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道がなかった。それは川であり滝だった。横の沢水が溢れているのだ。水しぶきが舞い、増水した水が狂ったように流れている。飛んでるみたいだった。そこかしこでドガガガガという、水とは信じられない音が鳴り響いていた。
三人はずぶ濡れだ。足下は流水、あるいはぬるぬるとした泥だった。急坂で父が足を滑らす。そのまま滑り落ちていく。敦兄さんがかろうじて受け止めた。もう全身泥だらけだ。
「くそったれめ。スー坊平気か!? 無理そうなら引き返すからな!」
「大丈夫!」
叫び返す。ここまで来て帰りたくない。その思いだった。それから格闘三時間。ようやくに到着したのだった。
ドドドドと水を砕く西口に立つ。遠目に、南北両方の沢から水が恐ろしい勢いで流れ込んできているのが見えた。両翼の湖面が渦を巻いている。湖底の色を透かし、湖面は黒く見えた。前方、湖の中央あたりで水の流れがぶつかり、相撲を取ってるかのように激しく、複雑に交差し、バシャッ、バシャッ、と波を打ち上げる。砕ける水だけが白かった。
「……黒鷹が羽ばたいている」
敦兄さんが一人ごちた。
一昨日上げた荷物は無事だった。大人二人はほっとした様子だった。
まずはそのままにして、とりあえず焚き火を作った。空は真夏の空なのに、濡れたせいで少し肌寒い。暑いはずなのに寒い。変てこな感覚だった。
服も半乾きになった。綺麗な水で手と顔を洗い、少し遅めの昼飯を取った。いよいよだった。
打ち込んだペグを抜いてロープをほどき、ブルーシートを外す。表れたのは――
「わあ……!?」
それは、船だった。全長一メールほどの白いプラスチック製の船体。アンテナが伸びている。リモコンの船だった。
「ただのオモチャじゃないぞ。各種センサー満載の、ハイレベル科学船だ!」
敦が自慢する。船腹は透明の硬質プラスチックで、最新のビデオカメラが設置されていた。テープは一時間。エンジンは一基。強力電動モーターだ。これらの電気機器は、自動車のバッテリーで動作させるとのこと。
あと、よく分からない物が搭載されてる。それらが、“各種センサー”というものなんだろう。
従ってチャンネル数が多く、コントローラは大型だった。駅弁売りみたいに、ベルトを首に掛けて操作する格好になった。
ススムにも、もう分かっていた。このハイテク船で、主を撮影するつもりなのだ。
「……!」
科学の力で、主の姿を捕らえる。主が白日の下にさらされる。チラッと、何かしら、かすめる思いがあった。が、このとき、ススムは興奮してしまって、ただただ、これで主を見たい、その一心になっていたのだった。
敦がスイッチを入れ、リモコンの動作チェックをする。
貞次郎と二人して水面に浮かばせる。
「黒鷹丸と命名しようか、あはは!」
敦が興奮気味に声を張り上げる。そして――
「出ッ港!」
ああ! 今!
モーターに電力が繋がり、スクリューが回転する! 波立つ湖面を、黒鷹丸は威風堂々と進行する!
明らかに船のパワーの方が勝っていた。細かい波しぶきが降りかかっているが、抜け目なく防水処理を施している科学船は、びくともしない。
「面ー舵ッ!」
「うおお! すげえぜ!」
貞次郎が年甲斐もなくうなり声を上げた。




