第3話 迷宮探索者 イシバシ・グウォン
イシバシこと、イシバシ・グウォンは怒りではらわたが煮えくり返りそうであった。
それは、自分の見通しの甘さに対してだ。
繁華街を抜け、違法区域をまるで断ち切るかのように真っすぐに、ひたすら視線を前にやり目的地を目指し歩く。
それはイシバシの性格を表しているかの様なキビキビとした歩き方だ。
イシバシは齢40も半ばを過ぎ、短く刈り上げた髪型から見えるわずかに錆色掛かった黒髪は、近頃そこに白髪が目立ち始めていた。
頑固そうなしかめっ面と鋭すぎる眼光で、子供達から怖がられるというのはひそかに気にしている事たった。
実戦で鍛え上げた見事な体躯は今だ衰えることを知らず、とは言えその実戦で欠損した部位を魔導機械化する事に否はなく、実際内臓の幾つかと両足の骨は魔導機械化している。 なんにせよ、無機械化主義者などではないのだから。
あれは正に宗教だな……イシバシはかつて席を置いていた管理委員会正規軍にも少なからずいた主義者達を思い出しゲンナリした。
宗教 この迷宮都市にも勿論、幾多の宗教があるが、中でも迷宮都市特有とされるのが『魔獣神秘教』だ。
人々に恐怖を与え人を襲う。 神によって遣わされた裁きの御子 それが『魔獣』。
『魔獣神秘教』の教義は、神の使いであり今の穢れた世を浄化するために遣わされたのだと言う。
そして人々は皆、魔獣の前にその身体を捧げなければならないと。
そのために魔獣が嫌う機械化は許されないのだと言う。
よって、無機械化主義者と魔獣教信徒を混同して考える人も多い。
無機械化主義者と魔獣教信徒とでは、その考え方も勿論それぞれに言い分は違うのだろうが。
『魔獣神秘教』の教義は他にも多数あるがイシバシはそこまで覚えてなどいない。 むしろ忘れたいくらいだった。
バカバカしい。 皆と言うのなら、なぜ幹部連中の顔ぶれが変わらないのだ?
教祖が今だ代替わりしないのはなぜなのだ?
そして、その膨大な額のお布施とやらを一体なにに使っているのか?
かつて、若さに任せて部隊にいた魔獣教信徒に食って掛かって脇腹を刺された過去を思い出し苦笑してしまった。
そういえばあれが原因で軍をやめたのだったな。
イシバシは脇腹を何となく摩った後、何時の間にか止まっていた足を動かし目的地へ向かう
イスナは、イシバシがここに来るまでの間にミズ・モンローに愛銃の整備を頼む事にした。
愛銃、イスナの主に使用している銃は、セイ・ウニカという銃である。
かつてイタリアという国があり、そこで製造されたマテバという拳銃を元に迷宮都市で新たに製造された9mm拳銃の事である。
全長は275mm 重量が1,350g ほど。
銃身の跳ねを抑えるために弾倉の一番下の弾(弾倉は円柱状の形で6発の弾丸が入る)を発射するといった構造を持ち、リボルバーでありながらオートマチック機構を備えている特殊な構造の、俗にオートマチックリボルバーと呼ばれる拳銃である。
ここでいうオートマチック機構とは、初弾を発射しその反動で銃身から弾倉までがわずかに後退することで撃鉄を自動的に起こし、弾倉を回転させるというもので、リボルバーの機構的な信頼性と、自動拳銃並みの引き金の軽さによる命中精度の両立を目指している。
セイ・ウニカはそこに魔導機技術でもって魔獣に対応出来るように改造されている。
もちろん欠点もある。 銃身が下部にあるため照準軸と射線軸が離れている為、わずかに狙いがずれただけで着弾点が大きくずれてしまう点。
そして、イスナ的にはこれが一番問題であるが、構造が複雑であるため製造コストが高くなる事であろうか。 部品交換に幾ら掛かるのか……
当然のように正規ルートでの入手は不可能に近く、ミズ・モンローの店でないと入手もままならない。
イタリア語でセイ・ウニカは、『あなただけの物』という意味を持つ。とミズ・モンローに聞かされて迷わず購入したのだが。 あの時衝動買いをしてしまったかつての自分を殴りたくなったが後の祭りである。
