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 家に帰ると、ちょうど、お客さんが店を出たところだった。

 男の二人連れで、この暑い中、ネクタイを締めていた。白いワイシャツの胸ポケットに、名札が付いていた。

 胸騒ぎがしたススムは店の中に駆け込み、クーラーボックスを床に置き捨てるやいなや――

「今の人たち、だれ!」問いかけたのだった。

 貞次郎が恐い顔を作った。

「なんだお()。挨拶はどうした」

「ただいま! で――」

「うむ、今日はばかに暑いな。どうしたものか……」

「話そらさんでよっ」

 貞次郎は笑って誤魔化す。ともかく、二人は家の奥に入っていくのだった。


 風鈴がチーンと鳴った。貞次郎はうちわで扇ぎながら、冷蔵庫からソーダの瓶を持ってくる。畳に胡坐(あぐら)をかき、栓を抜いてテーブルの二つのコップに注ぐ。シュウウ、と白く音が弾けた。

「ああ、うめぇ……」

 それからススムをちらっと見て、大笑いしたのだった。

「あの人たちはな、町役場の人よ。なんでも、県と協力して、黒鷹湖を観光地にしたいのだそうな」

「なんで役場の人が、オドのとこ来るんさ」

「昨日、小林さんは、まず最初に役場を訪れたんだろう。そら、立場としてしごく当然のことだ。でそこで、わしンこと知ったんだろうから、筋道は全然おかしくねぇ。それで役場の人、色めき立って、会議して、今日、やって来たんだろうさ」

「敦兄さんは、反対すると言ってたのに。だよね」

「そうだろうが、いかな課長さんでも、もはや難しかろうな。お前だってそれは承知だったはずだ。

 この県にはあと三ヶ所、候補地があることは知ってるな。役人が教えてくれたが、そのどれにも、呼び物になるものがねぇんだそうな。当たり前だな。あったら、とっくに観光地になっとるわ。で、わしらの黒鷹が(ぬし)のおかげで、第一候補になるのは間違いなし、て、見込みなんだそうだ」

「――」

「で、わしんとこまで話を聞きに来た、てな訳だ。わしに、観光地化に賛成してもらいたいらしい。どうやらわし等、斉藤家一族を、宣伝の旗頭にしようという腹のようだな。是非はともかく、見る目はあるようだわさ。わはは」

 ススムは焦った。


「オドは反対だよね!」

「うんにゃ」

「え?」

 戸惑うススムに貞次郎ははっきりと言った。

「わしは観光地化に反対しない」

「なんでっ」

「わしは観光地化に反対でもなければ、賛成でもない。

 それが、時代の要求ならば、飲まねばなるまいよ。そういう立場だ。それに、観光地化したって人気が出なかったら、寂れて、元に戻るだけだろうしな。

 幸い、県庁には小林さんのような将来のある、優れた人もいる。そんな人たちが仕事してくれるっつうなら、観光地化しても良かろうよ」

「湖はどうなんの。観光客のゴミで、あっという間に、汚くなる」

「誰かがゴミを捨てたら、拾えばいいさ」

「ずるいよ。それじゃ、まるっきり、こっちが損ばかりじゃん」

「それは間違っている。得した、と思わねばならん」

「なんでさ。ゴミ拾いはちっとも面白くない。腹立つばっかりだよ。人を雇ったらお金が掛かるし、お金を拾ったら違うけど、ゴミはゴミだから、ぜんぜん得じゃないよ」

「ゴミを拾うこと自体が、得なんだ。そう思わねば間違いだ」

「……」

「まあ、スー坊も、いつの間にか言うようになったなぁ」

 感心する顔だ。嬉しいけど嬉しかない。そんなことはどうでもいい!

「――(ぬし)は? 他の、だれかに釣られちゃっても、いいの!?」

 貞次郎は真面目な顔に戻る。

「よかあない。あれはな、わしらの夢よ。あれは譲るわけいかん」

「当然だけど、観光客のほとんどは、釣り人だと思うよ」

 貞次郎、ニヤリとする。

「うまい所突いてきたな。でもな、誰でもいい、今まで、釣り上げるどころか、引っかけた奴さえいたか?」

「今までとは違うんだよ。大げさな話、全国から、名人級の腕自慢がやって来るんだよ。のほほんとしてたら――!」

 そのとき、ススムに閃きが走った。

「……主を呼び物にするんでしょう?」

「そうだ」

「なら、主がいなくなったら、呼び物がなくなってしまう。観光地に決まる前に、釣ってしまえばいいんだ」

 貞次郎がけたたましく笑い出した。

「――えらい策士もいたもんだ! なるほど、主を釣っちまえば条件は他と横並びになる。もしかして、観光地化は(まぬが)れるかもしれんな」

「でしょ。ようは、主なんだ。時代の要求じゃないよ」

「わはは。こいつめ。観光地化によって、いろんな可能性が生まれるんだが……まぁいい」

 くいっ、と飲み干す。タン、と置く。

「現実に、釣れるのか、だ」

「やってみせるさ。そして隠して、ほとぼりがさめたら、リリースする」

 またもや父は大笑いだ。

「好きにするがいいわい。ところで、話は変わるが、どうしたんだ。こんな時間に帰ってきたりして」

「しまった忘れてた!」

 ススムは慌てて店の中に戻った。

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