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1  シンシア・ウィステリア、前世に目覚める

私、シンシア・ウィステリアの記憶は二才から始まる。

ふわふわと、いつものようにこども部屋の中を漂っていた。文字通り宙に浮いていた。

他の人にはできないようだけど、私にはできた。ちょっと床を押してあげるだけだ。簡単簡単。でもメイドに見つかると怒られてしまうから、いないときだけ。

でもやっぱりいつもすぐに見つかってしまう。

「シンシアお嬢様! おやめください!」

鋭く言われて、私はびっくりして泣いてしまう。

悲しい気持ちが洪水のように押し寄せてきた。

「えーんえーんえーん!」

足から着地してぺたんと座って泣いてしまう。

メイドはまたかという顔をしながらも、だっこしてなだめてくれる。

「よしよし」

背中をトントンしてもらうが、気持ちは収まらない。

「えーんえーん」

いつもは立ち上がってだっこしてくれるのに、今日はしてくれないことが嫌だった。

「……もう重いんですから立ってだっこは辛いんですよ……」

一人こぼしながらトントンしてくれる。

「やだー!! たってだっこーたってだっこー!!」

またふんわりと宙を浮いてごねる。

「シンシア様!」

また叱られて、より一層大きく泣いてしまう。

見かねた他のメイドが何かを持ってきた。

「ほらお薬を飲んで落ち着きましょう」

小瓶から小さい器にどろりとした液体を移して、私の口に運ぶ。

ねっとりとした甘い味が口に広がり、私はそれを飲み干す。

だんだんと気持ちが落ち着いてきて、意識がフワフワとしてきた。夢の中にいるようだった。

やっと落ち着いた私を見ながら、メイドたちが話すのが聞こえてくる。

「ああ助かったわ。やっぱりぐずったときはこれね」

「そうね、これがないと育児なんてやってられないわ」

なんのことだろう?でも気持ちがいいからなんでもいいや。

「お休みシロップ様様ね」

「ちょっとならアヘンも役に立つものよ」

アヘン……アヘン……なんだっけ……どこかで聞いたような……

突如私の中の私が目覚めた。

頭の中がぐわんぐわんとかき回される。大量の記憶が私の頭の中に投下され混ざり合う。

「アヘン!」

私は目をぱっちりと開けて叫んだ。

何それ!? アヘンってあれでしょ!? 歴史で出てきた麻薬だ!

今私そんなもの飲んだの!?