まあ性能に全く問題を感じないのでまあいいか、と思い直した。
「は~い終わったわよ~ぅ」
程なくして整備を終えたミズ・モンローが整備部屋からカウンターに戻って来た。
「あ、ついでにスピードローダー付きで.357マグナムマギ弾を4セットと、.44マグナムマギ弾を2セットよろしく」
ミズ・モンローは再び奥に引っ込むとイスナの注文した品を持ってくる。
「は~い、持ってきたわよ~ でもいいの? .44マグナムマギ弾が2セットで? マンティコア相手じゃ357じゃストッピングパワーが心元な無くない?」
ミズ・モンローの心配も最もであるが、それにイスナは答える。
「あーだいじょぶ。 そもそもバカスカ撃つのは性に合わないし」
的確に急所を捉えればいいのだ。 そうイスナは思っていた。
トリガーハッピーな連中に聞かせてやりたい言葉ねぇと笑いながら、それならとイスナが持ってきていたバレットポーチに注文品を押し込む。
イシバシが店に姿を見せたのはその後すぐであった。
「久しぶりだな。小娘」
イシバシはそう言うとジロリとイスナをねめつける。
別にイスナを威圧する気持ちなどイシバシにはない。 やったとしてもこの小娘が堪えるはずもないのだから。
寧ろイシバシはイスナを高く評価していた。 戦闘のセンス、身体能力そして闘いにおける精神力。 どれを取っても自分のチームメンバーの誰よりも上であると思ってさえいた。
まあ、性格的な問題でチームに引き入れるつもりはまったくないが。
「おーう、イシバシのおっさん。 元気だった?」
強面なイシバシに、ヘラヘラした態度であいさつするイスナにイシバシは内心苦笑するが、別に気を悪くした訳ではない。 むしろ好ましく思っていると言ってもいい。
イスナの性格は理解している…… 理解してしまっていると言いなおすべきか?
基本グータラ、寝て過ごす生活が夢だと公言して憚らないこの少女は、そのガサツな性格ゆえか見た目にこだわらず、身だしなみをもう少しでも整えれば多少は見れた顔になるのにと思ってしまった。
益体もない事をつい考えすぎてしまったとイシバシは気を引き締めると、ここにきた目的を話し出す。
「例の依頼を受けるそうだな? ならば頼みがある」
「頼み?」
イスナは、改まってそう話し出したイシバシに怪訝な顔をする。
「ああ、その依頼だがうちのチームとの共同で当たって欲しい。 それともう一つの依頼と共に」
イシバシとの共同自体はいい。 何度か経験したこともあるし、別段ソロでやりたいという訳でもなし。
しかし、もう一つの依頼とはなんぞや?
イスナは無言で、しかし態度で以て続きを促した。
それを受け、イシバシはそのもう一つの依頼とやらを話し出した。
それによると、イシバシ達は30階層に用があり、なおかつその用にそのマンティコアが関係しているようなのだということだった。
その内容とは、とある令嬢の身元確保であった。
『魔獣神秘教』の狂信者によって誘拐された令嬢の捜索。 イシバシのチームはその依頼を受けこれまで迷宮に潜っていたのだという。
そして今日、見つけたのは15階層のところであった。 狂信者は見つけ捕縛したが、令嬢の方は……
「ほーん。 階層直下型の落とし穴…… ねえ」
階層直下型落とし穴とは、穴が数段下の階層に直接続いている落とし穴のことであり、落として殺すというよりは、落とした階層へ続く隠し通路のような意味合いがある。
狂信者達はイシバシ達に敵わないと知ると、令嬢をその穴に突き落としたのだという。
「どうもその穴に令嬢を落とすことが目的だったらしい。 その穴の下には小娘が受けた依頼のターゲットであるマンティコアがいた。 虫のいい話なのは分かる。 だが俺たちはその令嬢を救出したいのだ、協力してくれないだろうか」
「はーん。 まあいいよ。 あ、依頼料はどうすんの?」
