするときはスカートのすそを持つんだった……
「あらお利口ね。私の子どもたちよ、マイク、ジョーダン、エミリア、オリビエよ」
男の子二人と女の子二人だ。皆私よりも年上だ。
挨拶を交わし、エミリアが私をボードゲームに誘ってくれた。
ドキドキしながらボードゲームで遊ぶ。はじめてだったけれど四人とも優しく教えてくれて、私はとてもうれしかった。
お母様はそんな私の様子にホッとした様子で、他のお母様方と世間話をする。
「今日はレイモンド殿下も来てらっしゃるのよ」
「えっ……この間王妃様が亡くなられたのよね……」
「そう、それからすっかりふさぎ込んじゃって、周りが心配して子どもたちの集まりに参加させてほしいって頼んできたのよ。気晴らしになればって」
「そう……それはおかわいそうね……」
お母様方の会話が聞こえてくる。
王妃様が亡くなったなんて……、確かにちょっと前に我が家もお悔みのために大人たちがバタバタしていたわ。子どもは関係なかったけど。
お母様が亡くなるなんてかわいそうすぎる……
私は自分のこととつい重ねてしまう。
私は死んでも、このとおり転生して元気にやっているからぜんぜんかわいそうではないのだけれど、残された家族はきっと辛いだろう。……うう……乗り越えられていればいいけれど。
お母さんはこのとおり死んでも元気でやっていますと伝えたい……
ふと見ると、金髪の十才くらいの少年がむこうのソファに一人座っていた。さっきまで他の子どもと遊んでいたはずだけど、いつの間にか輪から外れて一人きりになっていた。
「あの子って……」
「うん、レイモンド殿下だよ。僕らもさっき一緒に遊んだんだけど……あんまり今日は乗り気じゃないみたいなんだ」
マイクが答えてくれる。
「そうなんだ……」
うう……、かわいそうだ……なでなでして慰めてあげたい。年上だけど。
私は立ち上がって、ちょっと話してくるとみんなに断ってからレイモンド殿下のソファの隣に座った。
「……こ……こんにちは……ごきげんよう」
ノープランで突撃したため、何を言おうか考えながら挨拶をしてみる。
「……こんにちは」
元気のない笑みをうかべて、レイモンド殿下はあいさつをしてくれた。
「私、シンシア・ウィステリアっていいます。……あなたは、レイモンド殿下……でいいですか?」
「……はい」
会話が続かない。
痛い沈黙が続く。
何を言おう、と考えながら彼を見つめる。
金髪碧眼でとても整った顔、これこそおとぎ話の王子様だ。憂いを帯びた表情も十才にして様になっている。
でも子どもは絶対笑顔の方がいいから!
「ええと!」
私は思い切って立ち上がる。何かしなければ。
踊る? 歌う? ぐるぐると考えて、よしここは踊ろうと決意したところで、
「……別に僕にかまわなくていいですよ」
レイモンド殿下が水を差した。
「……」
十才に気を使われてしまった。いやあちらからしたら私は五才なのだから当然なのだけど、でも本当は二十九歳+五才=三十四歳だから!(自分で計算しといて、いつの間にか三十路を軽く超えていることに若干のショックを受けたけど!)
ここで引き下がってはオカンがすたる。
「いいえ! 私はかまうわ! 私はあなたを笑顔にしたいの! 見てて!」
そう言って、私はカニパンマン体操を早速披露する。前世の幼児に大人気だった体操だ。
全力のカニパンマン体操を踊り終わる。
どうだ!
「ぶっ……なにそれ……」
レイモンド殿下はあっけにとられた後、笑ってくれた。
私はうれしくなって、調子に乗る。
「まだまだ行くわよ! 次はゆうれい体操よ!」
これも子どもたちに人気の歌と踊りだ。アニメの主題歌で紅白にも出ていた。
私は次々に歌と踊りを披露していく。周りがざわついて集まってくる。
私の恥はとっくに掻き捨てられていた。
「なにそれ~」
「えー、おもしろいー」
見たことのない体操にみんな真似しだす。レイモンド殿下も、ついに踊ってくれた。
次々に、前世で子どもたちと踊った幼児ダンスを披露していく。ふっ……幼児クラブ通いがここで役に立つとは……、ありがとう児童館の先生。
UZAやうどん体操、ホタテアサリニクスまで踊る。皆つられて踊り出し、広間は異様な一体感で包まれた。
「はーい、みんな楽しかったかなー? 最後は、ぱわーあっぷっぷ体操だよ~」
ぱわーあっぷっぷ体操を踊り切り、「ばいばーい」で締めた。……やり切った。
完全に歌のお姉さんの気持ちだった。
汗だくでソファに座り込む。
「はぁ……はぁ……」
さすがにつかれた。アレクシスにもここまでやってあげたことはなかった。
みんなに「おもしろかった」、「またやってね」とお褒めの言葉をいただいた。
当初はおしとやかに過ごそうと思っていたけれど、もう……私はイロモノ枠でもいいやと思った。
「お疲れさまでした」
レイモンド殿下が飲み物を持ってきてくれた。
「ありがとう」
いっきにグビグビと飲む。あー生き返るー。
「あなたは……すごいですね……」
お褒めの言葉をいただく。スベらなくて本当に良かった……。
「……ありがとう……ホントはもっとスマートに励ましたかったんだけどさ……」
今更ながら少し恥ずかしくなってきた。
「とても楽しかったです。……ありがとう」
「うん、そう思ってくれたらやった甲斐があったわ。ちょっとは笑えたね?」
「ええ、すごく!」
レイモンド殿下ははじけるような笑顔を見せてくれた。
私はホッと胸をなでおろす。
ちょっとは気持ちが晴れたかな?
「僕とお友達になってくれませんか?」
レイモンド殿下は手を差し出して、にっこりと微笑む。
「ええ、よろこんで!」
私はそれを笑顔で握り返した。
そんなわけで私にお友達ができた。