72.真実を追う先に
ことの発端は今から数年前、フェリータ川の中流で起きた事件だった。
それがいつ起こったことなのか、正確な時期は分からない。クェクヌス族は暦を持たず、月の満ち欠けや季節の移ろいだけを頼りに自然と共生しているためだ。
だが少なくとも、黄皇国でトラモント人同士の大きな争いが起きる前のことだった、とクェクヌス族の長のひとりは言った。
つまり時期は正黄戦争以前──七年以上前の出来事ということになるだろう。
その日、フェリータ川へ洗濯に行ったクェクヌス族の女たちが戻らなかった。
忽然と消息を絶ったのは〝赤羽根〟ことチャンガル族のひと組の母子とふたりの姉妹。彼女らは銘々馬に跨り、同じ集落で暮らす同胞の洗い物を請け負って、いつものように洗濯へ出た。
しかし日が暮れた頃、彼女らを乗せて出かけた四頭の馬のうち一頭だけが傷だらけで集落に戻り、一族の者に発見されるや否や倒れて息を引き取ったという。
異変を察知した集落の者たちは、急ぎ戦士を駆り出して女たちのあとを追った。
そして深夜、川辺に撒き散らされた洗濯物の傍らで、むごたらしく殺された女たちの遺体を見つけた。
彼女らは何者かに襲われ逃げ惑ったのか、発見された場所はバラバラだったものの、いずれも無惨に着衣を引き裂かれ、暴行を受けた痕跡まであったそうだ。
遺された者たちは慟哭した。そして彼女らを殺したのがどこの誰であるのか、見つけ出して制裁を加えるために探し回った。
ところがやがて判明した事実に、一族は絶望した。
何故ならば女たちを辱め、殺害したのは、クェクヌス族の許可なくアレッタ平野へ侵入したトラモント人だと分かったからだ。
おまけに犯人はただの無知で非常識なトラモント人ではなかった。相手はトラモント人の間で〝貴族〟と呼ばれる身分の者で、百名を超える私兵を引き連れ、我が物顔でアレッタ平野の一角を占拠していた。その当時はクェクヌス族もまだ黄皇国との間に結ばれた不可侵条約を遵守していたから、これには大層当惑したそうだ。
彼らが一族の女たちを殺めたことは間違いないが、かと言って下手に手出しをすれば、黄皇国との友好的な関係がこじれる可能性がある。ゆえに彼らはまず、殺された女たちの属していた氏族の長を抗議に向かわせた。あなた方はなにゆえ黄皇国と一族の間に交わされた誓約を破り、罪のない女たちを害したのか、と。
結論から言うと、抗議に向かった長と彼の一族は鏖殺された。
唯一の生き残りとして他の氏族のもとへ逃げ込んだ者の話によれば、トラモント人たちは抗議にやってきた長を捕らえて人質とし、彼を殺されたくなければ集落の馬と若い娘を差し出せと迫った。しかし長と一族の者がそれを拒むと逆上して集落に火を放ち、力づくで娘と馬を攫って、残りの者は皆殺しにしたという。
クェクヌス族は大別して四つの羽族に分かれているが、羽族の中にもまた細かな氏族ごとの集団があり、彼らはそうした氏族ごとの集まりを部落の基本単位としている。ときには様々の事情により、いくつかの氏族が集まってひとつの大きな部落を為すこともあるが、そうでない場合はひとつの部落につき二十人から三十人というわずかな人数しか暮らしていないそうだ。
当時理不尽に蹂躙された部落もまた、そんな小さな氏族の集まりのひとつだった。知らせを受けたチャンガル族はすぐさま傘下の氏族から戦士を募って現場へ駆けつけたが、既に略奪者どもの姿はなく、奪えるものを奪えるだけ奪って平野を去ったあとだったという。
このあまりに残虐で不条理な事件の概要は、瞬く間に四羽族の間に広まった。
四つの羽族の長たちは話し合いの末、今度は黄皇国に使者を立て、事件を起こした者の身柄の引き渡しと賠償、そして黄祖フラヴィオとの間に結ばれた不可侵条約の再確認を要求することにした。
しかし結局、四度に渡って送られた使者はまったく相手にされることなく門前払いの扱いを受け、中には行方知らずとなって戻らなかった者もいたという。
それがすべての始まりだ、と、三ヶ月前、クェクヌス族討伐戦の終わりにハミルトンは告げた。あの日、エリクの求めに応じてダミヤら戦士たちの遺体を遺族のもとへ届けに行ったハミルトンは、そこで四羽族の長のひとりと接触することに成功し、彼からエリクへの言伝を預かってきた。
曰く、クェクヌス族もまた長引く黄皇国との戦いで疲弊している。
