『太陽の王国』
むかしむかし、あるところに、王さまのいない王国がありました。
もう何年も前に王さまが亡くなってから、
つぎの王さまがなかなか決まらず、ひとびとは途方にくれていました。
なぜなら王さまが決まらないせいで、お城では争いがたえません。
前の王さまの子どもたちや親類縁者、そしてちからある家来たちが、
「自分こそがつぎの王さまになるべきだ」
と言いはって、ケンカばかりしているのです。
おかげで国はみだれて、ひとびとはまずしく、
たいへん苦しい日々をすごしておりました。
だれもがやさしくて立派な、あたらしい王さまの誕生を願っておりました。
そんなある日のこと。
王国のはずれのとある村に、マルカムという名の若者がおりました。
マルカムは飢えに苦しむひとびとのすがたを見るに見かねて、
ひとりで村を旅立ちました。
遠い都にある神殿で、神さまへ祈りをささげるために、
雨の日も風の日も歩きつづけたのです。
やがて都にたどりつくころには、マルカムの服はボロボロ、
おなかはぺこぺこになっていました。
けれどもマルカムは、休む間もおしんで神殿へ出かけ、神さまにお祈りします。
「おおいなる神々よ、どうかこの国に立派な王さまをおめぐみください。
ここをゆたかで、みんなが楽しくくらせる国にしてください。
もし、願いをかなえてくださるのでしたら、
わたしは国をよくするために、いっしょうけんめいはたらきます。
みんなを笑顔にするためなら、どんなにつらいことからも逃げません」
するとマルカムの祈りにこたえ、空の上からひとりの神さまがおりてきました。
マルカムの前にあらわれたのは、きんいろに燃える王冠をあたまにのせた、
シェメッシュという名の太陽の神さまでした。
「マルカムよ。おまえの願い、聞きとどけた。
おまえはひとびとをしあわせにする立派な王がほしいのだな。
ならばわたしは、おまえにこの王冠をさずけよう。
おまえこそが王となって、今日から国をおさめるのだ」
マルカムはシェメッシュのお告げにびっくりしました。だって、
まずしい村の貧乏な若者が王さまになるだなんて、聞いたことがありません。
けれど神さまの言うことは、王さまの命令よりも大切です。
マルカムはさんざん悩んだすえに、
シェメッシュのお告げにしたがうことにしました。
「わかりました。村のみんなのためになるなら、
わたしが王さまとなって王国をおさめましょう」
マルカムがそうこたえると、シェメッシュはおおきくうなずいて、
きんいろにかがやく王冠をマルカムのあたまにのせました。
すると、なんということでしょう。
ボロボロだったマルカムの服は、
たちまち王さまのように立派なけがわの服へとかわり、
からだの奥からちからがわいてくるではありませんか。
「よし。これで今日から、おまえが王だ。
太陽神シェメッシュの名にかけて、この国をすばらしい王国にしてみせなさい」
マルカムはシェメッシュのお告げのとおり、
お城へ行って、今日から自分が王さまになることを宣言しました。
王さまだけが座れる立派な椅子をほしがっていたひとたちは、
みんないやな顔をしましたが、神さまの言うことは絶対です。
かくして王さまとなったマルカムは争いをおさめ、
となりの王国にかけあって、たくさんの食べものをわけてもらいました。
まずしかったひとびとのくらしは少しずつゆたかになり、
みんなに笑顔がもどりはじめました。
王国にくらすひとびとは、だれもがマルカムを立派な王さまだといいます。
けれどもマルカムには困りごとがありました。
それはシェメッシュにもらった王冠が、あまりにもまぶしすぎたことです。
シェメッシュの王冠は、マルカムが立派なことをすればするほど、
どんどんかがやきを増していきました。
王冠のかがやきは太陽のようにひとびとを照らし、王国をゆたかにしました。
しかし王冠がまぶしすぎて、
ひとびとはマルカムに近づくことができません。
食事をするときも、ねむるときも、
王冠はマルカムのあたまをはなれず、常にあたりを照らしています。
おかげでマルカムは、いつしかひとりきりになっていました。
