18
八月の曇天の出校日。学校から帰ると、見慣れない白い自動車が止まっていて、敦さんがいた。
「やあ、元気だったか。しばらくご厄介になるよ」
ニコリと言う。
「どうしたの……」
敦兄さんがまた来てくれた事はうれしいんだけど、ただ遊びに来たとは思えない。運んできた大きな荷物も大いに気になった。
「まだ気づかんか、スー坊」
顔を出した父が言う。
「なににさ」
「毎日天気予報見とってわからんか」
「台風……あっ」
敦が笑った。
「そう、来るんだ。予報では明日、この真上を通過する」
貞次郎も笑う。
「五年ぶりの直撃コースだ。黒鷹も荒れるだろうな。さぁ、絶えて姿を現さなかった主様が、この台風でも駄目ってんなら、もう本当に駄目というものだ。南無八幡! 明日こそは運命の分かれ道~ってやつだ!」
わははと笑う。父も敦兄さんも、まるで猛禽類の目だった。
大人二人はすぐに働き始めた。ブルーシートに包まれた、抱えるほどの荷物を背負子に乗せ、黒鷹湖に向かう。ススムはしつこいくらい中身を聞いたが、あとであとで、と相手にして貰えなかった。自分も湖に同行したかったが、天候が怪しくもあり、それも叶わなかった。
だいぶ時間がたって二人は無事に帰ってきた。その表情から、準備が万端整ったことがわかる。荷物の中身は、結局、その時がくるまで内緒にされてしまった。
風が強くなる。夕方から雨が降り始めた。夜半には激しくなり、翌日は豪雨だった。ススムは屋根を叩く音に目を覚まされた。窓ガラスが溶けてるようだった。お昼頃、台風の目に入ったのか、いったんは雨脚が弱まる。すぐにまた激しく降り出して、その後は早かった。夕方ころには目に見えて勢力が衰えていった。台風が、去ったのだ。
「……!」
翌日。嘘のようなすがすがしい朝だった。
三人は万全の装備を調えた。近所の山に行くにしては大げさなほどの重装備だった。父はこっちを見て、
「本当は置いてくつもりだったんだぞ。一緒に来るなら、きっと大人の言うこと聞くように」
かんで含めるように言葉を続ける。
「これから、わしらは、信じられない光景に、出会うことになるんだからな」
「主のこと?」
「それは湖にまで辿り着けたらの話だ」
「……」
ぶるってしまった。三人は出発する。母が、心配そうな顔で見送ってくれたのだった。