できることなら、不可侵条約が結ばれていた頃の平和を再び取り戻したい。
そう願っている者も一族の中には少なくないのだと。
されど同時に、一族が受けたあまりに一方的な凌辱を許すことはできない。そうした思いが一族の根底にある限り、トラモント人と再び歩み寄ることはできない。
ゆえに講和を望むのであれば、我々の望みを叶えてほしい。
すなわち当時、チャンガル族の一氏族を滅ぼした犯人の特定と厳正な処罰。
長年この問題を放置し、取り合おうともしなかったことへの謝罪と賠償。
以上ふたつの条件を果たし、誠意をもって対応してもらえたならば、我々としても再び和平交渉の席に着く用意がある。ハミルトンと対話した長のひとりはそう告げたのち、一族流の最敬礼によって彼を見送ってくれたという。
「──で? その下手人の本来の目的は、フェリータ川で取れる砂金の盗掘だったって言いてえのか? そいつを現地の未開人どもに目撃されたから、証拠隠滅ついでに金になりそうな女と馬を攫ったと?」
「あくまで推測の域を出ませんが、可能性はあると思います。黄皇国において金は国の専売品ですから、密売をもくろむ者がいたとしてもおかしくはありません。実際、過去にも貴族が金の密売に関わっていた事件の例があるようですし……」
「ううむ……確かに未だ開拓の手が伸びていない黒竜連山には古くから、未発見の金鉱脈が眠っているのでは、という噂がありますからな。仮に噂が正しければ、かの山々に源流を持つフェリータ川から砂金が上がったとしても何ら不思議はありませぬが……」
「ならば過去に検挙された金の密売人を浚ってみればいい。犯人が既に逮捕されていれば、金の仕入先を問われた際にフェリータ川から盗掘したと供述しているはずだ。もっともその場合、犯人はとっくに国によって裁かれていることになるが」
「どうかね。仮に川から砂金が採れて、そいつを裏で売り捌いてたクズ野郎が既に逮捕されてるとしたら、中央のお歴々は大騒ぎしてたと思うぜ。犯人の供述でフェリータ川から砂金が採れるなんてことが発覚すりゃ、金儲けに目がないお上は大喜びでアレッタ平野の征服を上奏しただろうからな。特に正黄戦争以前ともなりゃ、先帝の浪費癖のおかげで国庫が傾きまくってたことだし? そこに新しい金脈の可能性なんてもんが浮上したら、当時の上層部は一も二もなく飛びついただろ」
「セドリック。おぬしはまたそうやって皇室を悪しざまに……」
「晩年の先帝が偽帝に操られるだけのボンクラだったってのは全国民の共通認識だろうがよ。なら何を今更憚る必要がある? 先帝が無駄にあちこち建てまくった離宮を今の陛下がさっさとぶっ壊して金に変えてなきゃ、今頃黄皇国の財政は泥船どころか完全に溶けてなくなってただろうしな」
と、まったく反省の色なく下卑た笑い声を上げるセドリックに、隣のブレントが深々とうなだれ額を押さえた。部隊長が一堂に会する席での彼らのああしたやりとりはエリクも既に見慣れたものだが、セドリックが毎回繰り出す不敬罪ギリギリの発言に頭を痛めるブレントの姿を見ていると、さすがに同情を禁じ得ない。
年の瀬が迫る戒神の月の月例報告会。スッドスクード城本棟最上階にある軍議室にて、月に一度行われる上級将校との会議に出席中のエリクは、今月もまた三ヶ月前からの課題であるクェクヌス族問題について話し合いを進めていた。
出席者は黄都守護隊隊長であるシグムンドと副長のエリク、書記役を務めるスウェインと五人の部隊長及び副隊長だ。先のクェクヌス族討伐戦ののち、彼らと念願の和議を結べる可能性を見出したエリクたちは、ハミルトンが一族の長から提示された条件を果たすべく事件の調査を続けていた。
しかしひと口に調査と言っても、問題の事件が起きたのは今から七年以上前。
おまけに正確な時期も分からず、唯一の手がかりは下手人がトラモント黄皇国の貴族であるという事実だけ。当然ながら調査は遅々として進まず、あの戦いから三ヶ月が経過した今も真相解明は難航していた。が、今回エリクが新たに手にした手がかりのひとつが、先程から話題に挙がっている砂金の噂だ。
クェクヌス族が古くから生活用水としているフェリータ川。
その川の川底からは砂金が採れる──そんな噂をエリクのもとへ運んできたのは、半年ほど前から懇意にしてくれている行商人のサバンだった。
