7.放蕩王子
で、エリクは現在、砂王城の牢獄にいる。
両手には手枷を嵌められたまま。神刻の力を封じる封刻環ではないので、神術は使えるが、武器を取り上げられてしまった以上暴れたところで分が悪い。かと言ってこのまま大人しく捕まっているわけにもいかないし、まったく悩ましい状況だ。
外は恐らく夕刻間際。明かりもなく視界を黒で塗り潰したような独房で、エリクは深くため息をついた。あまりに暗すぎて見えないが、目の前にはたぶん鉄格子が下りている。さっきここへ連れてこられた際、微かな灯明かりの中で見た独房の印象は牢というより洞穴に近かった。
城の地下に開いた天然の岩窟に鉄格子を嵌めて牢獄代わりにしたような感じだ。
おかげでゴツゴツした床はすこぶる座り心地が悪く、何だか尻が落ち着かなかった。こんなところにいつまでも閉じ込められていたら、確実に気が鬱ぐか狂うかするだろう。地下牢全体に充満している何かの腐臭も耐え難いレベルだし。
「というか早く宿に戻らないとシュレグさんに怒られる……怒られるどころか契約不履行で首を切られるかもしれない。シャムシール人とは絶対に揉めるなと口を酸っぱくして言われていたし……」
「シュレグさん……ですか?」
「ああ、シュレグさんは俺の雇い主だよ。今回の隊商の代表者のような役割をしている人でね。隊商に加わっている商人は昼間、市へ物売りに行っているから、俺は宿屋で待機するよう言われてたんだ。昨日もシュレグさんとシャムシール人の商談に口を挟んで盛大に不興を買ったからね」
苦笑しながらそう言えば、隣でラヴィニアがくす、と笑った気配がした。隣と言っても壁一枚挟んだ向こう側だが、ラヴィニアはちょうどエリクと背中合わせの位置にいるらしい。おかげで声が近かった。喋るのをやめたら彼女の息遣いまで聞こえそうだ。視界が闇に閉ざされている分、聴覚が鋭敏になっているのだろう。エリクは鉄格子の際で壁に背を凭せながら、いつもと変わらぬ声色で話し続けた。
「けど俺は正しいことを言ったつもりだよ。昨日の客は金を持ってるくせに、武器をチラつかせて商品を買い叩こうとしてたんだ。この国には〝商人には手を上げてはいけない〟という暗黙の了解があるらしいんだが、あくまで了解であって法律じゃない。だから俺がみんなを守らなきゃと思って……」
「でも、怒られちゃったんですね」
「ああ。一度シャムシール人と乱闘になると収拾がつかなくなるからな。シュレグさんが言うには、ここじゃ喧嘩が始まると街中に飛び火して、あっという間に戦争みたいになるらしい。まったくシャムシール人の戦い好きには呆れるよ。人を殴る口実があれば、みんな喜んで飛びつこうとする」
「こ、怖いですね……だから表の通りにも、あんなに遺体が……」
「ああ。砂王国に神はいない。ここは神々に見放された土地で、住人も墓を作らないし祈らない。だからだろうな、死人が外でそのままになっているのは……」
「……」
「ラヴィニアにはいるかい、死んだら泣いて祈ってくれる人が」
ラヴィニアが黙り込んでも、エリクは休まず口を動かし続けた。
そうしないと彼女が恐怖に押し潰されて泣き出してしまうと思ったからだ。
冷たい岩の壁と鉄格子に阻まれているこの場所では、彼女が泣き出しても慰めてやることができない。だから少しでもラヴィニアの気がまぎれるようにエリクは喋り続けた。幼かった妹がある夜、怖い夢を見たと言って泣きついてきたときも、彼女が寝つくまでこうしていたことを思い出す。
「ええ、います。村に戻れば両親と弟がいますし……ロマーノという恋人も」
「へえ。恋人がいるのか」
「はい。今年からお国の兵役に出てしまっているのですけど……彼がお務めを終えて戻ってきたら、結婚する約束だったんです。子供の名前ももう決めてあるんだって、彼、とても張り切ってたんですよ。でも……」