「マンティコアに関しては、倒すのにも協力はするが報酬は受け取らない。 むしろ令嬢の救出の依頼料を幾らか回そう」
イスナはそれを聞いてすぐさま頷いた。 コンマ何秒の世界であった。
「そうか、感謝する」
イシバシはそう言って深く頭を下げた。
イスナはそれに対してはなにも言わず、ただヒラリホラリとその黒造りの魔導機械腕を振るのだった。
黒手、この業界でのイスナの呼び名である。
イスナの四肢は魔導機械であり、その腕は名前の通り黒い金属の光沢で鈍く輝く。
それに対して足は一見生身に見えるよう処理されてはいるが、見る人が見ればすぐ分かる。
その黒い腕であるが、これはかなり特殊な合金で造られているのだろう。
前見た時は.357マグナム弾を容易く弾いていた。 およそイシバシが居た頃の軍でもイスナほどの魔導機械品などは無かったはずだ。
出所の分からない魔導機械を持つ若干14,5歳の少女。
そして彼女のもう一つの呼び名。 魔女……
イシバシはそこまでで考えるのを止めた。 それよりも依頼のことだ。
「チーム編成は自分、シグー、ジェット、ヤンの4人だ。 それでさっき30階に潜ってみた」
ヤンが狙撃手で狙撃銃や長銃で戦う後方タイプ、後はジェットが大槌使い、イシバシは長剣に拳銃などオールマイティだ。
シグーは確か若手の男だったとイスナは記憶していた。 顔は覚えていないが。
獲物は大楯にメイス。 所謂盾職になる。
そうイシバシは説明した。
見事に魔法使いがいない。
イシバシはイスナからの質問がないのでさらに続ける。
「そこで遭遇したヤツ、マンティコアは魔法タイプだった……」
イシバシの言葉にイスカの表情が引きつる。
魔法。 旧時代においては超能力などとも呼ばれた力。
ダンジョンで変容した世界においては現実に存在する力である。
物理法則を無視したかの様な力を操る、まさに魔法と呼ぶに相応しい物。
魔獣の中にはそういった魔法を使うモノが存在し、そしてそれらは脅威度が跳ね上がる。
なるほど…… それであの報酬か。 これは確かに面倒くさい。
イスナは依頼書に提示されていた報酬金を思い浮かべながらミズ・モンローを横目で睨む。
「あらん? だから報酬に色を付けるって言ったじゃな~い?」
そう言いながら投げキッスを送る。
イスカはそれを叩き落としながら、やれやれと言った感じで話す。
「つまり、魔法には魔法……って事ね?」
これはまさにイスナのような魔法使いでないと対応出来ない事だろう。 もしくは委員会直属のスペシャルズが出張ってくるか……
イスナはその内の一人の顔を思い出しゲンナリとしてしまった。
「そうだな、小娘か、後対応出来そうなのは…… スペシャルズの先生に出張ってもらうくらいか?」
図らずも想像していたヤツが話題に上ってしまいイスナは慌てて話を戻す。
「というか、こんなところで油売ってていいの? もうそのご令嬢とやらはマンティコアのお腹の中なんじゃないの?」
その身も蓋もないイスナの発言に苦笑しながら、依頼主から聞いた令嬢の能力について説明する。
「依頼主によると彼女は《聖域》のギフト持ちらしい。 発動していれば後4日は耐えられるのだそうだ」
《聖域》とは、ダンジョンが出来てから数年後に人類に発現した特殊能力の内の一つである。
その力は、魔獣を寄せ付けない(物理的、魔法的に)力である。
この《聖域》を使える者を特に聖女、または聖人と呼ばれることもある。
なるほど、それなら確かに持つだろう。 飲まず食わずで4日も持つなら…… だが。
それと『魔獣神秘教』が狙った理由についても…… どうやらこっちも面倒くさそうではあった。
なんにせよ、イスナは依頼を了承した。 これからイシバシ達のセーフハウスに寄ってからダンジョン入りするので付いてこいと言われ頷く。
楽に終わればいいなぁ。
イスナはそんな甘い事を考えながら、足早に店から出ていくイシバシの後を追うのだった。