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二人の話を耳にしながら、ススムは道具の手入れをしていた。ふと、引っかけた針を注視する。針先に色が付いていた。茶色系の汚れだ。何かがこびり付いていた。
「根掛かりして、その隙に逆転されたんだって?」
母が話しかけてくる。
「うん」
針先に触ってみると、硬いのだが、それでも何だか柔らかいような気もする。よく分からなかった。
「なんだろ」
「どら」
サエ子は針をつまむ。そして幾分目を丸くさせた。
「あらら、漆、のようだけど。お椀でも引っかけたんじゃないの」
漆器?
「んにゃ、とても重かった。ロッドがしなったもん」
「だら、漆の倒木かねぇ……。主の鱗でもなさそうだねぇ」
「ちぇっ」
母はからかって笑った。話を耳に入れてたらしい、敦兄さんが声をよこす。
「見せてくれる?」
ススムは針を手渡す。しげしげと見つめる敦さんだ。
「あの周辺にヤマウルシの木は一本もなかった。昔は生えていたんですかね」
「うんにゃ、何百年も昔から、今のまんまだぞ。そういう話だ」父が答える。
「じゃあ、何だ? ……不法投棄か?」
いきなり物騒な言葉を口にし、考え込む。なにやら観光地化の話に、微妙に絡む事態のようだった。
「まぁ、なんだったら、持って帰ったらいいさ」
と父。敦さんは、
「ありがとうございます。頂きます」
ペコリとススムにも頭を下げ、これで話は終わったのだった。
翌日の早朝。チュンチュンと雀が囀る中、ススムは敦を駅まで送った。歩いて行ける距離なのだ。
「観光地化の件だけど、できるだけ他の三ヶ所をプッシュしてみるよ」
「いいよ、ムリしなくても」
「おや、随分と大人しくなったな」
「だって、約束だから。それに、主は、宣伝で重要なマスコットなんだろ」
「あはは。たとえ、どんないいモノがあったとしてもだ。観光地化てのは、地元の賛成がなきゃ、絶対成功しない。その点で言えば、他の候補地の方が積極的でずっといいんだよ」
「……」
到着する。小さな駅。国鉄大森駅。ススムと敦は「おはようございます」と窓口の駅長に挨拶した。駅長も笑顔で挨拶を返す。見慣れた小綺麗な駅舎をあらためて見回し、ここも賑わうようになるんだろうかと、そんなことを思ったりした。
時間がきて、敦の乗った列車が走り去った。ススムは無性に寂しくなって仕方なかった。急に、北氷洋に行ってる兄チャを思い出す。敦さんと違って豪快な笑い方をする人だったが、二人はどこか似ているように感じた。ススムは口笛をピーピー吹きながら、家に帰った。