掠れた声でそう言ったのを最後に、ラヴィニアの言葉が途切れた。生き別れた恋人を偲んでいるのだろうか。耳を澄ますと、小さく鼻を啜る音がする。
「──名前は?」
「え……?」
「子供の名前。男の子か女の子かでつける名前も違ってくるだろ?」
「さあ……ロマーノはいつも〝生まれてからのお楽しみ〟って言うばっかりで……だけどこんなことになるのなら、ちゃんと聞いておけば良かった……っ」
「なら、帰ったら今度はちゃんと聞くといい。ロマーノだって兵役を終えて帰った先に君がいなくちゃ悲しむだろうし」
「え……エリク、さんは……ここから生きて……帰れると、思ってるんですか?」
「ああ、帰れるとも。言ったろ、必ず君を助けるって」
けろりとエリクが答えれば、ラヴィニアはまた沈黙した。現実を直視しない馬鹿な男だと呆れられたならちょっと切ないが、どうやらそうではないらしい。
ラヴィニアは今度はこらえずに嗚咽を漏らして泣き始めた。
そうして手枷を鳴らしながら、未だ眠るエマニュエルの神々へ縋るように言う。
「わ……私……帰りたい……帰りたい、です……もう一度、家族と……ロマーノと、会いたい……っ」
「その意気だ、ラヴィニア。もう駄目だと思ったときこそ、最後まで諦めないこと。それが肝心だって俺の父さんがよく言ってた。実際俺も投獄されるのはこれが二度目だけど、何とか生きてここにいるし」
「えっ……え、エリクさん、前にも投獄されたことがあるんですか……!?」
「ああ。ルエダ・デラ・ラソ列侯国でちょっと……法を犯して」
「法を犯した……!?」
「いやー、思えばあのときも結構危なかったなー。あと一歩で処刑されるところだったからなー」
「しょ、処刑って……そんなに重い罪を犯したんですか……!?」
「まあ、うん、そういうことになるのかな。実際に罪を犯したのは俺というより、俺の父さんなんだけど──」
「──その父親の名前は、もしかして〝ヒーゼル〟か?」
刹那、暗闇に響き渡った男の声にエリクはぎょっとして声を呑んだ。
ラヴィニアも虚を衝かれたようで「ひっ……」と息を飲んだのが分かる。
直後、すっかり暗闇に慣れた瞳を一条の鋭い光が刺した。
エリクはとっさに腕を翳し、あまりのまぶしさに目を眇める。
「……見間違いかと思ったが、本当に赤い髪だな」
低い男の声はなおも聞こえた。声の印象は若くはないが、老いてもいない。
たっぷりと時間をかけて光を受け入れた目が捉えたのは、複数の取り巻きを連れた長身の男だった。ほどよく鍛え抜かれた体つきに顎を覆う黒い髭。ラヴィニアのそれに似た、ゆるくたゆたう長髪はうなじでひとつに括られている。
加えて薄く胸毛の生えた胸筋を惜しげもなく晒しているこの男は──もしやさっき外で見たあの窓辺の男だろうか? 遠くて顔までは見えなかったものの、野性味溢れる雰囲気が何となく記憶と一致する。
「おまけにツラまで野郎にそっくりときた。こりゃ驚いたな」
「あなたは?」
片手に角灯を提げ、もう片方の手でざりざりと顎髭を撫でる男にエリクは怯まずそう尋ねた。その目が気に食わなかったのか、はたまた気に入ったのか。男は急にしゃがみ込むと、鉄格子の向こうでニヤリと口角を持ち上げる。
「いい度胸だな、お前。てめえから名乗りもせず、王子に先に名乗らせるとは」
「王子?」
「そうとも。俺の名はファリド=ヤウズ=ジャハンギル。現砂王ヴァリスの六男にして、そこの奴隷十七番のご主人様だ」
「彼女は〝奴隷十七番〟じゃない。トラモント人のラヴィニアだ」
「アハッ、バッカじゃないのコイツー! 砂王国ではね、奴隷にはご主人サマが新しい名前をつけてあげるもんなのよ。それまでの人生に綺麗サッパリおさらばするためにね。つまり新しい名前がもらえるまでは、このオンナは〝奴隷十七番〟ってこと! 分かる、ボウヤ?」