何でも噂の出どころは、彼が籍を置くトラモント商工組合の情報網らしい。
例の戦いのあと、事件の真相究明に動き始めたエリクは少しでも多くの手がかりを得ようとあらゆる方面に情報提供を求めたのだが、中でもサバンは真っ先に協力者として名乗りを挙げ、積極的に情報収集に動いてくれた。
結果、二日前に彼から届いた手紙に記されていたのが上の噂だ。行商人としてあちこちに顔の利くサバンは、商人仲間や得意先に例の事件について聞き回り、かつて一部の商人の間に砂金の噂が出回っていたことを突き止めてくれた。
噂の発端は当時、国の認可を受けてクェクヌス族と交易していた商人が、彼らから純金製の宝飾品を見せられたことにあったらしい。黄皇国での金の価値を知らないクェクヌス族は交易品のひとつとして差し出してきたそうだが、彼らが金を持っていることに驚いた商人はこれをどこで手に入れたのかと尋ねた。
すると一族の者は「フェリータ川で見つけたものだ」と証言したと言い、以上の話が一部の商人の間に広まったことがあったのだそうだ。
もっともトラモント黄皇国において金は一部の御用商人しか取り扱うことを許されていない専売品で、仮に川から砂金が採れるのだとしても、一般人が勝手に採取することはできない。おまけにフェリータ川はクェクヌス族の領土内にあり、国や一族の許可なく立ち入ればそれだけで取り締まられる対象だ。
当然ながらそんな二重の危険を冒してまで真相を確かめようという商人は現れず、噂はやがて風化して語られなくなった。サバンにこの話を聞かせてくれたのも既に現役を退いた老齢の元商人で、クェクヌス族との交易も絶えて久しい今、噂を知る者はほとんどいないはずだ、と語っていたという。
「ですが今はとにかく情報が不足していますから、わずかでも可能性があるのなら、過去の密売事件について調べてみた方がよろしいのではないでしょうか。黄都の法務局に保管されている裁判記録を洗えば、イーリイ隊長がおっしゃったように、アレッタ平野で砂金を手に入れたと証言した者を見つけられるかもしれません。その証言を問題視した当時の法務官が、犯人の証言を公にしなかった可能性も皆無ではありませんし……」
と、ときにキムの意見を支持したのは、第四部隊副隊長のクラエス・ラインハルトだった。上官であるジュードに振り回されすぎて、一時心労から来る体調不良を訴えていた彼も、現在は既に職務に復帰している──もっともジュードが制御不能なのは相変わらずで、依然胃痛と戦いながら公務をこなしているようだが。
とは言え常に青ざめた顔でげっそりとしていた以前の彼に比べれば、今のクラエスの顔色は健康的と呼んで差し支えない……と思う。
半年前、エリクがラインハルト邸で面会した実母と同じ伽羅色の髪に、いかにも好青年といった印象を与える目鼻立ちを備えたクラエスの容姿は、いつもどこか陰惨な空気をまとっている異母兄とは似ても似つかず、未だに「本当に兄弟なんだろうか……?」という疑問がつきまとうほどだった。
「確かに、良識ある法務官が先刻セドリックが言ったような事態を危惧し、犯人の供述を隠蔽した可能性も否定はできん。とすれば過去の事件の記録についても、一度調査してみる必要があるだろう。だが懸念すべきは、そもそもフェリータ川から砂金が採れるという話が事実かどうかという点だ。万一噂が誤りだった場合、過去の記録を調べたところで無駄骨だろう。砂金が採取できなければ金の密売も叶わず、犯人は法の網を逃れた可能性があるからな」
「しかし、シグムンド様。仮に砂金が採取できなかったとしても、犯人はクェクヌス族の娘を複数人誘拐しています。仮にその娘たちを人身売買にかけていれば、そちらの罪で検挙されている可能性もあるのでは?」
「人身売買とは穏やかではありませんね、マーシャル殿。我が国では金の密売と同様に、人身売買も固く禁じられているはずですが?」
「ええ。ですが国とクェクヌス族が結んだ不可侵条約を平気で破り、現地で略奪まで働くような不届き者が、まっとうに法を遵守する可能性の方が低いとは思いませんか、エルダ殿? 実際、シャムシール砂王国との国境付近では、かの国に奴隷を売って違法に儲けようとする輩があとを絶ちません。あるいは攫われたクェクヌス族の娘たちも、奴隷として砂王国へ売り渡された可能性は充分考えられます」