愕然としてメイドの持っている茶色い小瓶を見る。

やばい、やばい、殺される。

そう思った瞬間、私はメイドから小瓶を取り上げ思い切り床にたたきつける。

バリンといい音がして小瓶も中身も飛び散った。

そして私は走って子ども部屋のドアから脱出する。

逃げなきゃ。私は毒を盛られた! こんなところにいられない。どこか安全な場所へ。

「シンシアお嬢様!」

メイドたちが追ってくる。

私はかまわず長い廊下を走り、そして誰かにぶつかった。

「シンシアお嬢様」

ぶつかった相手は私をしっかりと捕まえる。

見上げるとそれは執事のヘンリーだった。ヘンリーは黒い執事の制服をきっちりと着こなし、黒い髪はしっかり撫でつけられている。隙のないそのたたずまいに私はすがった。

「ヘンリー! やめて! 私殺されちゃう!」

私は必死に訴えてジタバタとその手から逃れようとするが、びくともしない。

ヘンリーは表情を変えず私を持ち上げて、子ども部屋へと連れていく。

「いったいどうしたのですか?」

メイドに尋ねる。

「お嬢様がいきなり暴れて薬の瓶を割って走り出したんです……」

「薬?」

「鎮静薬ですよ。お嬢様があんまり宙に浮いたり泣いたりしてしまうので飲ませたんです」

ヘンリーは割れた瓶を見てメイドに片付けるように言い、そしてしゃがみ込み私の目を見る。そのまなざしは氷のように冷たかった。

「メイドたちを困らせてはいけませんよ。誰もお嬢様を殺したりいたしません。安心してお過ごしください」

「でも! ヘンリー! アヘンが……!」

「アヘン? これは安全に作られている薬ですよ」

ヘンリーは私の言うことなど全く聞かず行ってしまった。

呆然とする私。

じわっと涙がでそうになるが、ぐっとこらえる。

また泣いたらアヘンを盛られてしまう。

部屋の隅っこに行って座り込む。

そばにお気に入りのおもちゃがいくつもあったけれど、それどころではなかった。


一旦、混乱した思考を整理する必要があった。

私は、シンシア・ウィステリア。伯爵の位を持つウィステリア家の一人娘だ。今は二才。

でも、私にはもう一つ記憶があることをさっき突然思い出したのだ。私は小林沙織、二十九歳の主婦だ。夫と二人の娘がいて、もう一人を出産中だった。そう、待ちに待った男の子の出産だった。

三人目だし余裕だと思ったけれどそんなこともなく、痛くて、痛くて、だんだんと意識が遠のいて、周りの必死で呼びかける声が聞こえたけれど、何も口にだせなくて、痛くて、暑くて、だるくて、寒くて…… そこからは覚えていない。

……それがなんで貴族の二才児?

うーんと考えてみるけれど、それ以上を思い出せない。

そしてある可能性に気づく。

もしかしてこれは生まれ変わってしまったというヤツなのではないだろうか?私は出産中に死んで、これは来世なのでは?……マンガじゃないんだからと思うが、それが一番しっくりきた。

キョロキョロと周りを見る。

かわいらしい子供部屋。淡い色の壁紙に小さな椅子やテーブル。

でも現代感がない。おもちゃも木とかぬいぐるみとかでプラスチックのものがない。

メイドたちも……そもそも現代に普通メイドはいないし。この部屋だってさっき出た廊下だって、時代が違うみたい。

そう、まるで昔のヨーロッパのようだ。

窓に映る自分の顔を見る。

私の顔。亜麻色の髪に水色の瞳、白いかわいらしいドレスを着ている。

これが私。

下の娘と同い年だ。まだ赤ちゃんぽさの残る顔立ちとやわらかい手足。

手を挙げてみると窓に映った私も同じ動きをした。

ムニムニと顔をいじってみると、やはり同じ動きをした。

……つまり、私だ。

いや、私のことはいい。それよりもアヘンだ。

アヘンと言えば歴史で習った麻薬だ。高校の歴史でアヘン戦争とかは習ったのを覚えている。絶対飲んだらヤバいやつだ。

なんでそれを私に飲ませるの?敵なのみんな?

鎮静剤って言っていた。

そこで私は思い出した。

昔は体に悪いものだって良いと言って使っていたことだってあったという。現代になって禁止されたものだってたくさんあると聞いたことがある。

つまりこれは今生において確かに『薬』として使っているけれど、そのうちヤバさに気付いて規制されるものなのだ。

でも規制される前に私が死んでしまうかもしれない。

どうすれば……

そう悶々としているとメイドが近づいてくる。

「お嬢様、そろそろ夕飯にいたしましょう」

すでに子供部屋のテーブルの上には私の食事が用意されていた。

「……はい」

椅子にお行儀よく座る。

メイドの言うとおりに食事前のお祈りをする。

食事は基本的に家族ではとらない。お父様もお母様も忙しいし、子どもは子どもの生活をするのが当たり前だ。

私はいつも子ども部屋でメイドたちと過ごす。家族で過ごすのは夕食後の寝る前に少しだけだ。

目の前の食事を見る。

「……」

ミルクにバター付きパンだ。いつもどおり。

……まさかこれも毒が……

警戒しながらも、こんなシンプルなものなら大丈夫か?とも思う。

恐る恐るパンをちぎって口に入れる。

よく噛む。……普通だ。

ミルクも口に入れてみる。……普通だ。

毒の味なんてそもそもわからないけれど、食べなければ飢えるだけだと腹を決めて全て食べきる。

メイドは今日は上手に食べましたね、とほめてくれた。

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