と反論した声の下から鼓膜に刺さるキンキン声がして、エリクは鉄格子から頭を離した。見れば後ろの暗闇から飛び出してきた小柄な女が、果樹に跳びつく尾長猿みたいにファリドの腕に絡みついている。正直言って、どうしてこの女にボウヤ扱いされなければならないのかと思うほど歳若い女だった。
髪は男と見まがうほど短いが、顔つきは幼く、ラヴィニアよりも年下に見える。
子供みたいに大きな褐色の瞳は挑発的かつ上目遣いにエリクを見ていて──しかし視線が搗ち合った瞬間、ただでさえ丸い女の瞳はさらにまんまるに見開かれた。
「って、ええっ!? 何コイツ!? 超絶美男子なんですけど!?」
「あはは、ありがとう、よく言われます」
「しかも全然否定しないし!? 牢屋に入れられといてその対応とか、ほんといい度胸ね!?」
「おいラッサ、お前は引っ込んでろって言ったろ。話がややこしくなる」
「だってぇ~、ファリドが新しい女奴隷を買ったって言うからどんな子かと思ってぇ~。そしたら隣にすっごい美青年がいるんだもの、そりゃー気になるってもんでしょ?」
「ほう。つまり俺よりそこのマセガキに抱かれたいってわけか?」
「アハッ、ばーか! もしかして妬いてるのー? 正妻のアタシに内緒で新しい奴隷を買ったりなんかするからよ」
「誰がいつ正妻になったんだ? 思い上がるなよ、奴隷三十二番」
「ああん、アンタのそういうツレないところも、ス・キ!」
……自分は一体何を見せられているんだろう。
エリクは言いようのない虚無感を覚えて、遠い目で目の前の男女を眺めた。自分はこんな男の手下に屈して捕まったのかと思うと、多勢に無勢でもあのとき酒場で戦うべきだったという後悔がよぎる。さすがに相手が多すぎて、ラヴィニアを危険に巻き込むよりは大人しく捕まった方がいいと判断したのだが間違いだった。
何しろラッサと呼ばれた女とファリドは二十近く歳が離れているように見える。
親子ほども歳の離れた少女に手を出す時点できっと彼は変態だ。ルミジャフタの戦士ともあろう者が変態ごときに捕まるとは。一生の不覚かもしれない。けれど、
(このラッサという子も、一応ファリド王子の奴隷、なのか……)
奴隷と言うわりにはとても自由な振る舞いをしているし、下手な砂賊より身なりもいい。勝手に正妻を自称していることについても、ファリドも本気で怒っているわけではなさそうだ。
そもそもファリド自身、王子と言うわりにまったく気負ったところがなくて、態度にもいでたちにも王族らしさは微塵もなかった。まあ、それも砂王国の成り立ちを思えば納得だが、彼が酒場でずいぶんひどい言われようだったのも気にかかる。
確かエリクがのした四人の男たちは、彼のことを腰抜けだのボンクラだのと好き放題言っていた。しかし一方で、ファリドにはかのガルテリオ・ヴィンツェンツィオを討つ秘策があるらしい、とも。
「あー、話が逸れたな。で、お前、名前は?」
「エリクです」
「エリク、か。さっきから聞いてりゃお前、言葉にルエダ訛りがあるな」
「ええ。母がルエダ人で、五歳まで列侯国で育ちましたから」
「その母親ってのは、列侯国イチの美女と謳われた某貴族令嬢か?」
「……」
「名前は確かマルティナ・バルサミナ。ディストレーサ栄光騎士団団長との婚約を蹴って、どこの馬の骨とも知れねえ流れ者とくっついたってんで、一時期大騒ぎになってた女だよな」
「……意外ですね。砂王国の王子が隣国の貴族事情に明るいなんて」
「ま、そりゃそうだ。俺ァ巷じゃ〝放蕩王子〟とか呼ばれてる根なし草だからな。普段は砂王国を離れてあっちこっち旅しながら暮らしてる。しかしまさか、たまたま国に帰ってきたタイミングで野郎のガキに会えるとはなァ」
角灯の明かりの中で凶悪に笑んだファリドが刹那、鉄格子の狭間からいきなり手を突っ込んできた。胸ぐらを掴まれ、鉄格子に引き寄せられたエリクは目の前の王子の意外な膂力に息を詰める──さすがは蛮賊の国の王子と言うべきか。外の砂賊たちに比べると細身だが、鍛え方はかなりしっかりしているらしい。