「まあ確かに、第三部隊が三ヶ月前の戦で川底を浚ったときには、砂金なんてひと粒も見つかりゃしなかったからなあ。場所が悪かっただけって可能性も否定はできないが、本当に砂金が採れるなら、味を占めた犯人が一度の盗掘で満足するとも思えん。クェクヌス族の集落まで襲って略奪するようなクソ野郎なら、二度、三度と捕まるまで同じことをやらかすだろ。と考えると、金の密売よりは人身売買で捕まった人間を洗ってみる方が確実な気もするが……」
「むう……おぬしの言い分も一理あるが、しかし仮にフェリータ川には砂金などないとすれば、交易商がかつて目撃したという金の話は一体何であったのか……」
「……それ……そもそも、砂金……じゃないのかも……」
「え?」
「クェクヌス族は、交易商に……川で砂金が採れる……とは、言ってない……少なくとも……さっきの、アンゼルムの話を聞いた限りは……だけど」
刹那、突如として予想外の言葉を発したのは、会議が始まって以来一度も口を開かなかったジュードだった。彼が会議中まったく喋らないのはいつものことで、普段は第四部隊にまつわる報告もすべて副隊長のクラエスがこなしている。
そのあいだ隊長のジュードは何をしているのかと言えば、ぼんやり窓の外を眺めているか、会議資料を読みもしないで〝オリガミ〟とかいう遊びの道具にしているか、うつむいて船を漕いでいるかのいずれかだ。
が、そんなジュードが珍しく、しかも至極まっとうな発言をしたがために、会議の席はかつてないどよめきに包まれた。隣のクラエスに至っては怪奇現象にでも遭遇したかのような顔で唖然と上官を見つめているし、ロッカなども「ジュード隊長が喋った……!」と、まるで珍獣を目撃したかのような反応をしている。
だがそこに驚いている場合ではない。エリクはジュードの指摘にハッとしてサバンから届いた手紙に目を落とし、もう一度情報を精査した。
すると確かに、クェクヌス族が「フェリータ川で砂金が採れる」と明言したという記録はない。金の宝飾品の出どころを訊かれた彼らはただ「フェリータ川で見つけた」と答えたのだ。無論、これはサバンの書き方の問題かもしれないし、彼に証言してくれた元商人の言い方の問題であるかもしれない。
しかしもしもジュードの言うとおり、この「フェリータ川で見つけた」という発言が砂金を見つけて加工したという意味ではないとすれば……。
「ハッ、じゃあ何か? あの蛮族どもは金の宝飾品がどんぶらこと川を流れてきたのをたまたま見つけて、そいつを拾ったとでも? じゃあその金はどこの誰が何の目的で川に流したんだよ? 密売がバレそうになった売人が慌てて川にぶん投げたとか? あるいは全身を金で着飾った成金野郎が川で溺れたとか? んな馬鹿げた話が──」
「……黒竜一家」
「は?」
「フェリータ川の、上流……黒竜連山、には……黒竜一家……がいる、から……」
「黒竜一家って、連山一帯を縄張りにしてる山賊どものことだろ。まさかクェクヌス族の集落を襲った連中の正体はあいつらだってのか?」
「そうじゃなくて……黒竜一家は、昔から……金の密売に関わってる、から……金の取引は……役人の目が届かない、アレッタ平野ですることが多くて……金を買った、売人は……大抵、船で川を下って……安全な場所で、荷揚げする……」
「じ、じゃあまさか、その船が途中で転覆して……!?」
「転覆……っていうか……黒竜一家は……取引が終わったあとに、船を襲って……自分たちが売った金を……取り戻したりとか、するし……」
「はあ!? つ、つまりお金を受け取っておきながら、売ったはずの商品を取引相手から強奪するってことですか!? た、確かに黒竜一家は北の竜牙山あたりにいる山賊と違って、義理人情もクソもない極悪非道な一味だとは聞いてますけど……!」
「おいロッカ、女が〝クソ〟とか言うなよ。うちの隊の品位が疑われるだろ」
「隊長があんたの時点で疑われてますからご心配なく!」
「ならクェクヌス族が川で見つけたというのは、黒竜一家と取引をした売人が襲われた際に船が沈んだか何かで、偶然川に流出した宝飾品の一部だった可能性もあるってことか……仮にそうだとすれば、砂金の噂が爆発的に広がることなく、わずかな期間で終息したことにも頷けますね」