だれかといっしょにいたくても、
王冠がまぶしすぎて、だれもいっしょにいられません。
王冠の光はあまりにつよく、見るものの目をつぶしてしまうのです。
困りはてたマルカムは、
ある日ふたたび神殿をたずね、ひざまずいて祈りました。
「シェメッシュさま。シェメッシュさま。
あなたさまがさずけてくださった王冠は、いまや国中を照らしています。
おかげで王国はゆたかになり、みんな笑顔をとりもどしました。
けれど王冠の光がまぶしすぎて、わたしはいつもひとりぼっちです。
王さまとしてのつとめははたしましたので、どうかこの王冠を、
わたしのあたまから遠ざけていただけないでしょうか」
すると祈りを聞いたシェメッシュが天からおりてきて、
マルカムにたずねました。
「マルカムよ。おまえはどうしても王冠をはずしたいのか。
王冠をはずせば、おまえはただのひとにもどってしまう。
それでもいいというのなら、その願い、かなえてやろう」
マルカムは大喜びで、シェメッシュに王冠をかえしました。
王冠をうしなうと、マルカムはボロをまとった、
もとのまずしい若者にもどりました。
王冠の光がなくなったおかげで、
みんなマルカムのすがたを見ることができます。
マルカムはうれしくてうれしくて、生まれ故郷の村へとんでかえると、
子どものころから好きだったマフラというむすめと結婚しました。
ふたりはしあわせな家庭をきずき、子宝にもめぐまれました。
ところがマルカムが王冠をかえしたあと、王国はふたたびみだれました。
マルカムが去り、王さまがいなくなってしまったせいで、
つぎの王さまの椅子を狙い、ひとびとがまた争いはじめたのです。
王国はたちまち荒れはて、ひとびとは苦しみました。
マルカムの家でも、子どもたちがおなかをすかせて泣いています。
けれどもマルカムは、都へもどる決心がつきませんでした。
だって自分が王さまになれば、またシェメッシュの王冠をさずけられ、
ひとりぼっちのくらしにもどってしまいます。
マルカムはいっしょうけんめいはたらきました。
どんなにまずしくとも、家族といっしょにいられるようにがんばりました。
ところがある日、妻のマフラが病にたおれてしまいます。
マルカムは必死に看病しましたが、まずしさのあまり薬も買えませんでした。
マフラはやがて息を引き取り、家にはマルカムと、
おなかをすかせた子どもたちがのこされました。
マルカムは涙をながし、マフラのお墓にあやまります。
「ああ、マフラ。わたしがふたたび王さまになり、
国をゆたかにしていれば、きみを死なせることもなかったのに。
おろかなわたしをゆるしておくれ。ゆるしておくれ……」
マルカムは自分のわがままのために、
愛するひとを死なせてしまったことを深く後悔しました。
そしてこのままでは、のこされた子どもたちも、
いずれおなかをすかせて、いのちを落としてしまいます。
マルカムは決意しました。
涙をふいて、都をめざし、雨の日も風の日も歩きつづけました。
都へたどりつくころには、服はボロボロ、おなかはぺこぺこ。
しかしマルカムはそんなことなどおかまいなしに、神さまへ祈ります。
「シェメッシュさま。シェメッシュさま。
どうかわたしをもう一度、王さまにしてください。
ふたたび王冠をいただけたなら、二度とおかえししないと誓います。
わたしはわたしの子どもたちのため、一生を王国にささげましょう」
祈りにこたえたシェメッシュは、
マルカムにもう一度、きんいろの王冠をあたえました。
マルカムのあたまにもどった王冠は、
かつてないほどあかるくかがやき、国中を照らします。
マルカムがふたたび王さまの椅子に座ると、
王国はたちまちゆたかさをとりもどしました。
マルカムのあたまの王冠は、今日もうつくしく光りかがやいています。
やがてマルカムがおさめる王国は、だれもがうらやむ太陽の王国となりました。
マルカムは天に召される日まで決して王冠をはずすことなく、
立派な王さまとしてひとびとに語りつがれましたとさ。
めでたし、めでたし。
(エマニュエルの童話『太陽の王国』より)