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貞次郎はくだんのクーラーボックスを携えて、母校である町立高校の恩師を訪ねた。
白髪、白衣、黒ぶち眼鏡の宮腰先生。小柄な先生だ。先生の研究室兼応接室は、それこそごっちゃりと科学機材で満杯で、もう全員、立ちんぼで話しするしかなかったのだった。
宮腰は貞次郎の申し入れを、快く聞き入れた。
実験室で魚を解剖して検査した結果、単純に刺し傷によって、死に至らしめられたことが確認される。毒物の反応は『ない』、とのこと。
宮腰は手を拭きながら、穏やかに口を開いた。
「斉藤君はまだ主を追いかけているのかね」
「はい、執念ですわ」
ススムは可笑しくてしょうがなかった。ずっと、父が、かしこまっているのだから。
「お父上か祖父様が、日記とか、何か記録を残してはいないだろうか」
「全然。みんな、そういうものは鬱陶しがるんです。兄貴だけ例外でしたが、日記じゃなくて、釣りの資料だけでした」
「そうですか。いや、昔にも、同じような出来事があったのかもしれない、と思ったのだが」
「文字には残してないけど、仮にこのような事件が起こっていたなら、きっと飯時にも話題にしてくれてたと思うんす。でも、そんな話は、父からもじ様からも、一度も聞いたことねえです」
うんうんと頷く。
「お兄さんの資料、もう一度、目を通しておきなさい。労を惜しんではいかん」
「そうします」
「私の方でも、町の歴史文献を当たってみよう。知り合いの新聞記者にも話してみよう。どこかの誰かが知ってるかもしれん」
「お願いします」
宮腰先生は厳しそうで、優しそうだった。先生はニッコリしてススムを見つめ返す。
「坊やも主を狙ってるのかな」
「そうだよ。ねぇ、父さんのこと知ってんの」
「ああ、よく憶えている。清太郎お兄さんは一番優秀な学生だった。対して貞次郎君は、とかく手の掛かる子だったな」
「せんせ、せんせ……」
父が慌てる。先生はほっほっほ、と笑った。
「僕も先生に教わるのかなぁ」
老先生は首を振った。
「残念だが、今年度で引退だ。坊や……頑張りなさい」
「うん」
とにかく頷いた。