「ああ。噂が事実なら砂金目当てで不可侵条約を犯す者はあとを絶たなかったに違いない。だがそうはならずに短期間で忘れ去られたのは、実際に現地へ赴いて砂金が採れないことを確認した者が少なからずいたためだろう」
「とすれば、やはり事件の調査は人身売買の線で洗った方が確実かと……犯人は砂金の盗掘に失敗したからこそ埋め合わせとしてクェクヌス族の娘や馬を攫い、金に変えようとしたのかもしれません」
エリクとスウェインがこもごもにそう意見を述べれば、話を聞いたシグムンドは厳しい表情で頷いた。かつて商人たちの間で流れた噂については、より詳しくサバンに確認する必要があるだろうが、三ヶ月前、実際にフェリータ川の川底を工事した第三部隊が金らしきものを一切見かけていない以上、あの川から砂金が採れるという話は眉唾ものと考えていいだろう。
だがその噂をまんまと信じた金の亡者が現地へ赴き、砂金が見つからないことに腹を立ててクェクヌス族を襲った。そう考えればこれまでの話し合いで指摘された矛盾や謎は解消され、すべての辻褄が合うように感じる。
とは言え嘆かわしいのは、そんな愚かな真似をするトラモント貴族がいるわけがない──と否定することができない現実だ。今の黄皇国を見れば性根の腐った貴族がごまんといることは周知の事実だし、それが正黄戦争以前から受け継がれてきた先帝時代の悪しき遺産であることは、以前聞いたサバンの体験が物語っていた。
そもそも正黄戦争などという内乱が起きたのも、偽帝フラヴィオが振り翳した利権に釣られた貴族たちが、彼を担いで現帝を玉座から引きずり落としたためだ。
金と権力によって餌づけされた偽帝の支持者たちは、国が民を守るために与えた特権をやがて選ばれた者にのみ許された権能と思い込み、狂っていった。
もっともそういった連中の大半は内乱のあとに粛清され、家門ごと滅びたが。
(だが中には戦後の混乱に乗じて生き残り、未だ当時の栄光に縋ろうとしている者もいる……そういう連中を牽制するためにも、絶対に事件の真相を暴かなければ……殺されたクェクヌス族の民が、あまりにも報われない)
一方的に奪われ、蹂躙され、その事実に抗議することすら許されなかったクェクヌス族。彼らの味わった屈辱と失意を思うたび、エリクは怒りで魂が沸騰しそうになった。クェクヌス族が繰り返した無謀な反乱は、彼らにできる唯一の抵抗であり弔いだったのだ。彼らは文字どおり身を削り、命を投げ出してでも、黄皇国に己の過ちを認めさせることを望んだ。ならば自分はトラモント黄皇国の軍人として、彼らが散らしたあまりに多くの命に報いなければならない……。
「で、ですが隊長……隊長が黒竜山の土地勘に優れていることは知っていましたが、黒竜一家についてもずいぶんお詳しいのですね。ひょっとして、フラクシヌス将軍が黄都守護隊設立直後に決行されたという黒竜一家討伐戦に、隊長も参加されたのですか?」
「……まあ……うん……結局……全滅は、させられなかったけど……」
「いや、だとしても黒竜一家がアレッタ平野で違法取引をしてたなんて初耳だぜ。俺も当時あの作戦に参加したが、爺さんはそんな話ひと言も──」
「──し、シグムンド様、失礼します!」
ところがクラエスとジュードの会話にハミルトンが割り込んだ直後、彼の言葉を遮るように轟き渡った烈声があった。何事かと目をやれば、突如として開け放たれた軍議室の扉の向こうに息せき切らせたコーディの姿がある。
が、彼に一瞥をくれた途端、すかさず窓際のセドリックが舌打ちした。
「チッ……おい、エセ副長。てめえ、部下の躾がなってねえんじゃねえのか? 上級将校だけの会議に許可なく割り込んできやがるなんてよ」
「も、申し訳ありません……! で、ですが黄都から緊急の伝達で……!」
「セドリック殿の発言はいちいち気にしなくていい、コーディ。何があった?」
エリクが立ち上がってそう尋ねれば、すかさず背後から品のない怒声が追いかけてきたが構わなかった。少なくともコーディが会議中と知りながら飛び込んできたということは、それだけ重大な何かが起きたということだ。
ゆえに話し合いを中断して向き直れば、エリクを映したコーディの瞳が揺れた。
彼はただちに答えようとして、されど束の間、うつむき言葉を詰まらせる。
「ご……ご報告、致します……たった今、軍司令部から早馬があり──反乱軍の首魁、ジャンカルロ・ヴィルトが、第一軍本隊によって誅殺されたそうです……!」