「なあ。お前の父親、『雷雄』だろ? 俺ァあの野郎に借りがあるんだ。あいつは今どこにいる? 居場所を吐けば隣の女は逃してやってもいいぜ」
「俺はひと言も『雷雄』の息子だとは言ってませんが──」
「んなもんてめえの顔見りゃ一目瞭然だ。生き写しじゃねえか、ヒーゼルのよ。まあ、髪の色はやつよりちょっと薄いか。けどそんなのは些細なことだ。生憎と俺ァ野郎のツラを忘れたことは一日たりともねえんでな」
「え、エリクさん……!」
隣の独房でラヴィニアが怯えているのが分かった。
これ以上彼女を不安にさせたくはないが、しかしどう答えたものか。
エリクは確かに、かつて『雷雄』と謳われた剣士ヒーゼルの息子だった。
父は異郷ルミジャフタの出身でありながら、西のルエダ・デラ・ラソ列侯国で騎士の叙任を受け、貴族令嬢だった母を娶った強者だ。
その類稀なる剣術の才能と雷の神術の併せ技で無数の戦功を挙げたことから『雷雄』と呼ばれ、今も列侯国で語り草になっている男だった。
が、彼が異名のとおりの英雄的人物かと訊かれたら、エリクは首を縦には振れない。父は確かに立派な人だった。列侯国で残した数々の戦歴は英雄と呼ばれて差し支えない。しかし問題は父の人柄にあった。
なんというか、エリクの父はとんでもないトラブルメーカーで、若い頃に旅した土地にこうして禍根を残しまくっているのだ。だからエリクはファリドが父の名を口にしても動じなかったし、正直「わあ、またかあ……」という諦念さえあった。
列侯国で一度牢にぶち込まれたのだって、父がかつてルエダ貴族たちの不興を買いまくったのが原因で、牢を出たあとも何度か刺客を差し向けられてひどい目に遭ったばかり。このうえ砂王国の王子にまで恨まれているなんて、父は一体何をやらかしたのか。
エリクは胸ぐらを掴まれたままため息をつきたいのをどうにかこらえた。
恨むよ父さん、と胸中で呟けば、自分そっくりの顔をした父が記憶の中で「わはは、悪い悪い」と笑って頭を掻いている。おかげで緊張感が薄れてしょうがない。
まあ、とは言え一国の王子を前に怯まずいられるのもそのおかげか。
エリクは能天気で楽天家だった父との記憶に想いを馳せながら口を開いた。
「……父の居場所を教えれば本当にラヴィニアを解放していただけるんですね?」
「ああ、正直に答えればな。デタラメはお断りだぜ? 確かこういうとき、お前ら外の人間は神に誓うんだろ? あー、あの神の名前はなんていったか……」
「真実の神です」
「そう、ソレだ。そいつに誓え」
「ではあなたもラヴィニアのこと、エメット神に誓っていただけますか」
「あー、誓う誓う。誓うから早く教えろ」
「でしたら俺もエメットに誓ってお答えしますが──父は天樹に召されました。どうしても果たし合いたいのでしたら、どうぞ空の上でご存分に」
あれほど饒舌だったファリドが、目を見張ったきり黙り込んだ。
隣では身を乗り出したラッサもまた目を点にしてぽかんとしている。
かと思えば彼女はいきなり吹き出し、ケタケタと笑い始めた。地面に腰をつき、腹を押さえるほどの抱腹絶倒ぶりで、甲高い笑い声が洞内に反響する。
「キャハハハハハハ! こ、この子、ホントに面白いんだけど! 仮にもファリドは砂王国の王子だよ!? なのに遠回しに〝死ね〟って! キャハハハハハ!」
「……おい、さてはてめえも無神論者か?」
「まさか。俺は敬虔な信仰者ですよ。主な信仰対象は太陽神シェメッシュと正義神ツェデクですが」
「んなこと訊いてるんじゃねえんだよ。あの野郎がそう簡単にくたばるわけねえだろ。『雷雄』は殺しても殺しても死なねえことで有名な──」
「あなたと父の間に何があったのかは知りませんが、父はただの人間です。神でも神子でもないのだから死ぬときは死にますよ。殺されたんです、白き魔物に」
「白き魔物? なんだそりゃ」
「俺も知りません。郷の長からそう聞かされただけで……俺は父の死に目に会えなかった。だから探っています。父が殺された理由を」
エリクがまっすぐ見据えてそう答えれば、さしものファリドも話を信じざるを得なかったようだった。彼は放心した様子で束の間沈黙すると、突如右手に力を込めて鉄格子越しにエリクを突き飛ばす。両手の自由を封じられているせいで上手く受け身が取れなかった。エリクは地面から突き出た岩の突起に腰を打ちつけ、痛みのあまり声を詰まらせる。瞬間すらり、と、刀剣が鞘を擦る音がした。
「殺しちゃうの、ファリド?」
つまらなそうなラッサの声が響く。
殺すという言葉にはっとして、エリクはとっさに視線を上げた。
そこには抜き身のシャムシールを手にひどく冷ややかな目をしたファリドがいる。だが彼が刃を向けたのはエリクではなく──隣の房のラヴィニアだった。
「ひっ……!?」
「……冗談じゃねえ。冗談じゃねえぞ。あの野郎、てめえから〝追ってこい〟とかのたまっといて、先にくたばりやがるたァどういう了見だ? 俺は何のためにこの二十年……」
「おい、何を……!」
「何って決まってんだろ。俺は今すこぶる機嫌が悪い。よって女を殺す。主人に逆らった奴隷には相応の報いを受けさせねえとな」
「待て! それじゃ話が……!」
身を起こしたエリクは鉄格子に取りつき、ファリドの不義を非難した。
無論エリクとて、亡き父の居場所を教えたところで彼が納得するとは思っていなかったが、しかし──
「ホント馬鹿ねえ、ボウヤ。ココはシャムシール砂王国、無神論者が集う国よ。神サマへの誓いなんて、アタシたちにとってはラクダの糞ほどの価値もないの。むしろ神サマに逆らったりボートクしたりするのがシャムシール人の美学なんだから」
「だったら……!」
刹那、エリクは珊瑚色の髪を生き物のごとく逆立たせた。
暗い独房の中に神気が満ち、ざわざわとエリクのうなじを撫でていく。
洞内に閃光が満ちた。かと思えばすさまじい爆音が轟き渡り、ラッサたちが悲鳴を上げる。青色を帯びた雷の蛇が、狭い独房内で暴れ狂った。
大地が揺らぎ、天井から砂や岩の破片が雨のように降ってくる。
地下牢に居合わせた者たちは皆、突然の雷鳴にひっくり返った。鼓膜が破れかねない規模の反響が彼らを襲い、見えざる神の手のごとく大地へと平伏させる。
エリクはこのときを待っていた。ファリドの注意が自分から逸れた一瞬の隙。それを衝いて手枷を破壊し、鉄格子を吹き飛ばして、爆煙のなか独房を転がり出る。
(できればもう少し穏便に解決したかったが……)
たとえ一瞬でもシャムシール人とのまともな話し合いなど期待した自分が馬鹿だった。エリクは姿勢を低くして地を馳せると、舞い上がる塵煙にまぎれ、手探りでファリドの手下を探し当てる。
彼らはあまりの爆音に失神していて、エリクはその腰から武器を奪った。自分の愛剣よりやや重い曲刀。使いこなすのは難しそうだが、丸腰よりは数段マシだ。
「──!」
ところが直後、粉塵の先から殺気を感じた。
相手の心臓を串刺しにするような、極めて鋭利で獰猛な殺気──
エリクはとっさに上体を反らし、煙の向こうから突き出された切っ先を躱した。
一瞬体勢を崩しかけたがすぐに踏ん張り、負けじと自らも曲刀を繰り出す。
刃先が布を裂いたような軽い手応えがあった。
と同時に頬に痛みが走り、先程の一撃が己の皮膚を掠めていたことを知る。
「やるじゃねえか、マセガキ」
次に爆煙が晴れたとき、エリクとファリドは独房の外で互いに刃を突きつけていた。ファリドの右肩からは血が流れている。直前のエリクの攻撃がやはり掠めていたらしい。
「いいぜ。シャムシール人の俺としてはこっちの方が分かりやすい。女を助けたきゃ力づくで来な、ガキ。『雷雄』の倅の実力、見せてもらうぜ」




